第13話


 ゆうべはお楽しみできませんでしたねだったり、前が見えねェだったりエルトフレイスと想いを通じ合わせたりと色々あったが、いよいよもって本丸の攻略に入る。


 入口の大扉からしてもう厳ついし凶悪な存在感が向こう側から漂ってくるこの城の主を倒し、十中八九存在するだろうアーティファクトを回収してトンズラすれば見事クエストクリアとなるわけだが、ザコとはいえあれだけの数を揃えられるだけあってここの主はかなり強い。初回なのにね、おかしいね。


「うんっせ……っと……! くぁー、トビラがデカすぎてクソ重てえー」


「鍛錬が足りませぬなぁ、ライトくん。この程度で根を上げているようでは、ラピスさんに見捨てられてしまいますぞ?」


「えっ、私ですかぁ!?」


「ラ、ラピスは関係ねえだろ! ったく……あー、腰が痛え」


 連続で寝坊をかました罰として俺たちにこき使われているライトが何やらボヤいているが、完全に自業自得なのでスルーして進む。



「うわ……想像はしてたけど空気やっば。目に見えて“澱んでる”ってカンジ」


「まあ恐らくこのダンジョンの主は悪魔だろうからな。奴らにとって過ごしやすい地獄の環境をできる限り再現した結果なのだろう」


「んなるほどねぇ……体感的には空気が人間に対する毒になる、なんて事は無さそうだけど。悪魔の力が増してるとかありそー」


「うーん、確かに。ねえレジェス、この中でも役割は変わらない感じ?」


「基本的にはな。昨日の軍勢のような貴様らではどうあがいても詰みな状況になれば、もちろん俺が前に出るつもりだが」


「わたくしも同じく、でございますね。大丈夫、奥方様ならやれますよ。これまでにうじゃうじゃと湧いてきた悪魔どもとの戦いは、確かに奥方様の糧となっているはずです」


「ティロフィア……うん、ありがとう」


 俺が偉そうに言うのもなんだが、やはり人間というのは共に死線を潜れば自然と仲良くなれるものだ。

 つい先日初めて会ったばかりだというのに、もはや俺たちとライト御一行は長い年月を共に過ごした友のように気安い関係となっている……気がする。


 特にさっぱりした性格のリディアは、貴族の中の貴族である俺や、王族であるエルトフレイスにも普通に話しかけてくる。

 逆に、やはり気の弱い負けヒロインことラピスは基本的にはライトについて回っているせいもあって、あまり俺たちとは話す機会が無い。


 ん──。



「あ、ライト。そこでタンマ。ステイ、ステーイ」


「犬か俺は! どうしたんだよ」


「んー……ほらこれ、ここ」



 ほほう、さすが元暗殺者だな。

 ライトが普通に踏みそうになっていたトラップをリディアが見事発見し、未然に防いでみせた。


「んー……? あー、なるほど」


「ふむん、なかなか巧妙に隠されておりますなぁ。保護色というやつですかな」


「へぅ……じ、じっくり観察してみてようやく分かる気がするぐらい目立たない……」


 トントン、とリディアが指し示す先をよくよく見ると、完全に床と同じ色になっていて非常に判別しにくいが確かな出っ張りがあった。

 これをうっかり踏んでしまうと、何かしらのトラップが飛んでくるってわけだ。


「余程用心深い主なのか、はたまた侵入者がマヌケにも罠にかかるのを眺めて悦に浸るような性癖の持ち主なのか。悪魔という事を考慮すると後者だろうな」


「はい、恐らくは。アーティファクトを得たダンジョンの主は、文字通りダンジョンを意のままに操る事ができますから、遠くから監視する程度の事は容易いでしょう」


「……なら、慎重に進まないと──」


「奥方様、タンマでございます」


「はぇ?」


「たわけ。上を見てみろ」


「えっ……あっ」


 真面目くさった顔をして進もうとしたエルトフレイスだったが、あと一歩進めば天井に設置された柱型のトラップに引っかかって潰れたトマトのようになっていた。


 まずは足元にトラップを仕掛けて目線を下に向けさせ、それから間もなくして天井のトラップに引っかかる、という二重の罠だ。敵ながらよく考えられている。


「ぷふっ、だせぇ」


「ライトなんかにバカにされた!? なにこれすごいショック!!」


「どういうイミだコラァ!!」


「どちらも大間抜けだ馬鹿どもが。メインディッシュに辿り着く前にトラップに引っかかって死にました、ではとんだ恥だぞ」


「すんません」


「ごめんなさい……」



 うーん相変わらず謎変換がゴリゴリに仕事しよるねえ!!

