聖杯争奪篇
第一幕 アンドロメダ
第17話
俺が俺としてこの世に転生……というか憑依してから、早いもので一ヶ月が経った。
婚約者であるエルトフレイスとの仲は良好で、最近では朝昼夜の食事も全て彼女が持参した手作りの弁当、及び手料理を二人で一緒に美味しく頂いているぐらいだ。
まあ、そのきっかけは俺の従者であるティロフィアが「夢幻の聖杯の所有者たる原作主人公ライトの監視、もとい護衛を陰から遂行するため手が離せないから」という色気の欠片も無いものだったりするんだが。
そんなある日の放課後、今日も今日とて黒毛猿が泊まるバルトロメオ宅の監視を続けているティロフィアからお手紙が届いた。
そういえば言い忘れていたが、ライトは地味に金がかかる事を嫌って寮生活はせず、仲間の一人であるバルトロメオのご自宅に厄介になっているのだ。仲間のリディアとラピスも結構な頻度で泊まりに来るとか。
「ん、どうしたのそれ? 手紙?」
「ああ、ティロフィアからだ」
「んー、ああ。例の定時報告!」
「そうだな」
今や当然のように俺の部屋に入り浸るようになったエルトフレイスが手紙を不思議そうに眺め、すぐに合点がいったと言わんばかりにポンと両手を合わせた。かわいい。
さてさてなかなか事態が動かない事からだらけた空気が漂いだしているが──。
「……なるほど、遂に来たか」
「うん? なにが?」
「弛みすぎだたわけ。先刻、まだ黒毛猿が帰宅しないうちに、拠点であるバルトロメオの家に訪問者があったらしい」
「訪問者……?」
「ティロフィアの記憶が正しければ、我がヴォルケンハイト王国と対をなす大国、レヴァナシア法国の特務機関の人間らしい。どうやらあのラウムという悪魔はまだまだ軍勢を再編している真っ最中のようだな」
「うそ、それって……!」
「例のアーティファクトを狙う陣営による争奪戦が、いよいよ始まるという事だ」
「すぐにあたしたちも行こう!! バルトロメオさんの家だよね!?」
「ああ、無論だ。すぐに準備をしろ」
「うん!」
平穏すぎてライト御一行の気も弛んでいる今日この頃だが、国ぐるみで情報の秘匿に勤しんでいた事を考えれば恐らく、レヴァナシア法国は最速で動いた事になる。
さすがは我が王国の敵というべきか、随分と鼻が利くようだ。
◆
魔法学院や学生寮がある貴族街を抜け、城門にほど近い平民街のとある一角。
どたばたと急いで準備を終えた俺とエルトフレイスは、地獄の釜を攻略した時と同じく音殺しの黒衣を着込んでエロティックな暗殺者然とした格好のティロフィアと合流し、バルトロメオ宅を訪れた。
「はいはい、なんだようっせーな。新聞の営業はお断り……ってなんだお前らか」
「「はぁー……」」
「なんでいきなりため息吐かれたの俺!?」
いよいよ事が動こうとしているというのに間抜け面を浮かべて、まったくこの黒毛猿ときたら……という呆れである。
「えっ、なんで殺る気満々な服装なんすかティロフィアさん。えっ、俺殺られる?」
「んなわけあるか。貴様の持ち物に関する事だ、さっさと中に入れろ」
「持ち物? ああ、まぁわかった。とりあえず入れよ。丁度リディアとラピスも遊びに来てるからよ」
「人の気も知らないで呑気なんだから……」
まったくである。
「早速ですがバルトロメオさん。つい先程、見知らぬ人間が訪問してきたはずです。一見旅人然とした格好の、女が一人で」
「ん、うむ。そうですなぁ。冒険者ギルドを探して道に迷ってしまったというので案内して差し上げたのですが……」
「聖杯は盗まれていないだろうな?」
「ぬ? どういう事ですかな?」
「その人、レヴァナシア法国の特務機関なんだって。つまり、聖杯を狙ってやってきた刺客って事」
「「んな!?」」
その親切心は美徳だが、実は仇で返されていた……なんて事にならなければいいな。
慌ててバルトロメオが聖杯を保管してある場所に走り、すぐに中身を確認して戻ってきた。
