かしてあげよう。猫の手、人の手。
土蛇 尚
尻尾とおてて
ご主人が知らない野郎と一緒に住み始めた時は驚いたが、今度はうるさくて小さい物が増えた。
どうやらそれは赤ちゃんと言うらしい。
「ミャーも赤ちゃん見ててね。猫の手を借りたいほど大変なの」
ご主人がそう言っていた。確かにその赤ちゃんと言う生き物は、腹が減っては泣き、眠くなれば泣き、訳もなく泣き、そしてその全てをチャラにするほどの愛想を振りまいてくる。
なるほど、少し我々と似ているではないか。ご主人の愛情が、私が赤ちゃんにそのまま移った気がするのも勘違いではないらしい。
「ごめんね。ちょっと手が離せないの。泣かないで」
ご主人の枕二つ分くらいの大きさの毛布、その上で泣いてる赤ちゃん。大変な泣きようである。そのエネルギーは何処からくるのか。食って寝てうろつきまった寝るの繰り返しだ。私など日々雑事に追われているのに。
まるで部屋にいつのまにかあった落とし物みたいだ。もうしばらくご主人の枕の匂いを嗅いでない気がする。
私は、その毛布の元に近づいて尻尾をゆらゆらと振ってやる。そうするとピタッと泣き止み私の尻尾めがけて手を伸ばし、そのほとんど黒目しか無い様な真珠の目も集中する。
視界の中で揺れる尻尾に向かって大きく手を伸ばすも、届く事はなく、ましてや部屋の天井など遥か遠くだ。焼く前の発酵したパン生地みたいな手だ。食っても不味そうだ。
「ミャー!赤ちゃんと遊んでくれたの?ありがとう!」
ご主人は私をスッと抱き上げて腕に収める。そうここは私の場所なのである。
でもしばらく貸してやろうとも思った。
かしてあげよう。猫の手、人の手。 土蛇 尚 @tutihebi_nao
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