静岡県庁素材収集部監査課長編

 俺は静岡県庁の更衣室にある鏡の前で身なりを整えている。

 今日はある人物の調査のために、第1区役所と冒険者ギルドへ向かわなければならない。

 スーツやネクタイが乱れていないことを確認し、胸に役職と名前の書かれたネームタグが付いていることを確かめる。


【静岡県庁素材収集部監査課長 佐々木ささき すぐる


 身だしなみを確認してからビジネスバッグを持ち、県庁の外に出て部下の用意した車へ乗り込む。

 後部座席に乗ると、俺を確認した部下が車を動かし始めた。

 俺はバッグの中に入っている何度も見た資料へ目を通す。


佐藤一也 収集物一覧表


スライムの核( G )……約300kg

ウォーウルフ( F )……4体

劣化マンドラゴラ( F )……1体

マンドラゴラ( F )……7体

4m級グリズリー( E )……1体

コカトリス( E )……35羽


 収集物のすべてがほぼ1人で行われた狩りによる収集結果だ。

 スライムの核を始めとして、直近の1ヵ月ほどでこれらの成果を上げていると報告がされていた。


(これが【佐藤一也】のみが行った狩りの成果だとすれば、相当の手練れだろう)


 しかし、そんな熟練者がこの静岡県にくるような情報は入っておらず、スライムの核をこんな量集めた理由もわからない。


 紙面上では名前と収集物のみしかわからないため、今回は詳しく【佐藤一也】について調べるため、収集物の報告をしてきた第1区役所と冒険者ギルドへ足を運んでいる。


 俺は29歳まで冒険者をしており、Rankも3まで上がることができて、その伝手で県庁へ入庁した。

 それから数年間は素材収集部で働いているのに、劣化していないマンドラゴラの収集表は初めて見た。

 また、コカトリスは1度の狩りで35羽すべて収集したと報告されている。


(どんな人物なのだろう……)


 今回の監査は県庁の役人としてよりも、冒険者だった自分の興味の方が高いかもしれない。


 ただ、収集物が大量のため、成績を良く見せる不正が行われた可能性も考えている。

 俺は不正が行われていない場合、どんな屈強な人物がいるのだろうと考えながら第1区役所へ向かった。


 第1区役所に着いて部屋に案内されると、素材収集課の役人2人と30代後半に見える総務課の人間が待っていた。


(なぜ、総務課の者がここに?)


 俺は疑問を持ちつつも席に座り、テーブルに用意してあった目の前の資料へ目を通す。

 その用紙には、俺の想像と全く違う人物の内容が記載してあった。


佐藤一也(さとうかずや)12歳

静岡県立剣士第一中学校1年生


所持スキル

バッシュLv2

ヒールLv10

身体能力向上Lv10


 内容を確認していると紙を持つ手が困惑で汗ばんできた。


(これがあの成果を上げた人物!? しかも12歳!?)


 俺は動揺を隠し、静かに紙をテーブルに置いて、素材収集課の役人に内容に誤りがないか確認を行う。


「この資料に間違いはありませんか?」

「はい。事前に監査対象の人物を何度も確認して作成しました」

「なるほど……」


 この資料に間違いはないと言う。

 佐藤一也は12歳の中学生で、スキルを3つ持っているだけの者。


(それだけであんな成果を上げられるはずがない!)


 俺はこの役人がなにかを隠ぺいしているのかと疑った。

 そんな時、総務課の男性が俺へ声をかけてくる。


「1つよろしいでしょうか?」

「……どうぞ」

「その佐藤一也は私の息子です」

「ご子息なんですか!?」

「はい……」


 ここに座っていた総務課の男性は佐藤一也の父親だと言う。

 しかも話を聞いてみると、目の前でウォーウルフやマンドラゴラ、グリズリーを討伐した現場を見たらしい。

 そして、その内容がさらに信じられない。


「もう1度確認しますが……本当に佐藤一也は防具を着けず、剣1本でこの数の狩りを行ったんですか?」

「はい……本当です」

「信じられない……」


 俺がそう呟くと、父親という男性もうつむきながら私も信じられませんと言っている。

 佐藤一也は特に目立った少年ではなく、普通の子供だったらしい。

 それがある日を境に変わり、このような成果をだしたようだ。

 しかも、父親はコカトリスの件は知らない様子だった。

 父親へ俺の用意した資料を見せたら、顔が真っ青になって本当がどうか聞いてくる。


(本当か聞きたいのはこっちのほうだ……)


 俺はそう思いながら第1区役所を後にして、次は冒険者ギルドへ向かう。

 区役所で聞いた内容と冒険者ギルドで聞く内容を照合しなければならない。

 冒険者ギルドに着き、受付の女性へ要件を伝えたらギルド長の部屋へ通された。


 ギルド長には冒険者時代に大変お世話になり、恩がある。

 そんなギルド長へ疑いの思いを持ちながら、話をしなければならない。


「ギルド長、連絡させていただいた通り、佐藤一也という人物について教えていただきたい」


 俺がそう聞くと、ギルド長は腕を組んで座っており、椅子の背もたれに体を傾けた。

 ギルド長は少し考えてから、眉を寄せて俺へ見たこともないような真剣な顔で話を始める。


「最初に1つ言っておく、わしはこれから真実しか言わん」

「わかりました」


 俺はその言葉を聞き、静かにうなずいてギルド長の目を見る。


「佐藤一也は1人でコカトリス35羽の討伐を行った」

「武器はなにを使ったのかわかりますか?」

「剣1本だ」

「防具は?」


 俺の質問にギルド長は静かに顔を左右に振り、着けていないと否定した。

 ギルド長がここまで言い切るなら、証拠があるはずだ。

 それを確認しなければ納得できない。


「誰が証人ですか?」

「一緒に狩りへ出かけたのは太田真央。去年の解体技術大会優勝者だ」

「彼女が……」


 太田真央という名前には聞き覚えがある。

 谷屋絵蓮とよく一緒に狩りへ行き、解体技術を磨いていたという女性のはずだ。


(彼女がなぜ佐藤一也と一緒に狩りへ?)


