09

 マリーは、瑠衣の太ももについた大きな傷を見て、それで完全に状況を理解したようだった。


「なるほどね。刃物……あるいは、ガラスの破片みたいなものかしら。『苦手なものを持っている相手』と、『それを使う相手』は、同じじゃなくてもいい。つまり、あの小鳩って子がガラスが嫌いなら、それを使って瑠衣を攻撃することも出来るってことなのね。……少し、私の見積もりが甘かったみたいね」

 床に転がって動けなくなっている瑠衣の隣にしゃがんで、彼女の頬にそっと手を添える。

「瑠衣、大丈夫?」

「ご、ごめん、なさい……せっかくマリーさんが、私に力をくれたのに……。こ、こんなことに、なってしまって……。こんな私じゃあ、マリーさんには……」

 そして、泣きながら謝ろうとする瑠衣を遮って、

「よく、これまで耐えてくれたわ。それでこそ私のメイドよ。もう、心配はいらないわ。私に任せて、そこで休んでいなさい」

 そう言って瑠衣の涙を指でぬぐい、優しく微笑んだ。

「は、はい……」


 再びマリーは立ち上がる。

 それまで、突然のマリーの登場に驚いて言葉を失っていた小鳩とセーラは、そこでようやく気を取り直し、彼女に対して煽りの言葉を投げ始めた。

「ア、アンタ、一度は逃げたくせに、今さら何しに戻ってきたのよっ⁉ 今さら来たって、もうとっくに勝負はついてるんだからっ!」

「も、もしかしてー、逃げる方向間違えちゃったのかなー? うぷぷー」

 だが、やはりまだ動揺があるらしく、二人の言葉にはどこか焦りが見られる。何故か余裕ぶっている様子のマリーとは、対照的だ。

「ふふ……」

 しかもマリーはそこで何故か、散歩でもするように周囲を歩き始める。そして、二人の言葉を無視して、一方的に話し始めた。


「私がこの戦いで最初に違和感・・・を感じたのはね……貴女たちの攻撃を受けて、瑠衣と一緒に一時的に退却したときだったわ」

「はぁー?」

「ちょ、ちょっとっ⁉ 何言ってるのよっ⁉ このワタシを無視するんじゃないわよっ!」

「あのとき……私たちが教室から出ていこうとしたときに、貴女はそれを妨害しようとして自分の能力を使ったわね? でも、その能力の使い方が、なんだかとても奇妙・・だった。だから私、ずっとそれを不思議に思っていて、違和感を感じていたの」

「だ、だから、勝手に話を進めるんじゃないわよっ! っていうか、何言ってるのよっ! ワタシの無敵の能力に、奇妙なことなんか何も……」

 口を挟んで主導権を取り返そうとするセーラだったが、やはりマリーはそんな彼女を全く相手にしていない。

「それでも……もしもその違和感が一回だけだったなら、私もそこまで気にすることはなかったと思うわ。そのときは、たまたまそういう不思議な行動をしただけ。私が気にしすぎているだけで、別にその行動に深い意味なんてない。そう思って、すぐにそれを忘れてしまっていたと思うわ。……でも、貴女のその不思議な行動は、最初の一回だけなんかじゃなかった。私が瑠衣と契約を終えて、強化された瑠衣が貴女たちを攻撃したときも。それから、そのあとで私がこの場を離れようとしたときにも。やっぱり貴女は、同じようにその不思議な能力の使い方をしていたわ。だから私、確信することが出来たの。私の感じた違和感には、意味があるってこと。貴女の能力には、『重大な弱点』があるってことをね」

「は、はい⁉ そ、そんなもの、あるわけが……!」

「ねー? さっきからあんた、何言ってるのー? 言い方がもったいぶってて、ムカつくんだけどー?」

 イラつきを隠さない小鳩に、今度はマリーが煽り気味に答える。

「あら? 私が今、何を言ってるか分からないの? ふふ。貴女のこと、もう少し賢い子だと思ってたけど……どうやら、そうでもなかったみたいね」

「あぁ⁉」

 小鳩はそれを聞いて、顔に血管を浮き上がらせてマリーを睨みつける。しかし、マリーはやはり、それも意に介さない。小鳩とは目線をあわせずに、マイペースにこう続けた。

「私は優しいから、わざわざ貴女たちに教えてあげているのよ。……貴女たちの、敗因をね」


「は、はぁぁぁーっ⁉」

 マリーの言葉に、小鳩とセーラが同時に声をあげる。

「ば、ばっかじゃないのーっ⁉ 敗因とか、私が負けるとか、そんなのあるわけないじゃんっ!」

「そ、そ、そうよ! ア、アンタ、今の状況わかってないの⁉ アンタのメイドはもうとっくにワタシが倒しちゃって、そこでボロゾーキンみたいになってるのよっ⁉ つまり、メイドに力を与えることしか出来ないアンタの能力じゃ、もうワタシの能力に対抗する手段なんてないし、これからどうやったってアンタがワタシに勝てるはずが……」

 だが、やはりマリーは応えない。瑠衣をかばうように瑠衣と小鳩たちの中間の位置にやってくると、そこでようやく歩き回るのをやめる。そして、やっと小鳩たちと目を合わせ、小馬鹿にするようにほほえみながら言った。

「気づいてないとしたら申し訳ないのだけど……貴女たち、もうとっくに私たちに負けてるのよ? というか、最初から勝ち目なんてなかったのかもしれないわね? うふふ。だって貴女たちって、私と瑠衣に比べたらだいぶ格下というか……ただのザコなんだもの」

「あ、あんたまでこのワタシを、ザコ呼ばわりして……!」

「はぁ、私が瑠衣ちゃんより格下⁉ っざけたこと言ってんじゃねーしっ! セーラちゃん、もういいよっ! こんなやつ、ガラスでもなんでも使って身の程を教えてあげてよっ!」

「い、言われなくても、そのつもりよっ! もう、許さないわよ⁉ 手加減なしの全力で、アンタを切り刻んであげるわ!」

 さっきのように完璧に激昂したセーラは、マリーの方に向けて手を伸ばし、怒りのまま叫んた。

「く、喰らいなさーいっ! 『敵者生……」

 そして、無数のガラスの破片を作り出して、目の前のマリーにぶつけた……はずだった。


 しかし、

「あら、あら……」

 マリーは、無事だった。セーラの能力で作り出したガラスは、マリーの体を八つ裂きにすることはなかった。

 いや……そもそもセーラは、自分の能力を使うことができなかったのだ。


「仕方ないわね。まだ分からないのなら、教えてあげるわ。……さあ、答え合わせクライマックスの時間よ」

 そう言って、マリーはまた妖しく微笑んだ。

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