富士への樹海攻略編⑨~人類の歴史~

 学校へ行く前に田中先生へ電話をしたが、今は授業中で不在と言われたため、そのまま学校へ向かうことにした。


 部屋で学校へ向かう準備が終わり、家を出る前にリビングにいる母親に銀行口座の話をしようと思う。

 12歳では自分で銀行口座を作ることはできないため、口座が欲しい場合は親に作ってもらうしかない。


「お母さん、話があるんだけど今いいかな?」

「なに? どうかしたの?」


 母親は窓を拭いており、手を止めてこちらを見てくれた。

 俺が椅子に座って待っていたら、母親も向かい合うように座ってくれる。


「俺の銀行口座を作ってほしいんだけど、今日は時間あるかな?」

「銀行口座? 何に使うの?」

「ギルドへ行ったら、クエストの報酬とかのお金を口座へ振り込むって言われたんだ」

「いきなり泊まってくるとかおかしいと思ったら、クエストを受けてきたの!?」

「うん。それで銀行口座が必要なんだけど、お願いできる?」

「……いいわ。今日、行ってきてあげる」


 母親は俺がクエストを受けたことに驚きつつも、最後は俺の言葉を聞いて少し哀愁を帯びながら笑顔を作ってくれた。

 俺はお礼を言って学校に向かおうとした時、口座を作るためのお金を母親へ渡していないことに気づき、もう1度母親に話しかける。


「お母さん、ごめん。お金を渡すのを忘れていた」

「それくらいいいわよ」


 母親はすぐに銀行へ行ってくれようとしていて、準備を始めてくれている。


「ありがとう。でも、テーブルにお金を置いておくから、余ったら好きに使って」

「わかったわ」


 母親は部屋に向かいながら俺の言葉に返事をしてくれたので、テーブルへリュックサックの中に残っていたお金を全部置いておく。

 俺が家を出てからすぐに、家の中から母親の悲鳴が聞こえたような気がした。


 無事に学校へ着いたが、まともに登校したことが1度もないためどこへ行けばいいのかわからない。


(ここからどうすればいいんだ……)


 考えるのをすぐに諦めて、来客用の玄関から入り、対応してくれた事務員さんに事情を説明したら電話で誰かを呼んでくれていた。


 その場で待っていると、見たことがあるような体格の良い男性教員が案内をしてくれる。

 まずは、靴を履き替えるための下駄箱に着く。

 俺の場所だというスチール製下駄箱を開けて、俺は学校指定のスリッパに履き替える。


 俺を待ってくれていた男性教員は、次に俺の教室へ案内をしてくれた。

 まだ授業中のため、男性教員に引率されながら校内を歩く生徒が珍しいのか、廊下を歩く俺へ目を向ける生徒がいる。


 校舎の5階にある俺の教室だという場所まで着き、男性教員が中の人へ声をかけた後に俺は教室へ入った。

 授業中だった中年の女性教員は動転しながら、俺を廊下側の一番後ろの席へ座るように指示をする。


「案内をしていただき、ありがとうございました」

「ああ……どういたしまして」


 俺は一言、男性教員へお礼を伝えてから席へ向かう。

 周りを見たら、荷物は机の横へ置いていたので、同じように俺の荷物も机の横へ置いた。

 俺が座るのを確認した女性教員は授業を再開する。

 数学の授業だったため、俺はリュックサックからノートを取り出して、とりあえず黒板に書いてあることを写そうとした。


(そういえば、教科書がない)


 俺がそのことに気付いたらすぐにチャイムが鳴る。

 チャイムが鳴り終わり、挨拶を行うと授業が終了した。


 休み時間になっても、ほとんどの生徒が席を離れずに俺をちらっと見ているような気がする。

 廊下を歩いている生徒へ目を向けたら、俺と目があった生徒は顔を伏せて足早に廊下を歩き去ってゆく。


(なんだろう?)


 特に思い当たることがないので、気にしないで次の授業の準備を行う。

 教科書がないので、次の授業をしてくれる教員の方のところへ教科書を借りるための相談をしたい。

 俺は椅子から立ち上がって、横に座っていた男子生徒へ声をかける。


「ねえ、ちょっといいかな?」


 その男子生徒は肩をびくっと震わせた後、俺の方へゆっくり顔を向けた。

 男子生徒がこちらを向いても何も言わないので、俺が言葉を続ける。


「次の教科と先生の名前を教えてくれない?」

「え? ええっと……次は世界史で、松本まつもと先生だよ」

「わかった。それと職員室ってどこかな?」

「2階の中央にあるよ……」

「教えてくれてありがとう」


 俺が話しかけた男子生徒はなぜか戸惑いながらも教えてくれた。

 なぜか俺と目を合わそうとしない男子生徒へお礼を言ってから、俺は職員室へ向かう。

 2階に着くまでに、すれ違う生徒から見られているような感じがした。


 職員室の扉には教員の机の場所がわかるように紙が貼ってあったので、松本先生を探す。

 すぐに見つけることができたため、職員室に入室したら教員の方々が一斉に俺を見てきた。


(なんで?)


