第4話



 正直まともに覚えきれていなかった細かい設定や世界観を復習するという意味では、非常に為になった授業を終えた放課後。

 約束していた通り、時属性を扱えるようになりたいというエルトフレイスの練習に付き合うために、校舎の敷地内にある空き地にやって来た。


 とにかくとてつもなく広いこの学院には、自主練習をする勤勉な生徒のためにこういった場所が幾つもあるのだ。

 今回は、まだあんまり人に見られたくないと言う我が妻のために、利用者がいない空間を何とか探し当てる事ができた。何でも、ずっと前から練習はしているけどまだ形にできていないから、何度も無様に失敗するだろう姿を見られたくないのだそうだ。


 他人の評判を気にしなきゃいけないから、王族は大変だなぁと思うよ。


「まずは何でもいいから時魔法を使ってみろ。失敗しても構わん、どうせ見ているのは俺とティロフィアだけだ」


「わたくしの事はお気になさらず。ただの空気か何かだとでも思ってくだされば」


「空気にしてはキャラが濃すぎる気がするけど……うん、とにかくやってみるね」


 そう短く告げて頷き、苦笑いを一つ零した直後に一転して真剣な表情になり、両手を軽く前へ向けて集中し始めるエルトフレイス。

 ライトがこの場にいないのは、あいつはまだそこまでエルトフレイスと親しいわけじゃないし、そもそも生徒全体をみればそう多くはないが確かに存在する平民の生徒たちから学年を問わず人望がある。恐らく今日もそちらと一緒に居るのだろう。あるいは、ファンタジーの定番な“あの仕事”に勤しんでいるのかもしれないな。


「……なるほど、さすがは俺に次ぐ学年二位の実力者。既にそこらの魔法騎士を上回る程に魔力の扱いが上手い」


「左様でございますね。後は経験を積めばあるいは世界有数の腕前にも達するかと」


「ああ。だが──」


 その人格をあらわすような、清らかでいて力強いエルトフレイスの魔力に惹かれて、先程までは校舎のありとあらゆる場所で思い思いに遊びこけていた精霊たちが集まり、興味深げに彼女を観察しているのがわかる。

 これで他の属性の魔法を放つのであればそれらの精霊たちから力を借り、より強力な魔法へと進化させる事もできるだろう。


 しかし、俺が見出した時の属性を持つ精霊はこれまでに確認されていないし、この世界が原作の通りならばそもそも時の精霊などというものはこの世に存在しない。

 なぜなら、時の属性……つまり時空を司る存在となれば、神と呼ばれる者ぐらいしか有り得ないからだ。時間災害なんてものは存在しないのが証だな。

 この世界では、いわゆる自然災害の類は基本的にそれぞれの属性を持つ精霊がイタズラをした結果起きるものなんだよね。中でも、木々を燃やして山火事を起こす火の精霊には特にイタズラっ子が多い。


 ま、精霊についてはまた今度詳しく語るとしよう。どうせ嫌でも話に関わってくるだろうからな。


「きゃっ!」


「あ」


「やはり失敗したか」



 魔法学の教科書に新しく記載された初歩的な時魔法の術式を展開しようとしたエルトフレイスだったが、しかし書きかけの術式と魔力が弾け飛ぶ形で失敗した。

 たまらず尻もちをつき、弾けた術式が放った光にやられた目を擦っている。


「大丈夫か?」


「うん、ありがと……いっつもこんな感じなんだけど……どこが悪いと思う?」


「ふむ、そうさな」



 悔しさ半分恥ずかしさ半分、といった様子で唸るエルトフレイスに手を貸し、立ち上がらせるも彼女は自信なさげに俯いた。

 十中八九無意識なんだろうけど、その上目遣いは可愛すぎるので犯罪です。


「術式展開。コード“次元弾”、解放」


「わっ」


 とりあえず自分で感覚を掴むために、彼女が使おうとしていた初歩的な時魔法を実際に撃ってみる。

 俺がインストールされていない本来のレジェスの記憶や経験も持っているので当たり前といえばそうなのだが、瞬く間に展開された術式は問題なく機能し、拳大程度のサイズの黒ずんだ紫色をした弾が術式を通して俺の指先から飛び、地面に着弾した。


「ふむ」


「相変わらずイカれた展開速度してるね……実戦なら相手が気付いて動く前に着弾してそう」


「お見事です、レジェス様」


 たとえ同じ魔法でも使い手の技量によって術式を展開して放つまでの詠唱速度や、弾速が大きく変わってくるのだが、レジェスのそれは既に人間の中では世界一といっても過言ではないレベルにある。

