第9話


 今回の目的地である“地獄の釜”が存在するアーラム国境の辺りにゲートで転移すると、なるほどそこは人がそうそう立ち入らないであろう山の中であった。そりゃこんな所になんて来ねえよな、誰も。


「ふむ……我が妻よ、この近くまで来た経験はあるか?」


「んー……うーん……たぶん、無いと思うよ。国境を超えてきた時も、周囲を気にせずにただ通り過ぎるだけだったし。たぶん他の人もそうなんじゃない? むしろよくこんな場所にあるダンジョンが発見できたねえ」


「ああ、余程冒険心に溢れたチャレンジャーだったのだろうな」


 俺の言葉に続いたエルトフレイスの解説によると、この辺りは非常に道が険しい割に採取できる物も大して無いので、わざわざ探索する者はほとんどいないとの事だ。だからこそ最近に至るまで発見されなかったんだろうね。


「で、アレが例の“地獄の釜”ってわけか。見た感じはなんかこう、普通の洞窟だな?」


「そうねー。上位のパーティーが壊滅したって話からして、もっとすごそうなのを想像してたわ。悪魔の城とかさ」


「はは、そんなものが見つかっていればもっと騒ぎになっているでしょうなあ」


「うぅ……見た目は普通なのが逆にちょっと不気味ですぅ……」


 以上が未踏破ダンジョン“地獄の釜”の姿を目にしたライト御一行の感想である。

 ところがどっこい、普通なのは外見だけなんだよなぁ。


「初めに言っておくが、俺が何もかも片付けたのでは我が妻の訓練にならん。よって、余程の危機が来ない限り俺はサポートに徹する。そのつもりでいろ」


「うっ、だ、大丈夫かな……あたしとライトが攻撃の主力になるって事だよね。ティロフィアもサポートに回るんでしょ?」


「申し訳ありません、レジェス様にそう命じられておりますので。あ、お猿様御一行はわたくしに守ってもらえるなどとは思わぬ事です。あなた方がどこで野垂れ死のうがひと欠片も興味はありませんので」


「刺々しさが過ぎるッ!! な、なぁバランドールくん? 君はボクたちを守ってくれるんだよね? よね?」


「は?」


「畜生ッ!! 主従揃って冷血か!!」


 ガッデム!! と叫びながら地面を強く叩きつけるライト。

 あまりにも大袈裟だが、恐らくこいつはこいつなりに皆の緊張をほぐそうとしているのだろう。


 たぶん。


「ライトくん。こういうのもなんですが、寝言は寝て言うものですぞ?」


「バッカじゃないの? アタシらとバランドール様たちはそれぞれ違うパーティーなんだし、ここに来た時点で自己責任に決まってんでしょ」


「ちょ、二人とも……かわいそうだよぅ。ライトくんなりに私たちの緊張をほぐそうとして……スベってるけど」


「お前のが一番グサッとくるんだよなぁラピスちゃぁん!?」



 コント集団か……?

 ま、とにかく冒険者という職業は基本的に自己責任だ。こいつらが俺の話に乗ってこうしてダンジョンへとやってきた以上、そこで壊滅しようとライトたちの判断ミスで片付けられる。


