05
実は、彼女が瑠衣の学校で有名なのは、その変わった名前や、ギャルギャルした派手な見た目や性格だけが理由ではない。
そのチャラさに似合わず、学業では常に学年トップ5に入るほどの知性。経験、未経験に関わらず、どんなスポーツでも活躍できてしまうほどの運動神経。しかも、それらの長所をひけらかしたり自慢したりすることもなく、むしろそれをきっかけとしてガリ勉、落ちこぼれ、不良、陽キャ、陰キャ……学校に存在するあらゆる人種と仲良くなれてしまうという、天性の人懐っこさ。
ある年の彼女の担任教師が、「南風原さんに私が言えることは何もありません」と言って、三者面談を五秒で終わらせてしまったという伝説を持つほどの、圧倒的
それが、彼女だったのだ。
そんな彼女と、この前までただの教室内の雑草だった瑠衣の、どちらがマリーのメイドとしてふさわしいか……。
そんなことは、考えようとするだけでも惨めな気分になる。瑠衣にとっては最も聞きたくない言葉で、今までだって、あえて考えずに頭の中で封印していたことだった。
「ちょ、ちょっとまってよっ⁉ そんなこと急に言ったって、マリー様だって困るだけで……!」
それでも。なんとか正気を取り戻した瑠衣が、万千華に反論の言葉を投げようとしたころには……。
「こんなものしか用意できなくて申し訳ありませんけどー。マリー様を立ちっぱなしにしとくなんて申し訳ないんで、どうぞ使ってくださいー」
いつの間にか二人のマリーたちのところに移動していた万千華が、彼女たちに、近くの休憩コーナーにあった椅子を勧めていた。
「あら、気が利くじゃない?」
「座り心地は悪そうだけど、まあ、無いよりはマシね」
「あ、あれ……?」
呆然としている瑠衣を尻目に……、
「欲を言えば、ついでに何か飲み物でもあるといいのだけれど……」
「あー、そう言われるかと思って、一応あーしんちから保温ボトルで用意してきたのがあるんすけどー……ダージリンとアップルティーとコーヒーの中だと、飲みたいものありますー? それか、他にお好み言ってもらえれば、この近くのオススメのカフェにご案内もできますけどー?」
「うふふ……本当に気が利くわね。じゃあ、アップルティーをもらおうかしら」
「私は、ダージリンにするわ。……あら? これ、なかなか悪くない味だわ」
「わー、あざまーす! あーし、結構お茶とかコーヒーとか、こだわっちゃう人なんすよー。でも、マリー様みたいな上流階級の人のお口に合うなんて、マジ光栄っすー」
「え……? え……?」
手際よく、二人のマリーにティータイムを用意してしまった万千華。そんな彼女に感心するマリーたちは、未だに立ち尽くすばかりの瑠衣を横目に、嫌味をこぼす。
「貴女って、どこかのいやらしいメイドくずれと同じ人間とは、とても思えないわね」
「ええ。下品で落ち着きのないメイド見習いとは、雲泥の差だわ」
「ちょ、ちょっと……マリー様?」
「貴女が私のメイドだったら、誰かさんみたいに無駄なストレスを感じさせられることは、少なそうね」
「それにきっと、これまでの戦いでももっと楽出来たんじゃないかしら」
そんなマリーたちの言葉にショックを隠せない瑠衣。
「そ、そんなぁ……」
今の状況が我慢出来ないのに、どうすればいいのか分からない。「マリー様のメイドは、私なのにぃ……」なんてつぶやきながら、ただただ体を震わせていることしか出来ない。
対する万千華は、そんな瑠衣に、
「もーう、ルイルイってば! あーしたちの戦いは、もう始まってるんだよー? ルイルイもどんどんマリー様にアピらないと、このままじゃ、あーしがメイドに選ばれちゃうよー?」
なんて、応援の言葉をかける余裕さえあるようだ。
「そ、そんなのって……そんなのって……ぜ、絶対、ダメだし!」
焦りによって、これまでないくらいに敵対心が引き出されている瑠衣。そんな彼女に万千華は、
「じゃ……勝負で決めよっか!」
「え……?」
「勝負に勝っていいところ見せれば、それだけマリー様へのアピールになるじゃん? っていうか、本当にマリー様のメイドとしてふさわしい人間なら、どんな勝負だって負けちゃダメっしょっ!」