 それも気にしないようにして松本先生の机の場所まで向かうと、中年の男性がそこには座っていた。

 松本先生も職員室に入室したときから俺を見ており、俺が目の前にきて顔をこわばらせる。

 俺はなんとかして教科書を借りるために、松本先生へ声をかけた。


「松本先生、お忙しいところすみません。1年C組の佐藤です」

「あ、ああ……どうしたんだ?」

「はい、次の授業で使用する教科書がないので、貸していただきたいですが、予備はありますか?」

「教科書を忘れたのか?」

「忘れたというか、いただいてないので……」


 その言葉に周囲の教員が反応して、松本先生は机の引き出しから教科書を出してくれた。


「この教科書を貸してやろう、授業が終わったら返すように」

「わかりました。ありがとうございます」


 俺は松本先生へ一礼をしてから職員室を後にしようとする。


 俺が出ようとした時、廊下から田中先生が職員室へ入ってきた。

 田中先生は俺がいることが予想外なのか、目が点になってしまっている。

 俺は一言あいさつを行い、そのまま田中先生の横を通って職員室を出ようとしたら田中先生に止められた。


「ちょっと、佐藤くん待ちなさい」

「なんですか?」


 田中先生に呼び止められて、廊下へ出るように指示をされた。

 俺が廊下に出ると、田中先生は口をとがらせながら俺へ話をする。


「来るときには電話をするって約束でしょ?」

「電話は1時間前くらいにしました」

「聞いてないわよ」

「授業中で田中先生が出られないと言われたので……」


 俺が申し訳なさそうに言うと、田中先生は肩を落として時計を見た。


「もう授業が始まるから、教室に戻りなさい」

「はい」

「後、次の授業が終わったら昼休みになるから、その時にもう1度私のところへきなさい」

「わかりました」


 俺は田中先生へうながされて、教室へ戻った。

 俺が教室に戻っている最中にチャイムが鳴ってしまい、すでに待っていた松本先生が俺へ席に着くように指示をする。

 授業が始まって、世界史の教科書を見ると、この世界の歴史が記載されていた。


 人とモンスターの関係は、人類が生まれてすぐに生存領域を争い始める。

 最初は劣勢だった人類だったが、道具や知恵を使うことで徐々に生活できる土地が確保できるようになり、人口が増えた。

 その後、人類は少しでも自分たちの領土を広げるためにモンスターと戦い続ける。

 銅や鉄などの金属が材料として使えるようになると、飛躍的に人類は領土を広げた。

 一番多くの領土を広げるきっかけになったのは、火薬が生まれたとき。


「佐藤一也!」

「はい」


 教科書を読み進めていた時、急に松本先生から指名された。

 俺は返事をして松本先生の顔を見る。

 それからすぐに、松本先生は俺を見ながら質問をしてきた。


「佐藤、今の地球上の人口は知っているか?」

「総人口ですか……70億くらいだと思います」


 俺が知っている知識で松本先生の質問に答えたら、教室の中から少し笑い声が聞こえた。

 松本先生は俺を見ながら肩をすくめてから、黒板へ板書を始める。


【世界総人口⇒40億人程度】


 松本先生は板書を終えると、クラス中を見渡しながら説明を始める。


「世界の総人口は年々増加しており、最近ようやく40億人を超えた。これも、簡単に安定してモンスターを倒せるようになった銃や兵器が発明されたおかげだ」


 俺はその説明を聞いて、質問したいことができて、思わず手を挙げてしまう。

 松本先生は俺の行動に気付いてくれた。


「なんだ、佐藤」

「先生、人は銃以外の武器でモンスターと戦わなくなったんですか?」

「そんなことはない。だが、数は少ないと思う」

「どうしてですか?」

「銃よりも弱く、扱いが難しいからだ」

「銃以外の武器が弱い……」


 俺は松本先生の言っていることに理解が追い付かず、オウム返しのように同じ言葉を返してしまう。

 それを聞いた松本先生は、教科書のあるページを指定して話を続ける。


「兵器の開発が進み、人類はさらに領土を拡大しようとした。しかし、人類がいまだに領土を広げきれないのはこの戦争のせいだ」


 そのページにはこのようなタイトルがつけられていた。


 【第二次世界領土拡張戦争】

 この戦いは1900年代の中期に起こり、モンスターが存在する土地への侵攻を世界中で同時に行った。

 戦車や戦闘機、ミサイルなどこれまで人類が発明してきた兵器がふんだんに使用される。


 その結果、人類は全領土の3割以上を拡張することに成功するが、ある場所が生まれてしまう。

 その場所は、モンスターの攻撃の届かない上空から大型爆弾を落としたことにより発生した。

 着弾した場所には多くのモンスターがいたが、爆弾により一掃することに成功。

 しかし、その場所へ足を踏み入れようとした人類の前に、今まで見たことがないようなモンスターが現れる。


 それでもなお、戦車数十台で侵攻しようとするも、そのモンスターにより戦車ごとすべての部隊が排除された。

 ただ、そのモンスターは大型爆弾が着弾した場所から数十キロの範囲内でしか確認できていないため、現在は放置されている。

 この事件をきっかけに、大型兵器による領土拡張が見直されることとなった。


 このページの最後に、どの国の領土にも属さないという、大型爆弾が着弾した土地の名前が書いてあった。


【人類侵攻不可領域 認定1号】

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