初めての子育ては猫と共に

宵埜白猫

お母さん二人

 この子を産んでから一ヶ月経った今日、ついにこの日がやってきた。

 心配性の夫を送り出し、気持ちよさそうに寝ている雪乃ゆきのを抱えて、リビングに置かれたソファに腰を下ろす。

 夫の育休期間が終わって、初めての一人育児だ。


「はぁ~~。……ちゃんと出来るかな」


 つい昨日までは家事と育児を二人で分担しながら、なんとか一日を乗り切っていた。

 そのリズムにやっと慣れてきたところで、夫の育休が終わってしまったのだ。

 仕方ない。私達二人ならまだしも、この子もとなると貯金が心許ない。

 このマンションは親から譲り受けているため、家賃の心配が無いのは幸いだ。

 それでも……。


「早く帰ってこないかな……」


 幸か不幸か、この子はまだ眠っているみたいななので、とりあえず今のうちに洗い物を済ませてしまおう。

 私は雪乃をベビーベッドにそっと寝かせて、キッチンに向かった。

 流しにはお湯で軽くすすがれた食器達が洗われるのを待っている。

 それを一つ一つスポンジと洗剤で丁寧に洗って、調理台の上に敷いたタオルに並べていく。

 食器の数もそこまで多くは無いおかげで短時間で片付いた。

 雪乃の方に視線を向けるが、特に変わった様子は無い。

 このまま洗濯も終わらせてしまおう。

 ウチの洗濯は脱いだ服を自分でネットに入れるルールがあるので、あとは洗剤を入れてボタンを押すだけで済む。

 面倒なのは干す段階だけど、それくらいは仕方ない。

 むしろしっかりルールを守ってくれてることに感謝だ。

 そんなことを思いながら洗濯機に服を入れていると、リビングから泣き声が聞こえてきた。

 どうやら雪乃が起きたらしい。

 慌ててリビングに戻ると、奥の部屋から飼い猫の白雪も歩いてきた。

 その堂々たる歩きっぷりはとても頼もしい。


「白雪も起きたのね、おはよう」


 ニャ〜ンと長めに泣いて挨拶を返してくれる。

 そのままとことこ歩いていき、ベビーベッドの縁に飛び乗った。

 そうして雪乃を踏まないように、ゆっくりとベッドに降りる。

 ミャン。

 白雪が尻尾を振ると、雪乃は楽しそうにそれを掴んだ。

 白雪は嫌がる様子もなく雪乃の隣にそっと座る。


「ありがと、白雪」


 この賢い猫に感謝しながら、私はさっと雪乃のおむつを変えた。

 その後も白雪が雪乃をあやしてくれている内に家事をこなし、なんとか夕飯の準備を終えて一息吐く。

 猫の手を借りる、なんて言葉があるけど、まさか本当に借りる日が来るなんて。

 猫の手ばっかり借りて、雪乃が白雪とお母さんを間違えるようになったらどうしよう……。

 まあ、それはそれで面白い気がする。

 お母さん二人にお父さん一人、結構素敵じゃないかしら。

 そんな先のことよりも、きっと白雪には今日の対価としてちゅーるを要求されることだろう。

 そういうところは抜け目ない。

 かつて猫吸いをしていた代わりにあげ始めたら味を覚えしまったらしく、以来頻繁に要求されるのだ。

 ちゅーるを取りに立ち上がると、玄関の鍵が開く音がした。


「ただいまー」

「おかえり、奏くん。……明日ちゅーる買い足しといて」

「え、ちゅーる?」


 ニャ〜ン。

 雪乃のまくらにされながら、白雪が楽しげな声をあげた。

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初めての子育ては猫と共に 宵埜白猫 @shironeko98

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