第8話
約束の三日後。
諸々の準備を整えた俺は、エルトフレイスとティロフィアを連れて待ち合わせ場所である街の入口で待機していた。
俺はいつも着ている魔法学院の制服に自前のマントを羽織っただけだが、エルトフレイスはアーラム王家に伝わる白いドレスアーマーに身を包んでおり、今にもこぼれ落ちそうなダイナマイトおっぱいが大変目に毒である。あと頭にちょこんと乗っているティアラがかわゆい。
ティロフィアもティロフィアで、以前俺が贈った“音殺しの黒衣”という世界中の暗殺者垂涎の軽鎧型魔具を着ている。これはその名の通り装備者が発する音をほぼ殺してくれる代物で、やたら丈が短く露出度が高いエロティックな暗殺者、といった外見をしていてとても美しい。
当たり前のようにおっぱいの谷間が強調されているのは俺がインストールされる前のレジェスの趣味である。俺もお前もおっぱい星人なんだよ!!
半端じゃなく値段が高いというのが難点だけどな。具体的に言うと普通に豪邸が建つレベルだ。
それはさておき。
──ライトの奴め。早朝に出発だと伝えてあったというのに遅れてやがる。
「遅い……!!」
「ま、まぁまぁ……ライトたちにもいろいろと事情があるんだよ、きっと……」
「単に黒毛猿あたりが寝坊しているだけのような気もいたしますが……」
「……だろうな、まったく……」
こちとら昨日の夜までにしっかりと準備を終えて万全の状態で来たというのに、これでは何のために早朝に待ち合わせたのか分からないじゃないか。
──そうしてイライラしながらも待つ事数十分。
さすがのエルトフレイスも呆れ始め、もう置いていってしまおうか、という流れに傾いてきた頃──。
「いやー、悪ぃ悪ぃ!! どんなダンジョンだろうなって考えてたら中々寝付けなくて、よおぉおぉ!?」
「「遅いっ!!」」
「はー……だからまずはしっかりと謝罪すべきだと言ったではありませんか。そんな軽い態度では……っとと、いやはや遅れて申し訳ない。ライトくんがこちらの集合場所になかなか現れませんでな」
「ほんっとバカなんだから……」
「うぅ……ライトくん、ちょっとフォローできないですぅ……」
「だからってナイフを投げつけてくる奴があるか、この暴力夫婦!!」
まったく悪びれずに現れたライトに対し、俺だけでなくエルトフレイスも堪忍袋の緒が切れたのか、一緒になってそれぞれの腰に据え付けてある護身用の短剣をぶん投げた。
これの刀身には“蛇の王”とまで呼ばれる凶悪な魔物、バジリスクの猛毒が仕込んであり、たかが人間ごときではかすっただけでも致命傷になる。
「──と、いうわけです。死なずに済んで良かったですね、黒毛猿」
「……バッカじゃねえの!? なんつーもん投げつけてきてんだお前ら!!」
「ふん。これに懲りたら二度と遅刻なんぞせぬ事だな」
「ふーんだ!」
「荒療治ですなぁ……」
とはいえ、俺が時魔法で時間を戻してやればこの短剣であっても死は避けられる。そこまで教えてやる義理はないので黙っているつもりだけど。
もちろん、エルトフレイスがノってきたのも毒を治すあてがあるからだ。でなけりゃこの子がそんな悪ノリに近い真似をするわけがないだろう。それはそれとして俺に染まってきているのは間違いないが。
ライトが小賢しくも回避した事で地面に突き刺さった二つの短剣をティロフィアが回収した事を確認し、歩き出す。
「行くぞ」
「うん!」
「はっ」
「えっ、まさか国境まで歩いていくとか言わねえよな?」
「たわけ。そんなわけあるか。国境の辺りに繋がるゲートで転移して行くに決まっているだろう。歩きで、など時間の無駄だ」
「マジ? アレ、利用料がバカ高いから使ったことねえんだよなー」
「安心しろ、話を持ちかけたのは俺だ。その程度のはした金は奢ってやる」
「な、なんか気前良すぎて気持ち悪ぃな……ってそんな睨むなよ!」
「うっはマジ!? あざっす!」
「なんと、ありがたい……。ライトくん、君は特に拝み倒さねばなりませんぞ」
「う、噂よりもお優しいんですね……?」
ゲート。
それは、冒険者たちの調査を元にして国の専門機関が設置している特殊な魔具で、一方を王都の近郊に置き、もう一方をダンジョンや各所の要地に置く事で、両者の間で転移による通行を可能とする代物だ。
言うなれば持ち運びが可能な転移門とでも呼ぶべき逸品なのだが、如何せん製造にかかるコストがアホみたいに高く、それを補うために平民からしてみれば莫大な額の利用料がかかる。
だが、仮にも俺はこの国の次期公爵だ。自由に運用できる資金も平民とは桁が違う。
実家とは関係の無い個人的に大金を稼ぐ手段も確保してあるし、いずれ世界を救うライト御一行に対する投資だと思えば俺にとっては大した出費ではない。
