04

「……え? ……え? えっ⁉ …………えーっ⁉」

 突然現れた二人目のマリーに驚愕して、叫び声をあげる瑠衣。

 一方の、マリーたち・・は、

「……」

 全く同じ顔の、全く同じうんざりするような表情で、お互いがお互いの姿を見ている。

「にししー」 

 その様子を、満足気にニヤニヤと見ている万千華。唯一、現在この場で何が起こっているのかを正確に把握しているであろう彼女が、説明をしてくれた。


「さっきも言ったように、ホタルンの『お転婆お嬢様』の能力は、変身……。でも実は、漫画とかアニメによくあるような変身能力とは、ちょーっと違うんだよねー。ほら、よくある普通の変身能力って、姿だけを変えても中身は変わってないじゃん? どれだけ見た目がマリー様そっくりに変身しても、中身はホタルンのまま。記憶とか考えることはホタルンのままで、見た目だけがマリー様になっただけで、それって結局偽物でしかない。……でも、今起こっているこれは、そーゆーのじゃない。今のホタルンはね、身も心も全く同じマリー様に変身してんの。変身した瞬間からホタルンっていう人格は完全に消えちゃって、記憶も考え方も何もかもがマリー様と同じになった。つーまーりぃー……本物のマリー様が、二人になっちゃったってことー!」

 次の瞬間。

 二人のマリーが、お互いでお互いを指さしながら、同時に口を挟もうとする。

「「馬鹿言わないで! どれだけ見た目が似ていても、こいつは所詮偽物よ! 世界で最も尊いこの私が、二人も存在する、わけが……」」

 しかし、まるで鏡写しのように相手と自分が全く同じ行動とセリフを言おうとしてしまったことに気づいて、それを止めざるをえなかった。言おうとしたセリフとは逆に、その状況は万千華の言葉を完全に証明してしまっていた。


 少しだけ状況を理解したらしい瑠衣が、慌てて、二人のうちの片方の「マリー」のもとへと駆け寄る。

「マ、マリー様……油断しないでください! 正直私、まだ事情はよくわかってないんですけど……き、きっとこれ、彼女たちの作戦ですよっ⁉ こうやって、私たちのことを惑わそうとしているに違いないんですから……」

 しかし、

「あれ? ルイルイ、分かってる? そっちは、ホタルンが変身したほうのマリー様だよー?」

 と万千華に言われて、「う、うわぁーっ!」と慌ててそのマリーから離れる。そして、改めてもう片方のマリーの方へと向かった。

「す、すいませんマリー様! 私、慌てすぎて間違えちゃって……」

 だが……、

「あ、違った! やっぱそっちがホタルンだった!」

「えっ⁉」

「いやー……? やっぱり、そっちかな?」

「う、うそっ⁉」

「それとも、こっち?」

「ちょっ、ちょっと……」

「……さてさて、どっちでしょー⁉」

「も、もーうっ! からかわないでよっ!」

「あはははー」

 万千華に言われるがままに、二人のマリーの間を言ったり来たりする瑠衣。結局、「本物」のマリーがどちらだったのかは分からず、彼女はただ無駄に疲れさせられただけだった。

「「……はあ」」

 そんなメイドの様子に、呆れるようにため息をつくマリーたち。その仕草やタイミングさえも、完全に一致していた。


「だからさー。さっきから言ってるじゃん? どっちが『本物』とか、そういうのはもうないんだってば! 今この瞬間においては、どっちも本物のマリー様なのっ! 姿も、記憶も、性格も……そーれーにー、」

 そこで万千華は、片方のマリーのもとに近づく。彼女は本当は、どちらがチャオインが変身した方なのか分かっていたようだ。

 万千華は、「偽物」のマリーの目の前にやってくると、彼女の手をとって、

「マリー様、あーしに能力をつかってみてくれますー?」

 と言った。

「……」

 万千華に手をとられたほうのマリーは、最初は少し怪訝な表情をしていたが、やがて彼女に言われた通りにした。すると……万千華の右腕が、瑠衣と同じように紫色のオーラに包まれたのだった。