余程急いだのか、息が上がっている。
「だ、大丈夫ですな。しっかりとありましたぞ、ほら」
持ってきたんかい。
とりあえず手に取って確認してみるが──。
「……ふむ、本物で間違いない。となればまずは偵察に来た、といったところか……」
「ちょいちょいちょい、待て待て。本当に法国の人間だったのか? お前らの勘違いって事は?」
「世間話に見せかけて、いつ頃どのダンジョンに潜ったか、なんて事を聞かれたりしなかったか?」
「ムシすんな!!」
「聞かれましたなぁ……事が事なので念の為にと誤魔化しておきましたが、我ながらファインプレーでしたかな?」
「アーティファクトを手に入れた、などと漏らしていないだろうな」
「ええ、もちろん。とても刺激的で大変為になる冒険でした、とだけ」
「ならばよし」
黒毛猿が何やら喚いているがスルーで。
接触したのが用心深いバルトロメオで良かったな。特に黒毛猿だったならば普通にべらべらといらん事を漏らして今頃聖杯を盗まれていただろう。
「わたくしの記憶通りならば、あの時現れた女は法国の特務機関、“アンドロメダ”の隊員だったかと。恐らく、本隊も近くに来ているのでは無いでしょうか」
「……まあ、ティロフィアさんが人間違いなんてするわけねーか。で、そのアンコロベタンってのはなんだ?」
「アンドロメダだ、たわけ。法国が信仰する神の名のもとに、上からの命令を遂行する為ならば殺人をも厭わん連中だ。恐らく今回も、必要ならば“非協力的な市民への殺し”を許可されて来ているだろう」
「なっ、なんだそりゃ!?」
「法国にとって国教を信じない者は人に非ずってね。あたしの国も、さすがにそんな奴らの力を借りるのは危ないからって理由もあって、あたしはレジェスの婚約者になったんだよ」
「聞いているだけでもヤバい連中だって事は分かったわー。だけどこれって外交問題ってヤツになるんじゃないの?」
「そ、そうですよぅ。自分の国でも問題ですけど、非協力的だから外国の民を殺しちゃうなんて、そんなの戦争を吹っかけてるようなものじゃないですかぁ」
「ふん、戦争大いに結構、という事だろうさ。実際我が国と法国は過去に何度もやり合っているし、その度に周辺の国々が戦場にされて荒らされてきたのだ」
「めちゃくちゃだわ……」
「両国に挟まれてるアーラムはたまったもんじゃないよ……」
いざとなればこれ幸いと戦争を吹っかけてくるか、はたまた特務機関なんぞありませんとシラを切って無理やり事態を収拾させるかのどちらかになるだろう。
原作では王国と縁を切ったアーラム聖国が藁にもすがる思いで同盟を結んだ法国だが、こんなやり方をする奴らとつるんでいたのでは、遠からず聖国は併合されていただろうなぁというのが正直なところである。
上層部の傀儡となっているおっぱい巫女をはじめ、可愛い女の子も多いんだが。
「……それで、今回我々はどのように動くのですかな?」
「アーラムが戦場となる可能性が極めて高い以上、戦争だけは回避しなければならん。となれば、奴らをとっ捕まえて法国に送り返すか……」
──これは妥協策で、次がメインだ。
「特務機関の連中をこちらに引き入れるか、そのどちらかとなる」
「「はぁ!?」」
ライト御一行プラスエルトフレイスの素っ頓狂な声が響いた。是非もないネ。
「ふっざけんな!! 非協力的な市民とやらへの殺しも辞さないなんつー危ない連中なんだろ!? なんで味方に!」
俺が放った予想だにしなかったであろう言葉を聞いて、ガタンと音を立てて椅子を蹴飛ばし、ライトが吠える。
グッボーイ、グッボーイ。
「たわけ、よく考えてもみろ。いざとなれば相手を殺してもいいぞ、なんていうふざけた事を抜かす連中のもとに送り返せば、任務を失敗してむざむざと帰った特務機関の人間はどうなる?」
「……! それは──」
「当然、他でもない祖国の連中によって殺されるでしょう。レジェス様は、その事を憂いておられるのですよ」
