第40話 時坂杏奈と魔王城決戦 その一

【登場人物】

時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。勇者。

ジン=レイ……二十四歳。神務官じんむかん聖両剣ダブルセイバーの使い手。

クレイグ=クラウヴェル……三十歳。聖大剣バスターソードの使い手。

ジークフリート=クラウヴェル……二十五歳。聖騎士。聖騎士剣ナイトソードの使い手。

ソフィ=フォン=ユールレイン……十四歳。王女。聖杖ロッドの使い手。

ラウル=ノア=ザカリア……三十一歳。盗賊。聖双小剣ツインダガーの使い手。

ヴァングリード……古代竜エンシェントドラゴン

山本 星海やまもとそら……十七歳。高校二年生。魔王。



 走る。走る。

 杏奈の乗ったパルフェ『ピーちゃん』を先頭に、聖武器の使い手たちの乗ったパルフェが続く。

 総勢六騎。

 道は一直線だ。


 他の面々同様パルフェを走らせる盗賊ラウルが、今朝出発してからずっと、鳩のような鳥を飛ばしている。


 放っては戻り、放っては戻りで、何羽いるのか分からないが、しきりにどこかと連絡を取っているようだ。


 やがて前方に湖が見えてきた。

 岸に、高さ五メートルを越えようかという石が、何十本とサークル状に立っているのが見える。

 まるでストーンヘンジだ。

 離れていても、その大きさが分かる。

 サークルの直径は、五十メートルを越えている。


 よく見ると、巨石群の周囲に、十人程度だが人がいる。

 その中の一人が、杏奈たちに向かって手を振った。


 杏奈は、ピーちゃんを走らせながら、隣を走るラウルを見た。

 ラウルが頷く。

 杏奈はパルフェの速度を緩めた。


 程なく一行はサークルに着いた。

 サークルの床は、古びた石畳だ。

 所々欠けている。

 それを横目に見ながら、皆、パルフェから降りた。


 杏奈たちを待ち受けていた集団から一人抜けて、駆け寄ってくる。

 他の者は武器を構えたまま、周囲を警戒している。

 皆、クーフィーヤに似た頭巾を被っている。

 杏奈は、似たような格好をした人をザカリアの町で見たことがあった。

 砂漠の民だ。


 ヒゲ面をした年配の男性が、ラウルに近寄りひざまづく。


「お待ちしておりました、ラウル殿下。ご無事で何よりです」

「久しいな、ロカ。手間を掛ける」

「とんでもございません。我々砂漠の民は、先代王へのご恩義を忘れてはおりません。ラウル殿下の手足として、粉骨砕身ふんこつさいしん働かせていただきます。で、そちらが……」

