第19話


 新しい朝が来た。

 昨夜は特務機関の連中にどう対処したものかとひたすら頭を悩ませていた俺だが、エルトフレイスがふと呟いた「そういえばメゾバルド先生が何かあったら力になるぞって言ってたよね?」という言葉に希望を見た。


 極力身内だけで問題を解決しようとする原作レジェスの悪癖が出たのか、ただ単純に視野狭窄に陥っていたのか。うん、後者か。俺は俺だ、いざとなれば人のせいにするのはよくない。バカで愚かな小物のする事だ。

 とにかく、法国の特務機関アンドロメダを相手にしても政治問題にはなりにくい上に実力も確かなメゾバルド先生は、援軍としてうってつけだと言える。おまけに性格も良しときたらマジで最善ではなかろうか。


 俺が留守にしている間に事が動いたのではたまらないと学院にはしばらくお休みする旨を伝えていたのだが、早速先生に協力を仰ぎに行く──というのが昨夜の最終的な結論である。


「…………」


 記憶を掘り起こし、今日やるべき事を思い出した俺は身体を起こしたのだが……ティロフィアでもレディリーでもない女がじっとこちらを見つめている事に気が付いた。


「ああ、おはよう。来ていたんだね」


「……?? …………!!」


 コクコク、と首を縦に振る金髪でゴスロリな服装の少女。

 一瞬疑問符を頭に踊らせていたのは、エルトフレイス曰く激しくキャラが違う素の俺を初めて見たからだろう。朝だからかやっぱり謎変換はまだ働いていないのだ。

 ……きちんと今日も傍にエルトフレイスが居るというのに寝ているあたり、レジェスの意思もそれなりに俺の事を認めてきてくれているのだろうか?


 と同時に──。


「ん……おはよぉう……ん!? えっ、なんか知らない女の子がいる!!」


「おはよう、エルト。そういえばこの子とはまだ顔を合わせた事が無かったっけ」


「レジェスも爽やかだし……ええ、あたしまだ夢見てるのかな……?」


「…………!?」


 エルトフレイスにとっては初めて見る少女が、夢の中の住人扱いされた事に大きく首を振って否定の意思を示す。

 埒があかんからさっさと紹介しよか。いつまでも名前を呼ばないのもかわいそうだ。


「紹介するよ。彼女はレディリーと同じく俺個人に仕える三影衆みかげしゅうの一人で、名をアリスという。見ての通り、ちょっと事情があって言葉を話す事ができないんだけど、仲良くしてあげてね」


「……あ、そ、そうなんだ。えっと、アリスちゃんって言うんだね。あたしはレジェスの婚約者、エルトフレイスだよ! そっか、喋れないんだね……でも可愛い! お人形さんみたい! 胸は無いけど……巨乳ばかりってわけでもないんだ……」


「……! …………♪」


 言葉を話す事ができない少女、アリス。

 曲がりなりにも一応はメイドとしての教育も受けているレディリーとは違い、この子はその障害がある故に表に出す事が不可能なので礼儀作法には疎い。金髪という事からも分かるかもしれないが、一応生まれは貴族なんだけどね。

 つーか最後、ボソッと言ったけどしっかり聞こえてるからな。別にレジェスは胸の大きさで部下を決めてるわけじゃねえから!



「簡単な受け答えもできない以上、従者として連れ歩く事は難しいけど、だからといってずっと裏の世界に置いておくのはこの子がかわいそうだからね。しばらくはアンドロメダの対処に忙しくて他の貴族や権力者と顔を合わせる予定は無いから、俺の護衛として来てもらったんだよ」


「!! …………!」


 アリスがこころなしか目を輝かせてぺこぺこ頭を下げてくる。何を思っているのかは想像するしかないが、顔を見るに大なり小なり感動してくれたのだろう。


「はー……ちょっと、いやかなりアレなレディリーちゃんとは打って変わってまともな子だねえ……って、そういえばそのレディリーちゃんはどこ行ったの?」


「アンドロメダの情報をティロフィアと共有し、妹のアメストリアを救い出すために俺たちとは一旦別行動をしてる。で、アリスは空いた世話役としての補充要員ってところ」


「ああ、なるほど。それもそっか……」


「……?」


「今日はすぐ学院に行って、メゾバルド先生に協力を仰ごう。その後は先生の返答次第といったところかな」


「…………」


「あ、あれ? なんか不安そうだね、アリスちゃん」


 おお、よく分かるな。

 アリスは言葉を話せない上に表情の変化もあまり激しい方ではないから、身内からすらも誤解されがちなんだが。


「大丈夫だよ、アリス。学院へ行くといっても先生と少し話して終わりだ。他の貴族とはそう顔を合わせないし、この俺が礼儀作法を守ってやるだけの価値がある者なんぞ生徒にはおらん」


 うわ、ビックリした!! 俺が喋ってる途中で急に謎変換が働き始めたぞ!?


