03
「
可愛らしいピンク色のドレスと、同じ色の蝶結びの髪留めを身につけた少女――明らかに、対戦相手の
すると、彼女の横にいたショートカットで長身の人物も、
「僕は、
自信に満ち溢れた様子でそう言って、ハンサムな微笑みを浮かべた。
「……ふん」
「え……あの、えと……古本、瑠衣……です」
何故か不機嫌そうに眉間にシワを寄せているだけの
「え? え? こ、これってまた、昨日みたいな戦いが始まるってこと……? え? じゃ、じゃあ、あの人たちって、も、もしかして……?」
ワンテンポ遅れた状況把握で、そんなことを口走っている。
「まあ! 戦いが始まると、服装が変わるのですわね⁉ ああ! スズカの今の格好、すごく素敵だわ! とっても似合っていますわよ」
「はは、そうかな?」
案の定、昨日のときと同じようにメイドの格好には個人差があるようだ。沼戸涼珂と名乗ったボーイッシュな少女の服装は、瑠衣のようなメイド服ではなく、真っ白いシャツに黒のジャケットの燕尾服。いわゆる、執事をイメージしたような格好だった。
涼珂は、まるで本物の執事として働いていたことがあるかのように
「ご冗談はおやめください。お嬢様のほうが、何倍も素敵ですよ?」
と言って、彼女の手の甲に優しくキスをした。
「ああ、スズカ……。貴方はどうしていつもそうやって、
「それは違うよ、カチューシャ? いつだってカチューシャのほうが、ずっとずっと僕の心をかき乱して、めちゃくちゃにしているのさ。おかげで僕の頭の中は、今もこんなにカチューシャのことでいっぱいなんだから……」
「……もう、スズカったら」
「ああ、カチューシャ……」
彼女たちは見つめ合い、徐々に顔を近づけていく。
上品で可愛らしい
それからやがて……彼女たちの唇の間をつなぐ線分の長さがゼロに収束し、淑女とメイドが「愛」という一つの形に結合する……その直前で。
「ふんっ……馬鹿らしい」
そんな、水を差す言葉が聞こえてきた。
「……あら?」
ピクッと一瞬眉を動かし、顔を涼珂に近づけていたのをやめるカチューシャ。
「先程……どなたか、何かおっしゃいましたでしょうか?」
静かに首を回して、瑠衣たちの方を向く。
それは、一見すると涼珂と話していたときと同じような可愛らしい笑顔、ではある。
だが、よくよく見るとそこには、
「馬鹿らしい……などという場違いなお言葉が、聞こえたような気がしたのでございますが? もちろん、
明らかに、さっきの言葉が「誰」の口から発せられたかを把握しているらしいカチューシャ。無言で訂正を求めるような圧の強い視線で、その「人物」のほうをじっと見つめている。
しかし、『傲慢お嬢様』の二つ名を持つその「人物」が、そうやすやすと自分の言ったことを訂正などするわけがなかった。
「あら、気の所為じゃないわよ? 貴女が聞いたように、私さっき確かに、『馬鹿らしい』って言ったわ。……というか、もっと正確に言い直すなら、今の貴女のことを『完全に馬鹿だ』って思ったのよ」
「ま、まあ⁉」
もはやぎこちない笑顔を崩してしまって、抑え込んでいた「喜怒哀楽の二番目にあたる感情」を、あらわにするカチューシャ。しかし、対する『傲慢お嬢様』のほうは、その感情を更に逆なでするように言葉を畳み掛ける。
「淑女のくせに、よくもまあ、さっきみたいなマネが出来るわね? 恥ずかしくないの? いいこと。淑女というのは、この世で最も気高くて高尚で、それにふさわしい権限と責任を持った、神にも等しい立場なの。そんな淑女である貴女が、自分以外の者……ましてや自分のメイドなんかに心を許して、恋人のように振る舞うのなんて……馬鹿馬鹿しすぎて笑えないわよ。メイドなんて服や装飾品と同じなのだから、適当に都合よく使って、飽きたら他の者と変えてしまえばいい程度の消耗品で……」
「ちょ、ちょっとぉ⁉ す、すいませんけど、それはさすがに、『傲慢お嬢様』が過ぎるっていうか……!」
メイドであるはずの自分の目の前でそんなことを言われて、さすがに瑠衣も黙っていられない。しかし、口を挟もうとしたそんな瑠衣にも増して、もはやとっくに限界を超えていたのは、相手のカチューシャだった。
「まあ……まあ……まあ……。ああ、なんてことでしょう……。ご自分のメイドのことを消耗品だなんて……飽きたら変えればいいと、考えていらっしゃるだなんて……。あなた様は、なんて、お可哀想なお方なのでしょうか……」
さっきまで激怒していたはずの彼女だったが、なぜか今は涙ぐんでいる。
「
「ふんっ。今のは、少しだけ笑える冗談だったわね? 『楽にする』、ですって? この私を、貴女ごときが倒せるとでも思っているの? 私と貴女の圧倒的な格の違いを思い知っても、まだ同じことが言えるかしらね? ……瑠衣! 準備はいいわね⁉」
「は、はいっ!」
その言葉を合図にするように、瑠衣のメイド服の右袖が弾け飛び、紫色のオーラに包まれる。『
「さあ、やってしまいなさいっ!」
「う、うわぁぁー!」
と、命令された瑠衣は無計画に、カチューシャたちの方に向かって右手を突き出して襲いかかっていった。
しかし、そのときだった。
パタ、パタ、パタ、パタ……。
瑠衣が向かっていた方向の図書室の床が、突然
「……へ?」
突然壁が出来て前に進めなくなって、立ち止まる瑠衣。そして彼女は気づく。「壁」になっていたのは、自分が向かっていた方向だけではない。まるで、自分たちを閉じ込めるように。画用紙に描いた展開図から直方体を組み立てるように。自分たちの周囲四方向の床が、すべて立ち上がっていたのだった。
