第25話 時坂杏奈と野天風呂

【登場人物】

時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。勇者。竜使い。

ヴァングリード……古代竜エンシェントドラゴン

ピーちゃん……巨大ヒヨコ。パルフェという、馬に並ぶポピュラーな乗り物。  



「竜使い? おぉ、なんか、カッコいい! でも実際には、わたしはヴァンを使役してたりはしないわね。だって、何も言わなくても、勝手に動いてくれるもん。ホントいい子よ。仲間っていうより、ペットっぽいけど」


 杏奈は何も無い空を見ながら、日中、ピーちゃんの背で、くぅくぅ寝こけるヴァンの姿を思い浮かべ、クスっと笑った。



「村だ……。今日はここで泊まらせてもらおっか」

「ボク、厩舎きゅうしゃじゃないよね?」

「うん。一緒の部屋に泊まろ。ただし、火、吐いちゃダメよ?」


 杏奈は目の前の小ドラゴン『ヴァン』を撫でながら、木製アーチに掛けられた看板を読んだ。

 『ユール村』と書いてある。

 久々に小さな村だ。

 杏奈はピーちゃんに乗ったまま、村の中央に向かって歩みを進めた。


 周囲を見る。

 茅葺屋根かやぶきやねの家が並んでいる。

 行き交う村の人々は、皆、作務衣さむえに似た衣装を着ている。

 パルフェが珍しいのか、その歩みに、子供たちがついてくる。

 

 サービスのつもりか、ヴァンがピーちゃんの上で、変顔を決めながら、煙をポッポポッポ出して見せる。

 子供たちがワっと笑う。


「ね、この村に宿泊する場所とかってある?」


 杏奈が鞍上あんじょうから子供たちに声を掛ける。

 子供たちが歩きながら目を合わす。

 一番の年長さんが頷いて、村の奥を指指す。 


「宿、あるよ。一軒だけ。まっすぐ進んだ川沿い!」

「ありがと。これ、みんなで食べな」


 杏奈は鞍上から年長の子に飴を人数分渡した。

 ヴィヨンの町で、道中、口寂しくなったときに食べようと買ったものだ。

 子供たちが大喜びしながら去っていった。


 程なく、川に行き着いた。

 川幅は、十メートル程しかないが、とても澄んでいる。

 清流だ。

 木々が茂り、川風も気持ちいい。


 そのまま川に沿って行くと、古びた建物を見つけた。

 ここまで歩いてきて見た建物の中ではダントツに大きい。 

 おそらく、これが宿だろう。


「ごめんくださーーい」

「はーーい」


 中から前掛けをした中年男性が出てくる。

 

「あの、宿泊出来ます?」

「宿泊……ですか。それが……貸し切られてしまいまして……」

「貸し切り? 部屋が全部埋まってるの?」

「いえ、使用しているのは一部屋だけなんですが、昨日から逗留してらっしゃるお客様が、貸し切りにしたいとおっしゃられまして……」

「参ったなぁ。ここ以外でこの村に宿、無いんでしょ? 野宿は嫌だなぁ」


 主人が申し訳無さそうな顔をする。


「あんた、女性の方だし、離れの部屋ならいいんじゃないの?」


 奥から中年女性が出てくる。

 どうやら、夫婦でやっている宿のようだ。


「ごめんなさいね、お客さん。貸し切りしたお客さんだけど、貴族のお嬢さまっぽくてさ。どうにもシャイなのか、他のお客さんと会いたくないって言うもんだから。でも、離れなら大丈夫でしょ。ちょっとご不便掛けちゃうけど、それで良ければ……」

「あぁ、全然おっけー。じゃ、それでお願いします!」


 杏奈は主人にピーちゃんの手綱たずなを渡し、女将おかみに導かれて、宿に入った。



「うっはーー、これ、最高!」


 野天風呂は、思った以上に広かった。

 湯船を岩が取り囲む。

 岩風呂だ。


 岩のすぐ向こうに川が流れている。

 杏奈は目をつぶった。 

 杏奈の隣でヴァンも、目を瞑りながら湯船に浸かっている。 

 ドラゴンでも温泉を気持ちいいと感じるのか、尾っぽがパタパタ動いている。


 川のせせらぎも、遠くの野鳥の鳴き声も、近くの虫の立てる音も、全てがハーモニーとなって、杏奈を包み込む。

 旅行番組でたまに見る、隠れ家的温泉宿。


 テレビも無く、ネットも繋がらない、ただ精神こころ身体からだを休める為だけの温泉。

 こういうとこに、一度泊まってみたかったのよねー。


 心地よい風に吹かれて湯煙ゆけむりが一気に流される。


 と、杏奈の真正面に金髪の少女がいた。

 大量の湯煙のせいで、一緒に風呂に入っていたことに気付かなかったらしい。

 少女の顔が固まる。

 ゆっくり息を吸い込み……。


「待った、待った、待ったーー!」


 杏奈は慌てて駆け寄り、少女の口を塞いだ。

 少女の金色の髪が揺れる。


「女。女。わたし、あなたと同じ、女だから。ほら。ね? たまたまお風呂が一緒になっただけで、怪しい者じゃないから。分かった?」


 杏奈はバスタオルを巻いた身体を見せて、男性では無いことをアピールする。

 少女がコクコク頷く。

 それを見て、杏奈がゆっくり手を離す。

 