と言って、周囲のゲームコーナーを指差した。
それに対して瑠衣も応える。
「………の、望むところだよっ!」
そんなわけで……瑠衣と万千華の、マリーのメイドの座を巡る対決が、本格的に始まったのだった。
――ゲームセンター――
「で? どのゲームで勝負するー? あーしは、どれでもいいよー?」
余裕しゃくしゃくという感じで、そんなことを言う万千華。しかし、その態度にもちゃんと根拠があるということは、瑠衣には分かっていた。
「……」
(さっき、登場していたときにやってた太鼓ゲーム……ちょっと見ただけだけど、マンちゃんは相当な腕前だった。だから、似たような音ゲー系全般は普通に得意だと思ったほうがいい。それに、反射神経が重要な格ゲーとか、アクションゲーム、レースゲームとかも、スポーツ万能の彼女相手じゃあ絶対勝てない。かと言って、頭を使いそうなパズルゲームとかクイズゲームとかなんて、もっとのぞみは薄いし……)
冷静に考えれば考えるほど自分がみじめに思えてくるのを、どうにか抑え込んでいる瑠衣。まともに考えれば、この施設にあるどんなゲームであっても、瑠衣に勝ち目なんてなさそうに思えた。
だが、今の彼女には、実は秘策があった。
「えー? どれでもいい、って言われてもー……私も、別に得意なゲームとかないからなー?」
不自然でわざとらしい演技をしながら、あくまでも適当に歩いている風を装って、「目的のゲーム」へと向かっていく。
「でも、せっかくならー。二人がやったことないゲームにしたほうがいいよねー? そのほうが、条件が同じで、フェアだよねー?」
「あー、そーかもねー」
急に
「あ、じゃあこのダンスゲームは……あーダメだ。私、前に何回かこれ、やったことあるもん。それじゃ、あっちのゾンビ撃つやつ……は、似たような家庭用ゲーム結構やり込んでたから、フェアじゃないなー。そーれーじゃあー……」
見ているほうが恥ずかしくなるような無様な演技を続けている瑠衣。
「「瑠衣……」」
二人のマリーでさえ、そんな彼女の痛々しい姿に顔をしかめている。
そしてようやく……恥ずかしげもなくそんな痴態を披露していた瑠衣は、「目的のゲーム」の前に到着したようだ。
「あ、これ⁉ これにする⁉ これなら、流石に私たち、やったことないよね? だって、こんな
と言って、半ば強引に、対決の種目となるゲームを決めてしまった。
それは、瑠衣の言ったように、いわゆる「子供向けゲーム」だった。
主人公の女の子がお姫様を目指して、おしゃれなドレスを着て舞踏会でダンスを踊るというストーリー。プレイヤーは画面内のキャラクターがするそのダンスに合わせて、テンポよくボタンを押していく。ジャンルとしてはリズムゲームに入るのだろう。一人で遊ぶ他に、二人で獲得ポイントを競う対戦モードも存在する。対象が幼稚園から小学校低学年くらいということもあって、そのリズムゲーム部分はそれほど難しくないのだが、逆に言えば、どんくさい瑠衣でも運動神経バツグンの万千華と大きな差がつきにくいということだ。だが、瑠衣はそれを理由にこのゲームを選んだわけではなかった。
実はそのゲームの本質はリズムゲームではなく、むしろ、ダンスを踊る際にキャラクターが着るドレスにあった。ゲームの最後に、プレイヤーはランダムで一枚ドレスの絵が描かれたカードを受け取れる。そして、それを次回のプレイで使用することが出来るのだ。当然、ドレスカードには異なる
「わー! 高校生にもなってこういうゲームやるのって、ちょっと照れるねー?」
さっきまでの恥ずかしい演技を引きずったまま、慣れた手付きでゲーム画面をタッチしていく瑠衣。本当にそのゲームが初めてなら、まずは操作する対象のキャラクターを選ばなくてはいけないのだが……彼女は、こっそり懐から取り出していたゲーム記録が保存されたプロフィールカードを筐体にセットして、その画面をスキップしてしまう。更には、その後のドレスやアクセサリーをセットする画面でも、隠し持っていた自前のカードを素早くセットしていった。
「あ、あれ? あれれー? 一応、再確認なんだけどー……ルイルイこのゲーム、初めてなんだよねー?」
流石に、そんな様子に少し呆れ気味の万千華が、釘を刺すようにそう言うが、