 しかし、彼女がそのように証言したというのなら、本当なのかもしれない。

 俺はもう少しギルド長へ話がしたいことがあり、話を続けようとしたところ、部屋のドアが強くノックされた音が聞こえた。

 その音を聞き、ギルド長は声を荒らげる。


「今は接客中だ! 後にしろ!」

「ギルド長、申し訳ございません! 接客中なのは承知の上です! しかし、見て頂きたいものがあります!」

「その声は清水だな!? 後ではできないことか!?」

「太田さんから緊急だと言われてきました! ご確認をお願いします!」


 俺とギルド長は太田という名前を聞いた瞬間、顔を見合わせてお互いうなずいた。


「入れ!」

「失礼します」


 清水と呼ばれた女性は、部屋にはいると緑色の布のようなものをギルド長へ渡す。

 ギルド長は渡された緑色の布のようなものを見てから、女性へ尋ねる。


「これは?」

「太田さんから名前は言えないけど、ギルド長なら見ればわかると言っていました」

「ほう……」


 ギルド長はそれを聞いて、手に持っているものへ鑑定を行ったようだ。

 そして、ギルド長の顔がどんどん険しくなっていく。


「佐々木も鑑定が使えたな? これを見てみてくれ」


 俺はギルド長に渡された緑色の布へ鑑定を行う。


【グリーンドラゴンの飛膜ひまく


 俺は自分の鑑定した結果を生まれて初めて疑ってしまう。

 手に持っているものは間違いなくグリーンドラゴンの飛膜だった。

 俺はギルド長を見て、鑑定結果を伝える。


「グリーンドラゴンの飛膜……ですよね……」

「お前もそう見えたか……清水! 太田はどこにいる!?」

「受付で待っています!」

「わかった。今行く」


 ギルド長はそう言って、俺にも同行するように手で合図してきた。

 俺もギルド長の後に続いて、ギルドの受付へ向かう。

 そこでは血相を変えた短髪の女性とギルド長が言葉を交わしている。


「太田、これはどこから!?」

「ああ、さっき樹海で一也が倒した。後30分で帰ってくるように伝えてある」

「30分か……」


 ギルド長が腕時計を見て時間を確認している。

 そして、ギルド長は俺へ話しかけてきた。


「佐藤一也がグリーンドラゴンを討伐したらしい」

「討伐ですか!?」

「そうだ。今からどうすればいいと思う?」


 俺はギルド長の言葉を聞き、考えるように腕を組む。


(グリーンドラゴンはD~Cランクのモンスターのはずだ。しかも、個人での討伐記録がない)


 俺が現役で冒険者をやっていた頃に、Rank【4】1名とRank【3】3名でグリーンドラゴンへ挑んだことがある。

 その時はグリーンドラゴンを討伐できずに、撃退するので精一杯だった。

 それから俺が今の役職になり、様々なモンスターの素材を監査するようになったが、グリーンドラゴンの素材取引はあまり見たことがない。

 そんなグリーンドラゴンを佐藤一也は1人で討伐したという。


(このことをあまり知られるわけにはいかない)


 個人で討伐履歴のないモンスターを1人の少年が討伐したとなれば、世間への影響は計り知れない。


(俺は1人の役人として、この少年を保護しなければならない)


 俺はその思いを持ち、ギルド長へ提案をする。


「今すぐにこのギルドを閉鎖し、隔離しましょう」

「そうだな。今すぐ取りかかろう」


 ギルド長は俺の言葉にうなずいてくれて、すぐにギルドの職員へ指示を始めてくれる。

 指定された時間ぎりぎりに、ギルドが外から見えないように幕を張り終えることができた。

 時間になると、少年とグリーンドラゴンが帰還してくる。

 俺が初めて佐藤一也を見た時、彼は驚いた様子で周りを見渡していた。

 その姿は報告通り全く防具をつけておらず、手にはなぜか棒のようなものを持っている。


(剣で倒したんじゃないのか……)


 俺は疑問に思いつつも、グリーンドラゴンの素材の処理作業を行うために搬入を行った。


(今回のオークションは出品者を明かしてはならない)


 俺はそう決意をして、県庁へ戻って作業を行った。

 そして、こんな好奇心が湧いてきてしまう。


(彼の戦っているところをみてみたい)


 そんなことを思いながら、俺はオークションを担当する部署へ資料を持って説明へ行く。


オークション申請用紙


素材

グリーンドラゴン1体


討伐者名

【未記入】


備考

静岡県冒険者ギルドへ寄付されて取得したもののため、討伐者不明

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