都合の良い関係
@Makuro321
第1話 仮の私と仮のあなた
体育館の壁に当たり、体に跳ね返って聞こえてくる掛け声
秋に差し掛かって、涼しい風を感じるどころか汗と熱気によってじめっとしている床
そんな暑苦しい空間、私はラケットを片手に握りしめ、彼を見つめている
彼の横にはスラっと身長が高く、長い黒髪をさわやかになびかせて、
誰よりも「私可愛いでしょ」と言いたくなるような笑顔を浮かべる彼女
彼の目には彼女しか映らないのは知っている
だけど、私は彼の方を向き、叶わないであるだろう願いを何度も唱える
いつものように私の願いは届くことなく、時間だけが過ぎていく
そんな不幸を私が一番知っている
狭い部室で体操着から制服に着替える
友達との他愛のない時間
ピロンと小さく鳴くスマホ
この日にくる通知音は私の胸を躍らせる
(いつものところに集合)
一週間というのは合計7日間あるというのに私の求めるメッセージはこの日しか鳴らない
一週間に一回は少ないと感じるか
私にはメッセージがいつ来るかわからない寂しさより、
この日に必ず来ると確信の持てるメッセージに愛着を持ちたい
友達には塾があるからと嘘をつく日
この道を歩くには私の足は道を覚えすぎていて
人気のないトンネルを通り抜け、暗い道から急に人工的な照明によって照らされた道へ辿り着く
アスファルトを窮屈そうに取り囲むビルはカラフルな看板で華やかさを増す
上を見上げながら歩いていると紫色の看板が目に入る
私の目的地
頭上の看板から下の方に目線を下ろすとスマホを片手に立ち尽くす人影
その人影は私を見つけると徐々に近づいていく距離
私たちの影が重なった瞬間、私はやっと彼と目を合わせることができる
まだ、午後8時のこと
「先輩」
「あれ、制服のままじゃん」
「あっ、今日家から着替えてくるのめんどくさくて、先輩こそ、早く来すぎじゃないですか?」
「部活が面倒で途中で帰ってきた」
「それって、さぼりじゃないですか」
知ってる。先輩が部活の途中に帰っていたこと。
その時、私は一生懸命、好きでもない卓球のボールを追っていたのに
「とりあえず、制服はさすがに見られたらやばいから、これ着て」
と言われて、差し出された先輩の上着
「ありがとうございます」
上着を身に着けるといわゆる萌え袖になった
私から先輩の匂いがするのがくすぐったかった
先輩の陰に隠れながら、受付を済ませ薄暗い通路を進んでいく
指名された部屋のドアを開けると真っ白な大きいベットが一つとガラス張りな浴室が目に入った
「どうする、先入る?」
「お言葉に甘えて、先に入ります」
ガラス張りの浴室にカーテンを覆う
さっき、先輩から借りた上着を脱ぎ、両手で握りしめる
そして、浴室でシャワーを出し、部活で流した汗を流していく
髪の水気をふき取り、壁にかかっているパジャマを身に着けると
先輩の上着を抱き締め、浴室を出た
「先輩、次入ってください」
「はーい、その前にこれ」
と目の前に差し出された、2万円
「先輩、聞いてもいいですか?」
「ん?なに」
「このお金は私にとって、メリットはあります。
だけど、先輩は私にお金をあげることで何もメリットがないと思うんですが」
「あるよ、だから受け取って、いつもみたいに」
先輩は私の手に2万円を持たせると「風呂入ってくるわ」といつものように浴室へ向かった
大きな白いベットに一人、2万円を片手に握りしめて横たわる
水気をしっかりとったはずの髪はシーツを濡らしていく
私にとって、幸せな時間なのにとても胸が苦しくて
「髪乾かしてないじゃん」
倒していた顔を上げ、声の聞こえる方へ向く
私と同じパジャマを着た先輩が立っていた
「おいで、俺が乾かしてあげる」
優しい先輩の言葉が私を苦しみへ落としていく
私の髪に触れる先輩の手はとても大きくて、とてもくすぐったくて
鏡越しに先輩の顔を見つめていると重なる視線
その瞬間、笑いかけてくれる顔が好きで大好きで
やっぱり、目を離すことができない
髪が乾くと「これで良し」と頭をなでてくれる
「ベット行こ」と手を握られ、誘導されるまま先輩の後ろをついていく
照明を暗くし、二人でベットに横たわると
いつものように抱き寄せてくる先輩
引き寄せられると自然と先輩の胸に顔が沈んでいく
さっきとは違うシャンプーの混じった香り
彼である先輩のぬくもりに体をゆだね、目を閉じる
彼の心臓が先輩の心臓が私の体に響いていく
そして、私の心臓の音も
頭上に聞こえる先輩の声をかすかに感じながら
ずっと、この一瞬が永遠に続いでほしいと願った
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