「…………???」


「い、いきなり元に戻った!? こんなパターンもあるの!?」


 自分で言うのもなんだが、最初は爽やかな好青年だったのが途中からいきなり傲慢な俺様口調に変わったからね、驚くよね。

 慣れつつあるエルトフレイスでもきっちり驚いているし、アリスに至ってはあまりにも意味不明な主の生態に口を半開きにして壮大な宇宙を背負っている。


 ──とと、急がないと授業が始まってしまうな。

 さっさと先生をつかまえないと無駄に時間を浪費する事になる。


「エルト、悪いが身支度は後だ。授業が始まる前に先生と接触しなければならん」


「うっ、乙女的にはちょっと抵抗が……」


「ならここで待っていても構わんが?」


「わーん、レジェスのいじわる! 分かったよぉ、お風呂は後にする……」


 体を清めずに出かけるというのは貴族的にも割と抵抗があるが、特務機関の連中がいつ動き出すか分からない以上、事が落ち着くまでは常に迅速に行動する必要がある。


 イクゾー!!



 ◆



「おう、いいぞ!! さすがは法国というべきか、動きが随分と早いな……」


「ありがとうございます。つきましては、俺の従者と合流してアンドロメダの隊長の対処に当たって頂きたい」


「なるほど、確かに生半な使い手ではアンドロメダの隊長……レノス・マックールの相手は務まらんだろうな!」


「そういう事です」


 幸いにも、お目当てのメゾバルド先生は学院の校門前に立ち、登校してくる生徒たちと挨拶を交わしていたのですぐ接触できた。おまけに協力の依頼は一発オーケー。


 なんというか、さすがである。


 ただ問題は──。


「でも、これからすぐにとはいかないですよね。先生は授業がありますし……」


 エルトフレイスの言う通り、先生はあくまでもこの魔法学院の教師であり、クラスの担任として指導にあたる身でもある。

 要は、とても忙しい人なのだ。


「うーん、そうだなあ。学院長と交渉して何とか早上がりさせて頂けないか頼んでみよう! 何、こんな事もあろうかと事前にある程度の話は通してあったんだよ!」


「それは助かりますが、先生の立場が悪くなるのでは……」


「ハッハッハ! 問題は無いさ! 子供が大人の心配なんぞするもんじゃあない!」


「すみません、ありがとうございます……」


 漢気溢れるメゾバルド先生に俺とエルトフレイスは頭を下げ、それを見たアリスも慌てて頭を下げた。

 実際のところ、我が王国にとっての仇敵である法国の特務機関が潜入して来ているという今回のような場合であれば、恐らく学院長も一定の理解を示してくれるはずである。


 それはそれとして減給を食らうぐらいは普通にありそうだが。下手に話を大きくして国が絡んでくると政治問題になりかねないからな。同様の理由で無事に切り抜けても恐らく手柄として取り上げられたりはしない。

 法国がこの国に潜入してきたなんて公表すれば戦争になりかねないとはいえ、すまねえ先生……。



 さて、これでひとまず特務機関の隊長こと、レノス・マックールをどうにかする算段はついた。メゾバルド先生ならば、ティロフィアの援護があればマックール隊長とも互角に渡り合えるだろう。

 ……それでも互角というあたりにマックール隊長の化け物ぶりが目立つな。


 次はひとまずレディリーと合流して、もう一つの爆弾であるアメストリアへの対処に集中させてもらおう。




 その後、先生と一旦別れてレディリーの元へと向かう道すがら。

 尚、その間に一時帰宅して軽くシャワーを浴びてきた模様。魔具様々である。


「そういえば、三影衆みかげしゅうの一人って事は、アリスちゃんも強かったりするの?」


「ああ。だがこいつの戦い方は我々のホームであるこの王都で披露するには少しばかり問題がある」


「どういうこと?」


「…………」


 あ、責められてると思ったのかアリスがしょんぼりしてる。

 ちゃうねん、謎変換のせいで無駄に刺々しくなってしまうだけで責めてるつもりは無いんすよ。


「そうしょげるな、アリス。別に文句があるわけじゃない。こいつは……そうだな、アメストリアと似たような生い立ちでね。他人には真似できない戦い方ができる。特に、対多数を相手にすれば俺に次ぐ戦力となるだろう」


「アメストリア……ちゃん、と似たような生い立ち? って事は……ああっ、ズケズケと踏み込んじゃってごめんね」


「…………」


 やっぱりしょぼんとしたままのアリスを見て慌てて謝るエルトフレイス。

 まあ俺が遠回しに表現した通り、アリスは法国のアメストリアとはまた別口で人体実験を受けた人間兵器で、とあるアーティファクトをその身に宿している。もちろんと言ってはあれだが、両親はとっくに死んで天涯孤独の身だ。それをレジェスが保護したわけだな。


 そう勿体ぶるような事でも無いしゲロってしまうが、この子は「冥界のなみだ」という小さな石の形をしたアーティファクトが心臓と一体化している。その力を使えば、なんと死者の軍勢を操る事ができるのだ。ただし、そちらに魔力をとられるから魔法はほとんど習得していないが。

 人体をも軽く切断する鋼糸の使い手でもあり、その糸をもって相手の動きを縛り、操り人形とする事もできる。そんな具合で、頭がアレなせいで表に出せないレディリーとはまた別の理由から、障害が無くともアリスを表に出す事は難しい。故に影衆なのだ。


 余談だが、三影衆みかげしゅうはメイドではないし表に出る事も無いので、基本的には私服でオーケーだったりする。



 さて、そろそろレディリーとの合流地点だが、何か動きはあったかな? 明るい内から活発に動くとは考えにくいが、逆にそこを突いてくる可能性もあるからな。


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