第6話
移動先の転移門を出ると、そこには貴族基準ではそれなりの、平民基準では相当に巨大な建造物が姿を現した。
冒険者ギルド。
原作主人公であるライトが魔法学院の生徒とはいえ平民なだけに、話のメインとなっていたのはこちらの方だ。そもそも学院編は一年しか無いしな。
メインヒロインだが王族故にこういった施設にはなかなか顔を出しにくいエルトフレイスと、ライバルキャラであるレジェスの出番のためだけに魔法学院があったようなものである。
それはとにかく。
操作係のお姉さんから話が行っていたのだろう、ギルドのスタッフが建物の外で出待ちしており、俺たちの顔を見るや否やすぐに駆け寄って挨拶をしてきた……が、その辺りはまあ省略でいいだろう。ただ向こうが頭をぺこぺこペコリーヌしてきただけだし。
一つ言うなら、王族と高位貴族の権力はやばいですね☆ ってこと。
そして案内役のスタッフに先導されて中へ入ると──。
「わぁ……! 人がいっぱいだわ!! これ全部が冒険者なの? あっ、これとか言っちゃった」
「トラブルを避けるため、クエストを発行する依頼者用の出入口は別にありますので、そういう事になりますね」
「ふむ、なるほど。使えそうな輩は、まあそうそう見つかるものでも無いか」
「へぇ~、意外と若い男女も多いのね!」
「立身出世を夢見る平民にとっては最も身近な職の一つですからね、冒険者は。王都を拠点にしている、というのは一種のステイタスにもなりますし、見栄を張るために大枚を叩いて地方からやってきている若者も多いと聞きます」
「なるほどねー」
目をキラキラさせてあっちこっちを見渡している我が妻は控えめに言って天使だが、意外な事に向こうに見える顔馴染みの存在には気付いていないようだ。
おっ、案内役のスタッフが気を使って待ってくれているのをチャンスと見たか、近付いてきたな。
「よっ」
「ほう、黒毛猿ではないか」
「ご無沙汰しております、お猿様。今日も大層な間抜け面でございますね」
「丁寧に見せかけて暴言吐かれた!? つーかエルトフレイス、お前もあっちこっち見てないでこっちを見ろぉ!!」
「あれ? ライト、居たの? あっ、そういえばあなたも冒険者なんだっけ!」
「こっちも酷い!! おいバランドール、明らかにお前の悪影響受けてるじゃねえか!」
「む、失礼な」
「それはこっちのセリフなんだが!?」
そう、実はという程の事でもないが、原作主人公であるこの男、ライトは魔法学院の生徒であると同時に冒険者でもあるのだ。
平民でありながら俺やエルトフレイスに次ぐ学年三位の実力者でもあるこいつは、実戦的なレベルで魔法が使える者が決して多くない冒険者ギルドにとって非常に重要な戦力と言える。
現に……ああ、いるな。向こう側に見えるライトの仲間たちは、一人を除いて魔法を使えない。その唯一の例外となるのが、貧しい胸と引っ込み思案を持つ少女だ。
冒険者としては貴重な回復魔法の使い手である彼女だが、悲しいことに原作における負けヒロインの一人でもある。おっぱいには勝てなかったよ……。
「ったく……で、何しに来たんだよ。ここはお貴族様がお遊びで来るような場所じゃあないんだぞ。クエストの発行なら別口だし」
「たわけ。我が従者が最高位の冒険者でもあるという事実を知らんのか、貴様は。それを利用して俺たちもクエストを受けに来たのだ」
「は?」
「お猿様とはここで顔を合わせた事はございませんから。知らぬのも無理はないかと」
「えっ、マジ? ティロフィアさんって、ひょっとして主よりも強いんじゃ……」
「死にたいようですね黒毛猿。その頭の中にはゴミでも詰まっているのですか? 冗談でも言って良い事と悪い事があります」
「えっ、あっ、すんません」
ライトを放置してまた目をキラキラ輝かせながら「ふゎ~……」とあっちこっちを見回している
恐らく、俺の強さを疑うような発言が地雷だったのだと思われる。
彼女の本気を悟ったライトも、やばいと感じたのか土下座しかねない勢いで謝罪している。
「……ふむ、そうさな。黒毛猿、悪いと思うのなら少々付き合ってもらおうか」
「は?」
「レジェス様?」
「貴様なら王都周辺以外の地理関係も把握しているだろう?」
「そりゃ、まぁ。でもさすがに俺の一存で決めるわけにゃいかねえし、そもそもどのクエストをやるのかも決まってないんだろ? 来たばっかだしよ」
「分かっている。だが、話はつけておけ」
「お、おう……」
「待たせたな、案内役。我が妻よ、いつまでもキョロキョロしていないで行くぞ」
「あっ、うん!」
「──では、ご案内させて頂きますね」
原作主人公なだけあって、ライトもなるべく手放したくない有能な人材だ。ここらで共闘し、絆を結んでおくのは決して悪い選択ではないはず。何せ、原作のラスボスを倒すには非常に強力な光の力が必要になるからな。
ラスボスに対してだけは、光魔法よりも闇魔法の方が得意な俺は恐らく相性が悪い。
加えて、ライトを引き入れる事ができれば芋づる式に奴の仲間たちもついてくる。そいつらも当然優秀な人材ばかりだし、中でも回復魔法を得意とする負けヒロインは是非とも欲しいのだ。
