07
ここで、少し話題は横道にそれる。
すべてにおいて完全完璧に見える万千華だが、実は、彼女は最初からこうだったわけではなかった。中学一年までの彼女は、どこにでもいるような普通の少女……というより、クラスの中でも地味で目立たない、いてもいなくても同じ、空気のような存在。瑠衣と同じような、いわゆる陰キャと呼ばれる部類だった。
そんな彼女がある日、一念発起して、中二の夏休みを使って徹底的に服装やメイクを勉強し、オシャレな美容室に行ってキャラ変をした理由は、今となってはもう分からない。「好きな先輩に振り向いて欲しくて」、とか。「アイドルに憧れて」、とか。どこにでもよくあるような、そんな理由だったのかもしれないが……しかし今はもう、万千華本人でさえも覚えていない。
とにかく大事なのは、彼女はその夏休み明けに見事にギャルデビューを果たし、校内のヒエラルキーを底辺から最上位にまで一気に駆け上った、ということだった。
もともと要領がよく、運動神経や勉強についてもそこまで悪いわけではなかった万千華。だが、ギャルになり学校中の人気者になったことで、その長所は更に伸ばされた。それはもちろん、万千華自身がその後も続けた努力のたまものでもあったのだが……それと同時に、彼女が手に入れた立場も無関係ではなかった。
誰かを憧れる立場から、誰かに憧れられる立場になった彼女は、自然と「自信のある態度」を振る舞うことが多くなっていた。それは、「
そして、そんなふうに自信を持った彼女は更に憧れを集め、周囲からちやほやされる。彼女の周りには常に人が集まるようになり、そんな状況が彼女を更に「価値のあるもの」にさせていく。それは上っ面の評判だけでなく、嘘偽りのない実力も含めた話だ。
一度上位の立場を手に入れれば、あとはその立場が自然と価値を作り、その価値がまた立場を高めていく。悪く言えばマッチポンプ。だが、実際には水が上から下に流れるような、自然現象と同じなのだろう。一度何かを手に入れることができれば、あとはそれを手放さないように、引きずり降ろそうとする小さな嫉妬や悪意に負けないように、注意深くいればいい。それだけで、「持つ者」には価値が集まってくるのだ。
その構図に気付いたときに、万千華は強い不公平感を覚えた。
以前と同じことをしていても、今の自分と過去の自分では、得られるものが全く違う。「持つ者」が価値を集める分、「持たざる者」はそれを得ることが出来ない。誰がどんなキャラでいるかということは本来は自由なはずなのに、実際には、それによって明らかな格差が存在する。それは、とても不公平なことだ。そして……そんな不公平な状態を、きっと自分なら正すことが出来る、と考えた。
それは、キャラ変を通して、ヒエラルキーの底辺と頂点を経験した彼女らしい視点だった。もちろん、万千華の根底に深い人間愛とでも言うべき感情があったからこそ生まれたものだろう。普通なら、「持つ者」が「持たざる者」の気持ちなんて知ることはない。考えようと思っても、想像すらできないのだから。
かくして……すべての人種に等しく公平に接する女神のような存在――いわば、「オタクどころか全人類に優しいギャル」――南風原万千華が出来上がったのだ。
そんな彼女が……ある日、公園で出会った『一人の子供』に声をかけたのは、ある意味では当然の成り行きだった。
放課後の帰り道。友だちと別れたあと一人で歩いていた万千華は、日が沈み始めた公園で、夢中になって何かをしている子供を見つけた。周囲には、保護者らしい大人の姿はない。
「こらこらー。かわいいチビッコが、こんな時間に一人で何してんのー? 悪いおねーさんのあーしが、誘拐しちゃうぞー?」
「でも……」
彼女の手には、子供向けのおもちゃがある。それはどうやら、テレビアニメの変身アイテムのようだ。
「おかーさんとはぐれちゃったー? それなら、あーしが探すの手伝ってあげっからー……」
「私、ヒーローになりたいんだ!」
「え?」
「アニメの主人公みたいに、みんなを守れるヒーローに! これがあれば、なれるよね⁉ 変身して、強くなれるんだよね⁉」
そう言っておもちゃを使って変身ポーズを決める子供。その眼差しは真剣そのものだ。
きっと、テレビアニメの変身ヒロインをフィクションだとは知らず、本気にしてしまっているのだろう。自分にも、そんなことを思っていた時期もあったから。そう思って、生暖かい表情で少女を見守っていた万千華。だが、そんな彼女の表情が、次第に変わっていく。
目の前で今も必死におもちゃを振り回し、アニメのヒロインに変身しようとしている子供。彼女は、それが成功することを少しも疑っていないように見える。そんな彼女の姿が、かつての自分に重なる。
純粋に、憧れの姿になることを願っていた自分。
ヒエラルキーや立場や価値なんて考えもせず、ただただ自分の夢だけを追いかけた、あの夏休みの自分。
眼の前の子供は、あの日の自分だ。
「……なれるよ」
無意識のうちに万千華は、そうつぶやいていた。
「あーしが、約束する。あなたの夢は、きっと叶う。あなたは一番強くて、一番かわいい、最高のヒーローに……なれるよ」
「……うん!」
それから彼女は、そのチャイナドレス風の服を着た子供……チャオインから『設定』のことを聞かされ、彼女を「一番」の
『自分の性格が消えて、完全に他人と同じ存在に変身する』という、あまりにもトリッキーで扱いづらいチャオインの淑女能力を知ってからも、万千華の意思は何も揺るがなかった。すでにチャオインだけでなく万千華の夢にもなっていた「一番」――この戦いの優勝者――となるためには、その能力をどう使えばいいか? その能力で自分とチャオインが優勝するための、一番可能性の高い方法は何か? それを彼女なりに必死に考え……チャオインを優勝候補に変身させて、自分をメイドとして選ばせる、という方法を考えたのだ。
マリーたちの前に現れたときには、「マリーを応援する」なんて言っていた彼女だが。その本心には、今までの誰よりも強く優勝を願う思いが……チャオインを勝たせたいという、強い想いがあったのだった。
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