第12話



 楽しい食事の時間を終え、携帯家屋の寝室で過ごす夜。

 今俺は、顔を真っ赤に染めたエルトフレイスとベッドの上で向かい合っている。


 何故だか表情に出ないおかげで助かっているが、俺も俺で正直いっぱいいっぱいだ。何せエルトフレイスは前世で見てきた人々とは比べ物にならないほど顔が整っている。おまけに身体も極上のふわふわボディである。

 情けない話だが、これで緊張しないほど俺は経験豊富なわけではないのだ。


「こ、こっここここっ、このべ、べべべベッドでいっ、一緒に寝るんだよね!?」


「空いた部屋はティロフィアが使うそうだからな、そうなるだろう」


「うっ、そうだよねそうだけどわかってるんだけど緊張するぅ……!」


 そうなのだ。

 念の為にと外で見張りをしていたティロフィアが先程家に引き上げてきて、明日の邪悪な城攻略に備えて空き部屋を幾つも使って準備するからと「奥方様はレジェス様と閨を共にしてください」などと言ってきたのである。いや閨を共にだと完全に夫婦の営みなんすわ。


 あいつめ、わざとだな。色んな意味で。


「うー……」


「唸ってないでさっさと横になったらどうだ。疲れが取れなかったせいで明日に支障をきたしたのではいい笑いものだぞ」


「わ、わかってるよぉ。うー、レジェス、変なことしないでよ?」


「いいから寝ろ」


「んごっ! ちょっ、頭おさえないでぇ」


 さっきから理性とデスマッチし続けてる俺の身にもなってみろコノヤロー。さっきからお前のおっぱいが零れそうになってて誘ってるようにしか見えねえんだよ。


 さすがに明日に大一番を控えてるってのにやることヤって体力を無駄遣いしてる場合じゃないでしょ。

 そういうのは状況を弁えてやるもんだと思うわけであって、決して俺がヘタレなわけではない。


「……静かだね……ここがダンジョンの中だなんて思えないぐらい。向こうの家は騒がしいけど……」


「ああ、まぁな。悪魔の連中もこの結界を破る事はできないとみて大人しくしているのだろうさ」


「もう、そうだけどそうじゃなくて! はー……こうして一緒に寝るのなんて久しぶりだね」


「……そうだな。子供の頃に木漏れ日の下で昼寝した時以来か」


「──! 覚えてたんだ……」


「当たり前だ。今も昔も、お前と過ごした時間は一秒たりとも忘れるものか」


「レジェス……あたしね、正直言ってあなたが何を考えてるのか分からなくなって、もう眼中に無くなっちゃったのかなって思ってたんだよ?

 でも、最近のあなたは……そう、まるで昔の頃に戻ったみたい。

 上から目線なのは変わらないけど、不器用で、格好よくて、厳しくて、でもやっぱり優しくて。どんな時でも何よりあたしを一番に考えてくれてる……。

 そんな、大好きだった頃のあなたに。

 ううん……きっと、あたし──」




 あなたに二度目の恋をしたんだ。

 彼女は綺麗に微笑んで、そう言った。



「……俺は昔から変わらん。ずっと昔から、お前を、ただお前だけをずっと、愛しているよ。エルトフレイス」


「嬉しい……」



 グッバイ理性。



「エルト……って、ん? おい」


「……すぅ……すぅ……」




 寝たァーーーー!?

 ええ、このタイミングでぇ!?

 今完っ全に営んじゃう流れだったと思うんですけどぉーー!!



「……ふ、ふふ。これが生殺し、か」



 クソったれぇ!!




 ◆



 翌朝。

 俺とエルトフレイスは、めっちゃニヤニヤしてるティロフィアに叩き起こされた。


「おはようございます、御二方。ゆうべはお楽しみでしたね」


「おたのしみ……?」


「……………………」


「あ、あれ? レジェス、なんでそんなに機嫌悪いの? 朝弱かったっけ?」


「……なるほど、お楽しめなかったと」


「…………………………」


「えっ、だから何の話!?」



 黙して語らずにいる俺を見て、有能オブ有能な我が従者は全てを察したらしい。ニヤけた笑みを消し、俺に哀れみの視線を向けている。

 自分が何か悪い事をしてしまったのかとオロオロしている我が妻はどうぞピュアな天使のままでいてください。


「風呂は」


「朝食も入浴の用意も既にしてあります。わたくしは既にどちらも頂きましたのでお気遣いなく」


「わかった」


「ね~え~! レジェスったらなんで怒ってるのぉ!?」


「奥方様、今は放っておいてあげてください。傷が開きます」


「えっ!? レジェス怪我してたの!?」


「…………」


「な、なんで頭撫でるのぉ!? も~、誰か教えてぇ!!」


 ピュアすぎるのも、考えものだ。

 だがそれがいい。



 そして風呂と食事を済ませた後、冒険を再開するにあたって最終確認している間にティロフィアが何やら吹き込んだらしく、エルトフレイスは顔を真っ赤に染めて俯いていた。


 なんだこの可愛いいきもの。


「バカバカあたしのバカ……せっかく良いムードだったのに……」


「そんな事をしても可愛いだけでございますよ、奥方様」


「はうぅ、からかわないでぇ……穴があったら入りたい……」


 か、顔を出しづれぇー……!!

