第14話


「我は地獄の伯爵、ラウム。このアーティファクトを拾う事で莫大な力を手に入れ、瞬く間に我が故郷たる地獄での地位を押し上げた。我が望みは単純明快、人間どもの国を一つ二つほど落とし、この地上に悪魔の楽園を作る」


「なんですって……!?」


「やはり、あれだけの数を揃えていたのは王国へ侵攻するためだったわけですな……!」


 なんか勝手に語り出したラウムの言葉に驚き、顔を険しくするエルトフレイスたち。俺は元々険しい顔をしているので表面上はいつも通りだ。

 ただ、ラウムの目的が明かされるのって原作ではもっと後だったはずなんだが。


「いかにも。だが、せっかく集めた兵隊どもは事もあろうにたった一人の人間に蹴散らされてしまった。全く、驚愕するほかあるまいよ」


「…………ふん」


 続いた言葉に一同の視線が思わずといった様子で俺に集中する。こっちみんな。

 しかしまあなるほどなぁ。原作と異なる展開になった理由がそもそも分からんが、昨日の軍勢を一瞬で潰した俺に備えて、この大広間にあれだけの数を集めていたわけだ。おまけにそれも結局俺たちに潰されちまったと。



「それだけではなく、有象無象かと思われた貴公らもなかなかどうしてやるものだ。故に我は認識を改め、わざわざこうして直接出張ってきてやったのだよ」


「……へっ、話は終わりか? てめえもここでぶっ潰してやるぜ! 先手必勝だ!! 術式展開、コード“シャインブラスト”! 解放ォ!!」


 ラウムはまだまだ語りたがっていたが、それを待つ理由はないと言わんばかりにライトが詠唱しながら突撃し、右手に光の力を宿して大悪魔を殴りつけた。


 たしかに命中した拳が輝き、眩い光と共に爆発する。

 ライトは魔法使いでありながらも接近戦を得意とするステゴロの“魔法拳士”、あるいは“魔法剣士”と呼ばれるタイプの人間なのだ。


 悪魔は光の力に弱い。

 そこらのザコならばこれでケリがついているところだが──。


「やれやれ、少々行儀が悪いな」


「くっ……なろぉ!!」


 爆煙が晴れると、渾身の一撃を難なく受け止められ悔しげに顔を歪めるライトと、余裕綽々と言った様子で肩を竦めるラウムの姿が見えた。ついでに先程まで奴の手にあったアーティファクトの姿がないので、どこかにしまったらしい。

 続いてライトは光の力を脚に宿して蹴りを放つも、今度は避けられる事すらもなく身体で受け止められる。うん、ダメージは無さそうだ。


「軽いな。よいかな? 攻撃とは、こうやるものだっ!!」


「ぐげぇっ!?」


「ライトさんっ!」


「あのバカ、突っ走りすぎだっての! おっさん!!」


「分かっていますぞ!!」


 あっこれ骨折れたかな、と思わざるを得ない鈍い音を響かせた大悪魔の蹴りをまともに食らったライトが吹き飛び、運良くその方向にいたラピスがなんとか受け止めそのまま回復を始めた。


 すぐさまバルトロメオが時間稼ぎも兼ねて大盾を構えて突貫し、リディアが後ろから弓でそれを援護する。


「ほほう? 先程の小僧よりは骨がありそうだな、貴公」


「見ての通り、伊達に歳は食っておりませんのですなぁ!」


「あんにゃろ、おっさんとやり合いつつサラッとアタシの矢を払い除けるとか半端ないわね!?」


 バルトロメオの大盾に押されたラウムはさすがにたたらを踏んだが、体勢を崩すことはなく、それを見たバルトロメオが大剣を振るって果敢に攻める。

 しかしラウムもさるもので、鋭い剣を思わせる脚や鋼のような腕をフルに使い、体術のみでバルトロメオと互角以上に渡り合っていた。それどころか、隙を縫うように飛んでくるリディアの矢を蝿のように叩き潰す余裕すらある。


 なかなか大した肉体派悪魔だ。


「あの悪魔、強いよ……!」


「そりゃまあダンジョンの主だからな。これまでとは格が違って当然だろう」


「左様でございますね。それに、地獄の伯爵だという言葉が本当なら奴は“爵位持ち”の悪魔という事になります。今までに倒してきたザコ悪魔が束になっても、爵位持ちには傷一つ付けられないと聞きますから」


「の、のんきに解説してる場合じゃないって!!」


「まあまだ問題は無かろう。いざとなれば俺がいる、やれるだけやってみろ」


「うぐっ……わかった……」


 ライト御一行が必死に攻めてもろくにダメージすら与えられていない様子を見てエルトフレイスが焦っていらっしゃるが、爵位持ちの悪魔だろうと俺の敵ではない。

 だからこそ、余裕を持って我が妻の背中を押してやる。


「ふぅんッ!!」


「ぐあっ!」


「おっさ……うへぇ!?」


「バルトロメオさん、リディアちゃん!!」


 先程ライトを吹き飛ばした時のように鋭い蹴りがバルトロメオを捉え、構えた大盾ごと彼を蹴り飛ばす。更に、飛んで行ったバルトロメオは後ろで弓を射るリディアを見事に巻き込み、一緒になって倒れ込んだ。


