第15話


「お疲れ様でした、バランドール様。上位の冒険者パーティーが壊滅する程のダンジョンを、これほど早くクリアして戻って来られるとは、流石でございますな」


「いや。今回に限っては俺は大した事などしていない。褒めるのならば主力として戦い抜いた後ろの連中に言ってやるといい」


 主であるラウムが地獄に死に戻りした事によってアーティファクト「夢幻の聖杯」が機能停止し、ただの洞窟へと戻った地獄の釜を脱出した俺たちは、報告のために今こうして王都のギルドマスターと面会している。その当人は喜色満面といった様子で俺を讃えてくるが、実際今回の俺はほぼほぼ腕組みして後方師匠面していただけなので、後ろでカチコチになっているライト御一行プラスエルトフレイスを指さしておく。親指でビッと後ろを指し示すアレだ。


「ほうほう、なるほど……君は、ライトくんだったかな? 確かバランドール様のご学友で、平民ながら学院内でも指折りの実力者だとか……いやはや見事なものだよ」


「い、いやぁ!! それほどでもねぇっつーかあるっつーか!? あ、あはは!!」


「声が裏返ってるわよ、バカ……」


「着ている防具の有様を見れば分かるとは思うが、こいつらはダンジョンの主だった悪魔との戦いで大なり小なり負傷している。可及的速やかに腕利きの回復魔法使いに診てもらいたいのだが。そこの女はもう魔力切れなのでな」


「お、おいバランドール! 何もそこまでしてもらわなくたって……あててっ」


「たわけ。黒毛猿の分際で遠慮などするもんじゃあない。あれだけの軍勢を溜め込んでいた大悪魔を倒したのだ、この程度の計らいも無いのでは割に合わん」


「軍勢、ですか……。ええ、もちろん我がギルドが誇る腕利きの術師に診させましょう。すまないが、ライトくんたちは受付で待っていてくれるかな? 私は少しバランドール様やアーラム殿下とお話しなければならない事ができたのでね」


「うっす! わかりました!! んじゃバランドール。このアーティファクトはありがたくもらってくからな! 後でやっぱり返せは無しだぜ?」


「そんなみっともない真似を俺がするか。とっとと行け」


「へへっ、おう! そんじゃあまた学院でな~!」


「此度は大変お世話になりましたなぁ、バランドール様。次にお会い出来る日を楽しみにしておりますぞ」


「また冒険しようねー!」


「し、失礼しますぅ!」


 こうして最後まで騒がしいまま、ライト御一行は案内役のスタッフに連れられて去っていった。恐らくそう時間のかからないうちにギルドの回復魔法使いが飛んできて、綺麗さっぱり治療してもらえるだろう。


「エルト、とりあえず突っ立ってないで座れ。込み入った話になるだろうからな」


「あ、う、うん。あの悪魔の事だね……」


「改めて、地獄の釜で起きた事を教えて頂けますか?」


「ああ。とりあえず──」



 ライト御一行がいる間は人の良さそうな笑みを浮かべていたギルドマスターは、しかし奴らが退室するとすぐに鋭い表情へと変わった。

 どれだけ優秀でも所詮は平民である彼らを巻き込むには少し内容がデカすぎる。あちらもあちらで、バルトロメオあたりがあのラウムという悪魔の事について軽々しく口外しないように言い聞かせてくれるだろう。

 平民といえばティロフィアもそうだが、彼女は俺の従者なんで。今も話の邪魔をしないように空気と化してくれているし、俺の命令があれば絶対に口を割ることは無い。


 地獄の釜で起きた出来事──特に、万を軽く超える軍勢が集結していた事を説明すると、やはりというべきかギルドマスターは顔を顰めた。


「地を覆い尽くす程に大量の、悪魔の軍勢ですか……地上の環境を地獄のそれに変えられるだけの力を秘めたアーティファクトを回収できたのは幸いですが──」


「ああ、爵位持ちの悪魔ともなると溜め込んである命のストックは数千単位だろう。たった一度の失敗で懲りるとは思えん」


「だね。あれだけこっぴどくやられたんだから、また軍勢を集めるのは時間がかかるだろうけど、絶対にまた現れるよ。あのラウムっていう悪魔は」


「いやはや何とも、あの時地獄の釜を紹介した自分の英断を褒め称えたい気分です。バランドール様やアーラム殿下がおられなければ、最上位の冒険者パーティーですらも壊滅していたやもしれません」


「ふん、そうなれば更に膨れ上がった悪魔の軍勢が、我が王国やエルトの国になだれ込んでいたわけだ。ダンジョンの管理体制に些か問題があると言わざるを得んな。この俺がいる限り王都が落ちる事は無いが、生憎身体は一つしかないんでね」


