06

――プリクラ――


「うえーいっ! ほらほら! マリー様たちも、ポーズしてっ!」

「私はいいわよ。……あなたがやれば?」

「私も、やめておくわ。あなたの方こそ、やりたいなら私に遠慮しなくてもいいわよ?」


 狭い個室で二人のマリーに挟まれながら、両手を前に伸ばしてピースする万千華。彼女たちが向いている方向には、ディスプレイとカメラがある。目が覚めるように強力な室内の白色ライトは、肌のシミを隠すためにあるようだ。

 三人は、さっきのゲームコーナー近くのプリントシール機……いわゆるプリクラに来ていた。

 瑠衣と万千華、それぞれが順番に二人のマリーとプリクラを撮って、その結果をマリーに判定してもらう。それが、マリーのメイドの座を巡る第二回戦の種目だったのだ。

 さっきのリズムゲーム対決は、半ば強引に瑠衣が決めた種目だったので、今回の対決の内容は万千華が決めた。また、その順番も彼女の独断で、最初に万千華と二人のマリー、次に瑠衣と二人のマリーで撮影することになったようだ。


「う、うう……」

 プリクラボックスの外で、もんもんとした表情で順番を待っている瑠衣。

 今までプリクラを一緒に撮るような友だちなんていなかった瑠衣にしてみれば、とりあえず様子見が出来そうという意味で、二番手になったことは好都合だった。だが、そんなことよりも彼女にとって想定外だったのは……万千華たちが撮影を行っている間、ボックスの外で待っている時間が思っていたよりも楽ではなかったということだ。

 ボックスの中から、三人が何か話しているのは聞こえてくる。ゲームセンターの周囲の音楽にかき消されてはっきりとは聞こえないが、もしもマリーたちが何か自分のことを話していたら……と思うと、気が気ではなくなってしまっていたのだ。


(さ、さっきのゲーム対決で惨敗したこと、何か言われてたりしないかな……? あんな、あからさまに自分の得意分野にもっていっておきながら、負けるなんて……カッコ悪すぎるよね? マリー様、あれで私のこと幻滅しちゃったりしてたら……う、ううぅ……)

 ……勝敗より何より。そもそも、女児向けゲームを選んでいる事自体が問題であるという発想には至らないところが、なんとも残念な瑠衣だった。



 そのころ、ボックス内の万千華たちは。

「じゃ、順番に盛ってこっ!」

「「……盛る?」」

 規定枚数分の撮影を終えたあと、プリクラにとってのメインとも言うべき、ラクガキタイムに入っていた。

 なれた手付きで、撮影した写真にハートマークや涙を書き足していく万千華。写真の中でキメキメのポーズを決めているのは彼女だけで、二人のマリーは無表情で、ほとんど棒立ちだ。だが、万千華のラクガキを加えると、不思議と「あえてそんなキャラを演じてふざけている友だち同士の写真」のようにも見えてしまう。もちろん、そんな彼女たちの瞳は当然のように拡大され、いわゆる、「これぞプリクラ!」とでもいうような非現実的な顔になっていた。


「くっそーっ! マリー様、ベースが良すぎて全然盛れねーっ! でも、それが逆に燃えるっ!」

「……」

 夢中になって、写真にラクガキをしている万千華。そんな彼女を、プリクラボックスの壁にもたれかかって呆れるように見ている、二人のマリー。

 やがてそのうちの片方が、退屈しのぎの世間話でもするように、万千華の背中に話しかけた。

「……ねえ? こういうのって、この世界の貴女くらいの年の子は、みんなするものなのかしら?」

「えー?」

 ラクガキ加工には制限時間があるため余裕がないのか、万千華は作業を続けながらそれに答える。

「うーん、人それぞれ、って感じっすかねー。今どきは、やろうと思えばアプリで同じようなことできちゃうし。SNSに上げるだけなら、そっちのほうが楽だし。あーしも、そんなにしょっちゅうやるわけじゃないっすねー。でも、シールペタペタ貼りたいって子は、結構プリ撮ってますよー? 友だちと遊んだ記念を、モノとして残せるっていう強みは、アプリには出来ないっすしねー」

