第7話
ギルドマスターの部屋を出て冒険者たちがたくさん集まっている広間に戻ると、当然のように視線が集中した。そんじょそこらの貴族どもよりも使える輩も多いとはいえ、冒険者といえども平民は平民だからな。俺たちのような身分の者を見るのは珍しいんだろう。
「あ、いたいた。おーい、ライト~!」
しかしまあ俺と我が従者はもちろん、エルトフレイスも注目を集めるのは慣れたもので無数の視線を一切気にする事も無く黒毛猿のアホ面を探し、すぐに見つけて大きく手を振った。
ついでにぶるんぶるんとたわわなおっぱいも揺れている。
「…………ふん」
当然、男どもの視線がエルトフレイスの胸へと集まったが、俺が彼女の前へと出る事でそれを遮る。
「ちょっ、見えないじゃない」
「たわけ。お前は自分の外見が猿どもの発情を招くという事を自覚しろ」
「あっ、そういう……えへへ」
相変わらず社畜のように働きまくる謎変換によって遠回しながらも注意してやると、エルトフレイスもようやく気付いたらしい。そっと胸を押さえて、俺の背に隠れるように移動した。
そして、「おっとっと、ごめんよー」などと時折冒険者どもに謝りながらも、ライトが仲間を引き連れてやってきた。
「よっ、お疲れ。クエストは無事に受けられたのか? あっ、後ろにいるこいつらが俺の仲間な」
「見れば分かる。ここでは少々不躾な視線が過ぎる……二階に上がるぞ。話はそこでしてやる」
「あーはいはい。だとよ皆」
やれやれ、と肩を竦めるライトの言葉と共に奴の仲間たちを窺うと、何やら意外なものを見たような目になっていた。
「ほぅ……思ったよりまともというか、なかなかに紳士なのですね……」
「そうねー。あのバカども、すっかり鼻を伸ばしちゃって……情けないったら」
「と、とにかく移動しましょうよぅ。ここだと目立っちゃいます……」
大きな盾と大剣を背負った重戦士の男に、長剣を腰に差し、弓を背負った女。そして、おどおどとした例の回復魔法を使う負けヒロイン。
こいつらが現時点でのライト御一行であり、ふと思えば今回のクエストも原作の序盤にあった気がする。ま、本来ならレジェスとその従者であるティロフィアはいないはずなので、言ってみればこれは原作介入ってやつになるのか。
とにかく、負けヒロインが言う通りに落ち着いて話し合うため俺たちはギルドの二階へと移動し、そこに設置されているテーブルに着いた。
こっちにも当然人はいるが、まぁクエストへ出発する前に打ち合わせをしている連中ばかりなので下の階よりはマシだな。
「そんじゃ、せっかくだし俺の仲間たちを紹介させてくれよ」
「構わん」
「話には聞いてたけど、あたしも会うのは初めてね!」
「レジェス様の御心のままに」
ぶっちゃけ性格から過去まで、大概の事は知っているし何ならライトよりも詳しい自信があるが、ここで断るのは不自然だしな。あまり悪い印象を与えたくもないし。
「それでは、私から。何分卑しい身でございますので、多少の無礼は見過ごして頂けると幸いですな」
「ああ。公の場でもあるまいし、俺もとやかく言うつもりはない。気楽にするといい」
「ありがとうございます。私の名はバルトロメオ。我々は全員が平民ですので、姓はありません。ま、見ての通り硬い鎧と大盾を活かして先頭に立ち、敵の攻撃を受け止め仲間たちを守るのが役目ですな」
重戦士、バルトロメオ。
本人はこう言っているが、鉄壁の防御だけではなく大剣を軽々と振るう怪力を活かした高い攻撃力も併せ持つ、頼りになるパワーファイターだ。
歳もライトたちより一回り上で、このパーティーの精神的な支柱でもある。実は平民ながらもとある亡国の騎士であったという過去を持つが、今の段階では誰にもそれを明かしていないはずである。
