第25話 時坂杏奈と野天風呂
【登場人物】
ヴァングリード……
ピーちゃん……巨大ヒヨコ。パルフェという、馬に並ぶポピュラーな乗り物。
「竜使い? おぉ、なんか、カッコいい! でも実際には、わたしはヴァンを使役してたりはしないわね。だって、何も言わなくても、勝手に動いてくれるもん。ホントいい子よ。仲間っていうより、ペットっぽいけど」
杏奈は何も無い空を見ながら、日中、ピーちゃんの背で、くぅくぅ寝こけるヴァンの姿を思い浮かべ、クスっと笑った。
「村だ……。今日はここで泊まらせてもらおっか」
「ボク、
「うん。一緒の部屋に泊まろ。ただし、火、吐いちゃダメよ?」
杏奈は目の前の小ドラゴン『ヴァン』を撫でながら、木製アーチに掛けられた看板を読んだ。
『ユール村』と書いてある。
久々に小さな村だ。
杏奈はピーちゃんに乗ったまま、村の中央に向かって歩みを進めた。
周囲を見る。
行き交う村の人々は、皆、
パルフェが珍しいのか、その歩みに、子供たちがついてくる。
サービスのつもりか、ヴァンがピーちゃんの上で、変顔を決めながら、煙をポッポポッポ出して見せる。
子供たちがワっと笑う。
「ね、この村に宿泊する場所とかってある?」
杏奈が
子供たちが歩きながら目を合わす。
一番の年長さんが頷いて、村の奥を指指す。
「宿、あるよ。一軒だけ。まっすぐ進んだ川沿い!」
「ありがと。これ、みんなで食べな」
杏奈は鞍上から年長の子に飴を人数分渡した。
ヴィヨンの町で、道中、口寂しくなったときに食べようと買ったものだ。
子供たちが大喜びしながら去っていった。
程なく、川に行き着いた。
川幅は、十メートル程しかないが、とても澄んでいる。
清流だ。
木々が茂り、川風も気持ちいい。
そのまま川に沿って行くと、古びた建物を見つけた。
ここまで歩いてきて見た建物の中ではダントツに大きい。
おそらく、これが宿だろう。
「ごめんくださーーい」
「はーーい」
中から前掛けをした中年男性が出てくる。
「あの、宿泊出来ます?」
「宿泊……ですか。それが……貸し切られてしまいまして……」
「貸し切り? 部屋が全部埋まってるの?」
「いえ、使用しているのは一部屋だけなんですが、昨日から逗留してらっしゃるお客様が、貸し切りにしたいとおっしゃられまして……」
「参ったなぁ。ここ以外でこの村に宿、無いんでしょ? 野宿は嫌だなぁ」
主人が申し訳無さそうな顔をする。
「あんた、女性の方だし、離れの部屋ならいいんじゃないの?」
奥から中年女性が出てくる。
どうやら、夫婦でやっている宿のようだ。
「ごめんなさいね、お客さん。貸し切りしたお客さんだけど、貴族のお嬢さまっぽくてさ。どうにもシャイなのか、他のお客さんと会いたくないって言うもんだから。でも、離れなら大丈夫でしょ。ちょっとご不便掛けちゃうけど、それで良ければ……」
「あぁ、全然おっけー。じゃ、それでお願いします!」
杏奈は主人にピーちゃんの
「うっはーー、これ、最高!」
野天風呂は、思った以上に広かった。
湯船を岩が取り囲む。
岩風呂だ。
岩のすぐ向こうに川が流れている。
杏奈は目を
杏奈の隣でヴァンも、目を瞑りながら湯船に浸かっている。
ドラゴンでも温泉を気持ちいいと感じるのか、尾っぽがパタパタ動いている。
川のせせらぎも、遠くの野鳥の鳴き声も、近くの虫の立てる音も、全てがハーモニーとなって、杏奈を包み込む。
旅行番組でたまに見る、隠れ家的温泉宿。
テレビも無く、ネットも繋がらない、ただ
こういうとこに、一度泊まってみたかったのよねー。
心地よい風に吹かれて
と、杏奈の真正面に金髪の少女がいた。
大量の湯煙のせいで、一緒に風呂に入っていたことに気付かなかったらしい。
少女の顔が固まる。
ゆっくり息を吸い込み……。
「待った、待った、待ったーー!」
杏奈は慌てて駆け寄り、少女の口を塞いだ。
少女の金色の髪が揺れる。
「女。女。わたし、あなたと同じ、女だから。ほら。ね? たまたまお風呂が一緒になっただけで、怪しい者じゃないから。分かった?」
杏奈はバスタオルを巻いた身体を見せて、男性では無いことをアピールする。
少女がコクコク頷く。
それを見て、杏奈がゆっくり手を離す。
次の瞬間、少女は、バスタオルを身体に巻いたまま、バク転で後ろに飛びすさった。
少女が杏奈に、いつの間にか持っていた杖を向ける。
「
杏奈の顔面に少女の魔法が直撃する。
「ふぎゃ!」
杏奈の無敵防御は、魔法にも適用されるようで、怪我こそしなかったが、代わりに顔がススだらけで真っ黒になった。
「な、なにを……」
「効いていない? 魔法防御ね。ならば効くまで当て続けてやる!」
「は?」
少女が再び杏奈に杖を向ける。
「
「わわわわわっ!」
杏奈は、すっぽんぽんにバスタオルを巻いただけの姿で、浴室を逃げ回った。
