第2話


「──から、平民の分際でエルトフレイス様に近付くなと言っているんだ!!」


「はっ、あんたらにそんな事を言われる筋合いは無いね!! 学院に在学している者に身分の差は無いって学院長も言ってただろ!」


「平民風情が知ったような口を!!」



 あちゃー。

 聞いた声だとは思ったが、案の定あいつだったか。


 昨日までの俺もあんな感じだった……いやいやあそこまで露骨じゃあないよな、レジェスだし。絶対もっと陰湿で遠回しなやり方だったはずだ。


 貴族の証とされる煌びやかな金髪や銀髪ではなく、ともすれば下品と蔑まれる黒髪を切り揃えた、いかにも勝ち気そうな少年。

 美形と言えば美形なんだけど、いまいち個性が無い一般生徒と朝っぱらから言い争いをしている彼こそが、幼少期より英才教育を施されてきたはずの貴族連中を出し抜いて学年三位の成績をおさめている“平民の星”。


 原作においてレジェスからエルトフレイスを略奪し、その他にも多くの女性から好意を寄せられる勝ち組主人公、ライトだ。決して新世界の神ではないし、平民なので姓は無い。


 うーん。

 昨日までのレジェスが散々やらかしてくれちゃった分、顔を合わせるのが気まずい。


 だけど謝らないわけにもいかないしな。



「何をしている、貴様ら」


「え、あっ!」


「……うげ、バランドール……」



 おいこら、うげとはなんだ失礼な。

 気持ちは分かるけど面と向かって言うんじゃないよまったく。


「聞いてくださいバランドール様! この平民風情が生意気に──!!」


「やめろ、くだらん」


「え……」


「は?」


「やめろと言ったのだ。程度が知れるぞ」


「は……え……も、申し訳……ございません……」


 うん、なんでだろうね。

 ティロフィアの前では割と普通に喋れたのに、こいつらの前だとやたらと威圧的な口調に変換されるんじゃが。

 あれか? 気心が知れない相手にだけ働くのか?


 喧嘩はやめようねーぐらいの言い方をするつもりだったのに、勝手にこんな喋り方になってしまう。

 おかげで貴族の子がすっかり萎縮しているしライト少年はポカンとしているし。


 結局、予想外の出来事に困惑した貴族の子はそのまま逃げるように去ってしまった。

 あるいは、バランドール公爵家の次期当主である俺の機嫌を損ねるのはまずいと思ったのかもしれない。


 それに、俺の顔って長めの銀髪が似合うガチ美形ではあるんだけど目付きがね、ヤのつく自営業の人みたいだからね。控えめに言って殺し屋みたいだからね。



「……貴族の面汚しが面倒をかけたな」


「あー、えーと……急にどした?」



 ですよね。

 君からすれば今まで散々嫌がらせしてきたくせにどの口が言ってんだって話になるよね、そりゃね。


 うーん、うーん……あっ!!


「先日我が妻にこっ酷く叱られてな。改めて自分を見つめ直す良い機会であったわ」


「いやまだお前の妻じゃないだろ……通じちまってるけどさぁ」


「民あってこその国である。そんな当たり前の事をようやく思い出した。そう簡単に許されるとは思わぬが、今まで済まなかったな」


「お、おう…………熱でもある?」


「たわけが。調子に乗るな」


「あっはいすんません」


 口調! 口調おかしいよやっぱり!!

 なんでさらっと“婚約者”が“我が妻”に変換されてんの!? そりゃライトも困惑するわ!


 ええ、レジェスらしいっちゃらしいけど、これから先ずっとこんな覇王みたいな喋り方になんの俺?


 ええ……嫌でござる……。


 でも、ティロフィアの時は普通に喋れたから例外もあるって事だよな。基準はたぶんレジェスとどれだけ親しいか。あるいは、言ってみれば俺からの好感度が一定以上なら普通に喋れる、とかかも。


 そうなるとまともに会話できそうな相手が相当限られてくると思うんですけど……? いや、後者なら多少はマシだけど。


 もしも相手からの好感度による、とかだと致命傷だぞこれ。

 なんかエルトフレイスと会うのが色んな意味で怖くなってきたんじゃが。


「む、そんな事より時間が押している。とっとと教室へ向かうぞ、黒毛猿」


「誰がサルだクラァ!!」



 意図せぬ暴言やめて!!

 俺今普通に「ライト」って呼んだつもりだったのよ!? なんだよ「黒毛猿」って!

 ……原作通りですね畜生!!





