04
「はあぁぁぁーっ!」
ゴォーンッ!
「やぁぁぁーっ!」
ガァーンッ!
…………。
『
昨日の戦いでは、瑠衣の拳で頑丈な校舎の壁でさえ余裕で破壊することが出来た。だから、普通に考えればもともとは図書室の床で出来ている『箱』だって破壊できそうだったが……。しかし、瑠衣がどれだけ殴っても『箱』の壁はビクともしない。それはすなわち、閉じ込める直前にカチューシャのメイドの涼珂が教えてくれたように、『この箱は力づくで破壊することはできない』ということを意味しているのだろう。
(と、いうことは……)
もう一度、天井に書かれた文字を見上げる瑠衣。
”淑女とメイドが愛を確かめ合わないと出られない箱”
(あ、愛を……確かめ合う……って。それって、多分……
『箱』の中に一緒に閉じ込められている自分の主の方へと、視線を送る瑠衣。彼女はそんな瑠衣のことなど気づいていないのか、今はまた椅子に座って、図書室の本を読んでいる。
エメラルドのように鮮やかに輝く瞳。長いまつ毛。シミひとつないスベスベの白い肌。長い髪からのぞく、魅惑的なうなじ。控えめだが形のいい胸元と、そこからつながるコルセットで整えられた華奢なくびれ……。
そんな、完璧な美を象徴するかのようなお嬢様と自分が……「愛」を……「確かめ合う」……。
ゴクッ……。
思わずまた、生唾を飲み込む瑠衣。
その音が聞こえてしまったのか、彼女が顔を上げ、エメラルド色の瞳を瑠衣の方に向ける。そして、読んでいた本を閉じて席から立ちあがって、静かにこちらへ向かってきた。
(え? え? ま、まさか、本当に……? で、でも私、まだ心の準備が……)
たじろぎながら、後ずさる瑠衣。しかし、狭い『箱』の中では、彼女の背中はすぐに壁にぶつかってしまう。そんな瑠衣を追い詰めるように、主の淑女は目の前までやってくる。
そして……そうっと自分の右手を、瑠衣の顔へと近づけてきて……。
「あ、あの……私、初めてなので……さ、最初はなるべく優しくして、下さひ……」
覚悟を決めた瑠衣が、目をつむってそんなことを口走ったとき。
ぐにっ。
瑠衣の左右の
「ほ、え?」
間抜けな声をあげ、目を開ける。そこでは、もちろん瑠衣が想像していたような事態は起きていない。ただただ、彼女の主がさっきまでの美しい顔を歪めて、心底汚らわしいものを見るような表情とともに、瑠衣の頬を親指と人差し指でつまんでいるだけだった。
「瑠衣、貴女……さっきから一体、どんな妄想をしているの? 気色悪いわね。次に私のことを、そんな『発情した猿』のような目で見たら、承知しないわよ?」
(は、発情した猿って……あ、あれ?)
自分の勘違いに気づき、どんどん瑠衣の顔が赤くなっていく。
「ち、違うんですよ⁉」
それを誤魔化すように、瑠衣は饒舌に言い訳を言う。
「だ、だって、そこに『愛を確かめ合わないと出られない』って書いてあるじゃないですか⁉ さっき『箱』の外から沼戸先輩も、『力づくじゃ抜け出せない』って言ってたし! だ、だから、仕方なくっていうか……。お嬢様も、そういう意味で近づいて来たのかと思って……そ、それで私、ちょっとドキドキしちゃって……」
しかし、
「……ふんっ」
「うっ……うう……」
彼女は、瑠衣のことをさっきにも増して冷たい表情で睨んでいるだけだ。これ以上何を言っても裏目に出るだけだと気づいた瑠衣は、言い訳をやめるしかなかった。
瑠衣の主のお嬢様は「もう彼女のことなんて見たくもない」という様子でプイっと背中を向ける。それから、チラっとだけ天井を見上げて、そこに書いてある文字を改めて確認した。
「まったく……」
彼女はまた席に戻って、読んでいた本を開く。そして、
「おそらく、書かれていることを実行しないとここから出られないというのは、本当のことなのでしょうね。……やれやれだわ」
とつぶやいた。
「じゃ、じゃあ……やっぱ、私たちが愛を……」
ジロッ。
「ひっ⁉」
すかさず言葉を挟もうとする瑠衣を、また彼女は、きつい視線と無言の圧で黙らせる。それから、いたって当然の事実として告げた。
「この『箱』が、さっきのあの子たちの力による、私たちへの攻撃である以上……私は絶対に、この『箱』に屈することはないわ。だってこの私は、この世の何者にも増して偉大で、何者にも勝る究極の存在なのよ? そんな私が、他人の力に負けるはずがない。他の誰かの命令に従うはずがない。そんなの、最初から決まっているでしょう? あの子の力が、『書いてあることを実行しなければ絶対に出られない箱』なんだったら……この私は逆に、書いてあることを絶対に
「は、はは……」
自信満々にそう語る『傲慢お嬢様』な様子に、瑠衣の心には呆れる気持ちが半分。しかし同時に、こんな状況でも少しも落ち込んでいない彼女に、改めて憧れてしまう気持ちが半分。
そして……。
総和の百%を超えた、心のどこかよく分からない部分で、ほんの少しだけ……「書いてあることを実行しない」と言われたことに落胆したような気持ちになってしまっている、瑠衣だった。
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