「え……」

 瑠衣はその光景を見た瞬間に、自分の心拍数が一段跳ね上がったのを感じた。


「うぇーい!」

 万千華は、『傲慢お嬢様』の能力である『極上の使用人メイド・イン・ヘブン』で強化された右腕を振り回して、近くにあったパンチングマシンを軽いノリで殴る。しかし、そのたった一撃のパンチにも耐えきれなかったパンチングマシンは、筐体ごと吹き飛ばされて壁に激突。その衝撃で、カジノの大当たりのように中からコインを放出し始めた。

「ヤッバーッ! こんなんまともに食らったら、普通に死ぬし! ウケるーっ!」

 ポーズを決めて、自分のスマートフォンで自撮りを始める万千華。目線はカメラのレンズに向けたまま、説明の続きをする。

「ま、こーんな感じで。ホタルンが変身した方のマリー様でも、『傲慢お嬢様』の淑女能力はちゃーんと使えるってわけ。ね? だから、二人のマリー様は全く同じで、どっちも本物だって言ったっしょー?」

「「……なるほどね」」

 そこで二人のマリーが同時にうなづき、何かを深く考えるような表情になった。

 横目でその表情を見た万千華は、

「あ? もしかしてマリー様たち、これからあーしが言いたいこと、もう分かっちゃいましたー? うっわー! やっぱマリー様って、あーしたちが見込んだ通りで、話が早くて助かるー!」

 と笑った。

「え? え?」

 当然、勘の悪い瑠衣にはその意味が分からない。戸惑いながら、二人のマリーを交互に見ていることしか出来ない。そんな瑠衣を優しく憐れむように、万千華は「大丈夫。ルイルイにも分かるように、説明してあげっからー」と話を続けた。


「これは、『箱入りお嬢様』のカチューシャっちから聞いたんだけどさー。マリー様って、この戦いを仕組んだ『主催者』に怒ってて、そいつにギャフンって言わせるために戦ってるんでしょー? うんうん、分かる分かるー。あーしも、誰かにムリクリ戦わされるとかマジムリっ、って思うし! んでね、そんなマリー様にしてみれば、これからの戦いを自分で勝ち進もうが、ホタルンが変身した方のマリー様が勝ち進もうが、それって実は同じことだと思うんだよねー。だって、どっちのマリー様も完全に同じ性格と考え方をしてるんだから、目的は同じだし。戦いを勝ち進んで優勝したときに、『主催者』をしばき倒したいって気持ちも同じ。だったら、どっちが勝っても結果は同じ、どっちが勝ってもいい、ってことにならなーい?」

「そ、それは……そうかも?」

 なんだかよく分かっていなそうな表情の瑠衣が、生返事を返す。万千華は「でしょでしょ?」とそれを受け入れてから、続ける。

「だったら、今回のあーしたちの戦いは、二人のマリー様のうち『これからの戦いを有利に進めそうな方』を勝たせるべきだと思わなーい? 不利な方がわざと負けを認めて、有利な方に勝利を譲っちゃえば、これからの戦いがそのぶん楽になるって思わなーい? ……つまり今回はー、今までマリー様とルイルイがやってきたみたいにバトったりしないで、平和的に二人のマリー様が『どっちがこれからの戦いを有利に進めるか』ってことを話し合ってくれれば、それで決着がつくってこと! 実はこれ、さっきあーしが言った『マリー様に提示する二択』に繋がるんだけどねー」

「……?」

 やはり、万千華の言葉が分かるようでいまいち理解できていない瑠衣。首をかしげながら、尋ねる。

「え、えっと……でも、さっき南風原さんは二人のマリー様が……」

「もー! マンちゃんって呼んでよー?」

「あ、は、はい……。えと……さ、さっき、そ、その、マンちゃん、は、二人のマリー様がどっちも本物で、記憶も考え方も能力も、全部同じだって言ったよね? ってことは、二人のうちに『有利な方』なんていなくって、いくら話し合ったって、どっちを勝ち進ませたらいいかなんて、分からないんじゃあ……?」

