疑心

「枯れた樹木に命を吹き込んだ花咲かの翁と自分を同列に扱うだなんて、身の程をわきまえた方がよろしいのでは? お兄様」


 鈴が鳴るような笑い声と共に門の向こう側から四人組が藍司達に近づいてくる。ごった返した人込みも彼女たちが通ると自然と割れていく。


 一人は波打つような黒い長髪、青い瞳を三日月のように細めて口元を扇で隠している。藍司のことをお兄様と呼ぶ少女。背後には青髪、青眼の全身を青で包まれた無表情の影守。


 もう一人は桃色混じりの白い髪に桜色の瞳。腰に刀を提げた女性。目線は加苅の方に向いている。隣に立つは黒髪黒目の瓜二つの影守であろう女性。


「お前がここにいるなんてな、青華。もう一年待てなかったか」

「待つ必要なんてないでしょう。魔術学校に入学しようがしまいが結果は変わりません。なら面倒ごとは早めに片付けるに限る。そうでしょう? お兄様」


 藍司の一つ年下の妹になる柚子島青華。本来この魔術学校に入学できるのは試験を突破した十六歳になる男女のみ。目の前で笑っている彼女は特例で入学を認められた鬼才。

 扇子で口元を隠してはいるが藍司を嘲笑しているのが見て取れた。


「魔術学校に入学することは面倒なことではないよ。青華さん」


 この大勢の場で滅多のことを言うものではないと白髪の女性は青華をたしなめた。青華は一瞬眉を吊り上げたが、白髪の女性の言葉を受け入れた。


「多忙な冠木家当主にそう言われたら否定できませんわね。そういうことにしときましょう」


 自分の言葉を否定していいのは自身と同じ強者のみ。自分より弱い人間の言うことは聞く耳を持たないのが青華である。藍司は妹の様子から隣に立つ女性が国宝造形師の冠木だと分かった。次期国宝造形師と噂される人物と国宝造形師、国の頂点に近い存在が目の前にいる。滅多にみられない光景だなと藍司は思った。


「相変わらず傲慢だな。二年前からちっとも変ってない」

「いいえ、強者の余裕というものですわ。お兄様には一生かかっても理解できないものです」

「言ってくれるな。家を出たこの二年間、何もしてこなかったわけじゃない。修行の成果見せてやろうか?」

「ぜひと言いたいところですけど。今回お兄様に用があるの私じゃありませんの。瀬里さん」


 せせら笑いながら青華は目線を藍司から隣に立つ瀬里へと移す。瀬里は頷いて話を続けた。


「ああ、用があるのは実は私なんだ。だが、ここだと通行の邪魔になる。場所を移そう。なに、そんなに手間を取らせないさ」


 人好きそうな笑みを浮かべながらそう提案した。瀬里の提示した案を受けるべきかどうか藍司が逡巡していると、香に服の袖を引っ張られる。


「何をもたもたしているんですか!? ご当主様がこうおっしゃっているんです。ささっと行きますよ!!」


 数刻前まで半分寝ていた少女はどこに行ったのか。目の前には当主の命を遂行しようと熱意に燃える少女がそこにはいた。


「俺の意見は無視か!?」

「意見できる立場ですか? 私もあなたも。ご当主様が手間は取らせないと言っているのです。大したことではないでしょう。ほら行きますよ」


 大通りから外れた場所に行こうと香は藍司の腕を引っ張って進んでいく。星蘭は自身の主を助けようとせず黙ってついてくる。誰か止めてくれないかと藍司が振り返ると満足げな様子の青華と申し訳なさそうにしている瀬里の姿が見えた。


「ここならいいでしょう。ある程度静かですし」


 香が立ち止まった場所は大通りから続いた小道の先にある小さな広場だった。円状に造られており、円の真ん中に鯉が泳ぐ池がある。円の縁には長椅子が置いてあるが誰も座ってはいない。大通りからそれると人々の喧騒はどこかに消えていた。木々の揺れる音や池の水面が波打つ音が耳を通り抜ける。確かにここなら話をするのにちょうどいい。


