第30話 時坂杏奈とアニス=リーヴ

【登場人物】

時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。勇者。のんべぇ。

ヴァングリード……古代竜エンシェントドラゴン

ソフィ=フォン=ユールレイン……十四歳。ユールレイン王国の王女。

アニス=リーヴ……二十三歳。西の四天王。

ピーちゃん……巨大ヒヨコ。パルフェという、馬に並ぶポピュラーな乗り物。



「のんべぇ? そう来たか……。うん、嫌いじゃないわよ。特に地酒とかね、やっぱりほら、旅行の醍醐味って感じするじゃない? それがね? 聞いて聞いて。都会のお店で、昔飲んだ地酒を偶然飲んだりしてね? そうすると、旅の思い出が鮮明に蘇ってくるのよ。あのときはあぁだった、こうだったってね。ふふっ。それが好きなんだよねー」


 杏奈は何も無い空を見ながら、くすっと笑った。



 広大な大地を、土煙を立てて二羽のパルフェが走る。

 黄色とピンク。

 杏奈のピーちゃんと、ソフィのフレーズだ。

 鞍上あんじょうの杏奈とソフィが、手綱をムチ代わりにパルフェに全力疾走の合図を出す。

 すでに、かなりのスピードが出ているが、更にスピードが上がる。


 早朝六時。

 つい三十分ほど前に、夜が明けたばかりだ。

 お陰でその動きは、周囲から丸わかりだ。


 プワップワーー!

 プワップワーー!!


 塔の中で、警戒を示すラッパの鳴る音がする。


 前方にそびえる四天王の塔、通称、ゼクシアの塔が、途端に騒がしくなり始める。

 塔の門が開いて、魔族が一斉に出てくる。

 二羽のパルフェが、魔法や弓矢の届かないギリギリの距離を取って、反時計回りに塔の外側を走る。

 らちが明かないと見たか、塔から騎馬隊が出てきて、パルフェを追う。

 