「ぷぷっ! そだねー!」

 万千華は、そんな吹き出し笑いをしてから、

「でも、実はさっきのあーし、ちょっと嘘ついたかもしんなくてー。正確に言うと、二人のマリー様は全く同じってわけじゃなくてー、ある『二箇所だけ』違うところがあるんだー」

 と言った。


「二箇所……?」

 言われて、間違い探しでもするように二人のマリーを見比べる瑠衣。しかし、いくら見てみても、一つも違いなんて見つける事ができない。

「あーあー、もちろん見た目じゃないよー? 違うのは、むしろ『設定』?」

 万千華は、そんな瑠衣に教え諭すように言う。

「違うところの一個目は、ホタルンが変身している方のマリー様は、『あくまでも一時的に変身しているにすぎない』ってこと。つまり、ホタルンの『お転婆お嬢様』の能力を解除すれば、そっちのマリー様はすぐにホタルンに戻る事ができるってことなんだけどー……でーもー?」

 そう言って、万千華は片方のマリーに、からかうような視線を向ける。すると、そのマリーは、

「何よ? 貴女、まさかこの私が偽物だとでも言いたいの? ふんっ……バカバカしい! 偽物は、そっちのほうでしょう? ほら貴女、早く本性を現しなさいよ」

 と言って、もう片方のマリーをにらみつけた。すると、そのマリーも負けずに、

「あらあら……身の程知らずとは、貴女のことを言うのね? この、完璧で最高な私に憧れる気持ちは分からなくもないけれど……あんまり高望みしても、痛々しいだけよ? 化けの皮が剥がれる前に、元の姿に戻ったほうがいいんじゃないかしら?」

 と言い返した。


「何ですって?」

「何よ?」

 バチバチとお互いを睨みあっている、二人のマリー。はたから見る分にはその二人の姿は完全に同じで、間に鏡でもあるかのようだ。これまで一緒にいた瑠衣でさえ、すでにその二人のどちらかが偽物だとは思えなくなっていた。

 万千華は笑う。

「あはははー。やっぱ、こうなると思ったー。マリー様の性格からしたら、自分のことを『他のオジョーサマが変身した偽物』だなんて、死んでも認めるはずがない。当然、ホタルンが変身したマリー様だってその性格を完璧にコピーしてるんだから、自分を辞めて別の人格に戻りたいなんて思わない。ってことはー、たとえホタルンが変身したほうのマリー様が戦いを勝ち進んでいったとしても、途中でホタルンに戻っちゃうなんて心配はいらない。いつでももとのホタルンに戻れるっていう『違い』は、実はそれほど重要じゃないんだよねー。むしろ、大事なのは二つめの『違い』でさー……」

 それから彼女は、睨みあう二人のマリーをオロオロと見ていた瑠衣の隣にやってきて、馴れ馴れしく彼女と肩を組む。

「へ?」

 その行動の意図がわからず、ただただキョトンとしている瑠衣。そんな彼女を置いてけぼりにして、万千華はようやく、その話の結論を言った。


「身も心も、全てが同じ二人のマリー様……でも、そんな今の二人にとって決定的に違うことは……もともとのマリー様のメイドは、今まで通りのルイルイ。それに対してホタルンが変身した方のマリー様のメイドは、あーし……南風原万千華ってことで……」

「え……?」

「これから二人のマリー様たちは、相談して選んでほしいんでっす! 今後の戦いを勝ち進むのに、二人のうちのどっちのマリー様が有利か? どっちのマリー様を、勝ち進ませるべきか? 今まで通りルイルイがメイドのマリー様か、それとも、あーしがメイドのマリー様か。つーまーりー……マリー様はここで、二人のメイドのうちのどちらかを、自分のメイドとして選び直す事ができるってわけなんでーすっ!」


「そ、そんな……」

 万千華の言葉を聞いて、さっき感じた胸騒ぎが現実になってしまったことを理解した瑠衣。彼女は、全身から力が抜けて、目の前が真っ暗になってしまった。

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