「んじゃ次はアタシねー。ふんふん、ちょっと童顔のライトなんかよりもよっぽどイイ男じゃん」
「なんだとコラ」
「あはは、冗談よ。名前はリディア、バルトロメオのおっさんが盾になってる後ろから弓を射ったり、隙を見てこの剣でサクッと敵をやっつけたりする遊撃役ってとこかなー」
真紅の髪のアサシン、リディア。
非常に露出度が高くおっぱいもそこそこある尻の軽そうな女だが、実はこれでいて身持ちが固く、やがてライトに惚れるヒロインの一人だ。今は友人関係といったところのようだけどね。
口は軽いがその腕前は確かで、ほんの数年前までとある裏組織に所属する正真正銘の暗殺者であったという過去を持ち、これが後々に起きるイベントに関わってくる。そして案の定というべきか、現時点ではライトは彼女の過去を知らない。
「あ、えっと、最後に私……ですよね」
「そうビクビクしなくても大丈夫だって、取って食べられたりなんかしないわよ。それに……もしもの時はライトが守ってくれるっしょ。ねえ?」
「おう、もちろんだ」
「ライトくんがバランドール様に敵うかどうかは別問題ですがなぁ」
「るせぇぞバルトロメオ!!」
「は、はい。あの、私は……ラピスといいます。えっと、あんまり戦いは得意じゃないんですけど、回復魔法を使えます……」
「ほう。平民が使えるのは珍しいな。ましてや冒険者をやっているなど軽くプレミアものだろう」
「うん、そうだよね。回復魔法の使い手って大概は教会で働いてるイメージだよ」
貧乳の癒し手、ラピス。
こいつこそが例の回復魔法を使う負けヒロインであり、エルトフレイスも同意してくれた通り回復魔法を使えるのに冒険者なんぞをやっているという変わり者だ。
原作におけるメインヒロインであるエルトフレイスの出番が少なめな学院編が終わるまではこちらの方がよっぽどメインヒロインしていたのだが、それ以降は急速に台頭してくるエルトフレイスに押され、そして最終的にはライトに振られて負けヒロインと化す。
逆に言えば、この世界では俺がエルトフレイスとくっつくので無事に恋を成就できるのではないだろうか。ライバルは多いが。
付け入る隙の無いパーフェクトマンよりも、どこかだらしなくて誰かの助けが必要そうな男の方が意外とモテたりするんだよなぁこれが……。
こいつの過去に関しては、うーん……。
まあ、人を探して冒険者になった、とだけ今は語っておこう。原作に介入してライト御一行を仲間に引き入れる事ができれば、どうせ俺も関わる事になるし。
この三人にオールマイティな魔法使いのライトを加えた四人が、今回のクエストに加わるというわけだ。話が成立すれば。
「俺はレジェス・バランドール。既に世界的な名声を持つ
「レジェス様の従者をしております、最高位冒険者のティロフィアと申します。生まれはスラムの下賎な身ですので魔法は扱えませんが、それ以外の事なら何でもお任せを」
「最後にあたしね。えっと、エルトフレイス・リグ・アーラムだよ! これでも一応王族でそこのレジェスとは将来結婚する間柄なんだけど……まあそれはいっか。とにかく気軽に接してくれていいよ!」
王族相手に気軽に接するとか無理難題を仰る……と苦笑いするライト御一行だが、こいつらは結構図太いのでそう時間が経たないうちに普通に接するようになると知っているぞ俺は。
「不死身のティロフィア殿のお噂は耳にしておりますが、バランドール様の従者だという話がまさか本当だったとは驚きですなあ。さすがは公爵家、といったところですか」
「ホントよね。つーか最高位の冒険者に加えて
「わ、私たちはまだ中位冒険者なので、正直足を引っ張ってしまうんじゃないかと心配ですぅ……」