 そんな様子を遥か上空から眺める三対の目があった。

 高空を飛ぶ小竜ヴァンと、それに乗る、杏奈とソフィだ。

 ソフィが地上を眺めながら念を込め続ける。


 ザザっ。


 地上を走る二羽のパルフェの鞍上にいる杏奈とソフィの姿が一瞬揺らぐ。

 ソフィが生み出す幻影だ。

 二羽のパルフェに乗る杏奈とソフィは、実体では無い。


 ソフィが聖杖ロッドを強く握った。

 と、二羽のパルフェが突如分裂し、四羽になった。

 次の瞬間、四羽が八羽に。そして十六羽へと、どんどん増えていく。

 地上は大混乱だ。


「行ってください、勇者さま! ここはわたしに任せて!!」

「頼んだ!」


 杏奈はソフィを残し、一人、ヴァンの背中から飛び降りた。

 十メートルほど落下し、ゼクシアの塔の屋上に降り立つ。

 杏奈は体勢を立て直し、真っ直ぐ前をにらみつける。


 視線の先。杏奈の正面に、西の四天王、アニス=リーヴが剣を持って立っている。

 まるで、杏奈がそこに来るのを見越していたかのようだ。


『下は誘導、逆をついて本体は上から潜入。ダメダメ、読めてるよ』

「さっすが四天王。そう安々とは、だまされてくれないか」

『あたしがここであんたを待ってたのは、全力でタイマン張りたかったからさ。杏奈、あんたなら、あたしを満足させてくれるはずだ!』

「タイマン上等。受けて立つわ!」


 アニスがニヤリと笑う。

 杏奈も頬が緩む。


 アニスがふところに手を突っ込み、何かを取り出した。

 それは、中に暗闇が封じられた透明な球、護魔球イビルオーブだった。


『あんたはこれを壊す。あたしはこれを守る。オーケー?』


 杏奈がうなずく。


『じゃ、戦闘開始だ。わたしに力を貸せ、護魔球!!』


 アニスの掲げた護魔球が怪しげな光を発する。

 球から真っ黒なモヤがにじみ出し、辺りを黒く染める。

 モヤが晴れたとき、そこには全長五メートルを超える、巨大な女魔族の姿があった。


 目が真っ赤なのを除けば、単純にアニスの身体をそのまま巨大化したような姿だ。

 だが、杏奈には分かる。

 これは魔力で作られた強化外骨格だ。

 生身のアニスが、鎧を着込んでいるだけだ。


 アニスの巨大剣による連続攻撃を、杏奈は飛び退すさりながら間一髪避ける。

 思った以上に素早い。

 そうしながら、牽制けんせいのスリングショットを放つが、ことごとくアニスの剣で打ち落とされた。


 幸いなことに、邪魔が入らずに済んでいる。

 アニスがタイマンと言っていたが、人払いを済ませてあるのだろう。

 お陰で、屋上に誰一人入って来ない。

 杏奈はアニス一人に集中していられる。


 そうこうする内に、巨大アニスの剣が、屋上の床をぶち破った。

 さすがに屋上の騒ぎに気付いたのか、誰かがやってくる。

 細くて背が高い魔族と、太くて背が低い魔族。

 アニスの腹心、マエッキーとオーズラーだ。


『アニスさま!!』


 マエッキーとオーズラーの声がハモる。


『手出し無用だ! そこで控えているがいい!!』


 アニスは、参戦しようとしたマエッキーとオーズラーを止める。


「あんた、なんで……」


 杏奈はアニスの攻撃を避けながら、アニスに問いかける。


『正々堂々、一騎打ちだ! タイマンだと言っただろう! 魔族の誇りが卑怯な行為を許さん!!』

「アニス……。でもごめんね、わたしの辞書には、正々堂々なんて言葉は無いの。あははーー」


 杏奈がアニスに満面の笑顔を向ける。


『は?』


 次の瞬間、アニスの背中に、魔法による極大光線がクリティカルヒットした。


『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!』


 アニスが絶叫する。

 ソフィだ。

 ヴァンに乗ったソフィがいつの間にか杏奈との戦闘に夢中になっているアニスの背後に回って、聖杖による魔法攻撃を行ったのだ。


 アニスは無防備の背中に、女神ユーレリアの神気のたっぷりもった魔法攻撃を食らった。

 そのダメージたるや、相当なものだろう。


『アニスさま!!』


 マエッキーとオーズラーが同時に叫ぶ。

 杏奈がひざまずくアニスに向かってスリングショットを構える。


「ごっめんねー、アニス。恨まないでね」


 シュート!


 杏奈の放った鉄球は、アニスのまとった強化外骨格に当たり、中のアニス を後ろに吹っ飛ばした。

 アニスの本体が、無理矢理、外骨格から引き剥がされる。

 本体と離れたことで、外骨格がモヤとなって霧散する。


 コロコロ……。


 護魔球が転がる。


『あ、あ……』


 アニスは満身創痍まんしんそういの身体で這いつくばりながらも、転がる護魔球を拾おうと、必死に手を伸ばす。

 だが、そんなアニスの動きをあざ笑うかのごとく、杏奈は躊躇ためらいなく護魔球に鉄球をぶち当て、破壊した。

 こうして杏奈は無事、三個目の護魔球を破壊することに成功したのであった。



『ひ、卑怯者ーー!!』


 アニスがその場に座ったまま、杏奈をののしる。

 マエッキーとオーズラーが支えてくれて、やっとその姿勢を維持できるようで、満身創痍であることに代わりは無い。


「まぁまぁ。あんたもこれで、お役御免でしょ? 良かったじゃない」

『バカーー!! 良くて減給、悪くてクビだよ! どうしてくれる!!』


 アニスが、そこら辺に落ちている瓦礫を杏奈に投げる。

 杏奈が笑いながら瓦礫を避ける。


「杏奈ー! そろそろ魔族の皆さん、集まってきそうだよー!」


 空から三つの影が降りてくる。

 ヴァンと、ピーちゃんと、フレーズだ。


 ソフィがヴァンからヒョイっと飛び降りて、杏奈の側に行く。

 杏奈はヴァンとソフィを笑顔で迎える。


「じゃ、アニス。わたし行くね。まぁ心配しなくていいよ。ユールレインの女王さまには頼んでおくから、ここが攻められることは無いでしょ。ね? ソフィ」

「え? わたし? まさか、これから城に戻れと?」

「そ。絶対ゼクシアの塔に手出しするな! ってわたしからの伝言、ちゃんと伝えてよね」

「そんなぁ……」


 勇者との旅の終わりを告げられたソフィが、ガックリ肩を落とす。

 杏奈は笑いながら、ピーちゃんの背中に乗った。

 ヴァンがすかさずサイズダウンし、杏奈の前、ピーちゃんの鞍に乗る。


「ソフィは、魔王城の前でまた会いましょ。この塔の魔族はわたしが引き付けるから早く脱出して。アニスは……まぁ、しばらく動けないでしょうから、養生してね」

『あんたのせいでしょうがぁ! バカぁ!!』


 ソフィとアニスが、それぞれ違う理由で泣いている。


「勇者さま、また後日ですー!」


 ピンクのパルフェ『フレーズ』に乗ったソフィが、西に向かって飛び立つ。

 行き先はユールレイン城だ。

 杏奈はそれを見送ってから、ピーちゃんを飛び立たせた。


「杏奈、どこへ行くの?」

「それは勿論、ザカリア王国よ。このまま真っ直ぐ南に向かう。そこで最後の護魔球をぶっ壊す」

「ん、分かった。ねね、美味しいもの食べたいな、ボク」

「そうね。慰労も兼ねて、パーっとやりましょ」

「やったー!」


 南の王国ザカリアでは、聖武器の探索と使い手の捜索が待っている。

 でもその前に、美味しい食べ物とお酒だ。

 杏奈は、そこで待つまだ見ぬ名物料理を想像して、ニヤリと笑った。

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