幸いにも、ここは岩風呂だ。
「避けるな!」
少女は砲台と化して、魔法を放ち続ける。
それを杏奈は必死に避け続けた。
と、少女の魔法で、温泉併設の
「お、お客さん、どうされました? あぁ! これは!」
浴室に入ってきた女将が、その
あまりの
これだけ騒がしくしていれば、様子を見に来てもおかしくない。
見てみれば、爆弾でも落ちたのかと思うほど、自慢のお風呂場がボロボロだ。
そりゃショックだろう。
お気の毒に。
「杏奈! これ!」
ヴァンだ。
杏奈のスリングショットと、鉄球の入った小袋を
部屋から持ってきてくれたようだ。
「ヴァン、ナイス!」
空中でキャッチする。
杏奈は岩の裏で、受け取ったスリングショットを左腕に装備する。
「隠れるな! 卑怯者め!」
杏奈が岩陰からそっと顔を出す。
途端に、魔法が連続して飛んでくる。
杏奈は隠れながら、倒壊した東屋に狙いを定めた。
相手は女の子だ。
気絶してくれればいい。
あまり強くない力で、背中に……。
撃つ。
鉄球は何ヶ所か跳弾し、杏奈の狙い通り、少女の背中に当たった。
先ほどまでひっきり無しに飛んできていた魔法弾の雨が止まる。
杏奈は岩陰から、そっと顔を出した。
少女がうつ伏せで湯船にプカプカ浮かんでいる。
どうやら気絶したらしい。
杏奈は慌てて駆け寄り、女将と一緒に少女を運んだ。
少女の目がゆっくり開く。
焦点が定まってない。
寝惚けているようだ。
と、急に目に光が宿り、立ち上がろうとするも、残念、後ろ手で部屋の柱に縛り付けられている。
何とか縄を外そうと、ジタバタしている。
ここは離れ。
杏奈にあてがわれた部屋だ。
杏奈は縁側でお茶を飲みながら涼んでいたが、少女が目覚めたのを見て、近寄る。
浴衣に似た館内着を着た杏奈は、少女の正面に立った。
「あなた何者? 何が目的? 何で攻撃してきたの?」
「何を! ヨハンナの命令でわたしを止めにきたんでしょ! だから返り討ちにしてやろうと思っただけよ!」
「ヨハンナ? 誰それ。止める? あなたを? 何を言ってるのか、さっぱり分からないわ」
「……ヨハンナの手の者じゃないの? わたしてっきり……」
少女が
「人違いで攻撃されたの? わたしは。そりゃ無いわ」
「ごめんなさい。連れ戻されたくなくて、必死だったから」
さっきまでの戦闘狂がどこへやら、少女が急にしおらしくなる。
杏奈は、少女の手を縛っていた縄を解いてやった。
「……わたし、ヴァッカースに行きたいんです」
「ヴァッカース? 北の王国の? 何しに?」
「人に会いに……」
「知り合い?」
「お会いしたことはないわ。でも、その方のお力になりたい。そして同時に、家を出て、自分の力を試してみたいの!」
「ふぅん。何だか分かんないけど、その夢、叶うといいわね」
「えぇ! わたし、絶対勇者さまの仲間にして貰うんだ!」
ゲフンゲフン。
少女が憧れの目で瞳を輝かせながら、夕暮れの空を見る。
ゆ、……え?
…………今、なんと?
「あなた、勇者に会いたいの?」
「えぇ、絶対お仲間にしてもらいます」
「勇者ねぇ……。あなた、何か特技でもあるの?」
「見ての通り、魔法が使えるわ」
「あぁ、はいはい。魔法使いか。そういや、仲間に魔法使い、いないわね」
「え? あなた、勇者さまのこと、知ってるの?」
「あぁ、まぁ……。知り合いというか……」
「何ですって?」
と、そのとき。
「姫さま! お探ししましたぞ!」
「わわ、なになに?」
「ヨハンナ!」
杏奈の部屋に入ってきたのは、メイド服を着たお婆さんが一人と、十人ほどの、若いメイド軍団だった。
土足厳禁の部屋に、土足でズカズカ入る
床が足跡で真っ黒だ。
「あぁ! おやめください、ここは土足厳禁なんです!」
ここまで案内してきたらしい女将が叫ぶ。
半べそをかきながら女将が必死に抗議するも、闖入者たちはガン無視だ。
「姫? あなた、お姫さまだったの?」
「そうじゃ。この御方は、ユールレイン王国の末姫さま、『ソフィ=フォン=ユールレイン』さまじゃ。旅のお方、邪魔して済まんかったの。くれぐれもこの事は内密に」
「嫌! わたし、勇者さまのお力になるの! まだ帰らないんだったらーー!」
少女、ソフィ王女は、ヨハンナ婆に連れられて、帰って行った。
「……仲間希望だってさ。どうするの? 杏奈」
さっきまで縁側で熟睡していたヴァンだったが、この騒動ですっかり起きてしまったようだ。
小さな身体で杏奈のそばに寄り添う。
「勘違いで温泉ぶっ壊すような、扱いが難しい子は
「やったーー!」
杏奈はヴァンをヒョイっと抱え上げ、ご主人と女将さんのいる母屋に向かった。
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