「なる、ほど……言われてみれば確かに、ですなぁ……」
「うん、それはさすがにね……」
「私たちが殺したみたいになってしまいますし、かわいそうですぅ……」
「そっか、そうだよね……ごめんねレジェス、声を荒らげたりしちゃって……」
分かって頂けたようで何より。
これは予想ではなく約束された未来というレベルの話であり、連中を送り返した場合は間違いなくそうなる。
そういう国なのだ、法国は。
「感情論を抜きにしても、我が王国と対をなす法国の特務機関ともなれば、優秀な者しかいないだろう。使わん手は無い」
「お前そっちが本音だろ」
「やかましい。第一、聖杯を最も欲しているのが何者なのか忘れたか? 後々再来するだろうラウム率いる悪魔の軍勢を相手にするには、できる限り多くの仲間が必要なのだ。俺もティロフィアも手札を見せてしまっている以上、必ず対策されるだろうからな」
「それは……うん、そうだね。あたしもそう思う。今更人間同士でいがみ合っている場合じゃないよ。この地上そのものが、地獄になっちゃうかもしれないんだから」
「ですな。しかしそうなるとただ捕まえるだけよりも余程難しくなりますなぁ。まさか国への忠誠心に乏しい者を寄越したりはしないでしょうし」
バルトロメオの懸念はもっともだが、事実は小説よりも奇なりってな。
案外そうでもねえのよ、これが。
「そう言われると思いまして、実はこんな者を連れて参りました。どうぞお入りなさい。レジェス様の御友人に対し、粗相の無いように」
「「へ?」」
エルトフレイスにすらも内緒にしていた今回の隠し玉、そのいち。
「うぇーい! どもども、レジェス様にお仕えする
「……やり直しなさい」
「うぇぃ!? なんで!?」
バカ丸出しで現れた極めて軽装……というかもはや痴女一歩手前な程に露出度が高い、ショートパンツに大胆にもへそをさらけ出し深い深い胸の谷間を露わにした、もはや下着同然の服を着たオレンジ色の長い髪の女。
「レ、レディリーちゃん!?」
「あ、どもども奥方様! ご無沙汰してます!!」
「……まずレジェス様にご挨拶なさい、レディリー」
「イエスマム!!」
「そんな事はいい、話を進めるぞ。レディリー、貴様は床にでも座ってろ」
「はーい!」
レジェス・バランドール個人に仕える三つの影、
あまりにも軽い性格故にティロフィアが一方的に嫌っているのが難点だが、今回の一件に関してはこれ以上とないほどの適任と言えるだろう。
何故ならば──。
「紹介しよう。こいつはバランドール家ではなく俺個人に仕える三人のうちの一人で、元は法国の特務機関に在籍していた女だ」
「そゆことなんで、よろしくぅ!」
「「はぁ!?」」
うん、今回何度目の驚きだろうね。気持ちは痛いほど分かるけど。
俺だって原作を見ていた時は同じことを叫んだからね。
「ほ、法国の人間!? おま、お前そんなのを召し抱えてたのかよ!?」
「レディリーちゃんって法国の人間だったの!? 初耳だよ!!」
「これは驚きですなぁ……もしかして我々が聞いてはマズイ話なのでは?」
「あ、はは……今更じゃない?」
「なんだか、すごい方向にお話が転んできましたよぅ……」
以上がレディリーを紹介されたライト御一行プラスエルトフレイスのご感想である。
是非もないネ。
「やー、実際問題法国ってほんとクソで、特務機関つっても身寄りの無いスラム街の出身がほとんどなんすよー。他に行き場がないし他の生き方も知らないしーな奴らをこれ幸いと捨て駒に使ってるクズどもっす!」
「笑顔で言うことじゃねえ!! つーかバランドールお前、なんでこうお前の周りって巨乳の女の子ばっかなの!? なんなの、お前巨乳好きなの!? エルトフレイスはその筆頭だし!!」
「んな!?」
「このバカ、大人しく座ってなさい。まーたデリカシーの無いことをそうやって……」