「……そう」

 何かを考えるように、小さく頷くマリー。

 しかもその行動は、質問をしたほうだけでなく、それを聞いていたほうのもう一人のマリーも同じだった。本当に、二人のマリーは性格も考え方もまったく同じということなのだろう。


「もう一つ、聞いてもいいかしら?」

「ええ、もちろん。マリー様のお役に立てるなら、なんでも答えますよー」

 今度は、さっきとは別のほうのマリーが尋ねる。

「気になってたのだけど……貴女、どうして私のことを『マリー様』って呼んでるの?」

「え?」

「だって貴女、自分の主のことも、今までほとんど面識のなかったらしい瑠衣のことも……それに、私たちが倒したカチューシャのことでさえ、なんだかふざけた呼び方をしていたじゃない? それなのに、私のことは最初から今までずっと、『マリー様』って呼んでいるわ。言葉遣いも、私に対してだけは敬語を使っているみたいだし……まあ、それは結構中途半端だけどね」

「あー……それ」

 そこで、ラクガキをする手を止めて、振り返る万千華。少し、得意げに微笑みながら、

「だってマリー様って……名前の呼び方とか、結構気にされる人じゃないですかー? いや、あーしの勘違いだったらこれ失礼かもですけど……。多分マリー様って、初対面の人からは『マリー様』って呼んで欲しいんじゃないかなーって思ったんすよー。違いますー?」

 と言った。


 その瞬間、二人のマリーは同時に驚いて、小さく息をもらす。それから、感心するように呟いた。

「貴女って……本当に、気が利くというか何というか……」

「心の中を見透かされているようで、少し、怖いくらいだわ……」

「あははー、さーせん。でもあーし、昔からそーゆーの、分かっちゃうんですよねー。他人があーしに何を求めてるかとか。どこまで踏み込んでほしいかとか、欲しくないかとか……そーゆー、人と人との距離感的なものが」

「……ふふふ。空気が読めないどこかの誰かさんに、少しは見習ってほしいくらいだわ」

「本当に……。あの子って、人と人どころか、いまだに私との距離感さえろくに読めないのだから」

「ぷぷっ。もーう、ルイルイらしいなー!」

「「うふふふ……」」

 そして、万千華とマリーたちは静かに笑い合った。

 ちょうどそのとき、ラクガキの制限時間も終了したようで、写真の出来上がりを待つために三人はボックスの外へと出た。

「……あ」

 そして次は、瑠衣がマリーたちとボックスに入る番になった。



「……」

 さっきまでの長い待ち時間の間、瑠衣は色々と作戦を考えていた。

 どうすれば、マリーの気にいるようなプリクラを撮れるか? マリーの良さを引き出せるようなプリクラとは、どんなものか? そんなことを、ずっと考えていた。

 自分にとって、あらゆる点で上回っている完全上位互換の万千華に対して、自分が唯一勝っていること。それは、マリーとの付き合いの長さだ。だから、今まで彼女と付き合ってきた経験がある自分だからこそ知っているマリーの良さ、マリーらしさを引き出せれば……。きっと、マリーもそれを気に入ってもらえるはず。このプリクラ対決に勝てるはず。そう思っていた。

 だが、そんな付け焼き刃のアイデアは、さっき笑い合いながらボックスから出てきた三人の姿を見た瞬間に、すっかり消えてしまった。



「……」

「「……」」

 ボックス内では、「ポーズをとれ」だの「変顔をしろ」だの、余計な指示をしてくる愉快な音声が聞こえてくる。だが、とてもそんな気分になれなかった瑠衣は、暗い表情で立ち尽くしているばかり。もちろんその左右にいるマリーも、さっきの万千華のときと同じように無表情で棒立ちだ。結果として、全く同じようなつまらない写真が、ひたすら何枚も量産されている。

