第43話 時坂杏奈とそれぞれの戦い その二
【登場人物】
ジン=レイ……二十四歳。
クレイグ=クラウヴェル……三十歳。
ジークフリート=クラウヴェル……二十五歳。聖騎士。
ソフィ=フォン=ユールレイン……十四歳。王女。
ラウル=ノア=ザカリア……三十一歳。盗賊。
ヴァングリード……
はぁはぁ。
ジンの息が上がっている。
魔王軍の将軍ベガによるサーベル攻撃を何とか凌ぎ切ったものの、ジンの服はあちこち斬り裂かれ、全身ボロボロだ。
『しつこいね、おっさん』
ベガが口をへの字に曲げる。
ベガは魔王・山本星海と同じ、十七歳だ。
ジンも二十四歳と十分若いし、かなり鍛えてはいるのだが、筋肉の質が違うのか、七歳下のベガの動きに追いつけない。
『あぁもう面倒くさい。いい加減飽きたし、終わりにしちゃっていいかな?』
ベガの闘気が膨れ上がる。
その身体が見る見る内に、巨大化していく。
腕や足の筋肉がメリメリ音を立てて膨らみ、元の倍以上の太さに変わる。
身長百七十センチのしなやかな体型の少年が、身長三メートルのボディビルダーに変身したとでも言ったら良いだろうか。
胸の厚みなど、一メートルを超えている。
だが、顔は十代の、幼い少年のままだ。
ベガが軽く首を回した。
右手を横に出す。
と、その右手が異形のモノに変わった。
ハンマーだ。
右手が黒い、巨大ハンマーへと変貌している。
「な、何ですか、それは……」
『これ? 見ての通り、ハンマー。サーベルで体力チマチマ削るのにも飽きたから、こいつで一気に叩き潰してやるよ。大丈夫、一発で死ねるって』
ベガがニッコリ笑う。
この、身体のパーツ毎の自在な変身能力こそが、ベガの真骨頂なのだろう。
別の生き物に変身する他の将軍たちとは、一線を画している。
ジンはハンマーを見てゾっとした。
打撃面など、直径、一メートルを超えている。
身長三メートルのベガがハンマーを振り上げるということは、四メートルの高さからこの巨大ハンマーが振り下ろされるということだ。
ジンは一撃で、お煎餅のごとく、ペシャンコになるだろう。
ジンは立ち上がって、
そうしながら、聖両剣をチラ見した。
これは神の作りし武器、
人の手で壊せるものでは無い。
ならば、それを信じる!
『じゃ、いっきまーーす!!』
ベガが笑顔で助走してきて、ジンの目の前でジャンプした。
その瞬間、ジンは自分の計算違いを悟った。
高さ四メートルからの打撃どころでは無い。
ジャンプ分が加算され、八メートルの高さからの打撃になっている。
ジンは、凄まじい風切り音を立てて自分に向かって振り下ろされるハンマーから、最後の瞬間まで目を離さず、聖両剣をピッタリと自分の身体に寄せて立てた。
ヒットする瞬間、一気にしゃがみ込む。
ガイーーーーン!
振り下ろされたハンマーが、聖両剣の
『うわあぁぁぁぁぁぁぁあ!!』
聖両剣に跳ね返されたベガが、悲鳴をあげて吹っ飛ぶ。
やはり、ベガの攻撃で聖武器を壊すことは出来なかったようだ。
その機を逃さず、ジンは落ちてくるベガ目掛けて走った。
足が悲鳴を上げるが、必死に我慢する。
落ちながらベガは、元の少年の姿に戻っていく。
「トルネード・スピン!!」
ジンは身体と聖両剣を高速回転させつつ、ベガに向かってジャンプした。
ジンの足が、ビキビキ音を立てる。
聖両剣の乱打が、空中でベガを捉えた。
落下中の無防備な状態で、ベガはジンの無数の乱撃を食らった。
ベガはそのまま吹っ飛び、近くにあった木に叩きつけられ、気を失った。
ジンは、限界を越えて酷使した為に痛めた足を引きずりながら、地面に横たわった ベガの前に立った。
「変身などしなければ、あのままわたしに勝てていただろうに。ともあれ、わたしも限界です。ちょっと休ませてもらいますよ……」
言うなり、ジンも近くの木にもたれかかって、気を失うように眠りについた。
ラウルは、岩陰で少し休憩をしていた。
懐から革袋を出す。
水筒だ。
中身を一気に飲み干すと、空になった袋をその場に投げ捨てた。
ラウルは岩陰からそっと上空を覗き見た。
将軍マルスの変身したドラゴンが悠々と空を舞っている。
「さて、どうしたもんかな……」
姿を現したら、速攻、ドラゴンはマルスに向かって火焔弾を連続して放ってくるだろう。
この足場の悪いガレ場では、いつまでも逃げられない。
といって、隠れ続けるのにも限界がある。
