第32話 時坂杏奈とトーチヨーの塔
【登場人物】
ヴァングリード……
ラウル=ヴァーミリオン……三十一歳。盗賊。
ピーちゃん……巨大ヒヨコ。パルフェという、馬に並ぶポピュラーな乗り物。
「噂の主? いやー、焦ったわよ。よもや、そんなに悪名が高くなっているとは。これじゃ、普通に町を歩けないわ。帽子とサングラスで変装でもしようかしら」
杏奈は何も無い空を見ながら、真剣に変装することを考えた。
「なにあれ……」
「お、見えてきたな。そう、あれがトーチヨーの塔だ」
ラウルの事前説明通り、砂漠の只中にオアシスがある。
まるで、そこだけ別の空間が出現したかのように、木々が生い茂り、ふんだんに水を
そしてその中に建つ、傾いたツインタワー。
だが、あれは……。
杏奈はピーちゃんを急がせた。
黙り込む杏奈を見て何かを感じ取ったか、馬を並走させるラウルも黙り込む。
見る見るうちに、塔が近付いてくる。
巨大だ。
だが、杏奈の知っている塔は、この倍の大きさがあった。
土に埋もれたか、崩れたか、いずれにせよ塔は、本来の半分の高さしか無い。
塔の根元に着いた杏奈は、何かを探すように、ピーちゃんをゆっくり走らせた。
やがて
岩には文字が彫られているが、蔦が邪魔でよく読めない。
杏奈はポーチからナイフを取り出し、蔦を切った。
「……やっぱり」
巨大岩には漢字が彫られていた。
『
「トーキヨー・トーチヨー……」
不意に横から聞こえた声に、杏奈は愕然として振り返った。
ラウルだ。
盗賊ラウルが、しかつめらしい顔で巨大岩を眺めている。
「漢字が読めるの? ラウル、……あんた何者?」
杏奈の向ける疑惑の眼差しに、ラウルはニヤっと笑って返した。
建物の中は瓦礫の山だった。
この風化具合は、十年や二十年じゃ済まない。
どう見ても百年、千年単位の時が経っている。
そしてあちこちに散らばる鉄クズ。
と、突如鉄クズが動き出した。
直径一メートル、厚さ三十センチの円盤に四つ脚が付いている感じは、まるで鉄製のちゃぶ台だ。
周り中、至るところから、鉄製のちゃぶ台が起き出す。
あるモノは四つ脚で歩き、あるモノは浮遊する。
ガードロボだ。
それらが一斉に杏奈たちに向かってきた。
小竜のヴァンが、火焔弾を吐く。
ガードロボに当たって、吹っ飛ばす。
効いているが、いかんせん、数が多い。
杏奈もスリングショットをセットした。
シュート!
鉄球が当たる。
だが、四つ脚に目立ったダメージは無い。
「なんで? そっか、命が無いんだ、この子たち。命が無いから即死攻撃が発生しない。なんて厄介な。ならば!」
杏奈はスリングショットの弾を雷球に替えた。
シュート!
当たった瞬間、雷が発生し、四つ脚を包む。
四つ脚がガクリと崩れ落ち、沈黙する。
杏奈はスリングショットを撃ち続けた。
「
ラウルが手首にはめた長方形の何かをこすると、そこから黄色に輝く、カード型の ホログラムが飛び出た。
それは、四つ脚に当たった瞬間、辺りを巻き込む程の強力な雷撃を発生させた。
杏奈は呆然と立ち尽くした。
そんなこと、あり得ない。
杏奈は見た。
ラウルの左手首に装着されているものを。
どう見てもそれは、スマートフォンだった。
しかも、フリックで術が出る?
剣と魔法の世界でタブレットだなんて……。
探索は骨が折れた。
コンクリート製の階段や通路はあるものの、杏奈の見たことがある都庁とは微妙に差異がある。
まるで、改修でも行われたような……。
と、杏奈は、瓦礫を乗り越え乗り越え入った蔦の生い茂った通路に、朽ちかけた掲示板があるのに気が付いた。
近寄ってみる。
奇跡的にガラスケースが割れていない。
中に貼られたポスターも無事だ。
『防災予防週間。二千百十年九月五日まで』
え? 二千百……え?
杏奈の思考が停止する。
未来? ここはわたしの住む地球の未来だっていうの?
杏奈は思わず、ガラスケースに手をついた。
その瞬間、ガラスが粉々に砕け散った。
「きゃ!」
ガラスの割れた衝撃によるものか、ポスターも一瞬で
破片ではなく、粒に変わってくれた為、ケガはしないで済んだ。
杏奈は改めて掲示板に近寄った。
印刷の飛んだ献血募集ポスターに書いてある日付も、二千百十年だ。
「その反応からするとトキサカ、やはりここは、お前の見知った世界なんだな?」
「ポスターの表記が冗談じゃないのなら、わたしの世界より百年近く先の未来ってことになる。でも、建物の崩壊具合から見ると、千年単位で前の建物にも見える。訳が分かんない」
杏奈は近くにあった館内案内板に目をやった。
特に変な表示も、違和感も無い。
これが砂漠のど真ん中に、オアシス共々あるので無ければだ。
現代の東京にあるはずのものがなぜこんなところにある。
ラウルが
「見ての通り、ここは遺跡だ。そして、ここがザカリア王国、創世の地となる。ザカリアの先祖は、異世界よりこのヴァンダリーアに飛ばされた。そこで悪戦苦闘するも、やがて帰ることを諦め、ここに骨を
「なぜそんなことになったんだろ」
「さぁな。オレの持っているこのタブレット。これも知ってるんだろ? これも、ザカリアのご先祖が残したものだ。これに入っているアープリというものが、術を発動してくれる。あぁ、さすがにこれは貸せんぞ。ザカリア王家に伝わる秘宝だからな」
「あんた、王家から盗んだの? とんでもない悪党ね」
杏奈は呆れた。
でも、王家から秘宝を盗み出すくらいだ。
ラウルは杏奈が思っている以上に凄腕の盗賊なのかもしれない。
にしてもアプリで雷の術を発動?
百年後には、そんなものが発明されているのか?
杏奈はおかしくなりそうな頭を振って、先に進んだ。
杏奈たち一行は、かつて最上階だったエリアに入った。
脚が折れ、崩れたピアノがある。
経年劣化で色も飛んでいるが、黄色の地と黒の水玉が薄っすら判別できる。
近寄ろうとすると、ラウルが止めた。
「待て、ヤツだ! 離れろ!!」
ラウルが杏奈を押し倒した。
ホコリが盛大に舞う。
杏奈の頭のあったところを銀光が
杏奈は見た。
自分を狙った相手を。
銀色の金属製の身体。
虹彩も無い、ただただ赤い目。
そして、節々を繋ぐコード。
人間以上にスムーズな動きをし、人間以上に素早く動く。
ゴーレムというのは、石や
その動きは、
だが、この動きは想像の遥か上をいく。
残像を残して消え去るその動きは、まるで漫画や映画で見る忍者だ。
杏奈は転がりながら立ち上がった。
ラウルも転がりながら、瓦礫に隠れる。
杏奈は起き上がりざまにスリングショットをセットし、連続で発射した。
ことごとく避けられる。
と、いきなり忍者ロボが杏奈の目の前に出現した。
次の瞬間、銀光がきらめき、杏奈は首を裁ち切られた。
「きゃあ!」
杏奈は飛び
繋がっている。
大神ガリヤードの施した無敵防御が守ってくれた。
そうでなければ即死していた。
血の気が凍る。
『杏奈さん、ダメです! 逃げてください! ソレの本気の攻撃は、貴女の無敵防御を貫通します! 様子見している内に逃げて! 今の
杏奈の頭の中で、女神ユーレリアの声がこだまする。
忍者ロボが、バク転をしながら消える。
そのとき、杏奈は見た。
敵ロボットの背中に深々と刺さった短剣を。
光を放つその短剣を見た瞬間、杏奈の全身の血が一気に沸騰した。
理屈じゃない。
杏奈の中にいる、杏奈ではない何者かが叫ぶ。
「それはわたしのだ! 返せ!!!!」
