第34話 時坂杏奈とブラック=モース
【登場人物】
ヴァングリード……
ラウル=ヴァーミリオン……三十一歳。盗賊。ザカリアの王太子。
ピーちゃん……巨大ヒヨコ。パルフェという、馬に並ぶポピュラーな乗り物。
「だーかーらーー。
杏奈は、何も無い空を見ながらそっとため息をついた。
『頼もう! 頼もう!』
最後の四天王の待つオルコットの塔まであと少しといったところで、杏奈、ラウル、ヴァンは休憩をとろうと準備をしていた。
夜、塔の中が寝静まった辺りの時刻に夜闇に紛れて潜入し、ドサクサに紛れて
その前にちょっとした腹ごしらえをする予定で、ちょうどあった川辺で荷物を開いたところだった。
身長はラウルとさほど変わらぬ、ニメートル程度。年齢は二十代後半といったところか。
引き締まった身体をした全身黒づくめの魔族が、何やら紙包みを持って立っている。
そして、背中に刺した長剣。
だが、いきなり襲い掛かってくるでもなく、自然体でそこに立っている。
攻撃の意思は感じない。
『勇者どのとお見受けするが、いかに』
意図が読めず、杏奈とラウルが目を合わせる。
「そうですけど、どなた?」
杏奈が返す。
当たっていてホッとしたのか、魔族が笑みを浮かべる。
そうして見ると、思った以上に若いのかもしれない。
『わたしは、ブラック=モース。この先のオルコットの塔で四天王をやっている者です。こちら、つまらないモノですがどうぞ』
持っていた紙包みは、杏奈へのお土産だったようだ。
「わざわざご丁寧に。ありがとうございます」
杏奈は紙包みを受け取った。
困惑しつつも、表面上、笑顔で返す。
まずは様子見だ。
ラウルがそれとなく、腰に刺した
小竜ヴァンも、威嚇の唸り声をあげる。
戦闘体勢に入りつつある二人を、杏奈が横目で止めた。
戦う気があるなら、すでに襲い掛かって来ている。
まずは話を聞いてみよう。
杏奈は手に持っていた白い布を数枚、宙に放った。
空中で布が形を変え、テーブル一台と椅子四脚に早変わりする。
ユールレインの王女、ソフィに貰ったものだ。
魔法大国だけあって、便利なモノがあるものだ。
「どうぞ」
杏奈が魔族に椅子を勧める。
続いて杏奈は、ポットに水とお茶っ葉を入れ、近くにあった岩の上に置いた。
ヴァンにウィンクする。
歯を剥いて威嚇をしていたヴァンは、杏奈に従い、ポットに軽く焔を吹き掛ける。
杏奈はその間に、ピーちゃんの背にくくりつけておいたバッグから、コップを三つと、ブラックに貰った包み紙をテーブルに置いた。
蒸らし終わったお茶をコップに注ぎ、自分とラウル、ブラックの前に置き、包み紙を開く。
中身は焼き菓子だった。
「あら、美味しそう。ちょうどこのお茶に合いそうね。さ、召し上がれ」
『では遠慮なく』
ブラックがお茶を片手に焼き菓子をつまむ。
『あぁ、これは! 確かに合いますね。甘味があってとてもフルーティだ。どこのお茶です?』
「イヴリンって小さな村よ。お花畑で有名なところなんだけど知らないでしょ?」
『花畑の! 行ったことありますよ、花祭り。変装するのは大変でしたけど、行った甲斐がありました。花畑がとても綺麗でした。そうですか、あそこでこんな美味しいお茶が収穫できるんですか』
「あそこでわたし、お財布スラれちゃって、いい思い出は無いんだけど、確かに、これ以上無いくらい綺麗だったわよね。そっか、あなたも行ったことあるのね」
杏奈が途中、横目でチラッとラウルを見た。
ラウルがお茶を飲みながら、さりげなくソッポを向く。
『なんと、お祭りの会場に泥棒が? そいつは許せませんね。わたしがそこにいたら、叩き切ってやったのに。ん? どうしました? 気管にでも入りましたか?』
先ほどからゲホゲホやり出したラウルをブラックが気遣う。
どうにも立場が逆だ。
「で、御用の向きは? ただお茶しに来たんじゃないんでしょ?」
杏奈は空になったブラックのコップにお茶のおかわりを注いだ。
『実は、親友のユベロスにあなたのことを聞きまして。ティアズの塔の四天王。覚えてませんか?』
「あぁ、妻帯者の! 覚えてる、覚えてる。元気してる?」
『えぇ、息子さんの運動会にも無事出席できたって、喜んでいました』
「そうだったわね。で? 彼がどうかしたの?」
『彼から、勇者どのの話を聞きました。わたしも彼同様、この度の戦には反対している立場でして、勇者どのに今後のことについてご相談を、と思いまして』
「お前ら、ザカリアを襲っておいて、どの口でそんなことホザいてやがるんだ!」
ラウルがブラックの胸ぐらを掴む。
ブラックは掴まれたまま、俯く。
『それに関しては、返す言葉もありません。ただ一つ、言い訳をさせて貰えれば、あれは我が塔の者たちでは無いのです』
「どういうこと?」
杏奈がブラックからそっとラウルを引き剥がす。
『戦に出ているのは、魔王さま直属の部隊です。実体は、我々にも分かりません。でも、同じ魔族が関わっていることは否定しません。本当に申し訳ない!』