ラウルは腰に差している
逃げながら考えていた策だが、果たして上手くいくかどうか。
「えぇい、ままよ!」
ラウルは岩陰から飛び出し、ドラゴンに向かって走った。
ラウルに気付いたドラゴンが、向きを変える。
ラウルは右手の指先を伸ばし、左手首に付けたタブレットの表面を走らせた。
指の動きに合わせ、タブレットの表面に浮かんだ紋様が複雑に変化する。
「
モヤの
その瞬間、モヤの塊が一斉に煙を撒き散らす。
ドラゴンの視界が一瞬で奪われる。
ラウルは
双小剣は帯状の
ドラゴンは一瞬、身体を震わすものの、思ったほどダメージが無いらしく、そのまま飛び続ける。
だが。
ラウルは伸びる光の帯を握って、グっと引っ張った。
途端に、ラウルは聖双小剣の秘力により、空中に引っ張り上げられた。
光の帯が急速に収縮しているのだ。
ラウルの身体は、あっという間に上空、三十メートルの高空まで運ばれた。
ドラゴンの上を取る。
ドラゴンの目が驚愕の色を
驚きもするだろう。
さっきまで地面を這っていた敵が、一瞬で自分の上に出現したのだから。
ラウルは高空にいる恐怖心をグっと堪え、ドラゴンに向かってニヤっと笑ってみせた。
「ファントムダンス!!」
ラウルは残像を残し、ドラゴンを更なる上空から襲い、斬り付けた。
聖双小剣は二本で一セットだ。
にも関わらず、ラウルが両手に持つ二本だけでなく、光を
グギャアァァァァァァア!!
背中側に回られ反撃が出来ないドラゴンは、ラウルの斬撃をことごとく受け、墜落した。
ガレ場に突っ込んだドラゴンは、ラウルの猛攻撃と、墜落のショックとで気を失った。
姿が徐々に、本来の魔族の身体、マルス将軍へと戻っていく。
「ヤレヤレだ。さて、ここからどう戻ればいいやら。肝心の将軍さまは気を失っちまったし、どうしたもんだろうな……」
ラウルはその場にドカっと座り込み、疲れ顔で空を見上げた。
「時が止まった世界で、どうやってお前の攻撃を避けたか。……それは内緒、と言いたいところだが、なに、隠すほどのことでも無いから教えてやるよ。と言っても、あくまで偶然の産物だから胸を張るような話じゃない」
魔王・山本星海は懐からオーブを出した。
杏奈はオーブを穴の開くほど丁寧に観察した。
球体ガラスの中心で、魔界の炎が揺れている。
オーブから尋常じゃないほど
「
「お、分かるか? そう、こいつは、あれよりももっととんでもないものだよ。昨夜ようやく完成したんだ。さっきも言ったが、これは別の目的用に作ったものだから、女神が時を止めたとき、こっちもビックリしたんだ。こんな使い方もできるんだってな」
「ちょっと! いい加減に白状しなさいよ。それ、何なの?」
杏奈が痺れを切らす。
絶対成功間違い無しの策を破られて、訳が分からなくて不安なのだろう。
星海が肩をすくめる。
「勿体くらい付けさせろって。……なぁ時坂、考えてもみろよ。神の力に対抗するには、神の力しか無いと思わないか?」
「神の力に対抗する? まさか!」
「そう。このオーブは、名付けて『デビルハート』。その名の通り、魔神アークザインの心臓さ!!」
「……あんた、なんでそんなモノを作ったのよ」
星海がニヤリと笑う。
「さっきも言ったぞ、神の力に対抗する為だって。 くらえ! 『絶望の波動』!!」
オーブが禍々しい光を放つ。
途端に杏奈の力が抜けていく。
体力では無い。
精神力でも無い。
だが、急速に、身体から何かの力が抜けていくのが分かる。
「なに、これ?」
杏奈は、たまらず、ひざまづいた。
悪寒がする。
吐き気がこみ上げてくる。
まるで、何かを身体から無理矢理引き剥がされている感じがする。
杏奈は苦しさを
「お前に初めて会ったときからずっと考えていた。お前の無敵防御をどうすれば破れるだろうって。その答えがコレだ!」
オーブから出る禍々しい光が、更に勢いを増す。
「神の力には神の力。大神ガリヤードの力を無効化するには、魔神アークザインの力をぶつけてやればいい。これでお前の無敵防御は消えた。神の奇跡を打ち消してやったぞ! 今のお前は無防備だ、勇者・時坂杏奈! はーっはっは! はーっはっはっは!!」
大広間に、魔王・山本星海の笑い声が高らかに響いた。
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