第5話
放課後にエルトフレイスの修行に付き合うようになってから早一週間。
時魔法の扱いにはまだまだ不慣れながらも、次元弾を含めた四つの魔法をなんとか実戦で通用するレベルにまで鍛え上げる事ができた。
仮に俺と殺り合うような事があればエルトフレイスは秒でノックアウトするだろうが、それでも現時点では破格の戦闘力を持つに至ったと言えるだろう。
この世界での強者は大概が魔法使いか、魔法が込められた魔具の持ち主だ。その中にあって、
言ってみれば前世でいう核爆弾が人間の姿をして歩いているようなものだと説明すれば、より分かりやすいだろうか。
だからこそ、そんな歩く核爆弾である俺との婚約を破棄するような事は、余程の事が無ければ起こり得ない。それが起こってしまったのが原作なわけだが。
「というわけで、今日は時魔法の試運転がてら街へ“仕事”をしに行くぞ」
「街に? なにをするの?」
「実はわたくし、このような物を持っておりまして」
「ん……? んん!?」
ぱんぱかぱーん、と無表情でシュールな効果音を口で表現するティロフィアが取り出した一枚の黒いカード。
ファンタジーな異世界ではもはやお馴染みのアレである。
「冒険者カード!? しかも黒って事は、最高位の物じゃない!!」
そう、冒険者だ。
様々なクエストを請け負い、それを達成する事で得た報酬で生計を立てる職業なわけだが、なんと俺のおっぱい従者は多忙なスケジュールの合間を縫って……というか主に俺が眠りこける深夜帯に冒険者として活動していたらしい。
いやお前いつ寝てんの??
それが、嘘偽りない俺の正直な感想であった。
だってこいつ毎朝ちょうど俺が起きる頃に挨拶しに来て、そのまま俺に付き従ってるんだよ? 寝る時間なんてないでしょ。
「ぶっ!? レベル80!? ちょっと待ってティロフィア、あなたいったいいつ寝てるのよ!? あっ、時魔法で時間を圧縮して就寝時間を確保してるのねそうなのね!?」
「いえ、わたくし生まれはスラムの大貧民なので魔法などとてもとても。当たり前ですがレジェス様のお手を煩わせるわけにも参りませんしね」
「超人が過ぎる……ッ!!」
我が妻が戦慄しているのを他所に説明しておくと、この世界における“レベル”というのは別にレベルアップすれば能力値が上がるとか、そういう非現実的というかゲーム的なものではなく、そもそもほぼ冒険者に関してのみ使われている職業用語だ。
ざっくり言うと、その人が「どれだけ敵を倒したか」をポイント制でカウントし、そのポイントが一定以上になったら数値が上昇するのである。そして、一定以上のレベルになれば冒険者としての位が上がり、より多くの人間に信用されるようになる、という仕組みだ。
ま、結局それをカウントするのは謎にハイテクな冒険者カードなのだから、そこはやっぱり非現実的なんだけど。
ちなみに、ティロフィアのレベル80という数字は最高位の冒険者として認定されるラインピッタリであり、わざとここで止めてある事は明白だった。ご丁寧にポイントまできっちり止めてあるからな。
「いつかレジェス様のお役に立つ時が来るかもしれないという想いでレベルを上げて参りましたが、実は最高位になれたのはつい先日の事なのですよ。今日に間に合って本当に良かったです」
「……かもしれない、でなるものじゃないと思うの。最高位の冒険者って」
「パーフェクトだ、ティロフィア」
「感謝の極み」
「……まあ、慕われてるのはよく分かったけどね……本当に、よく分かったわ……」
本当にね。
謎変換と仕事をしない表情筋のおかげで冷静なように見える俺も、めちゃくちゃ動揺してるからね今。
最高位の冒険者といえば平民でも高位の貴族や王族と直接顔を合わせる事すらある程に影響力があるし、一生を遊んで暮らせるレベルの大金を得られるはずだ。
そんな「俺の役に立つかもしれないから」なんていうあまりにも不確かで頼りない理由でなるものでは無い。マジで無い。断じて無い。なんでこの子俺の従者なんてやってんだろうって不思議に思うぐらいだ。
「ねえ、ティロフィア。失礼だとは分かってるんだけど聞いてもいい?」
「はい、何なりと」
「はっきり言ってもう一生お金に困らないぐらい稼げているでしょう? どうしてそこまでレジェスの従者である事に拘るの? そんなに才能があるのに……」
おっ、さすが我が妻。よくぞ聞いてくれた。
まさに聞きたいけど聞けない事だったので助かる。
「先程も申し上げた通り、わたくしはスラムで生まれ育ちました。そこで野垂れ死ぬはずだったわたくしを拾ってくださったレジェス様に、一生を捧げると。そう、心に決めているからです」
「…………ふん、当然だ」
「あっ、照れてる。そっか、そうなんだね。うんっ! これからもこの人を支えてあげてねっ!!」
「はい、勿論です」
よせやい、照れるべ……と茶化す事も出来ん程に良い子だった。
原作のレジェスは、こんなに良い子が傍に居たのにどうしてああなっちゃったんだろうなぁ……。
「……とにかく、最高位の冒険者であるティロフィアが教導するという形を取れば、冒険者ではない俺たちでもクエストをこなす事ができるようになる。今回の目的はそれだ」
「そういえば結局、ティロフィアっていつ寝てるの?」
「寝ていませんよ?」
「は?」
「え?」
俺の話を当然のようにスルーされたのは悲しいが、かわいい従者が放った衝撃の一言にびっくりなんですけど。
「睡眠を必要としない擬似的なアンデッドになる事ができる魔具がございまして。それをクエスト中に偶然入手して以来、わたくし一睡もしておりません。時間の無駄ですから」
「ブラックすぎるッ!? ちょっとレジェス、あなたのところどうなってんのよ!」
「……初耳だ。そうか、寝ていないのか……そうか……」
「あっ、普通にショック受けてる。なんかごめん」
「至って快適ですのでお気になさらず。睡眠で貴重な時間を無駄にする方がわたくしにとっては苦痛でしたから」
「…………」
従者の社畜根性が過ぎる……ッ!!
多忙にも程があんだろ過ぎていつ寝てるのかと思ったら、まさかの年中オールナイト宣言……ッ!!
現実……ッ!! これが現実……ッ!!
「レジェス、あなたもっとこの子を労わってあげなよ……?」
「……ああ、そうだな……」
あまりにも圧倒的すぎるブラック情報にはさすがのレジェスボディも衝撃を隠せないようで、珍しく謎変換が仕事をしていない。
いくら魔具があるとはいえ、精神的な疲れまではどうにもならないはずだ。擬似的なアンデッドになれても心は死ぬ。
「何よりこの魔具が素晴らしいのは、擬似的とはいえ不死身になれるので有事の際は心置きなくレジェス様の肉盾になれるという事です。死んだら盾にもなれませんからね」
「もうやめたげて! あのレジェスが罪悪感でへこんでるから!!」
「え?」
今度絶対にこの素晴らしすぎる従者にひと時の平穏とその忠誠に報いるプレゼントを贈ろうそうしよう。
すまない、不甲斐ない主ですまない……。
◆
あまりにも衝撃的でブラックすぎる従者の裏事情が明らかになった後。
俺たち三人は、王立魔法学院を出て街にやってきた。
この街こそが大国ヴォルケンハイトが世界に誇る王都だ。
端の方とはいえクソ広い魔法学院がすっぽり収まっていて、更にはバカでかい王城までデーンと構えているにも関わらず尚、アホみたいに広い。
具体的には、歩きで街を出るとなれば普通にウン時間もかかるレベル。なので、街の所々に移動を楽にするための転移門という建物サイズの魔具が存在するのが特徴的と言える。
ちなみに、記憶によればその転移門を参考にして開発したのが時魔法との事だ。まあ、魔具を元にして魔法を開発するというのは魔法研究の定石だしな。
「冒険者ギルドまでは少々距離がございますので、あちらに見えます転移門を用いるのが一般的ですね」
「なるほどねー。あたし、実は冒険者ギルドって話には聞いてたけど実際に足を運んだ事は一度もなくて。ちょっと楽しみ!」