「まあたしかに、わざわざ俺らがついていく必要があんのかっつー話だよな。そこんとこどうなんだよ、バランドール」
そうそう、今は原作が始まったばかりの時期なんだけど既にこいつらって中位冒険者なんだよな。パーティーの馴れ初めだとか駆け出し時代のお話は、後々になって回想で語られるタイプなんだよ。
たしかレベルは30半ばとかそれぐらいだっけか? 1~30までが下位冒険者だから、中位に上がって一人前と認められたぐらいの立ち位置だったかな。
まあ実力的には普通に現時点でも冒険者の中では図抜けている方だと思うが。
「仮にも我が魔法学院で学年三位の実力者たる貴様が率いるパーティーだ、そうそう足手まといにはならんだろう。それに、今回行くダンジョンは中位どころか上位の冒険者ですらも既に犠牲になっているらしい。俺とティロフィアが居れば全滅など有り得んし、貴様らにとっても良い経験になると思うが……なんだその間抜け面は?」
「……いや、まさかお前が俺の事をそんなに評価してくれてるとは思わなくて……っつーか軽く言ったけど上位の冒険者が犠牲になってるってマジ?」
「そうみたい。で、場所はアーラムとヴォルケンハイトの国境付近。ティロフィア、クエストの資料を出してくれる?」
「はい、奥方様。こちらになります」
エルトフレイスは俺の嫁なのでギルドマスターの時とは違い、ティロフィアは素直に指示に従った。
おっぱい従者が胸の谷間からおもむろに取り出した資料をテーブルの上に広げ、全員でそれを見下ろす。
「どっから出してるんだよ……」
ライトが呆れ気味にポツリ。それな。
「──目的地はここだ。最近になって流浪の旅人が発見したという未踏破ダンジョンで、便宜上の名前は“地獄の釜”だそうだ」
「おっかねえ名前だな……そういやエルトフレイスは未踏破ダンジョンって何か知ってんの?」
「ばっ、バカにしないでよ、もうっ! その名の通りまだ誰も最深部に辿り着いた事がないダンジョンの総称で、奥には強力な主が棲んでいる事が多い……でしょ?」
「概ねその認識で正しい。強いて付け加えるのならば、上位の冒険者が犠牲になる程のダンジョンともなると、恐らくはそれ相応の力を秘めたアーティファクトも眠っているだろうな」
「あーっと……アーティファクトっていうのはたしか、魔具の中でもずば抜けて強力な物の事だったか? 古代文明の遺産だとか、悪魔が地獄から持ち出した物だとか、色々言われてるヤツ。さすがに俺らはまだお目にかかった事はねえけどよ」
「そうですな。未知を既知に変える事が本分の冒険者としては、本当にアーティファクトが眠っているのであれば是非とも欲しいところです」
アーティファクト。ライトがうろ覚えながらも口にした通りの代物で、かつて存在した古代の超文明が遺した物もあれば、神の領域である天界や悪魔たちの棲む世界である地獄からこの世界に持ち込まれた物もある。
ま、要は超強力な魔具ってわけだ。当然、それに秘められた魔力は絶大で、魔力を食らって生きる魔物にとっては極上の餌となり、大概がダンジョンの奥地に眠るアーティファクトを得た魔物は他とは一線を画する強力無比な生物となる。必ずしもダンジョンにあるってわけでもないけどね。
ついでに言えば、魔物が人を襲うのも効率よく魔力を得て強くなるため。いわば本能に従った結果の行為というわけだね。人間は誰しも大なり小なり魔力をその身に秘めている癖に脆いので、魔物にとっては都合のいい餌だと映るのだ。
ん? 魔具と言えば……。
「私物ですがアーティファクトならばここにございますよ。生憎、レジェス様とはあまりにも相性が悪いので献上はいたしませんでしたが」
おいティロフィア。お前がアーティファクトを持ってるなんて聞いてないぞ。
俺とは相性が悪いって……げっ!