 ライトを連れて教室に辿り着くと、なんであの二人が一緒に行動してんの!? と言わんばかりにギョッとされた。

 さもありなん。


 お、まだ時間に余裕があるからか近付いてきたな。



「……どういうつもり?」


「ああ、お早う。我が妻よ。やはり、その美しさは世界の至宝よ」


「へ!?」


「本人にそれ言うのか……」



 口調が変わんねえどころか何か悪化してる気がするでござるぅ……。


 でっかいおっぱいを揺らしながら訝しげに声をかけてきたのは、誰あろう「ブラッドフラッド」のメインヒロインにして、俺の婚約者でもある美少女中の金髪美少女。

 その乳で聖女は無理があんだろ、が合言葉のエルトフレイス・リグ・アーラムだった。



 事もあろうについ先日まで険悪な仲だったはずのライトと共に現れた未来の旦那を怪しむ彼女は、しかし俺の謎変換が突如放った褒め殺しに驚き、顔を真っ赤にした。かわいいかよ。

 ちなみに俺は普通に「あ、おはよう。エルトフレイス」ぐらいで留めたはずである。それがどうしてこうなったのか、これがわからない。

 やっぱり向こうからの好感度が基準になってるのか?



「な、なな……なんのつもり!?」


「思ったことを口に出しただけだが?」


「ななな……!!?」


「バランドール、お前……そんなキャラだったか? なんか変だぞ、さっきから」


「俺は至って正常だ、黒毛猿」


「だから誰がサルだクラァ!! 一回きちんと謝れば何言ってもいいってわけじゃないからな!?」


 たしかに俺は「やっぱり実物のエルトフレイスはかわいいな」とは思ったけど口に出そうとはしてねえんだよなぁ。


 ほら見ろ、周りの生徒たちも俺の様子がおかしいってざわざわしてんじゃん。


 喧嘩売ってんのかコラァ!! とじゃれつくライトと、それを澄ました顔であしらう俺。

 ますます顔を赤く染めて役立たずになったエルトフレイス。



「ちょ、ちょっとライト。謝ったって……レジェスが、あなたに?」


「ん、自分の世界から戻ってきたか。そうだよ、さっき来る途中に貴族のボンボンに絡まれてた俺をサクッと助けてパッと。正直正気を疑ったし今も疑ってるんだが」


「失礼な、俺は正気だ。ただ、我が妻に叱られて今までの所業を省みたに過ぎん」


「そ、その我が妻って呼び方やめてよ! そっか……そうなんだね……レジェス……」


「嬉しそうだな。何なの、何で俺はこんなバカップルに挟まれてんの? あっち行っていい?」


 めっちゃ嬉しそうにしてるのはかわいいんだけどチョロいな、我が妻。

 ……いかん、気をしっかり持て俺。心まで謎変換に侵されるともう後戻りできない気がするぞ。


「我が妻よ、今日の授業はどの辺りからだったか?」


「もう、その呼び方やめてって言ってるのに仕方ないなぁ……えっとね確か──」


「ねえこれ俺いる? 完全におじゃま虫じゃない? 周りの目が痛くなってきたんだが? 普通に泣きそうなんだが? この桃色空間から脱出してえ何でお前ら俺を挟んじゃってんだよもう二度と長椅子の真ん中には座らねえわ俺」


「何やらぼやいているが、貴様は予習を十分にしてきたのだろうな、黒毛猿」


「たりめーだこの野郎完璧だわ馬に蹴られて死ねクソ」


「こらっ!! そんな言い方したらダメじゃない、ライト!」


「うるせー!! こちとら突然の罰ゲームに心が折れそうなんだよ!!」


 分からん……謎変換の基準がさっぱり分からん……!!

 だってこれどう考えてもエルトフレイスちゃんデロデロじゃん!! 好感度バリ高じゃんチョロすぎて心配になるぐらいに!

 なのに何で仕事してんだよ謎変換! お前の基準好感度じゃねえの!?


 身内かそうでないかとか? いやでもそうなると、我が妻とまで言ってるエルトフレイスが謎変換の範囲内な意味が分からんし。


 もしも目上の人間にまでこの調子だったらヤバいなんてもんじゃないんだよなぁ。



 そして、そんな俺の不安を他所に──。



「よーし皆おはよう!! 今日も絶好の勉強日和だなッ!!」



 ──遂に教師がやってきた。

 俺にとっては初めての授業が、始まる。



「先生ェ!! 別の椅子に移動していいですかァ!?」


「……ん? んん!? おお、ライトにバランドール、そしてアーラム殿下!! お前たち、一緒に座ってるって事は仲直りしたのか! いやーせっかくだからそのまま──」


「──このバカップルがイチャイチャイチャイチャしやがって居心地が悪いんスよ!!」


「い、イチャイチャなんてしてないわよ!」


「……はっはっは!! そうかそうか! ライト、お前は気が利くなぁ!! よし、そういう事ならいいぞ! えーと空いてる席は──」



 俺たちの教室にやってきたのは、担任であるメゾバルド先生だ。

 筋骨隆々で常に陽気、かつ声が大きい暑苦しい人だが、生徒を想う気持ちは人一倍強く、その実力も教師陣では学院長に次ぐ。


 誰が見ても良い人なのだが、原作における彼は物語の中盤で起きる事件で孤軍奮闘し、獅子奮迅の活躍を見せるも力及ばず戦死してしまう。

 今思えば、彼の死こそが一つのターニングポイントだった。


 強大な力を秘めたエルトフレイスとライトの離反を防ぐためにも、先生には生きていてもらわなければ。

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