「準備運動はこの程度でいいかね?」


「あ、あうぅ……強すぎますぅ……」


 ものの数分で自分以外のパーティーメンバーが倒された事に震えるラピス。尚、当たり前だが俺たちは除く。


「ま、待てよ筋肉悪魔野郎……俺はまだピンピンしてるぜ……!?」


「ライトさんっ!」


「で、あろうな。蹴りの一発で即死していたのでは面白くない」


「ラピス、バルトロメオとリディアを叩き起こせ!! どっちもあの程度でくたばるタマじゃねえだろ!」


「は、はいぃ!」


 よしよし、ようやくライトが復帰したか。

 そら、出番だぞプリンセス。


「補助術式展開、コード“クイック”、“スロウ”!! 解放ッ!」


「ぬ……!? 身体が……重く……!?」


「遅ぇんだよエルトフレイス!! だけど、助かった! 身体が軽くて、空も飛べそうだぁッ!!」


「行けぇ、ライトぉッ!!」


 次元弾の習得後、エルトフレイスに教えた三つの時魔法のうちの二つ。

 それがクイックとスロウであり、効果は文字通りの代物だ。つまり、味方の“速さ”を上げるクイックと、敵を遅くするスロウ。これを併用する事で大きく有利に戦う事ができるようになる。


「食らえや悪魔野郎!!」



「術式展開、接続!!」




「コード“ダイナマイトマグナム”ッ!!」





「解っ放ォォォォッ!!」


「ぐ、おぉ!?」



 おお、出た出た。

 光の力を宿した拳に火属性の“爆発”を加えて放つライトの必殺技、ダイナマイトマグナム。


 突如として身体が重くなった事に加え、目の前にいるライトが急に速くなった事で対応し切れなかったラウムは、その一撃をまともに頭部に食らった。


 しかしそれでも尚このダンジョンの支配者たる大悪魔が倒れる事はなく、ザリザリと床を大きく抉りながら退くに留まる。


「……はぁ、はぁ……どうだ、こんちくしょう……!」


「ふ、ふふ……なるほど、やはりなかなかやるではないか……!! だがッ!」


「ッ!? こなくそ、全然動きが鈍ってねえじゃねえかッ!」


 必殺技とはいえたった一撃入れただけで倒せるような甘い相手ではないという事だ。

 ちなみにライトがボヤいているがそれは間違いで、ダイナマイトマグナムの直撃は確かなダメージを与えているし、その証拠にラウムの動きはしっかり鈍っている。

 しかしそれ以上に、クイックで“速さ”を上げてもその効果が感じられない程、ライト自身が消耗しているだけだ。既に一発いいのをもらっているわけだしな。


「させませんぞ!!」


「ぬ……! 貴公……!!」


「まったく乙女に鼻血を出させんじゃないわよこの筋肉悪魔……っとぉ!」


「ええい、弓兵も復帰しおったか!」


「はふぅ……疲れましたぁ……」


 ライトが見せ場を披露している間に回復したバルトロメオとリディアが復帰し、ライトにとどめを刺さんとしていたラウムに身体をぶつける事で阻止。後ろからリディアが弓でそれを援護する形に戻った。

 ライトもぴょいっと後ろに投げ捨てられて、選手交代だ。


「ぐえぇ!? おいコラ!! もっと丁重に扱いやがれおっさん!!」


「贅沢はいけませんよぅ。ずっと戦いっぱなしで、バルトロメオさんもリディアちゃんも疲れているんですからぁ」


「ぐぬぬ……!」


 回復魔法の使いすぎで流石にバテてきた様子のラピスが、座り込みつつライトを慰めている。何せあんだけ大量にいた悪魔の大群からの連戦だからなぁ。少なくともライト御一行はもう体力も魔力も限界に近いだろう。