「もしラウムクラスの悪魔が何体もいたら、アーラムの精鋭たちでも国を守り切れなかったかもだし……どうにかしないと」


「ええ、おっしゃる通りでございます」


 痛いところを突かれた、と言わんばかりに顔を伏せるギルドマスター。腹の中で何を抱えているかはさておき、今回俺たちがクエストを引き受けなければ大事になっていた可能性が高いだけに、国にせっつかれる格好の材料を与える今回の事件は、そりゃあギルド的には面白くないだろうさ。


 たとえばラウム率いる悪魔の軍勢がもっともっと数を増やし、奴以外にも爵位持ちが複数協力していた場合。小国故に我がヴォルケンハイト王国と比べれば突出した戦力が少ないアーラム聖国に悪魔どもの矛先が向かってしまえば、恐らくなすすべも無く滅びるだろう。

 そんな大事件を、ギルドは未然に防げていたはずだったのだ。今回は俺たちの活躍で何とかなったけど、肝心の俺とエルトフレイスは本来部外者なわけだしな。


「今回の事件を国に報告し、騎士団の皆様と緊密に連携をとって悪魔たちの動きを警戒し、未踏破ダンジョンの早期発見に努めます。アーティファクトの回収に関しても、力を入れなければなりますまい……」


「現世では大きく力が制限されるが故に単独の悪魔はそこまでの脅威とは看做されなかったが、今回のようにその常識を覆す効果を秘めたアーティファクトまでも存在する。他にも似たような物があるのならば、是が非でも我々人間が先に回収せねばならん」


「分かっていたつもりだったけど、本当にとんでもないね、アーティファクトって。今回の聖杯、管理するのがライトたちで大丈夫なのかなぁ……レジェスが持っていた方がよかったんじゃないの?」


「約束は約束だからな。ま、国の方から奴に接触するかもしれんが」


「有り得ますなぁ……ライトくんには少し申し訳ない気分です」


 かもしれないというか、原作通りならば次はあの「夢幻の聖杯」を巡った騒動が起きるのだと、俺だけは知っている。


 未だ学生の身である自身が恨めしい。

 いくら次期公爵と言えど、たかが学生では出来ることも限られてしまう。



 引き続き、ギルドマスターと数分間話し合った後に退室し、そう遠くないうちに起きるはずの騒動にどう介入するか考えておく。



「ねえ、レジェス」


「なんだ」


「実際の話、あんな危ないアーティファクトをライトなんかが持ってて大丈夫なの?」


「さてね、悪魔に限らず様々な連中から狙われる事は間違いないが……あの男が大人しく手放すとは思えんな」


「悪魔に限らず……って……まさか、他国の間者が奪いに来るかもって事?」


「一番力を入れてくるのが悪魔である事には違いないだろうがな。丸々一つのダンジョンを地獄に似た異界へと変貌させてしまう程のアーティファクトだ、使い道は幾らでもある」


「具体的にはどういう使い方?」


「そうさな……恐らく可能だろう、としか言えないレベルの話だが──海で隔てられた国境を陸地に変えて繋ぎ、攻め込むとかだ」


「……!? そ、そんな事が出来たら世界がめちゃくちゃに……!! やっぱりライトに任せておくのは不安だよ!」


「分かっている。状況が動くまでにはまだ時間があるはずだ、その間にできるだけの手は打つさ。分かったな、ティロフィア」


「畏まりました。できる限り穏便に、ですね」


「なんかティロフィアが言うと不穏……」


「一度誰かに盗まれてしまうのが手っ取り早いんだがな。そうして黒毛猿の管理能力に問題があると知れれば、まず国が放ってはおかんだろう」


「うっ……あたしの旦那様もなんか不穏な事を言い出し──あっ、今のなし!!」



 ん?

 今あたしの旦那様って言った?


「エルト、今──」


「何でもない! 何でもないから!! あっ、ほら寮が見えてきたし帰るねそれじゃあまた明日!!」



 顔を真っ赤にしてピューっと走り去る、とても可愛い我が妻。

 絶対言った。確実に言った。あの様子は間違いない。つまり向こうも常日頃からそれだけ俺の事を意識するようになってくれたという事でなんだ最高じゃねえかここは天国か?



「柄にもなくお顔が真っ赤でございますよ、レジェス様」


「や、やかましい」


「ふふっ。夫婦仲が睦まじくて何よりでございます」



 我が従者は今までで一番楽しそうだ。

 俺の幸せは自分の幸せ、とか真顔で言い切るタイプだなこいつな。


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