「ブラック……さんも、戦争には反対なのね?」
『えぇ。ほとんどの魔族が戦争には反対です。誰も今更、領土の拡張とか考えてなどいません。ただ……』
「ただ?」
『給料が貰えないと困るので、それはそれとして、極力犠牲の出ない方向でお仕事をさせて欲しいと思いまして』
「言いたいことがよく分かんないんだけど?」
『勇者どのは、護魔球を破壊なさりたいのでしょう? ですからここに持ってきました。一騎打ちにて勝敗を決して、その結果にオーブを
ブラックが懐から水晶球を出す。
内側に灯る暗闇が揺れる。
本物だ。
杏奈が怪訝な顔をする。
「ブラックさんは護魔球を守る立場でしょ? だったらずっと隠しておけばいいじゃない。わざわざ敵の目に晒してどうすんのよ」
『まぁ、そうでしょうね。確かにわたしにとってのメリットはありません』
「ならなんで?」
『実はわたし、こう見えて、魔界で道場を開いている武芸者でして。腕を試したいのです。勇者どのの仲間であれば、さぞかしツワモノが集まっていることでしょう。その中の、一番の剣士と戦わせていただけませんか?』
杏奈がラウルを見る。
ラウルがふるふる顔を振る。
「うちで一番の剣士と言ったら、ジークかなぁ。でもここにいないし。ラウルで良くない?」
『え? 盗賊ですよね? 本職で無い方はちょっと……』
「なんだとこら! 上等だ! 構えろ!!」
「落ち着きなさい、ラウル。でもいないものはいないし、どうしたら……。そうだ!」
杏奈はいきなり、あかんべぇをしつつ、自分の両耳を引っ張った。
と、時が止まった。
『赤ちゃんでもあやしてるんですか?』
杏奈が振り返る。
女神ユーレリアがそこに立っていた。
「あぁ、来た来た。いらっしゃい。お茶淹れよっか。飲むでしょ? そこ座って」
杏奈がユーレリアに空いた席を勧める。
『すみません。では一杯だけ。で、さっきの何ですか?』
「ブロックサインってやつ。どうせ見てるだろうからってやってみたんだけど、分かってくれたじゃん」
『……もうちょっと分かりやすいのは無かったんですか?』
「さ、どうぞ。熱いから気をつけてね。お菓子もどうぞ」
『ありがとうございます。……あらほんと、美味しい』
ユーレリアが、杏奈が勧めてくれたお茶とお菓子を口にする。
途端にユーレリアの顔が笑顔に変わる。
どうやら気に入ったらしい。
「でしょ? 異世界通販とかあれば、地球に戻ってからもお取り寄せするのにな。まぁいいわ。わざわざ呼び出したのは、聖武器の使い手の喚び出し方を教えて貰いたかったからなの。あるんでしょ? そういうの」
『なんだ、そんなことですか。特にポーズとか魔法陣とかは必要無いですよ? 杏奈さんが思うだけで、どこからでも召喚出来ます。武器だけの召喚も可能です。ただまぁ、多少勿体つけた召喚をした方が、勇者の奇跡っぽく見えていいとは思いますけど』
お茶を飲み終えたユーレリアが立ち上がり、手を軽く叩いて、指先についたお菓子の粉を払う。
「なーるほどね。ありがと、やってみる。あぁそうそう、この前はありがとね」
『何の話です?』
「いや、なんのって、都庁での話」
『何のことやら。そろそろ行きます。お茶、美味しかったです。ではまた』
はぁ、しらばっくれると。
そう、そういうスタンスなのね。
杏奈はメガネの奥で、目を細くした。
「そういえばあのとき、とんでもないことを発見しちゃったのよ。あいつがさ、あれ? あー、ど忘れしちゃった。あいつ、あの忍者ロボ、なんて名前だっけ」
『アーカノイド?』
「……アーカノイドっていうんだ、あの忍者ロボ」
『……』
ユーレリアの動きが固まる。
失言を何とか誤魔化そうとするも、何も思い付かなかったようで、一瞬の間の後、ユーレリアは消えた。
時間が戻ってくる。
「ブラックさん、うちの一番の使い手を喚ぶわ。それであなたが負けたら護魔球を割らせてもらう。それでいいのよね?」
『えぇ、えぇ、それでお願いします。あぁ、楽しみだなぁ』
ブラックがソワソワし出す。
ラウルはそんなブラックを見て、ソッポを向く。
「召喚!!」
杏奈は左の手のひらを開いて前に突き出した。
待ったの形だ。
次に、右手の人差し指を立て、目の前の空間に大きく円を描く。
人差し指の軌跡が金色に光って宙に残る。
そこで杏奈の動きが止まった。
どうしよう、魔法陣なんて知らないし。
杏奈はチラっとギャラリーを見た。
勇者の奇跡が見れるとでも思っているのか、一挙手一投足が注目されている。
絵描き歌並みにスラスラ描いたら、それっぽくカッコよく見えるかもしれない。
そうだ、アレだ!
杏奈は円の中に、とある模様を描いた。
権利関係で訴えられなさそうな模様を。
コックさんを。
「いでよ、我がしもべ、
ででんでんででん。ででんでんででん。
空から光が降ってくる。
そしてその光の中に、片膝立ちをしたジークがいた。
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