第18話
栄えある大国ヴォルケンハイトの王都が夜の闇に包まれ、住民たちが寝静まり、大人の遊び場がフル回転する夜更け。
旅人のような装いの者や商人風の服装に身を包んだ者たちが集まり、何やら怪しげな会話をしていた。
まあ、はっきり言ってしまえば夢幻の聖杯を狙って王都に潜入したレヴァナシア法国の特務機関の連中なんだが。そして、俺はそれを「鼠の眼」というネズミの形をした使い魔を通して遠視ができる魔具を使って覗いている次第である。チューチュー。
──全くの余談だが、この魔具にはネズミ以外にも犬や猫を模したタイプも存在し、そちらは「女性に抱っこしてもらってやわこい感触を満喫する」という全人類の夢を実現できるとして大人気だったりする。もちろん俺も持ってるしこっそり使って人懐っこい野良猫を装い、ふやけた表情と化したエルトフレイスに抱っこしてもらった。控えめに言って最の高でした。
最先端技術はまず戦争に用いられ、次にエロに使われるという格言はこの世の真理であるという事だ──。
「ちっ、どこぞの冒険者が入手したという情報を得てはいるが、それが肝心の誰かは相変わらず分からねえのか」
「最近発見されたアーティファクトについて聞き込みをしようものなら、憲兵がすっ飛んできそうなぐらいの警戒度合いだぜ。俺たちの事がバレてんじゃねえのか?」
「まーまー、ちょっと頭を捻ればハンパねー強力なモンだってのは察しがつくし、奪われないように気を張るのは当たり前じゃん?」
「何を呑気な。時間をかければかけるほどブツを狙う陣営が増えやがんだ。万が一にも失敗するわけにはいかない以上、事を急いで進める必要があるんだぞ」
「わぁかってますって、だからといって焦って捕まってたんじゃ元も子もねーじゃねえですかー」
「一理ある。元より我々に退路など無いのだから。それに、候補は絞れてきただろう」
「ちっ、何を偉そうに……」
揃ってフードを被っていらっしゃるので顔はよく見えないが、数はそう多くない。さすがに本隊は王都の外に潜んでいるか。
どうやら会話の内容からして特務機関の連中は思うように情報を集められていないようだ。方々に手を回した甲斐あって、とあるアーティファクトを狙って他国の工作員が潜入してくるだろうという情報はしっかりと伝達できているからな。
そのアーティファクトをライトという学生兼冒険者が所有しているという事を知っているのは、ごく一部のお偉いさんに限られるけど。末端が尋問や拷問でポロッと漏らしてしまわないようにするための策だね。
「……いつまでもここで話しているとマズイか。どこに目があるとも限らん」
「ああ? こんだけ雁首揃えてド素人に出し抜かれるわけねえだろうがよ」
「馬鹿が。ここはヴォルケンハイトの都だぞ? 貴様らでは手に負えんような大物がそこらに居を構える魔城だ、用心はいくらしても足りん」
「ちっ……」
「まーまー、そうカリカリしなさんな。タイチョーのおっしゃる通りですよん。特に、若くして
「……! バランドール……お姉ちゃんの仇……」
「アメストリア。レディリーの事は忘れろと言ったはずだが?」
「……ヤ」
「はぁ……」
タイチョー!?
なんか妙にかっちりした口調の奴がいるなとは思ったけど、特務機関の隊長がもう入ってきてんのか!!
ほーほー、となるとメンツが大体分かってきたぞ。
やっばいなこれ、こいつら一人一人がライトじゃ手に負えない強者たちだ。本隊は王都の外に潜んでいるとはなんだったのか。
それに、一際ちっこいのはやっぱりアメストリアか……。
無表情無口のチビな彼女は、恨めしそうに俺の名を呟いた事からも分かると思うが、あのアホことレディリーの実妹であり、法国が秘密裏に行った人体実験により「黄昏のルーン」というアーティファクトを心臓に埋め込まれた、ほぼ不死身の人間兵器だ。
マジかよ……思ったより法国がガチで来てんじゃん。
はっきり言おう。
特務機関の隊長と、人間兵器アメストリアの二人は、うちのおっぱい従者ティロフィアよりも強い。その上他の奴らはともかくとして隊長は特務機関で唯一法国の上流階級の生まれであり、連中の神を深く信仰する殉教者でもある。
つまり、説得は十中八九無理である。原作通り、隊員との仲があまり良くないように見えるのが救いか……。
うーん…………。
レディリーにアメストリアの説得を任せたとして、果たして上手くいくだろうか。あの子は暴走するとマジでやばいから何がなんでもこちらに引き入れたいんだが……失敗したら、最低でも無力化が大前提。場合によっては……かなり惜しいが殺すしかないな。
ただ、そうなるとライト御一行や下手したらエルトフレイスとの仲が決定的に裂ける可能性がある。
ええ、どないせえと……。
◆
「……アンドロメダの連中を発見した」
「ほんと!? さすがレジェスね!」
「だが……困った事になった」
「? どうしたの?」
あの後は結局大した情報を得られなかったので「鼠の眼」を解除して意識を寮の自室に戻し、隣で待機していたエルトフレイスに特務機関を発見した事を報告する。
そういえば、謎変換が機能しているところをみるに事が大きいからか、レジェスの意思もまだ起きてるんだな。
「レディリー、いるか」
「はいはーい! どしたんすか? もしかして夜伽ですか!?」
「えっ!?」
「ふざけた事を抜かすと生まれる前に還すぞ貴様。俺はエルト以外の女に興味なんぞひとかけらも無い」
「すいませんでした……」
ええい、なんでお前はそうエブリデイアホなんだ。今それどころじゃねえんだよ空気読めや!