 怪我しなくて良かったけど、これからもっと注意深く歩こうな! みたいな感じで言ったつもりなのに何故こうなるのかね? ファンタジスタか?


 その後もライトとエルトフレイスがとにかくトラップに引っかかりまくり、しかしてその度にリディアやティロフィアの警告を受けて未然に防がれる、というギリギリの綱渡りを何度もした。


 誰もが認めるキングオブバカであるライトはともかく、エルトフレイスはそりゃもう恥ずかしそうに俯き、しかもそのまま歩くものだから更に引っかかるという悪循環に陥っていた。

 あんまり関係ないけど、ライトって学院の成績は良いのに何でこんなにバカなんだろうな。



「トラップ多すぎんぞクソァ!!」


「うーむ、魔物が全く出てきませんなぁ」


「アレじゃない? 昨日バランドール様が蹴散らした大軍勢、本当にすごい数だったし実はアレで弾切れしちゃったとか」


「うぅん、それは無いんじゃないかなぁと思いますよぅ? 悪魔って最低でも命を二つは持ってるみたいですし」


「その通りだ。それどころか、あの時現れた連中の中には上級の悪魔まで交じっていたからな。あのレベルになると残機の数は十や二十どころじゃあない」


「うげー……って事はまたコンニチハするかもしれないの?」


「可能性はあります。が、悪魔の中には一度命を失えばそれまでの縁はリセットして新しい人生……もとい、悪魔生を送る者もいますね。そういった連中は地獄へ帰っているわけなのでこの城にはいないはずです」


「ふーん……悪魔ってだけあって、人間様には理解できねえ生態だねぇ……」


 更に付け加えるなら、一度死んでこの城に戻ってきた悪魔の中には、下手人にリベンジするために蘇生後すぐに外へ飛び出したという奴もいるだろうな。

 まあ、それでも数が数なわけだが。俺があの時メテオインパクトで潰した悪魔の数だけでも、恐らく万は軽く超えていた。


「考えられるとすれば、この城のどこかにかなり大きい広間があって、数の利を活かすためにそこで待ち伏せているのかもな」


「うーむ、無いとも言い切れませんなぁ」



 うん、自分で言っててこれが正解な気がしてきたぞ。

 原作ではそんな展開無かったし、城の内部ではトラップに四苦八苦しながら悪魔たちに追いかけ回されるというギャグチックなシーンだったんだが、あんな戦争でもしに行くのかっていうぐらい大量の悪魔とエンカウントするなんていう展開自体が原作には無かったからな。

 これがバタフライエフェクトってやつか。


 ただそうなると、城ん中とはいえ閉ざされた空間でまたメテオインパクトをぶっぱなすのは危険すぎるな。

 それはそれで別のやり方もあるんだけど。



「ぶごっ!? おい、今度はなんだよリディア」


「シッ。静かーに中見てみ」


「んん? うげっ、なんだあのか……ずっ!?」


「静かにって言ってんでしょこのバカ」


 鉄とも岩とも違う不思議な物質で作られた大扉が見えてきたところで、先頭を歩いていたリディアが突然立ち止まり、のんきにラピスとくっちゃべっていたライトがそれに激突して文句を言った。

