第42話 時坂杏奈とそれぞれの戦い その一

【登場人物】

時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。勇者。

ジン=レイ……二十四歳。神務官じんむかん聖両剣ダブルセイバーの使い手。

クレイグ=クラウヴェル……三十歳。聖大剣バスターソードの使い手。

ジークフリート=クラウヴェル……二十五歳。聖騎士。聖騎士剣ナイトソードの使い手。

ソフィ=フォン=ユールレイン……十四歳。王女。聖杖ロッドの使い手。

ラウル=ノア=ザカリア……三十一歳。盗賊。聖双小剣ツインダガーの使い手。

ヴァングリード……古代竜エンシェントドラゴン

山本 星海やまもとそら……十七歳。高校二年生。魔王。



『どうしました? 逃げてるだけでは魔王城に戻れませんよ?』


 雪原の上を滑空するソフィの付近の雪に、ボスボス音を立てて八咫烏ヤタガラスと化したフォボスの黒い羽が突き刺さる。

 魔力が込められているのか、羽は着地と同時に爆発する。

 当たればもちろん、無事では済まないだろう。


「そんなこと言ったって、飛ぶの初めてなんですから!」


 ソフィは、魔法大国ユールレインの王女だけあって、幼い頃から魔法の英才教育を受けてきた。

 素質もある。

 その為、そこらの魔法使いに比べたら、その年齢にしては、圧倒的に魔法が上手だ。

 とはいえ、飛翔魔法などという難度の高い魔法はさすがに習っていなかった。


 なぜソフィに、習ってもいない魔法が使えるかというと、それはひとえに、聖杖ロッドのお陰だ。

 今ここでこんな魔法があれば、と頭の中で思い浮かべるだけで、それに対応する様々な魔法の知識が頭の中に浮かんでくる。


 ただ、なにせ初使用の魔法だ。

 魔法を使えるということと、魔法を使いこなせるということは別ということか。


 ソフィは心では高度を取ろうとするも、万が一、高高度から落ちたら、という恐怖心のせいで、いまいち高く飛べないでいる。

 それを見透かされたフォボスに上を取られてこのザマだ。


「えぇい、ならば!」


 ソフィは地上一メートルの高さで飛びながら魔法陣を描いた。

 杖から飛び出た光球たちが、ホーミング弾となって、上空のフォボスに向かう。

 光球は無事、全弾フォボスに着弾し、爆発を起こす。

 煙を吹きながら、八咫烏が飛ぶ。


『やりますねぇ、お姫さま。でも、これで終わりです!』


 フォボスの気が一気に膨らんでいく。

 来る!

 ソフィは飛びながら急いで呪文を唱える。

 間に合うか。


『ニーグラ・テンペスタス(漆黒の嵐)!!』


 フォボスの全身からあふれ出した闇の闘気が、無数の黒羽を纏い、嵐となってソフィを襲う。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 漆黒の嵐がソフィの身体をズタズタに斬り裂く。