「わぁ、綺麗……!」
「す、すごいです……これが、アーティファクトなんですね……」
「へぇ……こんな綺麗な宝石なら、アタシも欲しいかも」
またもやティロフィアがおっぱいの谷間から取り出した虹色の宝石……アーティファクトに対し、女性陣は興味津々だが、俺としてはただただ頬を引き攣らせるばかりである。
何せ、あれは──。
「発見者なのでわたくしが命名いたしましたこのアーティファクトの名は、“ピュアストーン”。範囲内の空間を正しい状態に戻す力を持ちます」
「……どゆこと?」
間抜け面を浮かべて首を傾げるライト。
それどころか奴の仲間たちも、そしてエルトフレイスも、いまいちピンと来ていないようだ。
「……なるほど、確かに俺とは相性が最悪と言ってもいいな」
「流石でございますね、レジェス様。報告が遅れて申し訳ありません」
「まったくだ」
もっと早く言って欲しかったなぁと思わんでもないが、下手に手放すと危険だし結局はティロフィアに管理させるのが最善なんだよな。
うんうん、と一人で納得していると、話についてこれていないエルトフレイスがちょいちょいと俺の袖を引っ張ってきた。かわいいかよ。
「勝手に納得してないで教えてよ。あの宝石がなんだって言うのよ?」
「……人目は、無いな。ティロフィア、教えてやれ。貴様ら、言っておくがこれの事は軽々しく口外するなよ」
「はっ」
「何をそんなに警戒して……?」
というわけで種明かしだ。
無駄に引っ張るべき話でもないしな。
「理屈をあーだこーだと説明すると長くなりますので端的に申しますと、この“ピュアストーン”を使うと、効果範囲内に入った魔法は全てかき消されます。つまり、この石は魔法使いにとっての天敵なのです」
「……え?」
「ほほう……」
「うわっ、マジ? やばっ」
「か、回復魔法もですか?」
「なるほど、バランドールが警戒するわけだ……魔法が無ければお前なんてただの嫌味なノッポじゃねえか」
「黙れ黒毛猿。俺は剣術も使える」
「あ、あたしは完全にただのか弱い女の子になっちゃうかなー……」
このピュアストーンは原作にも登場するアーティファクトの一つで、全ての魔法を無力化するだけでなく、アンデッドの類も例外なくただの死体へと戻してしまうチートアイテムだ。
オンオフの切り替えも可能ではあるが、額をくっつけて長々と思念を送る必要があるので戦闘中にパチパチ切り替えたりはできない、というのが一応の弱点か。
こいつは原作において平民が貴族を潰すための切り札として大暴れした問題児なのだが、まさか俺のティロフィアが最初の所有者だったとは。
恐らくは何時かのタイミングで手放したという事になるんだろうけど……奪われたとは思えないしなぁ。もしかして原作とは既に展開が変わってきてるのか?
原作知識を過信するのは少し危険なのかもしれないな……。
「これがアーティファクトってか……。確かに、こんなモンが手に入るんなら多少の無茶をする価値はあるな」
「ええ。私は構いませんよ。向かう先が危険なダンジョンだろうと、冒険してこその冒険者、ですからなぁ」
「そうねー。ただ、そうなるとアーティファクトを見つけた時はアタシらが貰うわよ?」
「リ、リディアちゃん……」
「ああ、それで構わん。こちらとしては時魔法を覚えたばかりのエルトフレイスが、腕を磨けるのならばそれでいい」
「うん、そうだね。こんな危険なクエストに協力して貰うんだし」
「では、交渉成立ですね。この資料は差し上げますので、三日後にでも合流いたしましょう。週末の方がお互いに都合が良いと思いますし」
「っし、だな。そんじゃ決まりっと!」
正直ピュアストーンの事に関しては気になるが、俺のできる従者を信用するしか無いだろう。何せ、あれを使えばティロフィアならば俺を殺せるかもしれないし。ますます好感度稼ぎが重要になってくるじゃないか。
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