09
「瑠衣、貴女この私のメイドのくせに、いつまでもみっともないところを見せてるんじゃないわよっ!」
「え……」
思いもよらなかった言葉に、瑠衣は一瞬、戦いのことを忘れる。弱々しく立ち上がり、マリーがいる観覧席のほうに向き直った。
「で、でも……」
「何よ⁉ 瑠衣のくせに、この私に反論するつもり⁉」
「わ、私なんて、マリー様のメイドにはふさわしくないから……だ、だから、このまま負けてしまったほうが……」
話しているうちに、体の痛みも忘れてしまう瑠衣。さっきまで自分の心の中を駆け巡っていたネガティブな言葉たちが、口から溢れ出してくる。
「私は弱くて、不器用で、何にも出来ないんですっ! そんな私より、全部が完璧で、強くて、可愛くて、なんでも出来るマンちゃんがメイドでいてくれたほうが、きっとマリー様だって、いいに決まってますよ⁉ 彼女ならきっと、これからの戦いに勝つ事ができるし、マリー様の目的だって果たせるに違いないんです! だから……だから私は、ここで身を引いて……!」
自分で言っておきながら、その言葉に自分自身でショックを受けて涙を流している瑠衣。そんな痛々しい彼女の姿に、強い言葉を言っていたマリーも思わず言葉を失って、呆然としている。
「瑠衣、貴女……」
……いや。
「貴女、どこまでバカなの? いい加減にして、って……私はいったい、何度言えばいいのかしら?」
「へ?」
「瑠衣が、弱くて不器用でいやらしくて汚くて最悪で、いいところなしだなんて……そんなこと、私だってとっくに知ってるわ!」
相変わらず、マリーは『傲慢お嬢様』全開なのだった。
「あ、あのー……私、そこまでは言ってないと思うんですけど?」
「いい、瑠衣? そんな、最悪で最低な貴女は、まぎれもなく、この私のメイドなの! 他の誰でもなく、貴女が……瑠衣が、この私のメイドなの! 誰でもないこの私が貴女を、メイドとして選んだのよ⁉ それを忘れて、勝手に落ち込んで負けようとしてるんじゃないわよ!」
「え……そ、それって……」
瑠衣の瞳に、小さな光が灯る。
「こ、こんな私でも、どこかにいいところがある、っていう……ことですか? いままで一緒に戦ってきてくれたマリー様には、それが分かっているっていう……。だから、これからも私をメイドに選んでくれるっていう……ことですか?」
希望に満ちた表情でマリーに問いかける瑠衣。それに対して彼女の主は……当然のことを言うように、こう答えた。
「違うわ」
「いや、違うんすかっ⁉」想像の範囲を超えた言葉に、思わずいつものツッコミ体質が出てしまう瑠衣。「今のは、そうだよ、って言うところでしょう⁉」
「貴女にいいところがあるから、瑠衣を私のメイドとして選ぶ? そんなわけないでしょう? むしろ、その逆よ。『私が最初に貴女をメイドとして選んであげたこと』。それ自体が、貴女の唯一にして最大の『いいところ』なのよ」
「……はい?」
「私、前にメイドなんて誰でも良かったって言ったけれど……でも、その『誰でも良い』中から私がメイドに選んだのは……瑠衣、貴女なのよ? 私は他の誰でもなく、貴女のことをメイドとして選んであげた。その事実は、他の誰も持っていない貴女だけの長所なのよ? それに比べたら……運動能力? 知力? 戦闘技術? ふんっ……そんなもの、どうでもいいゴミみたいなものよ! そんな些細なことを比較して落ち込んでいる暇があったなら……最も美しく、尊く、気高いこの私が『貴女をメイドとして選んであげた』という事実を誇りに思いながら、さっさと敵を倒してしまいなさいっ!」
「は、ははは……」
もはや、呆れてものも言えない、というふうの瑠衣。しかし、マリーはまだまだ止まらない。
「それから、貴女!」
今度は、対戦相手の万千華を指さして言う。
「はいはーい。なんですか、マリー様?」
「貴女もよくもまあ……この私を侮辱するようなことを言ってくれたわね⁉ 『二人の私のうち、今後の戦いに有利なメイドの方を勝たせる』? ふん……ふざけないでちょうだい! この私は、常に最高にして至高、最強にして完璧なの。そんな私が、仕えるメイドごときに勝敗を左右されるはずがないでしょう! 私が私である時点で、すでに、すべての戦いで私の勝利は約束されているのよ⁉ メイドごときが、その私の功績に関与できるだなんて、勘違いもはなはだしいわ!」
「え、えー……」
「だいたい貴女……今回は『私がメイドを選び直すことができる』とも言ってたわね? 何よそれ! それじゃまるでこの私が、『最初はメイドの選択を間違えた』みたいじゃないの! いい? 何度も言うように、この私は常に完璧なの。だから、私がすることはいつだって正しいし、すべての選択で間違えたりしないの。当然、瑠衣をメイドとして選んだことだって、正しい選択だったに決まっているでしょう! だから、今更メイドを選び直すなんてありえないのよ!」
「あっちゃー……。『傲慢お嬢様』のマリー様だと、あーしの言ったことをそういうふうに感じちゃうのかー……」
マリーの『傲慢』さを軽く読み違えていたことを、思い知らされる万千華。
それでも、何か言い返さないと立場がないと思ったのか、