 どうやらそれはレジェスが俺になっても変わらないようだ。こうすればこういうように魔法が使える、というのが理屈ではなく感覚でわかる。さすがは大天才。


「時魔法は些か説明が難しい。手を貸せ、我が妻よ。直接体験した方が早い」


「えっ、手を貸せって……こう? ひゃっ」


「術式展開。コード“次元弾”」


 おずおずと差し出されたエルトフレイスの手を握り、彼女の魔力を借りる形で術式を展開していく。分かりやすいように、ゆっくりと。


「解放」


「──あっ」


 そして、先程俺が放ったものとは比べ物にならない程小さく弱々しい弾ではあるが、しかし確かに飛んで行った。


「今の動きが時魔法の基本だ。きちんと理解できたか?」


「う、うん! ちょっと自分でやってみるね!!」


「夫婦の共同作業……ふふ、尊い……」


 何やらティロフィアが生暖かい視線を向けてきているが、努めて無視し、何が起きても対応できるように見守っておく。

 ま、あの分だと問題なさそうだけどな。レジェスの天才っぷりが目立ちすぎなだけで、エルトフレイスも普通に歴史に名を残すレベルの天才だし。でなければいくら本気ではなかったと言えども、原作のレジェスに勝てるわけがない。



「ふむ。やはり精霊にはとにかく好かれやすい体質らしいな。先程までは遠巻きに観察しているだけだった精霊たちが集まってきている」


「奥方様が、でございますか?」


「ああ。精霊たちにとっては時魔法というのは言ってみれば降って湧いた外来生物のようなものだ。奴らにとっても未知であるが故に、俺が使った場合は寄ってくるどころか逃げようとまでするのだよ」


「なるほど。それは、レジェス様が特別精霊に嫌われやすいというだけでは? 顔も怖いですし」


「全属性を扱える俺だぞ? 精霊に嫌われているわけが無かろう。あと顔が怖いは余計だ」


「失礼いたしました」


 サラッと言ってきよったけど本当に失礼だなお前!?

 ティロフィアも一応原作に出ているキャラではあるけど、もっと無難な性格してたはずなんだが。

 でもまあ、冷酷無比な鮮血公爵とまで恐れられていたレジェスに最後の最期まで付き従った唯一無二の人物だしな。ある意味、最も原作のレジェスと親しかった人間なのかもしれない。


 そして──。



「……! いける!! 術式展開! コード“次元弾”ッ!!」



「解放ッ!!」



 二、三度の不発や暴発を経て、エルトフレイスは見事に時魔法の初歩、次元弾を成功させてみせた。

 並の魔法使いでは十年経ってようやくこの域に立てるぐらいなのだが、俺が軽く導いてあげただけで容易く成し遂げるとは。


 まだ俺が発見してからそれほど経っていないという都合上、世の大魔法使いマスターウィザードでも大半が使えない時魔法を、まだ十代という若さで成功させたエルトフレイスの才能は、流石という他ないな。

 これは余談だが、全ての属性を扱える魔法使いを指す大魔法使いマスターウィザードが時魔法を使えないというのは如何なものかと、大魔法使いマスターウィザードに認定される基準の見直しが検討されているらしい。


「見事だ、我が妻よ」


「おめでとうございます、奥方様。レジェス様も我が事のように喜んでおられますよ。具体的には口角が二ミリ程上がっておられます」


「ありがとう!! そんな風には見えないんだけど……それに二ミリって……」



 そんな小さな変化、よく分かったな……とおっぱい従者のガチ勢っぷりに正直ドン引きなんだが? 無表情で言うことじゃないんだが? しかもお前、俺をまじまじと観察していたわけでもないじゃん?


「どんな些細なことでも把握できない程度では、偉大なるレジェス様の従者は務まりませんので」


「そ、そうなんだ……なんかこう、すごいんだね……ティロフィアって……」


「……まぁ、こいつの事は置いておけ。そんな事より、使える時魔法が次元弾だけでは意味が無い。次の魔法に移るぞ」


「あ、うん! これだけだと普通に他の属性を使った方が早いもんね」


「そういうことだ」



 俺の従者が予想外の超人だったという事実はさておき、エルトフレイス自身が言った通りに現時点ではわざわざ時魔法を使う必要性が無い。故に、もっと実戦的なものを習得してもらう。

 その後はファンタジーな異世界ではお馴染みのあの仕事にでも行って試運転かな。


「お前のちゃちい次元弾の熟練度を上げる事が前提となるが、あと三つもあればひとまずは事足りるだろう。それ以上は今後の課題にでもしよう」


「み、三つも覚えるのかあ……でもせっかく時間を割いてくれてるんだし、頑張るよ!」


「その前に、一旦休憩といたしませんか? 慣れぬ魔法の修行は精神の疲労を招きます」



 たしかに、そうだな。

 本来のレジェスならば時間の無駄だと却下するところだが、慣れない事をしたエルトフレイスに疲れの色が見えるのも事実。これほどに才能があって習熟も早い彼女なら、多少遠回りしたところで問題はあるまい。

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