第10話



 その名の通り、まさに地獄のような光景が広がる未踏破ダンジョン“地獄の釜”。

 彼方に見える邪悪な城に向かってひたすら歩く俺たちは、何度も何度も懲りずに襲いかかってくる魔物どもによって疲弊し、決して無視できない程に集中力が落ちてきたため休息をとっている。


 ま、俺とティロフィアは普通に元気そのものだが。なんというか、我ながら流石としか言いようがないな。


「はー……なんてしつけぇ悪魔どもだ……ちょっと進んだらすぐにどこからともなく飛んできやがってよォ……」


「ほんと、しつこいよね……正直、今おっきいやつに襲われたらひとたまりもないよ、こんなの……」


「いやはや、まったく……アーラム殿下のおっしゃる……通りですなぁ……まだまだ私も鍛え足りないようで……」


 エルトフレイスとライト御一行が、うんざりした様子で深くため息を吐いた。

 幸いにして今のところ容易く一蹴できるインプの群れか、それと同レベルのザコばかりとしか遭遇していないが……。


「レジェス様。これは、やはり……」


「ああ。あの城の主に侵入がバレていると考えて相違あるまい。低級といえども悪魔は悪魔だ、一度殺した程度で死にはしない。だからこそ戦力を散発的に投入し、俺たちが疲れるのを待っているのだろう」


「おっしゃる通りかと。となれば当然──」


 ティロフィアがそこまで言いかけた、その時。

 大音量のおぞましい雄叫びと共に、数えるのも馬鹿らしくなる程に大量の悪魔が、姿を現した。

 うーむ、こんな展開は原作には無かったなあ。


「お、おいおい……冗談だろ……」


「……マジぃ? いったい何匹いるのよ……王国に侵攻でもしようっての?」


「完全に……こちらを殺しに来てますなぁ……少しばかり暴れすぎたのでしょうか」


「はわわ……悪魔さんがいっぱいぃ……」



 とてもダルそうに立ち上がったライト御一行は、視界の彼方に広がる悪魔の大軍勢を前にして声が震えている。大方、自分たちはここで終わると確信したのだろう。


「そ、そんな……あんな数を相手にするなんて、無理だよぉ……」


 エルトフレイスも同様に、ガタガタと震えて刻一刻と近付く“絶対の死”に怯えているようだ。



 さて、どうやら俺の出番らしい。


「やれやれ、数を揃えただけでこの俺を、レジェス・バランドールを殺せるつもりか?」


「レ、レジェス……でも、あんなの……!」


「たわけ。貴様らはおとなしく見ているがいい。“最強”というものをな。ティロフィア、こいつらのお守りをしてやれ」


「畏まりました。ご武運を」


「ティロフィアっ!? いくらレジェスでも無茶だよ、たった一人でなんて!!」


「いいえ、無茶などではありません。奥方様、その目にしかと焼き付けてください。あなたの旦那様が、どれほど偉大な御方なのかを」


「……死なないでね……」



 背後から聞こえる声に右腕を軽く上げる事で応え、一人で大きく前に出る。

 当然、悪魔たちの視線が俺に集中した。



「ギギギィッ?」

「ギッギッギッ」

「ギィ、ギギギィ?」



「……ふん、低脳どもが。人の言葉を話さんか。何を言っているかまるでわからんわ」



 いや、大体想像は付くけどね?

 たぶん「バカが死にに来やがった」、「それとも命乞いか?」とかそんなところだろ。


 見たところ中級や上級の悪魔もまじっているみたいだし、その気になれば人間の言葉も使えるはずなんだが、まあそれだけナメられているというか、既に勝ったつもりでいるんだろうな。



 バカが。




「──たかが悪魔ごときが、頭が高い」




 誰に物を言ってる。




「術式展開、接続。展開、展開、展開──」



 貴様らの目の前に立つのは、世界最強の男だぞ?




「コード“メテオインパクト”、解放」




 さて、我が妻の元へ帰るか。



「ギ……ギィッ!?」



 時魔法と土魔法、そして火魔法を同時接続して放つ広域殲滅魔法。

 それが、メテオインパクト。

 つまりはまあ、巨大隕石が時空の彼方から降ってきたわけだな。



「……ふん、時間を無駄にした」



 魔法使いの基本技能の一つである障壁を背後に展開し、巨大隕石が齎す凄まじい破壊の力から我が妻たちを守っておく。同時に、このダンジョンそのものが崩壊しないように、そちらも補強しておいた。




 そして──



 地を覆い尽くさんばかりにいた悪魔の軍勢は、巨大隕石が地面に激突すると同時に起きた大爆発と共に、跡形もなく消え去った。


 しまった、防音忘れてた。耳がいてぇ!!




「帰ったぞ……なんだ貴様ら、揃いも揃って間抜け面を浮かべおって」


「「…………」」


「お帰りなさいませ。これでしばらくは連中も大人しくなるでしょう」


「ああ。また湧いてこないうちにさっさと進むぞ」


「御意」


 目を丸くして口を半開きにするエルトフレイスとライト御一行。なんだか壮大な宇宙を背負いそうな勢いである。栗みたいな口しやがって。


 まあ、気持ちは分かる。

 言っただろ、原作の最終決戦でのレジェスとエルトフレイスだけ戦いのレベルが異次元すぎなんだよなあって。


 レジェスってその気になれば神殺しすらできるからな。



「いやいや待て待て!! なんだ今の!?」


「メテオインパクトだが」


「そういう事じゃねえんだよなぁ!! おま、お前あんなに強かったのか!?」


「ああ。と言っても力を大分抑えたがな」


「アレで!?」


「ああ。ダンジョンそのものを壊してしまっては面倒だろうが」


「サラッとイカれた事言いやがる!!」


 先んじて我に返ったライトが食ってかかってきたが、珍しく割と穏便な口調で返すことが出来た。まあ良いストレス発散になったからなー。


「レジェス……い、今のって……何?」


「メテオインパクトだが」


「そういう事じゃなくてっ!! ってこれさっきライトが言った!!」


「ふーむ……ああ、時魔法と土魔法と火魔法を同時接続し、時空の彼方から空に隕石を呼び寄せ、爆発を加えておいた。有象無象を蹴散らすために作った俺のオリジナル魔法だ。これでいいか?」


「オリジナルって……しかもアレで大分抑えたって、ほんとに……?」


 続いてエルトフレイスが何やら興奮した様子で問い詰めてきた。

 興奮しすぎてテンションが芸人みたいになってまっせ、落ち着きなよ。



「なんなら今の俺にとって最大の魔法でも見せようか」


「いやいやいや、今はいいかな! だってほら、ダンジョンそのものが壊れちゃうって言ってたでしょ!?」


「安心しろ。時を止めて俺たちが脱出する程度はできる」


「たぶんその中にライトたちは含まれてないよね!?」


「ああ」


「ああて!! やめたげてよぉ!!」


 なんか興奮してるエルトフレイスマジかわいいかよ。

 何やら「不穏な言葉が聞こえるぅ!?」とかいうどこぞの猿の鳴き声が聞こえた気がしたけど空耳だろう。


「ねえティロフィア……」


「どうしました、奥方様?」


「本気のレジェスって、あんなに強かったんだね……ちょっと憧れちゃうな」


「最愛のあなた様が後ろにいる。だからこそ張り切ってしまったのでしょう。ああ見えてあの御方はそういう可愛らしいところがおありですから」


「……そっか。あたしも、もっと頑張らなきゃなぁ……このままじゃあの人に置いてかれちゃうや」



「シレッとした顔をしているが、あの程度の軍勢ならばそこのティロフィアでも時間をかければ殲滅できたぞ?」


「えっ!? っていうか聞いてたの!? やだもう、恥ずかしい……っ!!」


「わたくしはこれでもレジェス様の下僕でございますから。虫けらの掃除は従者の嗜みというものですよ」


「従者とはいったい……!!」


 この主従はどうなってるんだ……!? と頭を抱えるエルトフレイスだが、そのうち君も俺と撃ち合えるぐらいには強くなるんやで。

 ついでに言えば我がヴォルケンハイト王国が誇る魔法騎士の団長や、魔法学院の学院長とメゾバルド先生でもあれぐらいの敵が相手ならば普通に単騎で勝てる。頼もしい限りだね。ま、俺のように瞬殺とまではいかないだろうが。


 いつも通り可愛いいきものと化したエルトフレイスにそう告げると、特にメゾバルド先生の名前を出したあたりでめちゃくちゃ驚いていた。


「えっ、あの先生ってそんなに強いの!?」


「なんだ、知らんのか? あの人は元は王族に仕える魔法騎士団の中でも、指折りの精鋭だけが選ばれるお姫様の近衛騎士プリンセスナイトだった男だぞ?」


「うそぉ!?」



 もちろんホントの事である。

 あの人にも色々あるんだよ、マイワイフ。


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