 もちろん、協力相手のパーティーを故意に窮地へ陥れるなどの悪質な行為があった場合は処罰の対象になるが。

 俺はあくまでサポートに徹するというだけだし、いざという時はきちんと働くと明言しておいたのでこの対象には当たらないぞ。


「さて、少々時間を無駄にした。そろそろ攻略を開始するぞ」


「……うん。よし、頑張れあたし!」


「はー……どいつもこいつも俺に冷たくて泣きそうだぜ……」



 ライトが何か言っているが無視して進み、未踏破ダンジョン“地獄の釜”の中へと足を踏み入れる。


 そこに広がっていた光景は──。



「な……んだ、こりゃあ……」


「これは……圧倒、されますなぁ……」


「……そこら中から殺気がバンバン飛んでくるわ。初っ端からヤバげじゃん」


「ひぃ……だ、大丈夫でしょうか私たち……ちゃんと生きて帰れるかなぁ……」


 生粋のコント集団であるライト御一行がボケとツッコミを忘れて呆然とするほどの、異様な景色。


「ど、どうなってるの? 外見と中身が、ひとかけらも一致しないじゃない……!」


「……奥方様、わたくしから離れないようにしてください。この地は、予想以上に危険な香りがいたします」


 エルトフレイスも驚愕し、そしてあのティロフィアまでもが遊びを捨てた本気の状態に移る程の景色。


「フッ……なるほど、地獄の釜か。なかなかに的を射ているじゃないか。そら、呆けていないでとっとと進むぞ」


 唯一俺だけはまあ元々知っているからいつも通り。ついでに謎変換もいつも通りだ。無駄に刺々しい言い方になるの、マジでどうにかならんかなあ。



「す、進むったって……あそこにか!?」


「いやはや、よもやよもやですなぁ」



 地獄の釜は入口こそ何の変哲もないただの洞窟なのだが、中身は異常の一言に尽きる。


 何せ、何故か空がある上に血のように赤いし、かと思えば地面にはまるで海か、あるいは溶岩のように紫の毒水が流れている。


 それに何より空気は淀み、彼方に鎮座する邪悪な城が凄まじい威圧感を放つ。


 言うなればここは、まさに“地獄のような光景”なのだ。


「これみよがしに威圧感を垂れ流しにしておいて、何もありませんなんて事はあるまい。十中八九このダンジョンの主はあの城の中にいるのだろうよ」


「地獄には悪魔が棲むと言いますが、この光景はまさに地獄そのもの。となれば城の主は大悪魔、といったところでしょうかな」


「うへぇ……道理で中位どころか上位のパーティーまでもが壊滅するわけよね……」


「と、とにかく入ってきちゃった訳ですし進まないと危ないですよぅ」


「……畜生ッ!! 俺らがここでくたばる羽目になったら化けて出てやるからな!」


 安心しろ、なんのかんの言って俺たち抜きでも攻略できていたんだからよ。まあ、一歩間違ったら普通に全滅していたぐらいギリギリの冒険ではあったけどな。


「……大丈夫、あたしならやれる……悪魔なんかに負けてたまるもんかっ!!」


「その意気でございます、奥方様。まあ、本当に危ない時にはレジェス様が無双し始めるでしょうが」


「余計な事を言うな、ティロフィア」


 我が従者が口走った通り、俺がその気になればまるで地獄のようなこのダンジョンであっても一人で無双プレイして攻略可能だ。

 あくまでも地獄のような場所、というだけで何も本当の地獄に繋がっているわけではないしな。



 そんなこんなで、そこら中からバシバシ飛んでくる殺気を警戒しながらも歩いていくと、間もなくして敵さんが現れた。


「来やがったな!! バルトロメオ!」


「ぬぅん!!」


「ラピスは一応回復魔法の準備! リディアと俺はバルトロメオの援護だ!!」


「はいぃ!」


「あいよー!!」


 小さな翼が生えた下級悪魔、インプの群れが現れるや否やライトが鋭い声で指示を飛ばし、重装のバルトロメオが即座に大盾を構えて突貫。

 ラピスがぴょいっと後退し、空いたスペースにすかさずライトとリディアが入ってそれぞれ魔法と弓を構える。


 ふうむ、慣れているねえ。


「わ……少し心配だったけど、ライトのくせにちゃんとできてる……!」


「奥方様、感心しておられるところ恐縮でございますが、後ろからもインプの群れが来ております」


「わぁ!? ご、ごめんなさい!!」


「たわけが。ティロフィア、敵の注意を引き付けろ。当然無傷でな」


「オーダー、承りました。では」


 恐らくライト御一行の働きぶりが予想を遥かに超えていたのだろう、エルトフレイスが普通に失礼な事を言っていた。

 しかし背後から迫る別の群れに気が付いていなかったため、ティロフィアに注意されるというドジを踏む。かわいいかよ。


 こちらも早速指示を出し、ティロフィアに対して所謂回避盾になる事を申し付けておいた。


「うっしゃあ! くたばれ魔物ども!! 術式展開ッ! コード“ファイアストーム”!」


「おっさん、後退しなッ!」



「回避だけして反撃はしないというのも、これはこれで新鮮ですね。さて、向こうはそろそろ片付きそうですが……」


「あたしだって負けてられない! たくさん練習したんだからっ!! 多重術式展開! コード“次元弾”!」


「さて、俺も仕事をしておくか。こちらの方が少々数も多いしな。補助術式展開、コード“範囲強化”、“威力強化”、“貫通化”。この程度でよかろう」



「「解放ォッ!!」」



 ライト御一行は突貫したバルトロメオとそれを援護するリディアが時間を稼ぎ、その隙にライトが術式を展開。


 こちらではティロフィアが余裕をもって最小限の動きで回避して時間を稼ぎ、エルトフレイスがいくつも展開した術式を俺が更に補助術式で強化。


 奇しくも同時に解放された魔法は、前方と後方それぞれに居たインプの群れを消し飛ばした。まあライトが起こした大爆発はともかく、エルトフレイスの方はさながらマシンガンのように放たれた次元弾が敵を蜂の巣にしていたわけだが。



 ──とにかく敵影消失、ヨシ!


「へっ、ざまあみやがれ」


「はい、お疲れー」


「……ふむ、敵はいないようですな」


「うぅ、私何もしてないよぅ……」



「……ふう、うまくやれた、かな?」


「ああ、今ある札の中では上出来と言ってもいいだろう。だがこの程度で満足はしてくれるなよ、我が妻よ」


「はぁい……キビシイなぁ、もう」


「群れとはいえ所詮相手はインプでございましたから。あの程度なら他所でもいくらでも遭遇しますし、脅威にはなり得ません。慢心は禁物ですよ」


「うぅ、ティロフィアまで……あたしの先生はどっちも厳しい……」



 すまない、素直に褒められない謎変換ですまない。

 本当はライト御一行みたいにハイタッチとかして互いを労いたいんだよねわかってるんだけどこの程度で俺が本格参戦するとただの無双展開にしかならないんだよごめんよ。


 くそったれめ、この内心を吐露できればどれだけ楽か……!


 主従揃ってスパルタな俺たちからのお言葉にしょんぼりするエルトフレイスの頭をとりあえずポンと軽く撫でてやり、できる範囲で精一杯労ってから進む。

 いちいちザコが突撃してくるようなら俺が出て無双プレイしてしまおうか……?


「あ……えへへ……」


「……ふふ、良かったですね。奥方様」


「うんっ!」



 後ろに間違いなく可愛いいきものがいるというのが分かるが、照れ臭くてとてもじゃないが振り向けないぜ……!

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