「そうだ。今代の勇者、時坂杏奈殿だ」


 ラウルに紹介された杏奈が前に出て、右手を差し出す。


「時坂杏奈よ。よろしくね」

「わたしはロカ。砂漠の民エルヴィンの族長です。では早速、状況の説明を」

「頼む。おい、お前たちも!」


 ラウルが皆を呼ぶ。

 巨石群を見物していたジン、クレイグ、ジーク、ソフィが合流する。

 エルヴィンの族長ロカが、近くにあった岩の上に地図を広げた。


「現在地がここ。そこの巨石群が魔王城への転送ポートとなっております。四王国混成軍二千が、ここより東と西、三千クピト先に、千人ずつに分かれて陣取っています」


 一クピトで一メートルといったところだ。ということは、ここから左右それぞれ三キロメートル先に、味方がいるということだ。


「皆さんが転送ポートで移動し次第、ラウル殿下のご指示通り、混成軍がここに集合する手筈てはずとなっております」

「魔王軍はどちらに?」


 ソフィが顔を突っ込む。


「四方からこちらに向かってきております。おそらく、昼過ぎにはここは包囲されるかと。数はおそらく四千。単純に倍です」

「持ち堪えられるの?」

「なぁに、皆さんが魔王を倒せば終わりです。それまでここを守りきればいいだけなので、問題ありません」


 ロカが笑う。

 つられてみんな笑う。

 だが、と杏奈は思う。


 自分が魔王なら、勇者となんか戦わない。

 ゲートなんか、そもそも残さない。

 ゲートを目指してのこのこ乗り込んできた勇者に、魔王軍を全力でぶつけて叩き潰す。

 だって勝敗がつけばいいんであって、魔王が直接戦う必要なんて全く無いんだもの。


 杏奈は、湖の中央辺りの上空を見た。

 宙に浮かぶ魔王城が見える。

 湖には結界が貼られていて、ヒトは岸までしか入れない。

 すぐ目の前に湖があるにも関わらず、入ることは不可能という不思議な現象が起きている。


 つまり、このゲートを通らない限り、絶対に魔王城には入れない。

 にも関わらずゲートを残してるってことは、魔王は喉元まで来て欲しいんだ。

 多少、罠が貼られているにせよ、魔王は勇者との直接対決を望んでいる。



「じゃ、そろそろ行こっか、みんな」


 杏奈と仲間たちは、それぞれの愛鳥を砂漠の民に預け、ストーンサークルの中央に進んだ。

 小竜ヴァンが、杏奈の肩に乗る。


「あ、皆さん、少々お待ちを」


 ソフィは皆を止めると、聖杖ロッドを手に、何やらブツブツつぶやきだした。


「デァ・ベネディクティオ(女神の加護)!」


 ソフィが杖をかざすと同時に、杏奈たちは光に包まれた。

 何やら、気力や体力が身体の奥底から湧き上がってくる気がする。

 テンションが上がり、無性むしょうに走り出したくなる。


「攻撃力と防御力がアップしました。同時に、気力や体力も充実するので、普段よりスタミナも続くはずです。効果は二時間前後。それまでに敵を倒すことを推奨します」

「ありがと、ソフィ。みんな、魔王城では全力で行くわよ。じゃ転送お願い!」


 その声に、皆が顔を見合わせる。


「……あの、杏奈さん? まさかとは思いますけど、ひょっとして転送ポートの起動の仕方、ご存知無いんですか?」


 ジンが恐る恐る杏奈に聞く。

 杏奈が真顔で振り返る。


「え? 誰か知ってる人、いないの?」

「姉ちゃんがやってくれるもんだとばっかり思ってたぜ」


 クレイグが両手を軽く上げて、おちゃらけ顔でお手上げのポーズをする。

 ジークも顔を横に振る。

 杏奈はソフィの方に振り返った。

 ソフィもジーク同様、困惑顔で首を横に振った。


「え? じゃ、どうすんのよ。詰んじゃったじゃないよ」

「トキサカ、アレはどうだ。ジークを喚んだアレ。アレで起動出来ないのか?」


 ラウルの提案に、杏奈は先日の召喚を思い出す。

 アレは適当に勿体もったいつけたポーズを取っただけで、実は考えるだけで召喚できた。

 特に何かをやったわけではない。


 んじゃ例えば……。


 杏奈はその場で右足をそっと上げ、石畳を踏んだ。

 と、杏奈の足元に光が生まれた。

 光は杏奈を起点に、サークル内を勢いよく走り出した。


 石畳の上に、どこかで見た紋様もんようが出来上がっていく。

 床からの光の放射と模様の大きさで分かりにくかったが、杏奈には分かった。

 コックさんだ。

 ジーク召喚のときにコックさんを紋様に使った為、あのデザインが固定されてしまったのだ。


 光の放射で視界が全て白色に染まった。

 次の瞬間、杏奈は、自分の身体がどこかに運ばれるのを感じた。



 光が晴れると、杏奈は広大な芝生の広場に立っていた。

 目の前に魔王城の入り口、観音開きタイプの大扉おおとびらがある。

 高さ十メートル近くありそうな門だ。

 どうやら、ここを開けて入れということらしい。


「誰もいないよ?」


 杏奈の肩に止まったヴァンが周囲を警戒しつつ、小声でささやく。

 杏奈も周りをキョロキョロ見回した。

 敵兵どころか、味方もいない。


「……どうやら転送ポートに細工されてたみたいね」

「どこか別の場所に跳ばされたってこと?」

「多分」


 杏奈は目の前の大扉に近寄り、試しにそっと押してみた。

 意外と抵抗なく開く。


「ま、入ってみましょ」


 杏奈はグっと扉を押し、魔王城の敷地内に入った。



「ここはどこかしら……」


 ソフィは雪山に立っていた。

 魔王城の中に雪山があるとは考えづらい。

 別のところに跳んでしまったのか。


 事故か罠か知らないが、ここにこうして留まっていても始まらない。

 どこか移動するかと動き出したまさにその時、ソフィは上空から浴びせられる敵意を感じ、慌てて武器を構えた。


 上空からゆっくり、軍服を着た黒髪ロングの美形が降りてくる。

 微かな笑みを浮かべているが、魔族だ。

 黒いマントがひるがえる。

 若さのわりには格好が偉そうだ。


『ようこそ、魔界へ。ユールレインのソフィ姫ですね? わたしは魔王直属大隊・第一軍将軍、フォボス=イーヴルと申します。以後お見知りおきを』


 ソフィが目を細める。


「それはどうもご丁寧にありがとうございます。ご丁寧ついでに教えて下さるかしら。ここはどこです? 聞き間違いで無ければ、あなた今ここを魔界だとおっしゃってませんでした?」

『ここはディーバラン山。魔界の山です。姫は、魔王城への転送ポートに仕掛けた罠によって、ここに跳ばされました。お仲間も、同じように魔界の各地に出現してますよ、ご心配なく』

「……やってくれますわね。ということは、魔王城に辿り着いた人は、いなかったんですの?」

『そうやって、さりげなく探ろうとしなくてもいいですよ。知りたいことは全部教えて差し上げますから』


 フォボスが薄く笑う。

 その、上から目線の物言いが癪に障ったか、ソフィの目が怒りに燃える。


『魔王城に辿り着いたのは、勇者殿と小竜殿のみですね。魔王さまが勇者殿との一対一の戦いをお望みとのことでしたので、勇者殿のみ案内しました。小竜殿は余計でしたが』

「それ以外は、こうして魔界の各地に跳ばされてるってわけですか……」


 ソフィがフォボスに向けた聖杖が光を帯びる。


「では、あなたを倒せば魔王城に戻れるという認識でよろしくて?」

『さぁ、どうでしょう。試してみては?』


 見る間にフォボスから黒いモヤがにじみ出す。

 白い雪の上に、黒いモヤが現れ、そこに綺麗なコントラストを生み出す。


 やがてモヤが消えたとき、そこに三本足のカラスの姿があった。

 ただしサイズが大きい。

 身長五メートルはあるだろうか。

 ということは、翼を広げたら、どれくらいになるのか。


 もし杏奈がここにいたら、八咫烏ヤタガラスと言っただろう。

 禍々しい気が、ソフィの顔に叩きつけられる。


 八咫烏がゆっくり羽ばたき、宙に浮く。

 見ただけで強いと分かる。


「一筋縄では行かなそうですわね……」


 ソフィが呟く。


『では、始めましょうか』


 フォボスの化けた八咫烏が、高空から猛スピードでソフィに襲いかかってきた。

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