第11話
悪魔の軍勢を俺が殲滅した後、休息を終えた我が一行は、何やら張り切っている様子の可愛いいきもの……もとい我が妻の先導のもと、ようやくあの邪悪な城の入口に辿り着いた。
当然その間に一回も襲われなかった、だなんていう甘い話はなく、確かにペースこそ落ちていたものの相変わらず来るわ来るわ悪魔の群れ。しかも俺がひと暴れした事で向こうも本格的にやばいと察したのか、それまでの主力だったインプのような低級悪魔ではなくガーゴイルという中級の悪魔がわんさか。
本来ならばガーゴイルって石像に擬態してこちらを奇襲してくる、生きたトラップみたいな奴らなんだけどなぁ。
「やぁっと着いたぁー! もう今回の攻略だけでかなりレベル上がったぞ!? どんだけ来るんだよっつー話だわ」
「ラピスさんの回復魔法では、傷を治す事は出来ても体力までは戻りませんからなぁ。なけなしの結界石を使うしかありますまい」
「うぐっ、たしかに……勿体ねえけど命にはかえられねえからな……」
「うぅ……すいません……もっと強力な回復魔法なら体力も癒せるらしいんですけど、そこまではまだ……」
「ちょっとおっさん。うちの可愛い妹分を困らせないでくれるー?」
「いやいや、申し訳ない。責めているつもりは無かったのですが」
なんとか当面の目的地である邪悪な城に到着した事で安心したのか、ライト御一行が明るい雰囲気でコントをしている。
彼らの話で名前が出た結界石というのは、その名の通り周囲に魔物や部外者を遠ざける結界を張る事ができる魔具で、お値段は高い上に合計で一週間も展開すると消滅してしまうが、非常に便利な代物なので特に冒険者たちに大人気の一品である。
「ライトたちはああ言ってるけど、あたしたちはどうするの?」
「無論、城に殴り込む前にそこらの広場で一泊するさ。共同でクエストにあたっているのに先走っても仕方あるまい。ティロフィア、結界石と携帯家屋が余っていただろう。あいつらに一つずつくれてやれ」
「確かにございますが……よろしいのですか? これはレジェス様の──」
「二度も言わせるな。認めるのは癪だが、我が妻の成長に奴らの働きが関わっている以上、褒美をとらせるのは当たり前の事だ」
「畏まりました」
「レジェスったら素直じゃないんだから……って、ん? もしかして、あたしもあなたと同じお家に泊まるの!?」
「当たり前だ、夫婦だろう」
「だからそれは将来の話だってば!! そんな、いきなり言われても心の準備が……」
「わたくしは外で見張りをしますので、どうぞお二人でごゆっくり」
「ちょっとー!?」
ピッカピカの新品である結界石は先に説明した通りのブツで、携帯家屋もまたその名が示す通りの魔具だ。つまりはまあ、片手で持ち運べるサイズの巻物に魔力を通して起動すると、それぞれによって定められた頑丈な家がボフンと出現する。
一応説明しておくが、平民の大半が魔法を扱えないのは術式を展開する才能が根本的に欠けているためであって、魔力自体は人間なら誰もが持ち合わせている。なので、こういった品物は誰でも使用可能だ。
当然これは俺の私物で、豪邸が飛び出す高価なタイプも持っているのだけど、今回はどうせ大した人数じゃないしデカすぎても持て余すだけだろうと思って普通の一軒家サイズの物を二つチョイスした。
「お猿様、あなた方の働きを見たレジェス様が結界石と携帯家屋を贈ってくださいます。ありがたく受け取ってください。風呂付きの高価なタイプですが、だからといってあまり浮かれすぎないようにお気をつけを」
「へ?」
「おおっ! これはなんと、大変ありがたい限りですなあ。それも風呂付きとは! 皆さん、これは本来王侯貴族の方々しかお目にかかれない程の逸品ですぞ」
「えっ、ウソ!? こんな良いもの貰っちゃっていいの!?」
「はわー……! バランドール様、太っ腹すぎますぅ……!!」
うん、ライトたちも大層感激しているようだ。これで好感度アップ間違いなし、余程のポカをやらかさなければそうそう俺と敵対するような事にはならないだろ。
打算的と言われればそれまでだが、そもそも人付き合いってそういうもんだ。こっちに何のメリットも無い相手とつるむバカなんざそうはいない。
ちなみにだが、結界石は高いっちゃ高いがまだ冒険者のような平民でも手が届く代物であるのに対して、携帯家屋はそれとは比べ物にならないぐらい本当にお高い。ライト御一行に贈った今回のタイプでも普通に貴族が住むような豪邸が建つレベルだし、それ以上の豪邸タイプともなるとそれこそ貴族ですらも手が出せない程に値が張る。
そんな物を個人的に所有できるほど俺の懐に余裕がある理由は、まあ色々だよ。うん。
そんなこんなで俺たちは贅沢にも結界石を二つ使用して安心安全な結界を広く展開し、更に携帯家屋を使用して飛び出した二つの家でそれぞれ夜を明かすこととなった。
「あっ!? ちょっと待ってレジェス、流れが自然すぎてうっかりスルーしちゃったけどまたティロフィアがブラック労働してるじゃん!!」
「うん? うーむ、まあ今回は仕方ないだろう。それともお前は完全にお休みモードになった黒毛猿一行に見張り役をやらせるつもりか? 今更になって。なんと残酷な事を」
「うぐっ、それを言われると弱い……!」
満面の笑みで家に入っていったライト御一行を見送った後、俺と二人でもう片方の家に足を踏み入れた我が妻がそんな事を言い出した。たしかにそうだが、時すでに遅し。後の祭りである。
すまんなティロフィア、とても勤勉な君だけ寝ずの番だ。別にいらないっちゃいらないんだけどな、見張りなんて。
結界石により展開される結界とは、ちょっとやそっとで壊されるような物ではないのだ。まあ、念には念を押して、というやつか。
「うぅ、ごめんねティロフィア……」
「うじうじ引きずっていたらそれこそあいつが気にするぞ。とっとと切り替えろ」
「うん、わかった……あっ、お風呂はどっちが先に入る?」
……切り替え早いっすねエルトさん。さてはこの子内心めっちゃウキウキしてたな?