「で、でもでもー……メイドが誰でも戦いには勝てるんだとしてもー……せっかくなら、優秀なメイドをそばに置きたいって思いません? 『選択を間違えた』わけじゃなくって、あくまでも途中で乗り換えるっていう意味で、あーしをメイドにしてみるのもアリじゃないです? ほ、ほら、さっきまでの勝負だって、あーしはルイルイに二連勝してるわけですし? このバトル対決で勝ったら、全戦全勝なわけで……マリー様のメイドには、そういうメイドのほうがふさわしいんじゃないかなー、とか……」
と、悪あがきのような提案をしてみた。
しかし、マリーの『傲慢』さの前では、そんなものは何の意味もなかった。
「あら? 悪いけど貴女、二連勝ではないわよ? 今の時点では貴女たち、お互いに一勝一敗の互角よ」
「え?」
唖然とする万千華。助けを求めるように、ずっと黙っていたもう一人のマリーに視線を送る。しかし、そのもう一方のほうのマリーも、静かに首を振ってこう言った。
「……残念だけど、
それからマリーたちは、懐からさっき撮った二組のプリクラの写真を取り出して、瑠衣と万千華に見せた。
「『目を大きくしたり余計な装飾を加えて、最初から完璧な私の姿を台無ししている貴女の写真』と、『何も手を加えず私本来の美しさを残した瑠衣の写真』……そのどちらが優れているかなんて、審査するまでもなく自明でしょう? 貴女たち、私たちの話を最後まで聞かずに勝手に早とちりしてたみたいだけど……当然、さっきの写真対決は瑠衣の勝利だったのよ? だから貴女たち、まだ同点なのよ」
「え、えー! だってプリって言ったらー、盛ってナンボみたいなものだしー!」
自分が勝敗を取り違えていたことを知り、反発するような事を言っている万千華。しかし、彼女はその結果に本当に文句があるというわけではなく、むしろこんな状況も楽しんでいるようだった。
「そういうわけだから、次にこの対決で勝ったほうが、ようやく二点先取でリードってわけね」
「それならもういっそ……この戦いの勝敗で、私たちのどちらが先に進むか決めてしまいましょうか?」
「この戦いで自分のメイドが勝ったほうが、負けた方が持ってる指輪を受け取って次の戦いに進む、ということね? ええ、構わないわ」
マリーたちはそう言うと、また静かに紅茶などを飲みながら、瑠衣たちの戦いを観戦するだけの観客に戻ってしまった。
「は、はは……」一方の瑠衣は、「ま、まったく……マリー様は……」
さっきまでの「覚悟」なんてすっかりなくして、笑っていた。
ボロボロの体で、自分よりも遥かに優れた能力を持つ万千華を前にしているという状況は、何も変わっていないのに。自分が強くなったわけでもなければ、万千華を弱体化できたというわけでもないのに。さっきまでとは別人のように、希望と情熱に満ちた表情で、この戦いに向かい合っていた。
自暴自棄に、勝負を捨てようなんて思いは、まるでなくなっていた。
(そうだよ……。私は、マリー様が選んでくれたメイドなんだ……。だったら、そのマリー様が勝負を諦めていないのに、私が諦めるなんてしちゃいけない。……ううん。私が、諦めたくない!)
瑠衣は、万千華に向かって身構える。空手もそれ以外の護身術も何も習ったことなんてない彼女の、素人丸出しで隙だらけの構えだ。
(相手が自分より強いから勝てない……じゃない! なんとしても、勝つんだ! 私を選んでくれたマリー様を、勝たせるために。マリー様が私を選んでくれたことを、『間違い』にしないために。そしてなにより……私がこれからも、マリー様のメイドでいつづけるために!)
しかしそれは、さっきまでのどんな彼女よりも強い決意をもった、鉄壁の構えだった。
……………………………………………………
観客席に戻り、万千華が用意した紅茶を飲む二人のマリー。しかし、そのうちの片方が、もう一方のことをさっきからずっと厳しい視線で睨みつけていた。
睨みつけていたほうのマリーは、さっき瑠衣に最初に話しかけたのとは、別の方だ。その彼女が、その表情に合わせたきつい口調で言う。
「あなた……どういうつもりよ?」
睨まれていた方のマリーは、何でもないふうに答える。
「あら? 何のことかしら?」
「ちっ。とぼけるんじゃないわよ。さっき、瑠衣に言ったことに決まっているでしょう」
乱暴に紅茶のカップをテーブルに置いて、怒りの感情をあらわにするマリー。
それに対して、からかうように微笑んでいるマリー。
「さっきのこと? 何か、問題でもあったかしら?」
わざとらしく考えるようなポーズをとってから、
「だって、ただ見ているだけというのもつまらないじゃない? だからせっかくだし、自分のメイドを応援してあげたというだけよ? 別にそれって、不思議なことじゃないでしょう?」
と言った。
その言葉に、もう片方のマリーはさらに表情を厳しくする。そして、こう言った。
「だったら……
「あら? 私、何か間違えちゃったかしら?」
「でも、別にどっちでもいいじゃない? どうせ私たち、どっちも同じ考えを持った同一人物みたいなものなのだから。むしろ、
「ふんっ……余計なことを!」
そんなふうに、二人のマリーはそれからもお互いを静かに牽制し続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます