第24話 時坂杏奈と待ちくたびれたガイコツ

【登場人物】

時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。勇者。ドラゴンライダー。

スターゲイル・クレイグ……三十歳。本名・クレイグ=クラウヴェル。

ジークフリート=クラウヴェル……二十五歳。ヴァッカース王国の聖騎士。

ヴァングリード……古代竜エンシェントドラゴン

ピーちゃん……巨大ヒヨコ。パルフェという、馬に並ぶポピュラーな乗り物。

       


「ドラゴ……え? 乗れるの? 乗っていいの?」


 杏奈は何も無い空を見ながら、ドラゴンに乗って空を飛ぶ自分を夢想した。



 杏奈たちがそこに辿り着いたとき、既に、冒険者と骸骨兵スケルトンによる大乱戦の真っ最中だった。

 そこは、広大な墓地だった。

 ドワーフの国、古代ヴェーリング王国の墓だ。

 

 その一番奥の豪奢な墓石、おそらくドワーフの王族のものであろう墓の上に、あろうことか、ボロボロのローブをまとった骸骨が寝転がっていた。

 何かお菓子のようなものをボリボリ食べながら、だらしない格好で戦闘を見物している。

 

 死霊術師ネクロマンサーだけあって、らしいと言えばらしいが、死者への哀悼あいとうの気持ちなど、カケラも持っていないと分かる。


 苦戦している冒険者を見つけ、クレイグが聖大剣を振り上げた。

 

 しゅーー。  


 呼吸を整え、気合一閃、地面に向かって、一気に振り下ろす。


「ショックウェーーブ!」


 クレイグの剣から出た衝撃波が、三十メートルも地面を這って飛び、骸骨兵にぶつかる。

 当たった瞬間、まるでボーリングのピンのように、骸骨兵の群れが、空高く吹っ飛ばれされた。

 

 骨がバラバラになって落ちてくる。

 ある程度の打撃なら平気で動く骸骨兵も、こうなっては復活は不可能だ。


 リッチが跳ね起きる。


 目玉の無い眼窩がんかで、杏奈たちの方を見る。

 ニヤリと笑う。


「アレだ、骸骨兵ども! あいつらを狙え!」


 リッチに命令された骸骨兵が、他の冒険者を放って、杏奈たちに向かってくる。

 ジークが気を溜め、何もない目の前の空間を、一気に聖剣で横薙よこなぎした。

 

「ソニックウェーーブ!」


 ジークの聖騎士剣ナイトソードから、何か見えないものが飛んだ。 

 直線上の空気が揺らぐ。

 それは、向かってくる骸骨兵にぶつかり、その身体を吹っ飛ばした。

 こちらも、骸骨兵はバラバラだ。


「あんたたち、そんな技使えたんだ……」

「いえ、何となくひらめきまして。剣が教えてくれたというか」


 左右から近づく骸骨兵を斬り伏せながら、ジークが答える。

 

「なんつーか凄いな、これ!」


 聖大剣バスターソードを振り回して、近寄る骸骨兵をことごとく吹っ飛ばしながら、クレイグが杏奈に向かって叫ぶ。

 ストレス発散にでもなっているのか、すこぶる上機嫌だ。


 見ると、ネタ切れを起こしたのか、無事な骸骨兵はいない。

 ただし、冒険者たちも、無限の体力を持つ骸骨兵と戦い続けていたからか、満身創痍まんしんそういで皆、その場にへたり込んでいる。


 味方側で戦えるのは杏奈たちだけだ。


『えぇい、役立たずどもが!』


 憤慨するリッチに向かってジークが俊足で近寄り、剣を振るう。


「クロススラッシュ!」

 

 衝撃波をまとった剣でリッチを十字斬りするも、見えないバリアに弾かれる。


『くわばらくわばら。普段のワシであったなら、やられていただろうて。しかし今、ワシの手元にはコレがある』


 リッチが懐から何か出す。

 丸く透明な球だ。

 中に暗闇が封じられている。

 杏奈が目を見張る。


「それ、まさか!」

『お、分かるか。そう、これこそ護魔球イビルオーブじゃ! これがワシに無限の魔力を与えてくれるのじゃ』

「ちょっと待って。それは四天王の塔に保管してあるものじゃないの? 何であんたが持ってんのよ」

『これは北のゼクサの塔にあったものじゃ。北の四天王が空位だったらしく、魔王にスカウトされたんじゃよ。んでも、あそこは狭いでの。まぁでも、この球さえ守ればいいんじゃから、どこに住んでもよかろ?』

「いや、そうだけど……」

『お主らにとっても都合が良かろうよ。あんな辺鄙へんぴなとこに突っ立った塔まで行く手間が省けて』

「それはそうかも」

『じゃろ? さ、納得したところで、戦闘再開といこうか』


 リッチの持った護魔球が怪しげな光を放つ。


恐怖フィアー!』


 突如、杏奈を凄まじい恐怖感が襲った。

 精神がむしばまれる。

 足元が崩れていく。

 膝が砕けて立っていられない。

 杏奈の無敵防御も、精神攻撃は防いでくれないと見える。


 見ると、生き残った冒険者がバタバタ倒れていく。


「杏奈さん、女神の紋章を触ってください!」

 