「あ、えっと……」

 それでも、ようやく自分がここにいる目的を思い出したらしい瑠衣が、どうにか片手を上げてピースサインを作ろうとしたところで……、

 パシャ。

「あ……」

 規定枚数の最後の一枚のシャッター音がして、撮影時間は終了した。


 続けて、ボックス内のディスプレイにラクガキ用として、さっきまで撮った写真が表示される。

 ただ棒立ちをしているだけでも隠せない、あふれるばかりの自信と魅力を持っている『傲慢お嬢様』のマリーが二人。そんな彼女たちの間にいるのは……背すじを曲げて自信なさそうな瑠衣。その写真はなんだか違和感だらけで、とても不釣り合いに見える。


 自分が万千華に勝っていることは、マリーとの付き合いの長さ。

 それは、瑠衣にとっての最後の頼みの綱、むしろ命綱のようなものだった。あらゆることで万千華に劣っている自分が、唯一彼女に勝つ可能性があるもの。マリーが自分を選んでくれる可能性があるもの……そう、思っていた。

 しかし。

 さっき仲良さそうに笑い合っていた彼女たちの姿が、ふと思い出される。その姿は、自分なんかでは比べ物にならないほどに、「お似合い」に思えた。

「……」


 さっきまでの瑠衣はきっと、心の中では、今の状況に本気で危機を感じていなかったのだろう。万千華が何を言っても結局最後には、もともとマリーのメイドだった自分が勝ち残れる。マリーは自分を選んでくれる。そんな自信があったのだろう。

 だが、さっきボックスから出てきた万千華たちの笑顔は、彼女のそんな根拠のない自信を、完全に打ち砕いてしまった。

 もしも、マリーのメイドが自分でなく、万千華だったなら……。

 今自分が置かれているのは、そんな「もしも」との戦いだ。この勝負に負けてマリーたちが万千華のほうを選んだら、その「もしも」が現実になってしまう。

 それじゃあ自分は、その「もしも」に勝つことが出来るのか? いや……。むしろマリーにとって、メイドが自分という今の現実は、その「もしも」よりも望ましいものなのか?


 瑠衣はずっとそんなことを考えていたので、万千華のようにいろいろなラクガキを描いたりは出来なかった。むしろ、マリーとは不釣り合いな自分の姿を見なくて済むように、ペンで自分の姿を塗りつぶしたり、自分の顔の上にスタンプを押したりしていたくらいだ。

 しかし、そんな行為も途中で虚しく思えてきて、結局最後は何もラクガキしないままただただ制限時間を迎えるだけになっていた。



 そして。

 瑠衣の撮影工程もすべて終わり、二組のプリクラが完成すると、いよいよ二人のマリーによる審査となった。


「はあ……これじゃあ、審査するまでもないわね」

「ええ、愚問だわ」

 マリーたちの前には、「様々なバリエーションで可愛らしくデコられた万千華の写真」と「ひたすら棒立ちの三人が並ぶ、つまらない瑠衣の写真」がある。

 後者には圧倒的に華がなく、明らかな失敗作としか見えない。万千華のものと並べてしまうと、その残念さは更に際立つ。作った本人の瑠衣でさえ、その勝敗の結果には疑う余地がなかった。

「うぇーいっ! 二連勝ーっ!」

「……」

 喜ぶ万千華の隣で、思い詰めた表情の瑠衣。

 さっきまで頭の中で考えていたことに、彼女はようやく答えを見つけたようだ。徐々にマリーの心が自分から離れているように感じることへの「焦り」、それについて自分が何も出来ないことへの「悔しさ」、「悲しさ」。

 そういった感情は、実はもう、ほとんどなくなっている。

 今、彼女の心の中にあったのは…………そんな気持ちを受け入れる、「覚悟」だった。


「じゃあじゃあー、次は何するー? せっかくラウワンいるんだし、ゲーセン以外にもいろいろやりたいよねー? サッカーとかカラオケとか、それか、トランポリンどっちが長く飛んでられるか対決とかでもー……」

「もう、いいよ……」

 万千華の楽しそうな言葉を、静かに遮る瑠衣。

 思いつめた口調で、言った。

「普通に、戦って決めようよ。どうせそれに勝てないようじゃ、これからの戦いにも勝ち残れない。マリー様のメイドなんか、務まらないんだから」

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