 しかしそんなライトに対しリディアの表情は真剣そのものであり、ほんの少しだけ開いた大扉の隙間から中を覗くように促す。


 驚きすぎて大声を出しかけたライトはぶん殴られた。


「ふむん、やはり嫌な予感は当たるものですなぁ」


「悪魔さんがいっぱい居ましたぁ……」


「大方そこの大広間を抜けたら後は主のところまで目と鼻の先なんでしょうねー」


「おいバランドール、どうすんだ?」



 順繰りに中を確認してみたが、どうやらこれまでにザコと全く遭遇しなかったのはこの大扉を抜けた先にある大広間に悪魔どもが集結していたから、で当たっていたようだ。

 昨日の軍勢と比べるとかなり数が減っていたが、それでもシャレにならん多さである事に違いはない。


 さて、どうするか……。

 あっ。

 ラピスの貧しい胸とエルトフレイスのはちきれそうなダイナマイトおっぱいを交互に眺めていたら思い出したぞ。


「ラピスと言ったか。貴様、悪魔祓いの呪法は使えるか?」


「今私とアーラム殿下の胸を見比べましたよね??」


「えっ」


「……はぁ。質問に答えんか」


「ため息吐かれました!? やっぱり見比べてましたよぅ!! うぅ、どうせ私は貧しいお子様体型ですぅ……」


「おいバランドールてめぇラピスを泣かせてんじゃねえゾ」


「たわけ。俺は我が妻以外の女に興味なんぞ無いわ」


「気持ちは嬉しいけど、それはそれで失礼じゃないかな……?」


「奥方様、顔がニヤけておりますよ。その表情で言っても説得力がございません」


「そ、そんな事ないもん!」


 メタ的に言えばそういうデザインだから、で片付く話なのだが、今の俺が生きるこの世界は作り話の中などではなく紛れもない現実だ。だからこそ、ラピスがこれほど貧相な体型をしている理由を様々な方向から考察していたというだけの事である。

