第31話 時坂杏奈と噂話

【登場人物】

時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。勇者。卑怯者。

ヴァングリード……古代竜エンシェントドラゴン

ラウル=ヴァーミリオン……三十一歳。盗賊。

ピーちゃん……巨大ヒヨコ。パルフェという、馬に並ぶポピュラーな乗り物。



「卑怯者? まぁ言われるとは思ってたから、いちいち落ち込んだりなんかしないわよ。だって確信犯だもーーん。あっははーー。勝てば官軍よ。勝ったわたしが正義なのよ。おーーほっほ!!」


 杏奈は何も無い空を見ながら、盛大に笑った。



 バルビアの町に入ってすぐ、杏奈は宿屋に向かった。

 ピーちゃんを宿の厩舎きゅうしゃに預け、併設の酒場に入る。

 随分と賑わっている。


 注文した料理や酒で、あっという間にテーブルが埋め尽くされた。

 杏奈の肩に乗っていた小竜のヴァンがテーブルに降りて、早速、葉物野菜のサラダにかぶりつく。

 杏奈は、ヴァンが食べるのを手伝ってやりながら、地酒をちびちび飲んだ。

 と、隣の席に座った客の話す声が耳に入った。


「おい、聞いたか? 勇者の話」


 杏奈は素知らぬ体で、聞き耳を立てた。


「あぁ、勇者としちゃ規格外だって聞いたぜ。なんか凄いらしいな」 


 杏奈はいい気分で目をつぶった。

 その顔が、気持ち、ドヤ顔に変わる。


「オレが聞いた話では、東方のカルダラ諸島にある何たらいう森から、魔物が消えたらしい」


 杏奈はいぶかしげに目を開いた。

 話の方向性が読めない。


「魔物が消えたのなら、それはいいことじゃねーの?」

「いやいや、あそこいらの魔物は、原生生物を操って作られた人工魔物だから、洗脳を解いちまえば元の動物に戻るんだよ。それを大量殺戮たいりょうさつりくやらかしちまったもんだから、森から生き物が消えて、死の森になっちまった。あの辺りの村々も今、食糧難で大変らしいぜ」


 杏奈の顔が引きつる。


「カルダラ諸島といえば、山賊退治をしたって聞いたぜ」

「おぉ、そりゃ町の住民も喜んだだろう」


 一言も聞き漏らすまいと、杏奈は聴覚に集中した。


「ところがよ、その町は救われたけど、山賊の残党が揃って近隣の町に移動したそうで、今度はそっちで問題発生だと」

「たまらんな、そりゃ」


 杏奈が軽くズッコケる。


「オレは、ゴブリンに襲われた町を救ったって聞いたぜ」


 そうそう、そういうのちょうだい。

 杏奈の目が訴える。


「いやいや、それはそれで問題が起きたそうでさ。あまりに大量のゴブリンの死体を処理することになったもんだから、葬儀屋がパンクして、町の住人は一週間腐乱死体と過ごして、まぁ臭いのなんの。お陰で疫病が流行るわ、観光客が寄り付かなくなるわで、町の財政が傾いたってんだから」


 杏奈はテーブルに突っ伏した。


「ん? 杏奈、どうかした?」


 夢中になってサラダを食べていたヴァンが杏奈を見る。


「な、何でもないよ。気にしないで、お食べ」


 杏奈はゲッソリ顔で答えた。

 ヴァンは小首を傾げながらも、また食事に戻る。


「そういや、エドモントの話って知ってるか?」

「あぁ、風光明媚ふうこうめいびな、いい土地だよな。ヴァンダリーア百景ひゃっけいに選ばれてなかったっけ」

「先月までな。実は、あそこで保管されてた先代勇者装備に贋物にせもの疑惑が持ち上がってさ。なんでも、今代の勇者に引き渡そうとしたら、受け取りを拒否されたらしいんだ」

「ありゃりゃ。贋物だったのか」 

「いやぁ、結局真偽しんぎの程は分からなかったんだが、ケチが付いちまったことは間違いない。領主は五百年も何を後生大事ごしょうだいじに守ってきたんだって、領民から突き上げ食らって、ショックで寝込んじまった」

「そいつは……大変だな」 

「そうなると、何もかんも胡散臭うさんくさく見えてくるってもんじゃねーか。百選は取り消されるわ、観光客が激減するわで、今じゃ見事なまでに閑古鳥かんこどりよ」


 杏奈がテーブルに突っ伏したまま悶える。


「オレは、中央大陸に来てからの話しか知らないんだが、なんでも、ワルダラットの神殿の床をぶち抜いたとか」

「あ、それ、オレも聞いた。本山って、丸ごと文化財になってたろ。だもんで、修復費用をどこから捻出ねんしゅつするかって大揉めしてるらしい。噂では、来年度の神殿運営補助金をカットして補うだとか」