「それで話って何ですか?」


 後から追いついてきた瀬里に藍司は質問を投げかける。瀬里は顎に手をやり、数秒、目をつぶる。話す内容がまとまったのか口を開いた。


「そうだね。まず十日前、私の家に賊が侵入したことは知っているかな?」

「いや、初めて聞きました」

「そうか。人の噂に戸は立てられないからね。緘口令は敷いていなかったが一般人まで噂は回っていなかったか」

「二年間も人里に顔を出していなかった人間に情報を集めることは出来ないでしょう」

「なんでそんなことわかるのさ」

「人里にいたら柚子島家の情報網にかかるでしょう。単純ですわ」


 藍司と青華が言い合いになる雰囲気を察して瀬里はあわてて話に割り込む。


「とにかく、我々は賊を探していてね。どんな些細な情報でも構わない。なにか知っていることは無いかな?」

「いや、俺は何も知らないですが」

「言い方を変えた方がいいみたいだね。魔力を持たない影守を探しているんだが心当たりはないかな?」


 藍司はここに連れてこられた理由をようやく察した。下手人が自分だと瀬里はそう言いたいのだ。


「……それは俺を疑っているってことですか?」

「そうだね。最初は魔力を持たない人間がいることは可能性に入れてなかったんだ。だが、ここにいる青華さんが教えてくれてね。自分の兄が魔力を持たない人間だということを」


 藍司は楽しそうに自分の兄の情報を暴露する妹の姿をありありと想像できた。実際そうなのだろう。瀬里の隣でにこやかな笑みを浮かべている。


「俺は確かに魔力を持たない人間です。それは認めます。けれど俺の影守は違う。俺の星蘭は他の影守と同じで魔力で動く」


 瀬里は腕組みをして厳しい表情で藍司を見る。藍司の一挙手一投足を見逃すつもりはないようだ。少しでも怪しい動きをしたらそれを理由に取り押さえられるだろう。


「君の言う星蘭は魔動人形だろう。魔動人形は日光からなる陽力で動くはず。それに君は魔力を待たない。話に信憑性がないね」

「あまり自分の弱みを晒したくないんですが、星蘭の動力源はこれです」


 星蘭の首筋にある蓋を外してとあるものを取り出した。それは筒状のガラスに覆われており、中には鉱石らしきものが入っている。大きさは三寸程度。紫色に輝く鉱石に自然と目が吸い寄せられていく気がした。


「これは?」


 香が藍司に問いかける。その問いに答えたのは意外にも青華だった。


「魔力が結晶化したものですわね。これは市場では出回らない大きさ。合法的に手に入れるのは難しいですわよね? お兄様」

「ああ、手に入れるのに苦労した。二年かかってようやくだ」


 疑わしげな眼で見る青華はため息を吐き扇を閉じる。追及してもはぐらかされると考えたらしい。問い詰めることは無かった。


「そういうことにしておきますわ。今は関係ないでしょうから」


 藍司は苦笑いしながらガラス筒を星蘭の首筋に戻していく。星蘭は身体の調子を確かめるように手のひらを開いたり閉じたりする。


「ご当主様。これで疑いは晴れたということですか?」


 香が安心したかのように瀬里に確認をとる。無理もない。先程まで一緒に歩いていた人物が、自分が仕える人間の家を襲撃したかもしれないなんて笑えない。


「最後に一つだけ。星蘭の腕を見せてくれないかな」

「腕ですか?」

「そう、腕さ。ほんの少しまくり上げるだけでいいんだ。頼むよ」

「それだったら、まあ。星蘭」


 星蘭が袖をまくり上げる。傷一つない腕がそこにはあった。


「ありがとう。疑ってしまって申し訳ないね。この埋め合わせはするよ。それじゃ、入学おめでとう。行こう香」

「はい! ご当主様!」


 二人と二体が大通りへと戻っていく。残されたのは藍司と青華、それぞれの影守。


「命拾いしましたわね。ああ、見えて彼女は直情型。斬り捨てられてもおかしくありませんでしたわよ」

「それは俺が賊だったらの話だ。なんの問題もない」

「そうですわね。あなたは賊ではないようですし関係ありませんか。くれぐれも式に遅れないように。それでは」


 そういって青華とその影守も広場を離れていく。その姿が消えるまで藍司は動かなかった。星蘭以外誰も居なくなった途端地面に座り込んだ。着物が汚れるのも気にしない。藍司はとにかく気を休めたかった。


「あぶなかった。本当に危なかった」


 彼女らの疑いは正解であった。十日前に冠木家に侵入したのは星蘭だった。


「腕の傷が完治していて良かったー。危うく戦闘になるところだった」


 しばらくして気が休まった藍司は立ち上がり、着いた土を掃う。


「今はまだ時期じゃない。しばらくはおとなしくしてようか。星蘭」


 藍司の言葉に星蘭はこくりと頷いた。






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