 エルトフレイスと見比べたのは単純に、あまりにもサイズ差がありすぎる我が妻の豊かさを再確認していたんだよ。


「ラピスさん、今はダンジョンの中です。いじけるのは後になさい」


「うっ、すいませぇん……えっと、悪魔祓いですよね」



 再び悪魔の大群と相対する事になり緊張していた一行がリラックスしてきたタイミングを見計らって、バルトロメオが少し固い声でラピスに返答を促し、彼女もそれに応える。


 若くておバカなライトよりも、一回り年上で経験も豊富なバルトロメオの方がリーダーに向いているよなぁ、と改めて思った瞬間である。


「そうだ。俺が土魔法で道を塞ぎ、悪魔の通り道を限定する事で俺たちに有利な盤面を作り出す。その時に貴様が悪魔祓いを使えれば時間はかかっても勝利は可能だろう」


「はえー、なるほど。やっぱりこういう時に手札が多くて便利だよなぁ、大魔法使いマスターウィザードって」


「ライトは土魔法使えないもんねー」


「ちょっと苦手なだけだっつーの! つーかそういうお前は魔法自体使えねーじゃねえか!!」


「時間……あの、一応使えはするんですけどちょっとまだ不慣れで……そんなに長くはもたないですぅ……」


「それはそれで好都合だ、今回を機にコツを掴んで持続時間を延ばしてみろ。その後はエルトが引き受ける」


「あたし? うん、わかった。頃合いを見てラピスちゃんと入れ替わればいいんだね」


「わ、わかりましたぁ。やってみます……」


「本当はお一人で片付けられるところをわざわざ我々の成長のために譲ってくださるとは、つくづくありがたいですなぁ。やはり噂など当てになりませんね」


「ホントよねー。ま、ライトも結構グチグチ言ってたけど、実際に会ってみれば全然いい人だしカッコイイし」


「うるせえやい。俺だってこいつとは色々あったんだかんな、今は気にしてねえけど」


 悪魔祓いというのは文字通り悪魔に対して効果覿面な呪法の一つで、主に教会に勤める神父やシスターが習得している。

 その効果は悪魔のみに限定されるものの非常に強力で、弱った悪魔を地獄に送り返す事が出来たり、悪魔全般の力を大きく制限したりと非常に便利な代物なのだ。


 その代わり、普通の魔法とは少々勝手が違うのでライトのような攻撃魔法を得意とするオーソドックスな魔法使いには使えない者が多い。エルトフレイスや俺は使えるが。


「お話もまとまったところで、そろそろ参るとしましょう。それとレジェス様、わたくしやリディアさんが戦いやすいように土魔法で足場を上げてくださいますか?」


「ああ、分かっている。それでは行くぞ」


「ええ。では、開けますぞ」



 中の様子を確認しつつ、やはり悪魔どもが今か今かと待ち構えているので慎重かつ大胆に、バルトロメオがその怪力をもって大扉を一気に開け放つ。


 エサが来やがったな!! とばかりに殺到する悪魔ども。しかし──。


「へっ、そうはさせっかよ! 術式展開、コード“シャインウォール”! 解放ォ!!」


「ナイス、ライト! バランドール様!」


「ああ。術式並列展開、コード“アースウォール”。解放」


「行きますぅ! 魔なる者よ、退け!! 呪法展開“悪魔祓い”!」


 我々を押し潰さんと殺到した悪魔どもは、しかしライトが放った光の壁により一時的に進行を中断し、その隙に俺が巨大な土の壁を展開して悪魔の通り道を中央の僅かな空間に限定し、そこにすかさずラピスが悪魔祓いの呪法を展開して奴らの力を大きく削いだ。


「さてさてここから先は通しませんぞ!」


「よし、リディア!! やるぞ!」


「任せなさーい」


「リディアさん、討ちもらしはわたくしが仕留めますので心置きなく射ちまくってください」


「はいよー!」


 人がギリギリ二人入れるか、といった程度に狭まった空間から無理やり悪魔が侵入しようと試みるが、立ち塞がるバルトロメオがそれを防ぐ。


 後はひたすら後方から魔法と弓で敵を倒しまくり、ラピスが悪魔祓いを展開できる時間の限界を超えそうになれば合図とともにすかさずエルトフレイスが悪魔祓いを引き継ぎ、手が空いたラピスは代わりに傷が絶えないバルトロメオを後ろから回復魔法で治療していく。


 単純だがそれ故に破りにくい俺たちの戦法を前に、悪魔どもは確実に数を減らしていった。


 そして、ついに──。


「人間どもよ、見事也。これ以上はただ悪戯に戦力を消耗するのみ、となれば後は我が出陣し直接貴公らを討ち果たすのみぞ」



 どうにかこうにかバルトロメオの壁を突破しようとしていた悪魔どもが撤退し、代わりに凄まじいプレッシャーを放つ強大な悪魔が単騎で現れた。と同時に、俺が作った土の壁が粉々にぶち壊される。


 間違いない、こいつこそがこのダンジョンの主。

 地獄の伯爵、ラウムだ。


 所有するアーティファクトの名は、「夢幻の聖杯」。

 途方もない量の魔力を貯蓄する事が可能な魔力タンクであると同時に、それを消費する事で一定範囲内の領域を夢幻の世界に塗り替える事ができる。

 この“地獄の釜”と呼ばれるダンジョンの外見と中身が一致せず、まるで地獄のようになっているのも、ラウムがこのアーティファクトを使って塗り替えたせいなのだ。


 使いようによっては王都を地獄に塗り替えて悪魔の楽園に変える事すらも可能な、アーティファクトらしいチートアイテムと言える。

 悪魔にとって毒ともいえる清浄な空気が多く含まれる現世の環境は、悪魔が持つ本来の力を発揮させない効果を持っているからな。



「さて、気張れよ貴様ら。いよいよ地獄の釜の攻略も最終局面、奴を倒して手に持っている杯の形をしたアーティファクトを奪えば晴れてクエストクリアだ」


「へ、へへ……いよいよ親玉がお出ましってわけか……!」



 無理に笑うライトの声が震えているけど大丈夫だろうか。

 成長の機会を与えるため下手に見守った結果、回復役のラピスかそれを庇ってライトあたりが死んだら目も当てられないぞ。


 このラウムって大悪魔、はっきり言ってこれまでの道中で倒してきた奴らとは桁が違う強さだからなあ。

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