「え、え? こ、こ、こ、これって……」
床が立ち上がってできた『箱』の側面は、もともと一枚で出来ていたかのように、隙間なく繋がっていく。ただ唯一、その『箱』の天井はまだふさがっていなかったため、もともとの図書室の天井が見えている状態だ。その、『箱』の側面と天井との隙間から、カチューシャのメイドの沼戸涼珂の声が聞こえてきた。
「『この世界に必要ない』、『ふさわしくない』と思ったものを、強制的に『箱』に閉じ込めることが出来る……それが、カチューシャの力だよ。残念だけど、一度『箱』に閉じ込められてしまったキミたちは、もう力づくでは絶対に抜け出す事はできないからね? あと、それから……」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ⁉ そ、そんなのって……」
涼珂の説明が終わるのを待たずに、瑠衣たちを囲っている『箱』の最後の面、今までふさがらずに開いていた天井も、
「実は、『箱』の中に閉じ込められた物や人は、時間が経つにつれて『箱』の外にいる人の記憶からは消えてしまうんだ。だから僕としては、その『箱』から出来るだけ早く出てくることをおすすめするよ? じゃないと、『箱』の外の人たちが全員キミたちのことを忘れてしまって、『この世界には初めからキミたちなんていなかった』なんてことになっちゃうからね。あ、そうそう……それと、肝心の『箱』の外に出る方法についてなんだけど、それはとても単純なことなんだ。実はその『箱』には、内側のどこかに必ず『箱』から出るための『簡単な脱出の条件』が書いてあるから、キミたちはただそれを実行すればいいだけで……」
パタン。
そこでちょうど天井の蓋が閉じてしまい、瑠衣たちは完全に、その『箱』の中に閉じ込められてしまった。
その『箱』にはどこにも穴や隙間はなかったが、どういう仕組みなのか真っ暗にはならず、太陽が雲で隠れている日と同じ程度の明るさはある。だから瑠衣は、最後に『箱』を閉じた天井面の内側に書かれていた
「こ、これって……」
瑠衣たちが『箱』に閉じ込められる瞬間を見ていた、カチューシャと涼珂。しかし、その『箱』の天井の面が閉じて、瑠衣たちが完全に閉じ込められてしまった瞬間……、
「さて……?
カチューシャが、さっきまでの感情の爆発が嘘のように、キョトンとした表情でそう言って首をかしげた。
「ああ、えーっと……」
涼珂は、少し困った顔で微笑む。
(カチューシャの『箱』に長いあいだ閉じ込められていたものは、『箱』の外にいる僕たちの記憶から消えてしまう。でも実は、その力の使用者であるカチューシャ本人だけは、「長いあいだ」どころか閉じ込めた瞬間に、その『箱』の中のもののことを忘れてしまうんだよね……。それは多分、彼女の力が『世間知らず』とか『
「ま、まあ、別にいいんじゃないかな? 忘れてしまうようなことなら、きっと大したことじゃないよ」
そう言って涼珂は、図書室に出来上がっている大きな『箱』を主には見えないように自分の身体で隠した。
「……まあ、それもそうですね」
カチューシャは、自分のメイドのそんな不自然な動きを特に気にした様子もなく、うなづく。
「それでは……ねえ、スズカ? 退屈しのぎに、今からゲームでもしませんか? 負けたほうは、勝った方の命令をなんでも聞かなくてはいけないというルールで」
「え、ゲーム? でもいいのかな、そんな事を言って? もしも僕が勝ったら、カチューシャはメイドの僕の言うことをきかなくてはいけないのだよね?」
「まあ、一体どんなことを命令されるのかしら⁉ 怖いですわ! でも
「ふふ、どうだろうね。だってカチューシャって、ゲームは苦手じゃなかったかい? さっきここに来る前だって僕と対決してたけど、全然勝てなかったよね?」
「あら、そうだったでしょうか? でも、今度はきっと負けませんわよ? 今の
「本当かなあ……」
涼珂はからかうように首をかしげる。それから、何かをひらめいたように微笑んで、言った。
「それもいいけどさ……せっかく今、この世界には僕たちしかいなくなっているみたいだし。学校の外の探検にでも行かないかい?」
「
カチューシャの頬が、ぽっと赤く染まる。
涼珂は、「ふふ」と微笑むと、まるでロマンチックなプロポーズで指輪を渡すときのように、また片膝を床につけて、ムードを込めて言った。
「お嬢様……貴女を、デートにお誘いしてもよろしいでしょうか?」
「……はい」
そして涼珂とカチューシャは、仲良さそうにイチャつきながら、手を繋いで図書室の外へと向かっていった。
出ていく直前に、一瞬だけ『箱』の方を見た涼珂。別れの言葉のように、つぶやく。
「さて……。キミたちは、カチューシャの『箱』から出てこれるかな? 自分が見たくないものをこの世界から忘れさせて、存在しなかったことにしてしまう恐るべき彼女の『箱』。その名も……」
『箱』の中。
瑠衣が見上げていた天井面の内側には、こんな文字が書かれていた。
”淑女とメイドが愛を確かめ合わないと出られない箱”
「いや、これ……『〇〇しないと出られない部屋』じゃんっ⁉」
瑠衣のそんな叫び声は、四畳半程度の狭い『箱』の中に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます