第33話 時坂杏奈とザカリア城

【登場人物】

時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。勇者。多重人格者。

ヴァングリード……古代竜エンシェントドラゴン

ラウル=ヴァーミリオン……三十一歳。盗賊。

ピーちゃん……巨大ヒヨコ。パルフェという、馬に並ぶポピュラーな乗り物。



「多重人格者と言われても、覚えてないのよ、あのときのことは。だから再現するのも不可能ね。でも、面白いわよね、怒りで別人格が生まれて無双するって。……って無い無い、そんなの無いってば。何かの見間違いでしょ」


 杏奈は何も無い空を見ながら、内心、ドキドキしていた。



「燃えてる……」


 遥か前方にザカリア王国が見えてきた。

 トーチョーの塔から真っ直ぐ王都に来たので、もうすっかり暗くなっている。

 謎の忍者ロボとの戦闘で、三人とも、心底疲れ果てている。

 やっと休めると思ったのに、町のあちこちで火の手が上がっている。


 ラウルの顔色が変わる。

 杏奈も息を飲んだ。


「急ぐぞ、トキサカ!」


 ラウルが馬にムチを入れた。

 杏奈もラウルに置いていかれないよう、ピーちゃんを急がせる。

 小竜ヴァンが、ピーちゃんの鞍の上で振り向く。

 杏奈と目で会話する。

 ヴァンは小さく頷くと、ピーちゃんの上から飛び立った。


 城下町に入ると、町の至るところで戦闘が行われていた。

 羽の生えた魔族が飛び回っている。

 杏奈はピーちゃんに乗ったまま、スリングショットを撃ちまくった。

 立てこもって戦っている町の人もまだいるようだが、大勢は既に決しているようだ。

 すなわち、町の陥落かんらくだ。


 だが、それでも生き残れる人が一人でもいればと、杏奈は魔族を見つけ次第、スリングショットで撃破していった。

 そうしながら、王城を目指す。

 人間、魔族、両方の死体を乗り越えつつ、王宮前広場に辿り着いた。


 そこは、乱戦の真っ最中だった。

 身長二メートルのオークの群れが、棍棒を振るって城門を突破しようとするも、騎士たちの必死の抵抗で、思うように進んでいない。


火遁かとん!!」


 馬から飛び降りながら、ラウルが左手首に装着したタブレットをスラッシュする。

 と、赤色に輝く、カード型のホログラムが飛び出る。

 オークに当たると同時に、火焔の壁が出来て敵を包む。


「ラウルさま!!」


 騎士たちの中から、歓喜の声が上がる。


「ラウル……さま?」

「トキサカ、こっちだ!」


 城門の脇に設置された通用門を開けて貰ったようで、ラウルがそこから杏奈を呼ぶ。

 杏奈は城壁をチラリと一瞥してから、騎士たちの護る通用門を潜った。


 城壁に人がいなかった。

 地を這う魔物は城門を閉じて防げただろうが、空を飛べる魔族が中に侵入していないはずがない。

 であれば、中の騎士たちもそれほど生き残っていないだろう。

 最悪を考えて行動すべきだ。


 中は中で、騎士たちと魔族の戦闘が行われていた。

 空から襲いかかる魔族に対して、騎士たちがボウガンで迎撃する。

 どう見ても、魔族の方が数が多い。

 あと十分遅かったら、全滅していたかもしれない。

 杏奈は走りながら、必殺の気を込め、スリングショットを撃ちまくった。


「ラウルさま!」


 杏奈のお陰で魔族が消失して余裕が出来たのか、騎士たちが寄ってくる。

 杏奈も忍者ロボとの戦闘による疲労でひどい顔をしているが、騎士たちも疲れ切ったひどい顔をしている。


「お前ら無事か! 襲撃があったのはいつだ」

「王城にヤツらが来たのは昼くらいでした。町への襲撃は昨夜だったので、そちらは既に陥落したかと。迎撃に向かった騎士たちも帰って来ませんし」

「あぁ、ひどい有様だった。後で、生存者救出用に軍を派遣してやろう。で、ユリウスはどこだ。中か?」

「陛下のご無事は確認出来ていません。だが、中には親衛隊がいるはずなので、籠城していてくれればまだ無事かと」

「そうか、分かった。オレは勇者と中へ行く。お前らは、他の騎士たちのフォローに回ってくれ」

「承知しました!」


 騎士たちがラウルに最敬礼をする。


「ラウル、後で詳しく話して貰うわよ」

「生きていられたらな」


 と、杏奈がいきなり立ち止まった。

 その目が、離れにある塔を見つめる。

 ラウルがそれに気付き、振り返る。


「どうした、トキサカ」

「あの塔、あれ、何?」

「何って……あれは亡くなった先代のザカリア王の居住区だ。今の王に王位を譲ってからあそこでしばらく隠居生活を送っていたんだ。亡くなって久しい。長らく誰も入っていないはずだぞ。」

「……わたし、あそこに行ってくる」

「はぁ? おい、何言ってるんだ。この先、王の間には敵がいるんだぞ?」

「少しの間もたせてよ。用が終わり次第、駆けつけるから」

「……まさか、アレがあるのか? あんなところに」


 杏奈が黙って頷く。


「分かった。だが、そう長くはもたんぞ。待ってるからな!」


 ラウルは王宮の中へ。

 杏奈は、離れの塔に向かった。



「ユリウス! ユリウス、無事か!!」

「兄さん、こっちに来ちゃいけない! 逃げてくれ!」


 王の間の中央に、直径十メートル程の結界が出来ていた。

 その中にいるのは、王と側近の騎士数人、それと王宮魔道士が数人。

 天井に貼られた明かり取り用のガラスは、ことごとく割れ、星空が覗いている。

 広間の調度品もボロボロだ。


 結界の中にいるのは、若い王だった。

 見た感じ、杏奈より若い。

 それが、ラウルに向かって叫んでいる。


 その周囲に魔族が集まり、結界を攻撃している。

 その度に、結界が赤い光を放つのだが、かろうじて破られていない。

 ただ、魔道士の疲れ具合から見るに、いつ結界が破られてもおかしくない気がする。

 部下に結界の攻撃を任せ、一歩後ろからその様子を眺めていた一際大きな魔族が、ラウルの方を振り返る。


『何者だ。騎士でも無さそうだが、わざわざ死ににきたのか?』


 ラウルが息を飲む。

 大きい。

 身長五メートルはありそうだ。

 腕の太さなど、ラウルの胴回りを越えている。


火遁かとん!!」


 ラウルが反射的に放った術も、腕の一振りで払われる。

 そのまま急接近してきた魔族のパンチで、ラウルは壁際まで吹っ飛ばされた。


「がっ!!」


 受け身は取ったが、ダメージが消し切れない。

 背中の痛みで息が上手くできない。


「兄さん、逃げて!」


 結界の中から若き王が叫ぶ。

 余裕の表情の巨大魔族がラウルにゆっくり迫る。

 ラウルが懐からダガーを取り出す。

 どこまでダメージを与えられるか分からないが、最後まで抵抗してやる。

 ラウルはヨロヨロと立ち上がり、ダガーを構えた。


 その時だ。


「ラウル=ヴァーミリオン! 世界を護る気はあるか!!」


 いきなり、王の間に声が響き渡った。

 杏奈の声だ。

 魔族のみならず、結界の中にいる者たちも、どこからの声かと辺りを見回す。


「……ある! オレもこの国を、世界を護りたい! 人々を護りたい!!」


 ラウルが叫ぶ。


「ならば、あなたをこのわたし、勇者・時坂杏奈のパーティメンバーとして正式にスカウトします! そのあかしを受け取りなさい!!」


 ヒュンヒュンヒュンヒュン、カツーーン!!


 ラウルの目の前の床に、白く淡く光るダガーが二本、突き刺さる。

 ラウルはダガーの飛んできた方向、空を見上げた。

 そこに、星空を背景にホバリングする小竜ヴァンと、それに乗る杏奈がいた。


 ラウルが床に刺さった二本のダガーを引き抜く。

 聖双小剣ツインダガーだ。

 ラウルを主人と認めたのか、手に取った瞬間、ダガーがまばゆい光を放った。


 ラウルはダガーを握りしめると、巨大魔族に向かって走った。

 ジャンプして斬りつける。

 巨大魔族の爪が伸びて、剣を受け止める。

 結界破壊を行っていた魔族たちも、ラウルを先に倒すべく向かってくる。


 ラウルは空中でバク転をすると、ダガーを二本とも巨大魔族に向かって投げた。

 ダガーの軌跡が白い光の帯に変わる。

 ラウルは光の帯を握って振り回す。

 ダガーがラウルの手の動きに合わせて、ムチのように、広間の中を縦横無尽に飛び回る。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉお!!」


 光の帯にも当たり判定があるようで、それに当たった手下魔族が瞬時に斬り裂かれる。


「ライジングストーム!!」


 ツインダガーが、空をジグザグに飛ぶ。

 慣性の法則を無視した、本来あり得ない動きだ。

 加速度的にスピードが上がり、遂には目で追えないほど早くなった。

 まるで、雷のように、光が飛び交う。


 広間中を激しく飛び回っていた雷が、やがて止んだ。

 ラウルが荒い息をしながら、ゆっくり止まる。

 その手にツインダガーが収まる。


 ラウルは疲れ果てた目で辺りを見回した。

 そこに、立っている魔族は一人もいなかった。



 小竜ヴァンがゆっくり上から降りてくる。

 着地と同時に杏奈がヴァンから飛び降りた。


 パチパチパチパチ。


 杏奈を拍手が出迎える。

 杏奈は予期していたのか、ゆっくり拍手の発生源の方を振り返った。

 ラウルではない。

 結界内の王さまでもない。

 拍手の主は、玉座に座った誰かだ。


 ついさっきまで、そこには誰もいなかった。

 だが今、黒いマントを付けた何者かが、玉座に座っている。


「魔王・山本 星海やまもとそら……」


 杏奈のつぶやきに、広間中の人たちの顔色が変わる。


「見事、見事。あぁ、そこの時坂の手下。ムダだぞ? これは影に過ぎない。本体じゃないから、オレを傷つけることは出来ない」


 密かに聖双小剣を投げようとしていたラウルは、その動きを止める。


「でしょうね。あなたは護聖球が四つ破壊されるまでは、魔王城から出てこれないはずですものね」

「そういうこと。だが、護聖球もワルダラットとザカリアと二つ、すでに割れている。ユールレインも程なく堕ちる。時間の問題だ。そうなりゃ三対三だ。四つめは護聖球と護魔球、どっちが先に割れるかな」

「どっちが先だろうが関係無いわ。どっちにしたって、あなたをぶちのめすことに変わりは無いんだから。それまで魔王城の玉座にでも座って、大人しく震えて待っていなさいよ」

「言うねぇ。そういう啖呵たんか、嫌いじゃないぜ。まぁ、楽しみに待たせて貰うさ。じゃあな」


 そう言うと、モヤを残し、魔王は消えた。

 後には、静寂だけが残った。



「『ラウル=ノア=ザカリア』、それがあなたの本名なのね……。にしても、順当に行けば王さまになれたでしょうに、もったいない」


 そんな杏奈のボヤキに、ラウルが肩をすくめてみせる。


「素質の問題さ。オレは黙々と事務仕事をこなせるような性格してないんだ。そんなものは、真面目で頭の良い弟に任せたほうが上手くいく。周りもそれが分かってたから、オレを出奔しゅっぽんさせてくれた。コイツは中でストレスを溜めこませるより、外で自由にやらせたほうが、国の為になるってな」


 杏奈とラウルは北に向かって進んでいた。

 向かうは最後の四天王の塔、オルコットの塔だ。

 魔王の言っていたことがハッタリで無いのなら、今、魔王城を囲む四王国は、魔王軍の総攻撃を受けているはずだ。


 それぞれの国にいる、聖武器の使い手たちのことが気になる。

 だが、そこは信じて、自分は四つめの護魔球の破壊に専念するしかない。

 魔王より先に最後の護魔球を破壊すれば、魔王は魔王城の護りを固くする為に、各 地に向かわせている軍を引き上げさせざるを得なくなる。


 時間との戦いだ。

 だが、必ずこっちが勝つ。

 杏奈はピーちゃんに乗りながら、遥か前方、まだ見ぬオルコットの塔の方角を見つめた。

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