03

「……は?」


 突然、意味不明なことを言い出した少女――チャオイン――に、口を開けて呆然としている瑠衣。彼女のそのリアクションを、自分のセリフが聞こえなかったせいだと思ったのか、チャオインはもう一度……、

「私、ウー・照螢チャオイン! 楽しいことと遊ぶことが大好きな、中学二年生! ひょんなことから、地球の平和を守る『お転婆お嬢様』に……」

 一言一句同じ自己紹介を、頭から繰り返そうとした。

「い、いやいやいや⁉」

 瑠衣は慌ててそれを止める。

「え、えっと、ウ、ウーちゃん? チャオインちゃん? な、なんて呼べばいいのかわからないけど……」

ほたるって漢字が入ってるから、あーしはホタルンって呼んでるー」

 助け舟を出してくれた万千華の呼び方を採用する瑠衣。

「そ、それじゃ、私もホタルン……ちゃん、って呼んでいい?」

「私、ウー・照螢チャオイン! ホタルンって呼ばれるのが大好きな中学二年生! ひょんなことから、地球の平和を……」

「そ、それはもういいからっ! ……と、とにかく、呼んでもいいってことだよね? じゃ、じゃあホタルンちゃん! そ、その独特な喋り方……っていうか、さっきのオーバーな演技とかもなんだけど……い、一体何なのっ⁉ すごく気になるんだけどっ⁉」

 そんな当然の瑠衣の質問も、チャオインにはよく理解出来なかったようだ。困ったような表情で、首をかしげる。

「うーん……。私、ウー・照螢チャオイン。いきなり『独特な喋り方』とか言われても、ちょっと良くわからない中学二年生……。ひょんなことから……」

「いや、それそれっ! その喋り方を言ってるんだよっ⁉」

 そんな、漫才のようなやりとりをする瑠衣とチャオインだった。



「あははー。さっきのボールって、ここのゲーセンとは別フロアのやつでしょー? フロアまたいでボール転がしてくるとかー。ホタルンってば、どんだけ『お転婆お嬢様』だよー。まじウケるー」

 一部始終を見ていた万千華が、棒読みのような感情の読み取れない笑いとともに、そんなことを言う。それから、瑠衣たちに説明をしてくれた。

「あーしのご主人様のホタルンってー、お嬢様のくせにプリキ○アとかそういうの大好きでさー。エンディングのダンスとか変身ポーズとか真似してるうちに、いつの間にか、普段の喋り方までこんな感じになっちゃったんだよねー」

「そうなの! 私、ウー・照螢チャオイン! ニチアサ大好きな中学二年生! なのっ!」

「いやいやいや……。いくら大好きでも、そうはならないでしょ……」

 説明されても、全く納得の出来ない瑠衣だった。




 それから。


「茶番は終わったかしら?」

「あ……」

 ずっと黙っていたマリーがそう呟いて、ようやく我に返った瑠衣。周囲を見回して、気づく。さっきまでゲームセンターにたくさんいた客たちは、いつの間にか一人もいなくなっている。瑠衣も、いつものメイド服に着替えさせられている。

「おー、何これー?」

 万千華の姿も、さっきまでのカジュアルな私服からメイド服に変わっている。チャオインのスタイルに合わせているのか、チャイナドレスにメイド風の白い髪飾りとエプロンをつけた、中華風メイドといった感じだ。

「きゃははー、エローい!」

 そんな感想を言いながらも、まんざらでもない風にチャイナドレスのかなり際どいところまで入ったスリットをヒラヒラさせている万千華。スタイルのいい彼女にはそんな格好がよく似合っていて、とても高校生には思えないような色気がある。

「う、うう……」

 自分の貧相な体とのあまりの格差に、この世の不公平を思い知らされる瑠衣だった。


「……それで?」

 瑠衣と同じようにスレンダーな体型のマリーが、不機嫌そうに聞く――おそらく彼女の場合は、瑠衣のように万千華の体型にコンプレックスを感じているというわけではないだろうが……。

「貴女さっき、私たちが連戦連勝の最強ペアだと分かっている、なんて言っていたけれど。それでも逃げずに戦いを挑んでくるなんて……その『お転婆お嬢様』の彼女は、よほど強力な能力を持っているのかしら? それとも、ただの命知らずの愚か者なの?」

「えー?」

 睨みつけるマリーの視線を、まるで気にしていない様子の万千華。

「戦いー? あーしたちが、マリー様と戦うー? そんなー、めっそーもなーい」

「よく言うわよ……。私たちが今、邪魔者が存在しない戦場バトルフィールドにやってきているという事実がある以上、貴女たちが私たちに戦いを仕掛けていることは間違いないのに。おおかた、油断させて隙をつこうっていう魂胆なのでしょうけど……」

「いやいやいやー。それ、マリー様の誤解っすよー。あーしたちは本当に、マリー様と勝負するつもりなんてないんですー。むしろ、今回はあーしたち、マリー様の応援をしようと思っててー」