「たまらんな、そりゃ」


「シテ……コロシテ……」


 杏奈はテーブルに突っ伏したまま悶える。


「くっくっく。おい、ヴァン、お前さんのご主人さまが、断末魔の叫びをあげてるぞ」

「ラウル!」


 杏奈とヴァンが同時に声を上げる。

 そこに、ちょい悪オヤジっぽくアゴヒゲを伸ばしたダンディが立っていた。

 ラウルだ。


「よ。二人とも元気そうで何よりだ。あー、トキサカは何やらダメージを受けてるようだが。くっくっく。おっと、ウェイトレスさんよ、麦酒を一つ、ジョッキで頼む」

「はーい!」


 ラウルが、ちょうど通り掛かったウェイトレスに酒を注文しつつ、席に座る。


「って言うか、いまさらだろうに。何ダメージ受けてんだよ」


 ラウルがテーブルに置いてある枝豆をつまむ。


「ラウル、あんた、いつからいたのよ」


 杏奈がジト目でラウルを睨む。


「カルダラの森の大量殺戮って辺りかな」

「それ、思いっきり最初じゃない!」


「麦酒、お待たせしました!」

「お、こっちだ、こっち。カンパーイ!」


 ラウルは、ウェイトレスからジョッキを受け取ると、すぐさま口をつけた。

 口の周りに、泡製の白いヒゲができる。

 アゴヒゲと相まって、まるでサンタクロースだ。


「にしても、さすが勇者。逸話いつわには事欠かないな。うらやましい限りだぜ」

「ニヤけながら言うな! だいたいあんた、今の話のどこに、羨ましい要素があるってのよ!」

「ボヤくな、ボヤくな。それだけ注目されてるってことさ。有名税だとでも思って、気にしないことさ」


「とっておきが、ユールレインさ。見たか? あれ」

「手配書だろ? 見た見た。前代未聞だよな。勇者が指名手配って」


 隣の席で、ドっと笑いが起きる。

 対象的に、杏奈がテーブルに両手の爪を立てて、身をよじる。


「実はな、オレ、一枚貰ってきたんだよ、手配書。ほら」

「おぉ! 見せてくれ、見せてくれ」

「おっほーー、ずいぶんと目付きが悪いな、この勇者。……あれ?」

「え? おい、まさか……」


 隣の席がザワつく。

 その視線が杏奈に集まる。

 手配書と実物を交互に見て確認しているようだ。

 杏奈は内心、かなり焦りながらも、ニッコリ笑って、右手を軽く振る。


「違う……な」

「だな。こんなに目つき悪く無いもんな」

「なんだ、他人の空似か。勇者本人かと思って、焦っちまったぜ」

「悪かったな、姉ちゃん」

「いいえー。お気になさらずに」


 杏奈は、隣の席の男たちに、とびっきりの笑顔を投げてやった。

 杏奈がヴァンとラウルに向き直る。


「指名手配は撤回されたでしょうに、なんで出回ってるんだか、まったく!」


 ラウルが首をすくめてみせた。

 杏奈がそんなラウルに目を向ける。


「で? ここにいるのは偶然じゃないんでしょ? 何が目的なの?」

「なんの話だ?」

「……」


 杏奈がラウルをじっと見つめる。

 ラウルが明後日の方角を見ながら、アゴヒゲを整える。

 ヴァンの視線が、そんな杏奈とラウルの間を行ったり来たりする。


「……オーケー、オーケー、分かった、分かった。実は、攻略したいダンジョンがあってな。そこでトキサカの力を借りたいんだ」

「詳しく話して」

「トキサカ。お前さん、この町に、どっちから入った?」

「北よ?」

「そうか。じゃ、まだ見てないんだな、例のダンジョンを。実はここから南に進むと程なく砂漠になる。『ビゲル砂漠』だ。このほぼ中央に、『トーチヨーの塔』と呼ばれる塔がある。ここの魔物が半端なく強い。今まで何人もの冒険者がこの塔に挑んだが、誰一人、踏破とうはした者はいない」

「行かないわよ、そんなおっかない塔。だいたい、わたしに何の得があるっていうの?」

「……そこに、聖武器セントウェポンがあるとしても?」

「……何ですって?」


 杏奈の目が光る。


「誰一人踏破した者がいないのに、何でそんなことが分かるのよ」

「目撃談がある。塔内部を徘徊するゴーレムの背中に光る剣が刺さってるって。おそらく倒し損ねたんだろうな」

「生き物には持ち運び不可能なほど重い聖武器も、無機物たるゴーレムには適用されない。だから刺さったままでもゴーレムは平気で移動できる。確かに理屈には合ってるわね」

「そういうことだ。まずはトキサカの聖武器探索を手伝おう。無事入手できたら、今度はオレを手伝ってくれ。塔には他にもお宝があるはずだからな。オレはそれを狙う。どうだ?」

「いいでしょう。お互いの利益の為に、ここは組みましょ」

「ありがてぇ! そうと決まれば……コイツを渡しとく」


 ラウルが懐から皮の小袋を三つ出した。

 杏奈はそれを受け取って、一袋開けてみた。

 中には、スリングショット用の鉄球が入っていた。

 普通に百発入りだ。

 珍しくも何ともない。


 鉄球をつまんで見る。

 そこで杏奈は気付いた。

 鉄球表面に、何かの紋様が入っている。


「雷の力が封じ込めてあるたまだ。トキサカ専用の武器として、魔法使いにわざわざ作ってもらった。高い買い物だったが、トーチヨーの塔攻略にはどうしても必要だ。まぁ、先行投資ってヤツだ。使ってくれ」

「オーケー。ありがたく使わせて貰うわ。じゃ、出発は明日。朝、迎えに来てよ」

「分かった。塔攻略は、かなり厳しいことになるから、今日はしっかり休んでくれ。じゃあな!」


 杏奈とヴァンは、席についたまま、ラウルを見送った。


「ヴァン、頼りにしてるからね」

「まーかせて!」


 杏奈はお腹いっぱいになったヴァンを抱え、自室に向かった。

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