幕間 一方その頃 ─地獄篇─
人類と敵対する超生命体、悪魔。
その故郷たる地獄にて、レジェス一行に敗れた大悪魔ラウムは目を覚ました。
時間さえあれば幾らでも補充可能な残機がある限り、現世で何回死のうと悪魔は何度でも地獄で蘇る。
それは当然、伯爵の位を持つラウムとて例外では無い。
「……予定通りとはいえ、レジェス・バランドールどころかその取り巻き風情に敗れてしまうとは。我ながら、なんと情けない」
自虐的な言葉とは裏腹に、どこか楽しそうにくつくつ笑う大悪魔。
そんな彼の元に、どこからか声が届く。
『おかえり、ラウム。あっさりと死んで帰ってきた割に、随分と機嫌が良さそうだね』
周囲には、誰もいない。
しかし──。
「“星の”か。なに、超えるべき障害は高い方が面白いからな。今はまだレジェス・バランドールのみが舞台の上に立っているという有様だが、あの取り巻きどももなかなかどうして見所がある」
腕組みしながら笑うラウムは、毛ほどの動揺も見せない。
彼にとっては慣れた現象であるという事だろう。
『まいた種が芽吹く前に、狩られてしまわなければいいけどね』
「ふ……聖杯という餌をぶら下げれば、人間どもは自ずと共食いを始める。何とも愚かな連中だ」
『いいじゃないか、悪魔のようで。僕や君にとっても、お綺麗すぎるより万倍面白い。だから聖杯を貸してあげたんだよ』
「分かっている。奴らもまさか、自分たちが聖杯を手にした事が我々の計画通りだとは思ってもいないだろうな」
『うん、そうだろうね。ずぅっと見ていたけど、あのレジェス・バランドールですらもこちらの思惑通りに踊ってくれている。これで再び君が出向けば、何の疑いもなくレールに乗ってくれるだろうさ』
怪しげに笑うラウムと、謎の声。
それはまるで既に自らの勝利を確信しているかのようでもあり、何かとんでもない企みが進行している事を感じさせる。
大きな力を持つ夢幻の聖杯をあえてレジェスたちの手に渡らせる事で、人間同士での争いを誘発させる……という狙いがあるようだが……。
「しかし、何れにしろ時魔法というのは厄介だぞ。対策を用意せねば、そもそも勝負にすらならぬ」
『問題ないよ。僕を誰だと思っているんだい? 君が体を張ってくれたおかげで、既に解析は済んだ』
「ほう……? つまり、我らが使ってみせる事も可能だということか?」
『もちろんさ。仕組みさえ分かってしまえば何のことは無い。魔法とは元々僕たち悪魔の力なのだからね』
「無駄に長生きしているくせに、人間の猿真似をしているというのはなかなか滑稽な話だがな」
『痛いところを突くね……』
うぐぅ、と呻く謎の声。
それを聞いて、心底おかしそうに笑うラウム。
その軽妙なやりとりは、どう見ても固い絆で結ばれたものである。
血で血を洗う地獄にも、友情という花は咲くのだろうか。
「ところで、次は誰を連れていくのだ? まさかまた我だけで行けとは言うまいな」
『今の君じゃ何回行ってもまたすぐにとんぼがえりしてくるだけじゃないか。もちろん、他の爵位持ちにも協力させるさ』
「で、あるか。そうなると、いっそ盛大に兵隊を集めてしまうのも面白いかもしれんな。意識を逸らす餌にもなろう」
『本来の体じゃないからって、ケロッとしちゃって……つまらないな。もっと悔しがればいいのに』
「我がそんなタマに見えるか」
『全然?』
「で、あろうが」
そんな会話をしながら、漆黒の太陽に照らされた地獄の赤土を行くラウム。
その足取りに迷いはなく、一直線にどこかを目指しているように思える。
しかしまあ、それにしても何も無い。
ただただ荒れ果てた大地が広がるのみで、人っ子一人……もとい、悪魔っ子一人いやしない。
このラウムという悪魔は、いったいどんな辺境で復活しているのだろうか。
「……おい、“星の”」
『なんだい』
「毎度思うのだが、もうちょっとこう……我の復活地点は、どうにかならんのか。仕方の無い部分もあるとはいえ、あまりにも辺境すぎて移動の手間が苦痛だ」
『いやだなあ、ただの嫌がらせに決まってるじゃないか。諦めてくれ』
「…………」
この野郎、と拳を握りしめるラウム。
彼の全身には、間違いなくレジェス一行と戦った時よりも遥かに凄まじい力が漲っていた。
『そう、その顔。僕は君のその顔が好きなんだよ。見せてくれてありがとう』
「……おのれ、悪趣味な奴め」
『当たり前だろう、悪魔なんだから』
「我は時々、いや、かなり思う。人間っていいなと。こんな奴に振り回されずに済むのだからな!」
『残念だけど、君と僕はとうに一心同体、運命共同体なんだ。無駄な憧れは辞める事だね』
「黙れ暇人」
地獄は、思ったよりも平和らしい。
自分たちを苦しめる悪魔のこんな姿を見れば、果たして人間たちはどんな反応をするのだろうか?
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