「俺は後で構わん。風呂場に魔具が設置されているから、それで湯を張って入るといい」
「うん、わかった!! あっ、先にお料理の準備をしておこうか?」
「いや、そちらは俺がやる。朝の当番は逆にしてみようか」
「ふんふん、明日の朝はあたしがお料理当番であなたがお風呂当番って事だね? 了解ですっ!」
「フッ、それではまた後でな」
「うん! またね! ふんふふーん、おっふっろー、おっふっろー……あっ、着替えあるのかな!? さ、探してこないと!」
もう目に見えて分かるほどにウキウキしてらっしゃる。なんなのこの可愛いいきもの、俺を萌え殺しにする気か?
さて、と。
たしか事前に食材や調味料を調達して、キッチンの冷蔵庫に入れてあったはずなんだけど……。ああ、冷蔵庫も当然魔力で動く簡易的な魔具で、こちらは割と一般家庭にも流通している身近な代物だ。この世界は案外文明レベルは前世に近いんだよね。
雰囲気というか世界観こそいかにもなファンタジーだが、電力の代わりに魔力があるので金さえあれば割と快適に過ごせるのだ。
それはさておき。
恐らくエルトフレイスは長風呂になるだろうから、割と手の込んだ料理を作るぐらいで丁度いい時間になるはずだ。わざわざこの時のために完璧超人ティロフィアから料理を習い、エルトフレイスにアピールする機会をうかがってきた……。
勝負は今、ここで決める!!
そして──。
「ふぅ~、いいお湯でしたぁ♪ と、おおう!? すんごい良いニオイ!!」
「む、あがったか。すまんがそこで待っていろ、メインディッシュの完成まではまだ少々かかる」
「へぇ、レジェスって料理もうまいんだ」
たっぷり時間をかけて風呂を堪能したエルトフレイスは、可愛らしいネグリジェをドエロく着こなした天使になっていた。胸の谷間がいつもよりも更にオープンゲットしていなさる。一歩間違えばまろび出そうだ。
「ふんふん……あ、この料理ならあたしも作れるよ! 後はあたしが引き継ぐから、レジェスも風呂に入ってきたら?」
「…………そうか? ならお言葉に甘えさせてもらおう。エプロンは向こうにあるぞ」
「はーい、ありがとっ! えっと……あったあった」
実はエルトフレイスも主に我が家のメイドたちから花嫁修業を受けているので、人並み以上に料理をこなせたりする。小国とはいえ仮にもお姫様なのにね、おかしいね。だからこそこの国の料理に詳しいわけだが。
結局、「男の手料理」でアピールするか、「嫁の手料理」を頂くかで悩んだ俺は、後者をとることにした。エルトフレイスを待たせないように風呂もとっとと済ませておきたかったしな。
──うん、一応はダンジョンの中で言うのもなんだが、本当になんだが! 今、俺とエルトフレイスは完全に夫婦してるな!! いや待てそうなるとよもやよもやな展開になる事も有り得なくはないし身体を入念に洗っていやでもレディーを待たせる男はクソだしどうしようか……。
──はっ! そうか、こういう時のための時魔法というわけだな……!!
「術式展開、コード“時空凍結”。解放」
よし、これで時間は止まったはず! うん魔具を捻ってもお湯が出てこないから成功してるな! 後はこれで心置きなく身体をピッカピカにすればヨシ!! うおおおおお唸れ俺の両腕ェェェェ!!
あまりにも早くあがると不自然なのでお湯にはゆっくりと浸かり、その後の仕上げに再度身体や髪を洗うのと白絹のバスタオルで全身を拭く時は再び時間を止める形で調節した。これで体感的には三十分ほど、可もなく不可もなくといった時間のはずだ。
「あがったぞ、エルト」
「あっ、おかえりー! もう食べれるよ……ってバスローブ姿すごい似合うね……?」
「む、そうか? さて、では頂くとしようか。悪いが前掛けをとってくれるか」
「はーい、どうぞ」
「ありがとう」
「どういたしまして! それじゃ、食べよっか! もうお腹ぺこぺこー」
前掛けを受け取り、つけてから改めて俺とエルトフレイスの合作となる料理たちを眺める。
うーむ、豪勢。いい感じな雰囲気も相俟って今まで食べた中でも一番美味そうに見えてくる……!
二人同時に、ぱくり。
「……ふむ、俺の手作りはまあまあといったところか。精進せねば」
「んーん! すっごく美味しいよこれ!」
「そうか。それは何よりだ」
「うんっ!! あっ、これとかちょっと余った時間で作ってみたんだけど──」
──最愛のエルトフレイスと食べた料理は、本当に美味かった。
こんなご褒美があるのなら、冒険も悪くないな。
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