「応援……?」

「そーっす、そーっす。あーしたち、これまでずーっとマリー様たちのこと観察してきて、マリー様のこと大好きになったっていうかー。マリー様、推せるー。この、『オジョーサマとメイドの戦い』の優勝者は、マリー様で決まりでしょー! って、思っちゃったわけなんすよー」

「私、ウー・照螢チャオイン! マリー様大好きな、中学二年生!」

「ふうん。言ってる意味はよくわからないけれど……貴女たち、淑女を見る目だけはありそうね?」

 怪訝な顔ながらも、万千華の言葉を聞こうという姿勢を見せ始めたマリー。一方、その隣の瑠衣の方は、

「……」

 万千華がさっき、「優勝はマリーと瑠衣のペア」ではなく、「優勝者はマリー」とだけ言ったことが引っかかって、妙な胸騒ぎがしていた。


「それじゃあ……私たちを応援している貴女たちは、無駄な戦いなんかしないで私たちを不戦勝にしてくれるっていうことかしら? それだったら、こんな会話なんてしていないで、さっさと負けを認めてくれれば……」

「いやいやー。実はそれも、ちょーっと違うんですよねー」

「……?」

 相変わらず飄々ひょうひょうとした余裕のある様子で、普段は傍若無人なマリーさえも翻弄してしまう万千華。それから彼女は、自分のパートナーのチャオインに何かを目配せしてから、自分は言葉を続けた。


「あーしたち、実はこれまでずーっと探してたんすよー。マリー様みたいな、『あーしたちが信頼してもいいって思えるくらいにまとも』で、『これからの戦いを勝ち残っていけそうな実力のある』おじょーさまのことをー……」

 合図を受けたチャオインは、おもむろに懐からピンク色のおもちゃのようなものを取り出す。そして、それを右手で高らかに天にかざして、こんなことを言った。

「これ以上、あなたたちの勝手にはさせないから! ……みんな、行くよ! キュアキュア・ノブレス・メイクアーップ! レイディ、ステディ……ゴーッ!」

「え? みんな、って……何の話?」

「シュルシュルシュル…………パァンッ! パリィンッ! パラパラパラ……」

「い、いやいやいや……」

 チャオインは手に持ったおもちゃを使って、さっきよりも更に大きな身振りで両手を広げたりポーズをとったりしていく。しかも、そのたびに自分自身の口で、効果音のようなものをつけている。それはまるで、女児向けアニメの変身シーンのようだ。

 実際、よく見ると彼女が持っているのは、そのへんのおもちゃ屋で普通に売っている女児向けアニメの変身コンパクトだった。

 もちろん、そんなもので実際に変身なんて出来るわけもなく、今のチャオインの姿には何の変化もない。そのおもちゃの対象年齢よりは少し大きめの女の子が、ごっこ遊びをしているようにしか見えない。

 彼女のメイドの万千華は、主のそんな様子を気にせずに、マリーにだけ・・・・・・話を続ける。


「これからあーしたちはマリー様に、ある『二択』を提示するねー? それは、これからの戦いに向けて、マリー様が『あるものを変える』か、あるいは『変えない』かを選べるっていう二択。それを変えるとマリー様はすんごいパワーアップできて、これからの戦いが有利になるー……かもしんない。少なくとも、そんな可能性は充分あると思うんですけどー。でも、もちろん選ぶのはマリー様だし、『今のまま何も変えない』ってほうを選んでもらうことも全然オッケー!」

「二択……」

「そうそうー。そんな『二択』をマリー様に提示するのが、あーしたちなりの応援。そんで……『お転婆お嬢様』のホタルンの、淑女能力なんすよー」

 そう言って、万千華がニヤリと笑うのと、同時くらいに。

「ぱー、ぱー、ぱーららっらっらー……」

 軽やかな音楽を口ずさんでいたチャオインの変身ごっこも、終盤に入っていた。

 相変わらず彼女の姿は何も変わっていないが、彼女の頭の中ではきっと、魔法少女風の可愛らしい格好にでもなっているつもりなのだろう。あとは決めポーズとともに名乗りの口上でもすれば、変身完了といったところだろうか。

 そこで。

 手に持ったおもちゃのコンパクトを開けて、チャオインは中からマスカラのような道具を取り出す。そして、それをまつ毛に塗って、「決めポーズ」とともに可愛らしいアニメ声で「名乗りの口上」を言った。


「お転婆ハートは淑女のしるし! へんれんせんげき! キュア・化面舞踏会マスカ・ライド!」


 その瞬間、凄まじい量の青白い光が、周囲を照らした。


 瑠衣もマリーも、その眩しさにとても目を開けている事ができず、顔を腕で覆い隠す。何も見えない状態で、相変わらず余裕のある万千華の声だけが聞こえてくる。

「もう、とっくに分かってると思いますけどー。ホタルンの能力は、『変身』なんすよー」

 やがて、その光が少しずつ引いていき、周囲が元通りになっていく。瑠衣とマリーが腕をどかして目を開けると、さっきまでチャオインがいた場所には……。


「はあ……。最悪の展開ね」

 もう一人の、マリーがいたのだった。

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