「それはそうだろう。俺たちのような身分の者には縁がない場所だからな。精々が使いを出してクエストを発行するぐらいだ」
「あまり期待はしない方が良いかと思いますが……所詮荒くれ者のたまり場ですし」
他国のとはいえ仮にも王族であるエルトフレイスが、冒険者ギルドなんぞに行ったことがあったらその方が驚きである。本来ならば護衛を大量に引き連れて行動するべき身分だからな、お姫様って。
かく言う俺だってこの国の次期公爵。つまりはやがて国軍のトップに立つ男だ。所詮は庶民の仕事場である冒険者ギルドに関わるとすれば、ギルドの責任者や最高位の冒険者を自分の屋敷にでも呼び寄せて話をする時ぐらいだろう。
言ってみればでっかい店を幾つも構えている大商人やら、ギルドの関係者やらなんやらとて、平民である事に変わりはないからな。
そうこう言いながらも転移門に到着し、勝手知ったる足取りでティロフィアが操作係に事情を説明しに行った。
「おい、あれってまさか……」
「不死身のティロフィア、か!? こんな時間に顔を出すなんて初めてだろ!」
「はぁ……相変わらずすげー美人だぁ……」
「あの人に会えるなんて今日は運が良いぜぇ!! なぁ、ちょっとデカいクエストやってみねえか?」
「つーかあの人が二人も仲間を連れてるのも初めて見たぞ? しかも何処かで見たような顔だな……」
おおう、同じく冒険者ギルドに用事があるだろう連中……十中八九現役の冒険者たちがめっちゃ見てくるぅ。
さすがは最高位の冒険者。深夜しか活動していないにも関わらず知名度は抜群に高いらしい。まあ、ほとんどこの王都だけで活動してきたんだろうし、そりゃそうか。
あっ、ティロフィアが帰ってきた。
「お待たせ致しました。御二方のような高貴な方々が冒険者ギルドを直接訪れる事は稀なだけに、あちらの方でも少し準備に時間がかかるとの事です」
「そ、そうなんだ。それもそうか……っていうかなんかあたしたちすっごい見られてるんだけど……」
「魔法学院の生徒でもない平民が、お前のような王族や俺のような高位の貴族を目にする機会は稀だ。まあ、今回に限ってはティロフィアが供を連れている事に注目されているようだがな」
「申し訳ございません。目障りなようでしたら追い払いますが……」
「い!? いやいや、いいっていいって! なんか加減とかしなさそうだもん」
「はい、もちろんです。レジェス様や奥方様に不快感を抱かせる愚か者は疾く排除しなければなりません」
「シャレにならないからやめたげて!!」
そんなやり取りをしていると周囲が一瞬ザワっとしたが、ほんの僅かな間だがティロフィアが放った殺意に反応し、全員がそっと視線を外した。
なんだか、俺のおっぱい従者がきちんと冒険者たちの中に溶け込めているか心配になってきたぞ。リアクションが完全にアンタッチャブルというか、名前を言ってはいけないあの人みたいになっとるやん。
そんなこんなで、周りの推定冒険者たちにとっては死ぬほど居心地が悪いであろう短くも濃い時間の後、今度は転移門の操作係がぱたぱたと駆け寄ってきた。
「大変お待たせしました! 準備が整いましたので、早速転移いたします。ギルドマスターがお待ちですので、後はそちらで!」
「分かりました」
こくりと頷くティロフィア。
やっとか……とぐったりする周囲の推定冒険者たち。ただ居合わせただけの奴らにとっては少々災難だったな。
そして──。
ふわりと体が浮くような感覚と共に床が消え去り、目が眩むような光と共に視界が切り替わった。
転移は無事に成功したようだ。
──ざっくりとしか語られなかった裏設定によると、なんでも転移が失敗した結果その場にいた生物同士で身体が混ざりあってしまい、奇妙奇天烈な珍生物が誕生する事もあるらしい。キメラだのといった「上半分と下半分で違う生物が繋がったような魔物」は、そうして生まれたのだとか。何とも恐ろしい話である。
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