杏奈が絶叫する。
と同時に、杏奈の目の前が真っ赤に染まり……そのまま杏奈は意識を失った。
「おい。おい、トキサカ、目を覚ませ」
頬を軽く叩かれる。
杏奈はゆっくり目を開けた。
ボンヤリとした視界が徐々に戻ってくる。
それに併せて、意識も急速に回復する。
慌てて跳ね起きる。
「ラウル! ヤツはどこ? どうなった?」
ラウルとヴァンが顔を見合わせる。
「トキサカ、覚えてないのか? ヤツは撤退した。もう大丈夫だ。それにしても凄いな。まさかお前が空を飛べるとは思わなかったぞ。残像残して消えるわ、素手でヤツをぶちのめすわ。実はめちゃくちゃ強いのか?」
「ラウル……」
杏奈が
そのまま、ラウルに向かって両手を伸ばす。
恐怖から解放されて、逞しい男性に抱き締められたくなったのか。
「トキサカ……」
ラウルもそれに応えるべく両手を杏奈に向かって伸ばした。
杏奈は両手をそっとラウルの頬に当てた。
そして……。
アゴヒゲを思いっきり下に引っ張った。
「あぃだだだだだだだだ!!」
ラウルが悲鳴を上げる。
だが杏奈はヒゲを引っ張るその手を全く緩めない。
杏奈の目が見開かれる。
「ラウル、あんたバカなの? ねぇ、バカなの? 人が空を飛べるわけないでしょ! しょうもない
ブチッ!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
ラウルは、オアシス中に響き渡るくらいの大声で悲鳴を上げた。
「で? 何がどうなってんのよ」
「よく分からんが、ヤツは逃げた。それを見て、こっちも逃げてきた。あー痛い。まったく、何てことしやがる」
ラウルが
余程痛かったのか、目の端に薄っすら涙が浮かんでいる。
「そっか……」
杏奈は周りを見た。
一階だ。
杏奈は頭の中に響いた女神ユーレリアの声を思い出した。
ヤツがその気になれば、杏奈の無敵防御を貫通する。
杏奈の無敵防御は、大神ガリヤードの施した奇跡だ。
神の奇跡を無効化する敵など、聞いたことが無い。
ともあれ、本気を出される前に逃げられて良かった。
「だが、残念だったな。聖武器を入手し損ねちまった。どうする? もう一度行くか?」
正直、あの忍者ロボと再戦するのは御免被りたい。
今度こそ殺される気がする。
それに……。
「ラウル、アイツの背中に刺さっていた剣は、聖武器じゃないわ。とても良く似ているけど、違うものだわ」
「でもトキサカ、お前あのとき、『それはわたしのだ!』って言ってたぜ」
「そうなんだけど、違うのよ。あの剣は……聖武器なんか比較にならないくらい強力な、その……ごめん、上手く説明できない」
杏奈はその事を考えると、頭の中にモヤが掛かるのを感じた。
思い出せない。
気を失っている間に、わたしは何をしていた?
ただ漠然と感じる。
今はその時では無いと。
杏奈は空を見た。
そろそろ空がオレンジ色に染まりつつある。
「残念だけど、この辺りに聖武器の気配は感じないわ。ちょっと休んだら、ザカリアに向けて出発しましょ。疲れが激しすぎるから、今夜は野宿は勘弁してほしいわね」
「そうか。お宝を探したかったが、ヤツと対峙して生きて帰れるだけ、めっけ物だな。荷物をまとめておこう。お前は用意が終わるまで、そこで休んでおけ」
「オーケー、お願いね」
杏奈は木に寄り掛かったまま、ボンヤリ遺跡を眺めた。
かつて見た覚えのある東京都庁がそこにある。
いつかわたしはまた、この塔を訪れる。
杏奈はそれを確信しながら、ゆっくり目を閉じた。
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