猫の手
ぴとん
第1話 猫の手
願いを叶える魔神というのは、創作物において定番中の定番である。
もはやあらゆる物語に出過ぎて、ありふれているほどに。
そんな魔神が、骨董品店を営む俺の元にも現れた。
これまたベタな話、古いランプを擦ったら、魔神がもくもくと煙のなかから現れたのだ。
「貴様の願いを言え」
髭の生えた魔神は厳かにそう言った。
叶えてくれる願いはひとつとのことだった。
ほんとうなら、もっと大切に願いを考えるべきだったのかもしれない。
しかし、祖父の店を継いだばかりで、忙しさに毎日目を回していた俺は、こう答えてしまったのである。
「忙しいから、猫の手を借りたいんだ」
よかろう、と魔神は姿を消した。
そうして、俺の前にかわりに現れたのが。
床にピトッと直立する一本の獣の足。
『猫の手』だった。
〜猫の手を借りた結果〜
猫の手は、勝手に動き回った。どうやら意思があるらしい。
ぴょんっと飛び上がると、食器のしまわれた棚に着地して、ヒヤヒヤしたこともある。
大切な骨董品が多数飾ってあるこの店で、猫なんておいておけるはずがない。壊れ物がたくさんあるのだから。
それが、猫の手だけだとしても。
俺は自由に動き回る猫の手を掴むと、自宅に持って帰った。小さなアパートの一室である。
ペット禁止の賃貸であるが、猫本体まるごとではない。猫の手だけなら問題ないだろう。
そう思った矢先、壁がひっかかれ、俺は頭を抱えた。
仕事で手いっぱいなのに厄介な種が増えた。あの魔神はなんてことをしてくれたのだろう。
とりあえず、猫の手を自宅に置いた俺は、店に戻り、仕事に集中した。
最近買い取った大量のツボに、値札をつけなければならなかったのだ。
ツボは、故人の遺族が持ち込んだものであった。故人は生涯をかけて貴重なツボを集めていたのだが、家族には邪魔くさい遺品としか思われず、死後売り払われたのだ。
俺はマジックペンで値札を製作する。査定は終わってるので、決まった値段を書くだけなのだが、この作業がなにげに時間がかかるのだ。
ペンを走らせていると、すみませーんと店の入り口から声がかかった。
席を立ち、レジカウンターのほうへ向かうと、そこには若い女が立っていた。
「あの、査定お願いできますか?」
彼女が持ち込んだのは、丸い大きな鏡だった。
「少々お待ち下さい。そちらの椅子で。……ところで、これはどちらで手に入れたのですか?」
「はい、死んだおばあちゃんから……」
女は近くの大学へ通う女子大生だった。聞くところによると、学費に困っており、背に腹は変えられないと、貴重そうなこの鏡を持ち込んだのだという。
「たしかにまあまあの価値はありますが……うーんあなたが望んでるほどのお金は得られなそうですね……」
「そんな……」
女子大生は、意気消沈した。
「実はペットも飼っていて、その子の餌代も必要なので、最近金欠なんですよね……仕方ないので、生活費に当てます……」
「そう……ですか?しかしお婆さまから頂いたものを、よろしいのですか?」
「それは……」
一瞬悩んだ顔をする女子大生。思い出のある品を売りに出すのは、勇気がいることである。気持ちのいい遺品整理ばかりではない。
そこで、妙案を思いついた。物は試しと提案してみた。
「あの、もしよろしければうちで働いてみませんか?」
すると女子大生は、パァと顔を輝かせた。
「よろしいんですか!?実はバイト先がなかなか見つからなくて困ってたところなんです!こちらの店構えに惹かれて入ってきたのもありますし、とってもそのお誘いは嬉しいです」
かなりの好反応に、こちらも嬉しくなった。すぐさまエプロンを支給し、明日から働いてもらうことになった。
「よろしくお願いします!」
女子大生は笑顔で帰っていった。
そしてしばらくして、こちらも店じまいをし、帰宅した。
家のドアを開けると、猫の手がロボット掃除機をぺしぺしと叩いていた。
「…………ねずみじゃないよー」
猫の手は、当たり前だが猫の動きをする。
まったく。魔神というのは、当てにならないものである。結局、自分で人手を確保するしかないとは。
それから、しばらく女子大生にアルバイトとして、店の細かい雑務を担当してもらった。
とても勤務態度がよく、時給は弾ませてもらった。
そして、なによりの彼女の長所は愛想の良さだった。いるだけで古臭い骨董品店が明るくなった。
……さて、ここから気恥ずかしい話となるのだが、このたびこの女子大生と付き合うことになった。
年齢が近いこともあって話も弾むし、何度か仕事終わり食事などをしてるうちに親密になったのだ。
そうして、付き合って2〜3回デートをしたのち、彼女の家へお招きされた。
彼女は部屋へ通す前に、神妙な面持ちをして言った。
「あの、私が飼ってる猫見ても驚かないでくださいね?」
がちゃりと開けられる扉。彼女の部屋の中にいたのは、1匹の猫。
「にゃーお」
ただし、その猫は……。
「はは、なんてこった……」
笑いが止まらなかった。
その猫には、足が一本なかったのだ。
うちの猫の手と、彼女の猫を引き合わせたところ、手はぴったりと根本からくっつき、以後押しても引っ張っても取れることはなかった。
あまりに奇妙な光景に、ふたりで笑い合った。
そうして、さらに深まった彼女との仲は、とても順調で、今度結婚することになった。今後はふたりで店を営んでいく。
猫の手を借りたい、をふたつの意味で叶えてくれた魔神は、随分粋なはからいをしてくれたものである。
「にゃーお」
猫の手だけの時には聞けなかった鳴き声も、いまではすっかり聞き飽きた。
おわり。
猫の手 ぴとん @Piton-T
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