ライトの魂の叫びを前に顔を真っ赤にし、思わず胸を隠すエルトフレイス。
フォローしてくれたリディアには悪いけど、そう言われても否定できる材料がないというか、実際レジェスっておっぱい星人だよね間違いなく。
何はともあれ、満面の笑みを浮かべて暴露したレディリーの言葉が全てなんよ。
「こいつが言った通り、特務機関と言えば聞こえはいいが身寄りの無いスラム街の孤児たちを良いようにこき使っている、というのがアンドロメダの実態だ。故に、案外説得はそう難しい事じゃあない」
「そうなんすよー! レジェス様はイケメンで才能ありまくりでお金もたっくさんあるんで、勤め先としては花丸百点満点なんですわ!」
「そう思うならもっと丁寧な言葉遣いをしろと何度も言っているでしょう。だからあなたは表に出せない影衆なんです……」
深く、深~くため息を吐いてボヤくティロフィア。彼女が言う通り、こんなアーパーを表に出して連れ歩いてたら俺の品性が疑われるわ。
逆に言えば、
「で、だ。レディリー」
「うぃっす!! えっとですねー、今回来た特務機関の奴らは、幸いにもレディリーちゃんの顔見知りのはずなんすよねー。なんで、説得役に任命されましたぁ!」
「ええ……こんなのがそんな重要な役をして大丈夫なのかぁ……? つーかちゃんと戦えるんだろな? なんか結局失敗して俺らが尻拭いをする未来が見えるんだけど」
「そもそも顔見知りのはずという根拠はあるのですかな?」
「うぇい!? 信用ゼロ!!」
「当たり前です。出身国は違えど同じスラム街の生まれとして恥ずかしい……」
「レディリーちゃんとティロフィア、どこでこんなに差が着いちゃったんだろうね……」
そういうわけで、元特務機関の人間であり現在この国に潜伏している連中とも顔見知りであるレディリーに説得させる事で、こちらに引き入れようという手筈だ。
どこで差が着いたか? 慢心……環境の違い……元々頭がアレ……色々あるよ。
「ふん。こんなアホでも俺がわざわざ使っている理由を考えろ。優秀でなければ誰が好き好んでこんなアホを雇うか」
「二回もアホって言った!! でもそんなクールで刺々しいレジェス様も素敵ぃ……!」
「えぇ……」
「おいバランドール、本当にこいつで大丈夫なんだろうな? ものすごく心配というか正直不安しかねーんだけど」
「……これでも優秀は優秀なんだ」
「おい目を逸らすな」
しょうがねえだろ知ってる俺でも疑っちゃうレベルでアーパーなんだから!
なんかビクンビクンしてるレディリーからはそっと目を逸らしつつ……。
「お猿様、そこまで言うのならばこのアホと一戦交えてみるのはいかがです? そしてコテンパンにされれば多少は信用できるでしょう。これでも本当に腕は確かですので」
「……いいのかよ?」
「好きにしろ。おいレディリー、さっさと立て。このままだと俺の頭まで疑われかねん」
「手遅れじゃないかなぁ……変な子だとは思ってたけど、ここまでだとは……」
「天命、承りました。私の痴態で偉大なるレジェス様の名を汚すわけには参りませんので、本気でいきます」
「急にまともになった……」
「常日頃からそうしてください……」
こんなアホでも
頭は悪いが、自分のおふざけで俺が疑われているのを把握するぐらいはできるのだ。頭は悪いが。
「本気でやるのはやめてやれ。それは黒毛猿が死ぬ」
「畏まりました」
「な、舐めやがって……ラウムの野郎との激闘でパワーアップした俺の勇姿をとくと拝ませてやるぜッ!」
その後、王都近郊で行われたアホ対バカの戦いは、一瞬で決着がついた。
当然、
「勝ったのにレディリーと書いてアホと読まれた気がするっす!?」
「納得……いかねえ……なんで俺がこんなアホに……ガクッ」
……大丈夫かなあ。
呼んでおいてアレだが、なんか不安になってきたゾ。
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