 ええい、ここで傍若無人に俺様的に行ってこそのレジェス・バランドールだ!!



「準備はいいな? 今日こそは黒毛猿も寝坊していなければいいのだが」


「どうでしょうか。昨夜は随分と遅くまでバカ騒ぎしていたようですから」


「……あの野郎……!」


「お、おさえてレジェス!! ほら、もしかしたらもう外で待ってるかも!」


「誰もおりませんでしたよ」


「ちょっ、ティロフィア!」



 嫌な予感がした俺は、ズンズンと歩いて携帯家屋を出て、奴らにくれてやった方の携帯家屋を眺める。うん、案の定外には誰もいなかったんすわ。ティロフィアの言う通り。



「術式展開──」


「しちゃダメだよ!? 今絶対ライトたちを家ごと吹き飛ばそうとしたでしょ!!」


「ええい離せエルト!! 俺はここであの黒毛猿を潰しても許されるッ!」


「後生だから許してあげてぇーー!!」


 怒りに満ちた俺の詠唱を聞きつけたエルトフレイスが大慌てで飛び出し、俺にしがみついて止めてきた。たわわなおっぱいが当たってて幸せいっぱいなのはほんとありがとうございますなんだがそれはそれとして許さねえあのクソ猿!!



「お猿様、死にたくなければさっさと出てきた方が身のためですよ。連日の遅刻にレジェス様が大層お怒りであられます」



 黒毛猿一行が泊まっている家に向かってティロフィアが声をかけると、「やばいやばいやばいマジやばいって超怒ってるよバランドール様!!」、などと声が聞こえてくる。



「ぬぅん!!」


 あっ。



 ひでぶぅ!? と猿の悲鳴が響いた。

 どうやらバルトロメオが渾身のグーパンという豪快極まりないモーニングコールをお見舞したようだな。



 数十分後。



「おはようっす……」


「遅……誰だ貴様」


「前が見えねェ」


「自業自得ですぞ。いやはや本当に申し訳ない、バランドール様。絶対寝坊しないから大丈夫、という戯言を信じて宴会をしてしまった我々の落ち度です……」


「……ああ、うん」



 開口一番大声で怒鳴りつけてやろうと思っていた俺の思惑は、もはや人相の判別が不可能な程にボッコボコにされたライトを見て瞬時に消え去った。


 容赦ねェー……。


「うー、ごめんなさいバランドール様。アタシらは程々でやめてすぐに寝たんだけど、このバカったら全然飲むのをやめなかったみたいで……」


「大事をとってジュースだけだったはずなんですけどぅ……場酔いでしょうかぁ……」


「そ、そうなんだ。あの、攻略を再開する前からボコボコだけど、大丈夫……?」


「大丈夫じゃな──」


「大丈夫ですぞ。死んでも働かせます」


「ひでぇ!?」


「当然よ、この大バカ」


「ライトくん……さすがにどうかと思いますよぅ……」


「畜生味方がいねえッ!!」



 こんな大バカでも一応は原作主人公。潜在能力はエルトフレイスに匹敵するレベル……のはずなんだが、あまりにも情けないこの姿を見てると正直疑わしく思えてくるなぁ。


 大丈夫か? これから先も投資を続ける価値は果たしてあるのか?

 気付いたら原作主人公なのに何か死んじゃってましたーだなんてオチは絶対嫌だぞ。何のためにわざわざ高価な結界石と、更にお高い携帯家屋を恵んでやったと思ってんだ。



「いまいちしまらない朝になりましたが、いよいよ例の邪悪な城の攻略に入ります。皆さん、準備はよろしいですね?」


「城の中では恐らく中級のみならず上級の悪魔をも出現するとみていいだろう。最上級ともなればさすがに何とも言えんが、ネームドや強力な歴戦個体でもない限りは貴様らでも俺とティロフィアのサポートがあれば十分に対処はできるはずだ」


「うんっ! いよいよだね……!」


「腕がなりますなぁ」


「城ん中となりゃ死角も多いだろうし、アタシの真骨頂ってやつよ!」


「傷はすぐに私が治しますぅ!」


「前が見えねェ」



 ネームドや歴戦個体というのは、まぁ要するに魔物の中でも豊富な経験を積んだエリート中のエリートだ。ともすれば下手なダンジョンの主よりも強かったりするので、交戦はできる限り避けるというのが冒険者の間での常識である。

 見つかるとつい「ああっと!」と声に出してしまうレベルだ。



 うん、フラグじゃないからな?

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