 その証拠に、何度も攻撃を受け止めてきたバルトロメオの大盾は、先のラウムから受けた鋭い蹴りによって所々が欠けてボロボロになってしまっている。


「エルト、詠唱は済んだか」


「──うん! ティロフィア、少しの間だけあのラウムって悪魔を引き付けてくれる?」


「畏まりました。ついでにお猿様御一行も回収しておきます」


 さてさて、ライトたちは今までよく敵を引き付けてくれた。

 おかげで、エルトに教えた最後の時魔法をぶちかます準備が整ったよ。


「──失敬」


「ぬがっ!? ぐぅ、貴様ァッ!!」


「……お? おお、ティロフィア殿。後は、お任せということですかな」


「ええ。奥方様がケリをつけられますので、避難を」


「了解ですぞっ!!」


 音もなく、まるで影のように突然現れたティロフィアがラウムの顔を切りつけた。

 我が従者が手にする武器は、太腿に隠した二本の短剣。毒物全般に強い耐性を持つ悪魔にもある程度は効いてしまう程に強烈な、バジリスクの神経毒を塗りたくった劇物である。

 ちなみにこれで人間を切りつけるとまともに動けなくなるらしく、本来は拷問用なのだとか。

 ……なんつーもん忍ばせてんだあのおっぱい従者。



「ぐぅあ……!! おのれェ、このピリピリとした不快な感覚……バジリスクの神経毒だな……!?」


「ご名答。これでもう満足に拳を振るうこともかなわぬだろう。疾く死ね」


「舐めおって……我を誰だと思っている! 我こそは地獄の伯爵!! 大悪魔ラウムであるぞ!!」


 あらやだ怖いわティロフィアさん。

 さすがにバジリスクの神経毒なんつー劇物を食らって余裕が無くなったのか、これまでの気取った様子が欠片もないラウムを、まるで虫でも見るかのような冷たい眼で眺めていらっしゃる。


「え、何あれこっわ。俺もう絶対あの人怒らせたりしねえ」


「同感」


 これまでも俺とエルトフレイス以外には基本塩対応だったが、あれでもティロフィアなりに気を使っていたんだな、と認識する御一行プラス俺。



 それにしても、人間ならばまともに動けなくなる程に強烈なバジリスクの神経毒を食らってんのに、結構普通に動けているあたりいくら悪魔と言ってもやっぱり化け物じみているな、ラウムは。


「ぬぐぅあぁ!! おのれ、ちょこまかと飛び回りおって、羽虫がぁ!!」


「その羽虫を一向に捉えられない貴様は虫畜生にも劣る。ゴミはゴミらしく、大人しく地獄の底で這い回っていろ」


「貴様ァッ!!」



 目にも止まらぬ凄まじいスピードでラウムの周りを跳び回り、二本の短剣で踊るように切りつけていくティロフィア。そんな彼女を前にしてラウムは完全に翻弄されており、傷が増える度に強く神経毒に犯され、見る見るうちに動きが鈍くなっていく。


「つ、つええ……これが、最上位の冒険者なのか……!」


「いやいや、ティロフィア殿はその中でも別格だと思いますぞ? 何せたった一人で、あっという間に最上位まで成り上がった御仁ですからなぁ」


「ほんとすごいわー……今度から姐さんって呼んじゃおっかな」


「すごいですけど……怖いですぅ……」


 以上がティロフィアの戦いぶりを見たライト御一行の感想である。



 さて、そろそろ頃合か。


「エルト、やれ」


「うん!! 術式展開、接続!!」




「コード“時元崩壊”!!」




「解放ォォォォッ!!」




 説明しよう!!

 俺がエルトに伝授した時魔法、時元崩壊とは、時魔法が持つ力に光の“拡散”という性質を加え、対象となる敵の肉体を細胞レベルで粉々にしてしまう必殺技なのだ!


 難しい事はよぐわがんねって?

 ならばこう覚えておこう!


 時元崩壊を受けた相手はバラバラになる。


 以上だ!



 決して、間違っても味方にだけは当ててはならない文字通りの即死魔法だから、取り扱い注意な。



「ぬ、ぐ!? ぐああぁぁぁああ……! 馬鹿な、この、我……がぁ……!!」



 抜かりなく退散したティロフィアに散々毒を塗りたくられた事によって動けなくなった大悪魔ラウムは即死魔法をまともに食らい、おぞましい悲鳴と共に消えていく。



 そして、最後には奴が所持していたアーティファクト「夢幻の聖杯」がカランと音を立てて転がり、戦いの終わりを告げたのだった。



「お、おっかねえ魔法使うなぁ……」


「ふふん、すごいでしょ!! あれすっごい覚えるのが難しくて、いっぱい練習したんだからっ!」


「間違っても人には当てるなよ……?」


「わ、分かってるよバカっ!!」



 ついでに、先程まで大苦戦していた大悪魔ラウムのあまりにもあんまりな死に様にライトがドン引きし、ドヤ顔と共に胸を張るエルトフレイスを若干怯えた目で見ていた。



 ……うん、勝ったからヨシ!!

 ──ただ、ラウムは悪魔だから一度殺したぐらいじゃ死にやしないけどな。ティロフィアが単騎でああまで翻弄できたのも、その実それだけバジリスクの神経毒が強烈だったという事でもある。


 二戦目が来る頃に備えて、対策はしておかないとな……。同じ手が二度も通用するほど甘い相手じゃあないからね。


 ま、いざとなりゃ俺が出れば万事解決なんだが、今回のように余裕を持って見守っているのならまだしも、他に問題が起きていて手が回らないという可能性も十分にある。


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