「レジェス様、先程の話は──」
「よくやった、ティロフィア。これでスムーズにあの猿をこちらに引き入れる一手を打つ事ができる」
「……!! はいっ、ありがとうございます!」
「ふ~ん……レジェス、あなたって意外とライトの事を買ってるんだね……?」
「まあな。もちろん、お前のことはそれ以上に頼りにしているぞ。エルト」
「ふぁっ!? あ、えっと、うん……」
ギルドマスターが待つ最奥の部屋へと歩きながらの道中、そんな会話があった。
案内役がちょっと気まずそうな顔をしていたが、必要な犠牲だったと諦めてくれ。こいつらからの好感度の方が遥かに重要だからね。なんかほら、エルトフレイスがちょっとライトに嫉妬してるような声色だったからね。
◆
「いらっしゃいませ、アーラム殿下、バランドール様。ティロフィアくんも、元気そうで何よりだ」
部屋に入って開口一番、ギルドマスターからそんな挨拶が飛んできた。名前を呼ばれた順番がそのままそれぞれの権力の大きさを表しており、最高位の冒険者といえども他国の姫君やこの国の次期公爵が相手では霞むという事だな。
ちなみにギルドマスターは、よく整えられたオールバックの髪がダンディなナイスミドルだ。
「早速だが用件に入らせてもらうぞ。今回俺たちが来たのは他でもない、最高位の冒険者であるティロフィアに教導される形を取る事で、試運転がてら高難度のクエストでもやってみようと思い立ってな」
「試運転、となると魔法ですか。まさかまた新しい属性を発見した、などとは仰らないでしょうな?」
「クク、まさか。いくら俺とてそこまでデタラメではないさ。実は我が妻、エルトが無事に時魔法を習得してな。それの試運転だよ」
「なるほど……それはそれは……。おめでとうございます、アーラム殿下。時魔法の習得は常軌を逸した難度だと聞きますが、流石でございますね」
「あ、うん。ありがとう。はぁ、なんか今更不安になってきた……」
さすがと言うべきか、どこぞの黒毛猿とは違いギルドマスターはしっかりとこちらの実力を見定める事ができているようだ。
貴族とはいえ冒険者でもない者がクエストを、なんて無謀だ! とかいちいち騒がれると時間の無駄だからね。
そして、この場に至るための通行券たる事が同行の主目的だったティロフィアは己の役割を弁え、従者らしく後ろで影に徹している。やはり、パーフェクトだ。
ふとギルドマスターが視線を落とし、続いてティロフィアに目で合図をする。
「ティロフィア」
「はっ」
だが、彼女は俺の従者であってギルドの犬ではない。そこのところをはっきりさせるために、あえて俺から声をかけてやった。
全く、このおっさん。我が従者の有能さをしっかりと把握し、あわよくばギルドのお抱えにできないかと狙ってやがるな。
「はは、敵いませんな。いや、失礼した」
「ふん。こいつは俺の物だ、何をどれだけ積まれようと絶対に渡さんぞ」
ギルドマスターと俺の間でそんなやり取りを行われている傍ら、澄ました顔でティロフィアがクエストの書類を広げているが、どことなく嬉しそうな雰囲気を感じる。尻尾があれば今頃ブンブンと振りまくりだろう。
「あたしはどんな反応をすればいいんだろうね……」
一連のやりとりを全て理解できているが故に、立場的な意味で困惑するエルトフレイス。すまんな、確かに未来の旦那が従者とはいえ他の女とイチャコラしてるのは奥さん的には面白くないだろうよ。
「で、貴殿がすすめるこのクエストの内容は」
「殿下にも関係がある方がやる気も出るでしょう。アーラム聖国との国境付近に存在する未踏破ダンジョンの調査ですな。先日見つかったばかりなのですが、既に多数の犠牲者が出ているのですよ」
「国境付近に!? それは大変だわ! レジェス、これにしましょう!!」
くそ、たぬき親父め。
ギルドマスターの奴、俺との交渉は分が悪いとみてエルトフレイスの性格に目をつけてやがったな。
「……まあ、いいか。犠牲者の内情は」
「上、中位のパーティーが壊滅済み。よって次に送るのは最高位の冒険者だと決まっておりました」
「なるほどな……」
「そんな危険なダンジョン、絶対に放ってはおけない!! レジェスっ!!」
「分かっている、そう慌てるな。まあ俺とティロフィアが居れば万が一はあるまい……他のパーティーを連れていくつもりなのだが、構わんな?」
「ええ、もちろん。バランドール様の眼を信用しておりますので」
「……ふん。この資料はもらっておく。行くぞ、エルト」
「うんっ!! これは、全力で片付けなきゃならない事案ね……!」
これだこれ。
エルトフレイスの奴、祖国であるアーラム聖国が絡むと途端に頭が弱い子になってしまうのだ。盲目的というかなんというか。
どうにかこうにかして、この辺りを矯正しなきゃなぁ……。
あんまりあのギルドマスターとは顔を合わせたくないものだ。特に、ティロフィア以外の誰かを連れている時には。
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