あ、そうそう。引き続きバルトロメオ宅の監視、及びライトの護衛を務めているティロフィアに代わり、このアホが俺の世話役として控えるようになったんだよ。
「レディリー、よく聞け。貴様の妹がアンドロメダの隊長と共に潜入して来ている」
「えっ……」
「アンドロメダの、隊長……!! それに妹って……レディリーちゃんの?」
予想だにしていなかったのか、おどけた笑みを消して呆けるレディリーと、疑問符を踊らせるエルトフレイス。さもありなん。
「あの子……アメストリアが……」
「エルト、お前は知らんだろうから教えておいてやる」
「う、うん」
「こいつにはアメストリアという名の実の妹が居てな。法国の連中が行った人体実験によってアーティファクトを埋め込まれ人間兵器となったアメストリアを救い出す事を条件に、こいつは俺と契約して配下になったんだ。その妹が今この王都に来ている」
「なっ……人体実験って……」
「埋め込まれたアーティファクトの名は、黄昏のルーン。“減衰”、あるいは“衰退”の概念を宿した危険極まりない代物で、時間を操る力を持つ。つまり、それを宿したアメストリアは俺と真っ向から戦える数少ない人間だ」
「……あなたと……!! まさか、そんな人がいるなんて……さすが法国だね……」
驚愕に目を見開くエルトフレイス。
人間兵器の名は伊達では無く、本来ならば終盤も終盤で暴走して暴れに暴れ回り、何度もレジェスに殺されてはその度に蘇り、しかしその都度傷が増えていく妹を見かねてレジェスの元から離反したレディリーが決死の特攻によって唯一の弱点である心臓を潰して相討ちに持ち込み、姉妹一緒に死ぬ……悲劇の少女。
それが、アメストリアだ。涙抜きでは語れない原作における名シーンの一つである。
終盤のボスがこんな序盤で出てくるとか何の冗談だくそったれ。それでも手加減抜きでいいならまず俺が勝つが、まさか殺してしまう訳にもいかないし、面倒極まりない。
「……レジェス様、どうか、どうか私に妹の説得を任せてくださいませんか?」
「分かっている、そういう契約だろう。初めからそのつもりだ。ただ、失敗するな。必ず妹を助け出してみせろ」
「はいっ!!」
「レディリーちゃんにも、色々と抱えてるものがあったんだね……見直しちゃった。ほんと、あたしって知らない事だらけだなぁ」
「しんみりしている場合ではないぞ。アメストリアも厄介だが、アンドロメダの隊長も来ているというのは予想外だ。まさかここまで力を入れてくるとはな……奴は上流階級の生まれだから捨て駒にされる事は無いはずなのだが……」
「隊長って言うからには、やっぱり……強いの?」
「ああ。恐らくティロフィアよりも上だ」
「うそでしょ……!? そんなのが来たら、ライトじゃひとたまりもない!」
「だから困っている。他はともかく、隊長だけは説得もまず無理だろうしな」
まだアメストリアは実の姉であるレディリーによる説得という取っ掛りがあるからマシなんだが、隊長の方は本当にどうしようもない気がする。
やはりこちらの方は捕まえて送り返すしか手はないか……。でもなあ。
「説得ができないとなると、捕まえるしか無いよね……その隊長さんでも、やっぱり国に戻ったら殺されちゃうのかな……」
「……何とも言えんな。身分もそうだが、実力的にも得難い人材である事は確かだ。それに、大人しく捕まってくれるとも思えん」
「どういうこと?」
「恐らく、捕まって恥を晒すぐらいならば自分ごと巻き込む大魔法を使って、敵国である我々を少しでも多く道連れにしようとするだろうからな」
「に、人間がそんな事をするの……!?」
「ティロフィアが持つピュアストーンを使って魔法を封じた上で……しかし、ティロフィアでもあれには勝てん……どうする……」
あの隊長の厄介なところは、魔法を封じられたとしても普通に強いという事だ。ホームである王都での戦いだから幾つもの手を禁じられるティロフィアでは、魔法抜きでも隊長には勝てないだろう。
しかし俺は万が一に備えてアメストリアの方に向かう必要がある。なんせ暴走してしまえば下手をすればこの王都が消し飛びかねないからな。
まとめてかかってくるのであれば俺が片付けて終わる話なのだが、恐らくそうはならない。何故なら、真っ向勝負では俺には勝てないという事は向こうも承知しているはずだからだ。連中の目的はあくまで夢幻の聖杯を奪取する事だしな。
はぁ……これは、本当に困ったぞ……。
せめて俺が公爵になってから来てくれてれば、幾らでも手はあったんだが……。
時間をかけて各個撃破で……いや、そう上手く事が運ぶとは思えないし下手に時間をかけて他の陣営まで参戦してくれば面倒どころではないし……。
無性に不貞寝したい気分だあ……。
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