 見ると、クレイグとジークが剣をしっかり握っている。

 聖剣から女神の力が流れ、二人を守っているのだろう。

 杏奈もひざまずきながら、左手を軽く振ってスリングショットを出した。


 スリングショットの表面に刻まれた紋様が淡く光る。

 女神の祝福だ。

 ジークに言われた通り、触ってみる。

 だんだん力が戻ってくる。


 だが、と、杏奈は冒険者たちを見た。

 このままだと、倒れた冒険者たちは精神を蝕まれて死んでしまう。


「ボクに任せて」


 杏奈の肩に乗ったドラゴンのヴァンが、空中でクルっと一回転すると、体長五メートルくらいにサイズが変わった。

 杏奈が目を見張る。


「なんて便利な機能なの」

「まぁね!」


 杏奈の反応に、ヴァンが誇らしげに胸を張る。

 ヴァンはリッチに向き直った。

 息を吸い込み、思いっきり吐く。

 火焔弾がリッチ目掛けて飛んでいく。

 リッチがバリアで防ぐ。

 ダメージは負わずに済んだが、魔法の効果がストップした。


 杏奈はその隙を逃さず、腰に提げた小袋から、虹色の玉を出し、スリングショットにセットした。

 気力を奮い立たせる。

 

 シュート!


 虹玉はリッチに向かって一直線に飛び、当たった瞬間、綺麗にリッチごと空間を切り取った。

 後には静寂が残った。


 と、空間が揺らぎ、再びリッチがそこに出現した。


『な、なんということだ。二度と戻れぬ幽閉空間に飛ばされて帰って来れぬところだった。この護魔球が無ければ、死んでいたところだったぞ』


 先ほどまでの余裕はどこへやら、骸骨のくせに大汗をかいている。

 余程恐ろしかったのだろう。


 だが、杏奈もこれで手詰まりになった。

 虹玉が通じないなんて。


『おのれ勇者よ。許さん。許さんぞ!』


 リッチが再び、護魔球を掲げた。

 次の瞬間。


「隙だらけだよ、オッサン」


 いつの間にかリッチの背後に回っていたクレイグによって、リッチは後ろから思いっきり蹴飛ばされた。

 その衝撃に、思わず護魔球を落とす。


『ふひゃぁぁぁぁああ!』


 リッチがおかしな声を出す。

 ……割れなかった。


 ホッとしたリッチが、護魔球を拾おうとその場に跪いたとき、真上からクレイグの聖大剣が振り下ろされた。

 この一撃で、護魔球は今度こそ砕け散った。


『……な、な、な、なんてことを!』

「これでバリアが消えましたね」


 走り寄ったジークが正面から。

 背後からクレイグが。

 兄弟の聖剣による乱舞によって、身体が灼かれ、今度こそリッチは灰になった。

 


瑠璃級ラピスラズリか。順調にランクアップしたな。オレなんか、全然ランクアップしないぞ」


 杏奈たち冒険者は、揃ってヴィヨンの町に戻り、報奨金を受け取った。

 クレイグが杏奈の新しいタグを見てからかう。


「あんた、白金級プラチナでしょ? 最上級でしょうが。それより上は無いわよ」

「それより杏奈さま、これからヴァッカースに来られるんでしょう?」


 先ほどまで救護班を指揮していたジークが戻ってくる。


「いや、わたしは西のユールレインに向かうわ。リッチの持ってた護魔球が壊れたことで、北の封印は解けた。これで北での目的は果たせたわ。ヴァッカースの国王には、ゼクサの塔は放置しろと言っておいて。くれぐれも、手を出さないようにって」

「なぜです? 北の四天王を倒した今、攻め込むチャンスでしょうに」


 杏奈がジークを真っ直ぐ見る。

 ジークの目に曇りは無い。

 聖騎士だけあって、魔族は敵、という観念は抜けないのだろうか。


「わたしが護魔球の破壊を目的としているのは、魔王城に入るための手段確保に過ぎないわ。魔族の殺戮なんか望んでいない。向かってくるなら倒すしか無いけど、わざわざ出向いて行ってまで倒そうとは思ってないの。分からないかな」

「正直分かりかねますが、杏奈さまがそう言うなら従います。わたしは勇者のパーティメンバーですから」

「まぁ、とりあえずそれでいいわ。それより、二人とも、聖剣出して」


 杏奈はクレイグの聖大剣と、ジークの聖騎士剣をまじまじと見、それぞれの聖剣に手をかざした。

 さやに刻まれた紋章が淡く白く光る。


「勇者・時坂杏奈の名において、あなた達の聖剣に名前を授けます。クレイグの聖大剣が『快刀乱麻かいとうらんま』。ジークの聖騎士剣が『紫電一閃しでんいっせん』。二人とも、わたしの名に恥じぬよう、立派に戦うように」

「承知!」

「この身に代えましても!」


「じゃ、わたし行くね。次に会うのは魔王城よ。二人とも、遅れないでよね」

 

 杏奈はパルフェのピーちゃんにまたがりながら、二人に声を掛けた。


「ボクが見てるから二人とも心配しなくていいよ」


 ヴァンが再び、四十センチの大きさになって、パルフェの背中、杏奈の前に鎮座する。

 ドラゴンが背中に乗っているというのに、意外に、ピーちゃんも動揺しない。


「道中のご無事を!」


 ジークの声に手を振って答え、杏奈はピーちゃんを走らせた。

 次は西のユールレイン王国。

 魔法大国という話だ。


 とりあえず、美味しい食べ物と地酒よね。

 杏奈は、まだ見ぬ名産の数々を思い浮かべながら、西を目指した。

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