そうこうしているうちに、ひとまずの目的地が見えてきた。すぐ近くだからね。
万が一の悪用を防ぐために厳重な警備が敷かれた陣地。その奥に、今回俺たちが挑戦する未踏破ダンジョン“地獄の釜”の入口へと繋がるゲートが存在するはずだ。
「うひょー、すっげぇ兵士の数」
「普段は塞いであるとはいえ、アーラムとの国境付近から一気にこの王都近郊にまで飛んで来れてしまうわけですからな」
「そう考えると実際結構危ないわよね。同盟国であるアーラムはともかく、周辺諸国だったり魔物だったりに利用されちゃったら一気にチェックメイトじゃん」
「こ、怖いこと言わないでくださいよぅ」
それな。
ま、敵国に使われないようにちょっとした細工が施してはあるんだけどな。魔物に至ってはそもそもゲートを利用しようなんていう考えに至る程の知能を持つ者自体がほとんどいないし。
全くいないわけではない、というところがミソだね。
何せ、原作では実際にゲートを悪用する魔物が登場していたから。アレを単に魔物と呼んでいいのかは疑問だが。
「完璧と言えないまでも、対策はしてある。それに、危険だと分かっていても人間は便利な道具に頼らずにはいられない生き物だ」
「危険、危険か……そうだよね。使う機会があるあたしたちはそこから目を逸らしがちだけど、忘れてちゃいけないんだ」
「はい。そのための警備ですし、あれらを指揮するために魔法騎士の精鋭が派遣されてもいます。何より、この国にはレジェス様がついておられますから」
「そういう事だ。俺の目が黒いうちはゲートの悪用なんぞ許しはせんよ」
ま、原作ではそのレジェスが悪用して世界各地に進出したり、エルトフレイスを取り戻すために魔物を使ったりしてたんだけど。
◆
陣地の入口を守る兵士にはティロフィアの冒険者カードを見せ、クエストの内容を軽く説明する事で通してもらい、ゲートを守る指揮官である魔法騎士には俺が説明した。
「なるほど、従者殿が副業で冒険者を営んでいる事を利用して地獄の釜に……」
「こいつらに経験を積ませるついでに、恐らくは存在するだろうアーティファクトを回収しに、な。まさか駄目だとは言うまい」
「いえ、その若さで既に
魔法騎士というのは、文字通り魔法の扱いに優れた選りすぐりの精鋭であり、こいつのような名前も知れない男ではないトップ層ともなれば、俺のティロフィアをも凌駕する強さを誇る。
尤も、さすがにそのクラスになるとこんな場所に来ることはそう無く、うちの王族を護衛し、そして時折パシられるちょっとかわいそうな奴らなのだが。
そんな魔法騎士よりも、更に上の権力を握っているのが我がバランドール公爵家だ。
故に、こんな問答など所詮形だけのものでしかない。
「どうぞお通りください。規則ですので、利用料は頂戴いたしますが……」
「分かっている。これで構わんな?」
「はっ、確かに。それでは、少々お待ちください」
魔法騎士は俺から金を受け取ると、ゲートが設置されている天幕に引っ込み、表面上は俺も詳細を知らない事になっている解呪の儀を執り行い、ゲートの封印を解いた。
これで転移先である国境付近のゲートも解放されたはずであり、少なくともこの瞬間は国のセキュリティレベルがガタ落ちした事になる。
うーむ、改めて見るとほんと不用心。
分かりやすく言えば、セキュリティソフトが機能していないパソコンでネットサーフィンするぐらいには不用心だ。危ねぇな。
「お待たせしました。一時的なパスを発行いたしますので、お手数ですが帰還の際はバランドール様御自身でゲートの起動をお願いいたします」
「ああ、御苦労。貴様ら、行くぞ」
「はー……慣れてんなぁ」
「ですな。さすがは次期公爵様だ」
「やば、ちょっとカッコイイかも」
「えぇ……? リディアちゃぁん」
バランドールさんちのレジェスくんがゲートを使ったよー、という事実を魔力で認証したため、俺が帰還するか死亡して魔力の反応が消失した瞬間に国境側のゲートを利用する事はできなくなる。そうなると、再利用する場合はまたここに戻ってくる必要があるわけだ。
「地獄の釜、かぁ。資料にはたしか、低級の悪魔が多く出没するとかって書いてあったよね?」
「左様でございますよ、奥方様。予想外の強敵が居たとしても、光魔法を得意とする奥方様であれば問題なく対処可能でしょう。どうかお気を楽になさいませ」
「……うん、ありがとティロフィア。問題は、あたしの拙い時魔法で、どれだけやれるのかだね……」
何やらエルトフレイスが少々緊張しているようだが、セキュリティ的な意味もあってとりあえずさっさと転移しておく事にする。
打ち合わせは向こうの道すがらにいくらでもやればいいさな。
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