「うん、そうだけど?」
悪びれもせずに、瑠衣はそう答えるのだった。
実はこのゲーム、アミューズメント施設でのリズムゲームと同時に、テレビアニメとしても展開している。もちろん、そのアニメもゲームと同様にメインターゲットは小学生以下の女児なのだが、それはそれとして、いわゆる「大きなお友だち」のファンも多い。そしてその中には、アニメへの愛があふれるあまり、女児に混ざってゲームセンターでゲームに興じる者も少なからずいて……。瑠衣も、以前はその一人として、このゲームをやり込んでいたのだった。
このゲームに夢中になっていたところを小鳩に目撃され、それをネタにイジメられたという苦い記憶があり、それ以来プレイすることを封印していた瑠衣。しかし、あらゆる点において自分よりもハイスペックな南風原万千華という強敵を前に、満を持してその封印を解くことにしたらしい。
まさに、なりふり構っていられない、というわけだ。
(……ごめんね、マンちゃん。でも、私だって必死なんだよ。マリー様のメイドの座をかけたこの勝負、絶対に負けたくないんだよ。だから、悪いけど今回は……この私の『漆黒のゴシック・プラネット・レイディコーデ』の、カードのサビになってよ!)
強い意志を込めて、
「あ、そーいやあーしも、このゲームのカード持ってるかもー」
と、万千華が自分の財布の中を探し始めた。
「えっ⁉」
一瞬、そんなことはありえない、とばかりに驚愕の表情を作る瑠衣。しかし、すぐに自分で自分を納得させる。
(陽キャでパリピなマンちゃんが、このゲームのカード持ってるって? ふ、ふんっ! どうせ、その辺のハンバーガーショップのハッピネスセットについてくる、プロモカードでしょっ⁉ そ、そんな安っぽいカードで、アニメの前クール最終回でラスボスが使っていたほどの、私の激レアモテカワ最強コーデに勝てるわけが……)
しかし……。
「あー、これこれー。さっき、ルイルイたちに会う前に、ホタルンがくれたんだけどー。やっぱ、このゲームのカードだったんだねー」
と言いながら万千華が無造作にセットしたカードをみて、瑠衣の表情が変わった。
(バ、バカなっ⁉ それは、アニメ最新話でつらい修行の末に主人公がようやく手に入れていた、『純白のシャイニー・エンジェリック・ワンピ』⁉ 排出率しぶすぎて、ネット界隈では本当に実在するのか疑問視する声さえ上がっていた、レアリティ
前述のように。
カードの強弱は、このゲームの勝敗を決める大きな要素だ。だから瑠衣は、リアルのスペックでは到底敵わない万千華が相手でも、このゲーム世界の中ならレアカードを持っている自分が圧勝出来ると思っていた。だからこそ、下手な演技をしてでも、このゲームまで誘導してきたのだ。しかし、想定外のレアカードの登場に、彼女のその前提はもろくも崩れ去った。
更に彼女にとって誤算だったのは、万千華がセットしたそのカードが、アニメ連動企画として現在ゲームでの獲得ポイントが加算されるキャンペーン中だったことであり……。
100コンボ! おめでとぉ〜! 2Pちゃんの勝ち〜!
「いっえーいっ! あーしちゃん、大勝利ーっ!」
「うぎゃーっ⁉ こ、この私が、あんたみたいなポッと出の新人に負けるなんてぇーっ!」
結局瑠衣は、絶対的に自信を持っていたゲームで、無惨にも万千華に敗北することになった。
あまりにも必死にゲームに入り込んでいたため、勝敗が決した瞬間に皮肉にもアニメの敵役――それも、ラスボスではなく序盤で倒されるザコ――のようなセリフを吐いてしまう彼女だった。
そして、そんな瑠衣たちを、少し離れた場所から見ていた二人のマリーたちは、といえば……。
「瑠衣……。たとえ今のゲームに勝てたとして、どうしてそれが、私へのアピールに繋がると思ったの……?」
「しかもカード持ってきてたってことは、この戦いがなかったとしてもスキあればそのゲームしようとしてたってことじゃないの……」
真剣に女児向けゲームに興じていた瑠衣に、若干引いているのだった。
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