拳士の休日①〜太田さんの紹介相手〜

 太田さんから狩りの日の夜に連絡があり、10時に区役所の前に来てほしいとの連絡があった。


 俺は区役所が9時から開いているのを父親に確認したので、お金を取りに行くことにした。

 区役所に着くといつものように待つことなく対応してくれる。


 窓口の人から名前と住所を聞かれたので、ギルド証を見せながら答えると上司を呼んでくると言われた。

 まっているとすぐに上司らしき人がきて、別室で話すように促されたのでそちらへ向かう。


 椅子に座って待っていると、上司の人が窓口の人と一緒に入ってきてアタッシュケースと用紙を数枚持ってきていた。

 目の前に2枚の用紙を置かれたので確認したら、1枚目にはオークション結果と書かれている。


オークション結果

劣化マンドラゴラ1体:10万

マンドラゴラ7体:840万円

ウォーウルフ4体:320万円

グリズリー:500万円


計:1670万円

解体手数料1割

引取手数料1割

オークション手数料1割

受取金額:1169万円


 2枚目の用紙を確認したら、受取確認表と書かれている。

 俺は2枚の用紙を見た後に2人を見ると、なぜか顔に汗がにじみ出ていた。

 緊張しているのか、声を震わせながら上司の方が話し始める。


「この結果の通りになりましたので、全部で1169万円の受取です」

「わかりました」

「それではこちらのご確認をお願いします」


 上司の人はそう言いながら、机へアタッシュケースを置き、中を開いた。

 中にはお金が入っており、俺はいつものリュックサックの中へお金を放り込む。

 その作業が終わったと同時に、受取確認表へサインをするように言われた。

 サインが終わると、上司の人は用紙を確認して、部屋のドアを開けてくれる。

 俺は部屋を出てドアを閉めようとした時、お礼を言うのを忘れていることに気が付いた。


「ありがとうございました」

「いえいえいえ、こちらこそありがとうございました!」


 頭を下げてお礼を言うと、上司と窓口の人はそれ以上に頭を下げてお礼を言ってくれた。

 俺が部屋を出てすぐに、中からふーっと息をつくのが聞こえる。

 スマホの時計を見て、もうすぐ約束の時間なのに気づいてので、足早に区役所を出た。


 俺が区役所を出ると、すでに太田さんが来ていた。


(またせちゃったかな)


 少し時間の見込みが甘かったことに後悔しつつ、太田さんへ声をかける。


「こんにちは、太田さん」

「ん? ああ、こんにちは」


 太田さんは俺の方を振り向いて、あいさつをしてくれた。

 俺はこのような女性とのやり取りを30年間したことがなかった。

 それにこれから少しとはいえ、一緒に歩いてどこかへ行く。

 俺は未体験のことに心を躍らせている。


「じゃあ、行くか」

「はい!」


 太田さんはそう言って、歩き始める。

 ただ、少し太田さんは速く歩いているので、俺は軽く自分に移動速度向上をかけて一緒に歩く。


「これからどこへ行くんですか?」

「ここから近くの店」


 俺は平然を装い話しかけても、昨日と同じようにそっけない返事を返される。

 しかし、太田さんをよく見たとき、微妙に焦っているような顔になっていることに気付く。


「あのーもしかして、道がわかんないですか?」

「そ、そんなことはない……いや、ちょっとわかんないかな」


 太田さんはその場に止まり、俺へ目的地のお店を教えてくれた。


(この場所は知っているな)


 地図で確認しても、今いる場所の近所だった。


「わかるか?」


 太田さんは不安そうに俺へ聞いてくるので、自信をもってうなずいた。


「ええ、わかりますよ。こっちです」


 今度は太田さんの前に出て、俺が道を案内することになった。


「第1地区にはあんまり来ないんですか?」

「ああ、第2地区の生まれだから、こっちに来たことはあんまりないんだよ」


 太田さんは第2地区の出身ということらしい、同じように清水さんも第2地区なのだろう。

 太田さんが立ち止まった場所から数分で目的のお店へ着いた。

 そこは普通の喫茶店で、店内が少し大きめだが特に気になるようなものはない。


 お店を眺めている俺を気にすることもなく、太田さんはお店の中へ入っていった。

 太田さんがドアを開けると、カランっとベルの鳴る音が聞こえる。

 何度も鳴らしたらうるさく感じると思い、俺は太田さんに続いてそのまま中へ入る。


 入ってすぐに太田さんはお店の中を見回していた。


「もう待っているんですか?」


 俺はお店の中の人を注意深く探している太田さんへ声をかけた。

 太田さんは本当に焦っているようで、返事がない。


「電話してみたらどうですか?」

「そ、そうだな」


 太田さんは俺の言葉に気付いたようで、スマホを取り出して電話をかけ始める。

 すぐに出たようで、太田さんは慌てながら話し始める。


「せ、先輩ですか? 今お店に着きました」


 俺は太田さんが電話をしている様子を眺めており、お店の店員さんも太田さんの目の前で困っていた。


「あ、わかりました!」


 太田さんはそう言い、席の方へ入っていってしまう。

 俺は太田さんの向かっていった方向を見ながら、店員さんへ声をかける。


「待ち合わせだったので、あっちの方のテーブルに2人追加でお願いします」

「わかりました」


 店員さんへそう伝え、俺も太田さんの後を追うように席の方へ歩き始める。

 すると、太田さんは無事に合流できたようで、人と話しているのが見えた。

 太田さんは俺が来たことに気が付き、話していた人へ紹介しようとしていた。


「こいつが昨日お話しした佐藤です」

「へーこの子が……」


 太田さんがその人の前から少しずれると、そこには雑誌から出てきたんじゃないだろうかと思うほどの美人がいた。

 黒い髪が肩まであり、簡単に声をかけられないような上品な雰囲気を感じる。

 俺はその容姿を目の当たりにしてしまい、一気に緊張感が高まった。

 しかし、ここは大人としてあいさつだけはしっかりしなければならない。


「はじめまして、佐藤一也です」

「はじめまして、佐藤くん」


 俺はその人にあいさつをされて、少し惚けてしまった。

 そんな様子を見ていた太田さんから、座るように促される。


「あいさつも終わったし、早く座りませんか?」

「そうね。佐藤くんもどうぞ」

「はい……」


 椅子に座りながら、太田さんとその人を見ていたら、大切なことが分かっていない。

 俺は緊張しながら、その人へ質問をする。


「すみません、そういえば名前を教えていただけませんか?」


 その人は名前を言うのを忘れていたことに気付き、俺へごめんなさいと言ってから名前を教えてくれた。


「私の名前は谷屋絵蓮たにやえれん。あなたのことは妹からよく聞かせてもらっているよ」


 絵蓮さんは俺へ少し笑みを浮かべながらそう言っていた。

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