第41話 時坂杏奈と魔王城決戦 その二

【登場人物】

時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。勇者。

ジン=レイ……二十四歳。神務官じんむかん聖両剣ダブルセイバーの使い手。

クレイグ=クラウヴェル……三十歳。聖大剣バスターソードの使い手。

ジークフリート=クラウヴェル……二十五歳。聖騎士。聖騎士剣ナイトソードの使い手。

ソフィ=フォン=ユールレイン……十四歳。王女。聖杖ロッドの使い手。

ラウル=ノア=ザカリア……三十一歳。盗賊。聖双小剣ツインダガーの使い手。

ヴァングリード……古代竜エンシェントドラゴン

山本 星海やまもとそら……十七歳。高校二年生。魔王。



「どっせーーい!!」


 クレイグは、ジャンプしながら空中で聖大剣バスターソードを振り回し、力任せに地面に剣を叩きつけた。

 砂の上を衝撃波が高速で走っていく。


 砂漠の上を走っていた巨大なサンドワームが衝撃波を避けて地面に潜り込む。

 このサンドワームは、魔王直属大隊・第四軍将軍、リゲル=アークシャーの変化へんげした姿だ。


「ちっくしょう。ソフィ嬢のお陰でスタミナが長持ちするとはいえ、こんな戦い、いつまでも続けられるもんじゃねぇぞ。早くみんなと合流しねぇと……」


 クレイグは、冒険者としては最上級の白金級プラチナ級ではあるが、さすがにここまで大きい魔物と単独で戦うのは初めてだ。

 全長五十メートルはあるだろう。


 地上に出てきたときは攻撃できるが、サンドワームにとっても攻撃の機会となっているようで、無数の爆撃弾を放ってくる。

 それを避けながらの攻撃となるので、なかなかダメージを与えられない。

 焦りを抱えながら、クレイグは砂の上を走ってサンドワームを追いかけた。



 一方、弟のジークは、海に浮かぶ船の上にいた。

 船自体は、足場としてはそれほど大きくない。

 観光船のようで、全長はせいぜい三十メートルといったところだ。

 その周りを、四十メートル超えの巨大な水蛇が泳いでいる。

 この水蛇に化けているのが、魔王直属大隊・第二軍将軍、スピカ=ランドだ。


 船に並走しながら、水で出来た刃を飛ばしてくる。

 斬れ味鋭い水刃のせいで、観光船の甲板は、すでにボロボロだ。

 敵が水上にいるので、ジークが攻撃するには、気刃を飛ばすしかない。

 あとは、接近してきたときに一撃を浴びせるか。


 ジークの聖騎士剣ナイトソードは盾付きなので、船の甲板がまっさらになってもダメージを負うことはないが、いつまでも消耗戦を続けるわけにもいかない。

 早く合流しなくては。

 ジークは焦りを抑え、物陰から攻撃の機会を待った。



 ジンは、草原にいた。

 ワルダラットの筆頭神務官として勇名を馳せるジンではあるが、かなり苦戦していた。

 戦うは、魔王直属大隊・第三軍将軍、ベガ=シューベル。

 ベガは少年の姿のままだ。

 他の将軍と違って変身をしていない。


 ただ、とにかく動きが早かった。

 神速のサーベルで斬り込んでくるベガの動きに翻弄ほんろうされ、ジンは先ほどから防戦一方だ。

 何とか聖両剣ダブルセイバーの高速回転で致命傷を防いではいるものの、既に服はズタボロだ。

 対してベガは、余裕たっぷりときている。

 ジンは聖両剣の回転速度を徐々に上げながら、ベガのきをうかがった。



 ラウルは、ガレ場を走っていた。

 ラウルは先ほどから大汗をかいていた。

 原因としては勿論、上空を舞うドラゴンがラウルに向かってひっきりなしに放つ火焔弾が挙げられる。

 足場が悪いので、避けるのに一苦労だ。


 だが、それにしても暑い。

 ラウルは火焔弾を避けるべく飛び込んだ岩場で妙なことに気付いた。

 地面が異様に熱い。


 空は翳っているので、太陽の輻射熱では無い。

 と、ラウルの目に、割と近くで、いきなり灼熱の塊が天高く噴き上がる光景が写った。


 ラウルは暑さとは対象的に、背筋が凍るのを感じた。

 ようやく気付いた。


 ここは、火山なのだ。

 しかも、上空のドラゴンが放つ火焔弾が地面に当たると、それに触発され、そこかしこで溶岩が噴き出す仕掛けとなっている。


められた……」


 ラウルの上空をドラゴンが悠々と飛ぶ。

 その実体は、魔王親衛隊隊長のマルス=ヘイゼルだ。

 ラウルは自身の圧倒的不利を自覚し、歯噛みした。



 ギィィィィィィ。


 杏奈は門を開いた。

 中に入る。


 そこは大広間だった。

 幅はともかく、広すぎて、奥の壁の位置が分からない。