 ソフィの身につけていた装備品が、次々と雪原にバラ撒かれる。

 ソフィ自身も、飛行姿勢を維持することが出来ず、たまらず墜落し、林に突っ込む。

 数瞬遅れて、フォボスが変身を解き、雪に着地する。


 太めの木に激突したソフィは、完全に気を失っている。

 当たりどころが悪かったか、右腕があり得ない方向に曲がっている。

 眠っていて幸いだ。

 起きていたら、激痛で悲鳴どころでは無い。


『申し訳ありませんが、トドメを刺させてもらいますよ』


 フォボスが腰にいたサーベルを構える。

 フォボスはサーベルで、ソフィの身体を一気に貫いた。

 その瞬間、気絶していたソフィの身体は霞のように消え、代わりに、真後ろから光の極大ビームがフォボスを襲った。


『なんだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』


 フォボスが木に叩きつけられる。

 たっぷり三十秒ほど放射してから、光は薄れて消えた。

 無防備の背中に食らった聖魔法の影響は大きい。

 フォボスは完全に気を失った。


 そこに、満身創痍まんしんそういのソフィが現れる。


「どうやら幻影に引っ掛かってくれたようですわね。とはいえわたしも、初撃はしっかり食らってしまいましたが。痛みが激しくて、これ以上は無理ですわ」


 漆黒の嵐を食らってすぐ、ソフィは痛みを堪え、飛び散る装備品と一緒に地面に降りた。

 その後、木に叩きつけられたのは、ソフィの出した幻影だ。

 そうして、ようやく後ろを取ったソフィは、油断したフォボスを魔法で攻撃したのだ。


「ちょっと休んだら、帰る方法を探しましょ」


 ソフィはそう呟いて、その場に崩れ落ちた。



「こりゃ、埒が明かねぇな」


 クレイグは広大な砂漠で、剣を支えに立膝になって、息を切らしていた。

 ここまで油断してれば襲い放題なのだが、当のサンドワームも、クレイグから少し離れたところで五十メートルの巨体を砂漠の上にデンと投げ出し、止まっていた。

 実のところ、リゲル将軍も、くたびれ果てていた。


 いくら魔族とはいえ、彼の本来の身長は、百八十センチだ。

 五十メートルの巨体に変身して戦うのは、相当体力が要ると見える。

 しかも、照りつける日差しで高温となった砂に潜って移動しなければならない。


 リゲルが魔王から言い付けられたのは、勇者と魔王を二人きりにすることだ。

 トップ二者の決戦が終わるまで、勇者パーティの面々が魔王城に入るのを阻止すればいい。

 つまりは、時間稼ぎだ。


 そういう意味では、十分な成果を上げてはいるのだが、やはりリゲルとしても、任務を勝利で終わらせたいものではある。

 リゲルは気力を振り絞って、巨体を動かした。

 最初はゆっくりとだが、段々スピードが出てくる。


 あっという間に、クレイグの視界から消える。

 クレイグはリゲルの意図を悟った。

 リゲルは高速体当たりをしようとしている。


 速度百キロ以上出した大型トラックで人を轢いたらどうなるか。

 自明の理だ。


 クレイグは気を高める。

 聖大剣バスターソードを大上段に構える。


 スーハー、スーハー。


 遠くから接近する巨大サンドワームの立てる砂煙が見えてきた。

 見る間に、サンドワームの姿が近づいてくる。

 早い!

 かなりのスピードだ。


 クレイグは息を止めた。

 全身の筋肉が盛り上がる。


えよ、我が剣『快刀乱麻かいとうらんま』!!」


 クレイグは、杏奈に付けてもらった剣の名前を叫んだ。

 剣が、使い手の意を受け、まばゆいほどに白く輝く。

 見る間に、光が何十メートルもの巨大剣と化す。


「ヘヴン・ジャッジメント!!」


 クレイグは気合一閃、迫りくるサンドワームに向かって、聖大剣を振り下ろした。

 光でできた巨大剣が、圧倒的な力でサンドワームを上から叩き潰した。


 膨大な砂煙が収まった後、そこには本来の、魔族の姿に戻ったリゲルが、うつ伏せに倒れて気絶していた。

 クレイグに宣戦布告したときは、クリーニングしたての綺麗な軍服だったのだが、今はあちこち破れてボロボロだ。

 かく言うクレイグも、力を使い果たし、仰向けで大の字になって倒れていた。


「もう、一歩も動けねぇ。つーか眠い。ま、その内誰かが回収してくれんだろ」


 そう言うが早いか、クレイグは大いびきをかいて、そのまま寝てしまった。



 ジークは、無惨にも折れたメインマストにもたれて、息を整えていた。

 船はボロボロだ。

 いつ沈んでもおかしくない。

 少なくとも、もう自力航行はあきらめたほうがいいだろう。


 船の周りを、全長四十メートルの水蛇が悠々と泳いでいる。

 スピカ将軍だ。


 水蛇は遠くから水刃を放ってくる。

 ジークも近づいてきたときを狙って、気刃を飛ばす。

 が、やはりどちらも決定打にはなっていない。

 どちらにとっても手詰まりな状態だ。


 業を煮やした水蛇が、正面から突っ込んできた。

 船に体当たりする。

 踏ん張り切れなかったジークは、甲板をゴロゴロ転がった。

 ジークの付近に防御壁になりそうなものが無くなった。


 水蛇は、その機を逃さなかった。

 一旦いったん、凄い勢いで遠ざかるも、猛スピードでUターンして、戻ってくる。


 ジークは足に力を込めた。

 矢が放たれる直前、ギリギリまで絞ったつるのように、力を蓄える。

 聖騎士剣ナイトソードをシールドの内側にしまう。

 居合の型を取って待ち受ける。


「いきますよ、『紫電一閃しでんいっせん』。気合を入れなさいよ」


 聖騎士剣が、おう、とばかりに、光を放つ。


 十分スピードが乗った水蛇が飛んだ。

 回転しながらジークに向かって飛んでくる。

 まるでトルネードだ。

 水をまとっているので、とんでもない大きさのトルネードとなって、水蛇が突っ込んでくる。


 ジークと水蛇の姿が重なる刹那、ジークは神速で剣を抜き放ちながら、直上に五メートルも飛んだ。

 アゴにアッパーで剣撃けんげきを受けた水蛇の身体が、まるで打ち上げられた魚のように、甲板に投げ出される。


 ジークは落下しながら、水蛇の身体に重い一撃を叩きつけた。

 強烈な剣撃による痛みのせいか、水蛇が甲板上でのたうち回る。


 ジークは再び足に力を込めた。

 足の筋肉が盛り上がる。

 ジークの武器は足だ。

 その俊足は、聖騎士剣から流れ込む力を得て、神速へと進化する。


「ライトニング・スラッシュ!!」


 と、ジークの姿が消えた。

 水蛇の横にいきなり現れ、剣撃を与えてまた消える。

 消えては現れ、現れては消えて、雷のような剣光を残し、ジークは水蛇の身体を滅多斬りにした。


 何分経ったろうか。

 いつの間にか、水蛇は消え去り、そこには紫色の髪をした若い魔族がうつ伏せに倒れていた。

 魔王軍の将軍、スピカだ。


 横たわった身体が、かすかに上下する。

 息をしている。

 かろうじて生きているようだ。

 だが、余程激しいダメージを負ったのか、白目をいている。


 ジークはよろけて、甲板の上に尻餅をついた。

 そのまま、折れたマストにもたれかかる。

 限界を越えて酷使した為か、その足がプルプル震えている。


「回収を待ってますよ、杏奈さま……」


 つぶやいて、ジークは目をつむった。

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