 奥に人の気配を感じるものの、目が悪い杏奈には、ボヤけがひどく、豆粒ほどにも見えない。


 杏奈は、右肩に止まっている小竜ヴァンに目で合図をする。

 意を得たりとばかりに、ヴァンは杏奈の肩から飛び立ち、上空へと向かった。


 それを見届けてから、杏奈は周囲を確認しつつ、ゆっくり前へと進んだ。


 魔法によるものなのか、空中に幾つもシャンデリアが浮かんでいるので採光は充分なのだが、とにかく天井が高かった。


 ヴァンには上空での待機を命じたが、天井が高い上に、そこかしこに浮かぶシャンデリアに視界を妨げられて、すでに杏奈にはヴァンの位置が目視確認出来なくなっている。


「よく来たな、時坂!」


 部屋の奥から声が掛かる。

 魔王・山本星海の声だ。

 だがまだ杏奈には、奥の玉座に座る人物がボヤけている。

 人かどうかさえ判別できない。

 

 杏奈は止まらず歩いた。


「お前と初めて会ってから、もう四ヶ月か。随分待ったぞ、この直接対決のときを」


 杏奈は歩みを止めない。


「よりにもよって、同郷の人間が相手とはおかしなものだが、かえってその方がいいのかも……近い近い近い近い!!」


 星海が玉座で慌ててのけぞる。

 杏奈は星海の目の前、二メートルのところまで寄ってきていた。


「あぁ、間違いなく山本星海、アンタのようね。お待たせしちゃったかしら」


 平然と言い放つ杏奈に対し、星海は呆れ顔を返す。


「ひょっとして時坂、お前、目、かなり悪いのか?」

「まぁね、伊達に『パンダ』のあだ名で呼ばれちゃいないわ」


 杏奈は掛けていたメガネを外してみせた。

 幼い頃からメガネを着用してきた者特有の、目の周りだけ白いメガネけが、クッキリできている。


「それ、度が合ってないんじゃないか? いっそコンタクトに替えるってのは? 不便だろうに」

「これ以上、レンズが厚くなっても困るし、コンタクトは、なんか怖いからイヤなの!」  

「出たよ、コンタクト否定論者の常套句じゅうとうく。せっかくアドバイスしてやってるのに、オマエらはいつもそうやって……」


 その瞬間、時が止まった。


『杏奈さん、こんなクライマックスの場面で喚び出して、いったい何の用ですか?』


 女神ユーレリアが杏奈の真後ろに現れる。

 杏奈は、両手で耳を左右に引っ張り、あかんべえをしていた。

 杏奈が女神ユーレリアを内密に喚ぶときのポーズだ。


「特に用事は無いわ。あなたの力をちょっと借りたかっただけよ」


 杏奈は出現した女神ユーレリアを一瞥いちべつだにせず、左手首を振って、スリングショットをセットした。

 そのまま杏奈は、流れるような動きで、一袋百発分、鉄球を星海に向けて撃ちまくった。

 鉄球は杏奈から一メートルほど離れた空中で、一斉に停止する。

 魔王・山本星海までたった一メートルの距離だ。


 神々が出現するとき、往々にして時が止まる。

 混乱を望まぬ神が、一般人との直接対話を避ける為だ。

 その為、杏奈と女神ユーレリアが会話するときは、えてして時が止まる仕様となっていた。

 杏奈はそれを利用したのだ。


『杏奈さん、まさかあなた、わたしを利用したんですか?』


 杏奈は振り返って、ユーレリアにウィンクを返す。


「魔王がこの鉄球に気付いて防御壁を張るのに何秒掛かる? 気付いたときには全弾当たってるでしょ。しかも上、見て」


 ユーレリアは上を見た。

 上空に炎の塊が見える。


「ヴァンには、わたしがメガネを掛け直したら特大級の火焔弾を放てって指示しておいたの。前からは百発の鉄球。上からはダメ押しの特大火焔弾。これでゲームオーバーよ」

『あなたって人は……』


 ユーレリアは、やれやれという表情を残してスっと消えた。

 時間が戻ってくる。

 杏奈はヴァンの火焔弾の影響を避ける為、両腕で顔をかばいながら、、飛び退すさった。

 爆風が勢いよく、杏奈の身体を叩きつける。


 ようやく煙が晴れたとき、魔王の姿は、玉座に無かった。


「ありゃ? どこ行った?」


 杏奈が玉座に近づく。

 玉座は、めり込んだ鉄球と火焔弾による焼け焦げでひどい有様だ。


「相変わらず卑怯だな、時坂。どっちが魔王だか分かったもんじゃねぇや」


 杏奈の真後ろから声が掛かる。

 その声に、杏奈が慌てて振り返る。

 そこに、星海が平然とした表情で立っていた。

 傷ひとつ負っていない。


「……あんた、どうやって避けたの?」


 杏奈の緊迫した表情と対象的に、魔王・山本星海は余裕の表情で笑った。

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