 次の瞬間、少女は、バスタオルを身体に巻いたまま、バク転で後ろに飛びすさった。

 少女が杏奈に、いつの間にか持っていた杖を向ける。


火焔弾フレイムバレット!」


 杏奈の顔面に少女の魔法が直撃する。


「ふぎゃ!」


 杏奈の無敵防御は、魔法にも適用されるようで、怪我こそしなかったが、代わりに顔がススだらけで真っ黒になった。


「な、なにを……」

「効いていない? 魔法防御ね。ならば効くまで当て続けてやる!」

「は?」


 少女が再び杏奈に杖を向ける。


火焔弾フレイムバレット!」

「わわわわわっ!」


 杏奈は、すっぽんぽんにバスタオルを巻いただけの姿で、浴室を逃げ回った。

 幸いにも、ここは岩風呂だ。

 遮蔽物しゃへいぶつには事欠かない。


「避けるな!」


 少女は砲台と化して、魔法を放ち続ける。

 それを杏奈は必死に避け続けた。

 と、少女の魔法で、温泉併設の東屋あずまやが盛大に吹っ飛んだ。


「お、お客さん、どうされました? あぁ! これは!」


 浴室に入ってきた女将が、その惨状さんじょうに絶句する。

 あまりの有様ありさまに、女将がその場にへたり込んだ。


 これだけ騒がしくしていれば、様子を見に来てもおかしくない。

 見てみれば、爆弾でも落ちたのかと思うほど、自慢のお風呂場がボロボロだ。

 そりゃショックだろう。

 お気の毒に。


「杏奈! これ!」


 ヴァンだ。

 杏奈のスリングショットと、鉄球の入った小袋をくわえている。

 部屋から持ってきてくれたようだ。


「ヴァン、ナイス!」


 空中でキャッチする。

 杏奈は岩の裏で、受け取ったスリングショットを左腕に装備する。


「隠れるな! 卑怯者め!」


 杏奈が岩陰からそっと顔を出す。

 途端に、魔法が連続して飛んでくる。


 杏奈は隠れながら、倒壊した東屋に狙いを定めた。


 相手は女の子だ。

 気絶してくれればいい。

 あまり強くない力で、背中に……。


 撃つ。

 鉄球は何ヶ所か跳弾し、杏奈の狙い通り、少女の背中に当たった。

 先ほどまでひっきり無しに飛んできていた魔法弾の雨が止まる。


 杏奈は岩陰から、そっと顔を出した。

 少女がうつ伏せで湯船にプカプカ浮かんでいる。

 どうやら気絶したらしい。

 杏奈は慌てて駆け寄り、女将と一緒に少女を運んだ。



 少女の目がゆっくり開く。

 焦点が定まってない。

 寝惚けているようだ。


 と、急に目に光が宿り、立ち上がろうとするも、残念、後ろ手で部屋の柱に縛り付けられている。

 何とか縄を外そうと、ジタバタしている。


 ここは離れ。

 杏奈にあてがわれた部屋だ。

 杏奈は縁側でお茶を飲みながら涼んでいたが、少女が目覚めたのを見て、近寄る。

 浴衣に似た館内着を着た杏奈は、少女の正面に立った。


「あなた何者? 何が目的? 何で攻撃してきたの?」

「何を! ヨハンナの命令でわたしを止めにきたんでしょ! だから返り討ちにしてやろうと思っただけよ!」

「ヨハンナ? 誰それ。止める? あなたを? 何を言ってるのか、さっぱり分からないわ」

「……ヨハンナの手の者じゃないの? わたしてっきり……」


 少女がうつむく。


「人違いで攻撃されたの? わたしは。そりゃ無いわ」

「ごめんなさい。連れ戻されたくなくて、必死だったから」


 さっきまでの戦闘狂がどこへやら、少女が急にしおらしくなる。

 杏奈は、少女の手を縛っていた縄を解いてやった。


「……わたし、ヴァッカースに行きたいんです」

「ヴァッカース? 北の王国の? 何しに?」

「人に会いに……」

「知り合い?」

「お会いしたことはないわ。でも、その方のお力になりたい。そして同時に、家を出て、自分の力を試してみたいの!」

「ふぅん。何だか分かんないけど、その夢、叶うといいわね」

「えぇ! わたし、絶対勇者さまの仲間にして貰うんだ!」


 ゲフンゲフン。


 少女が憧れの目で瞳を輝かせながら、夕暮れの空を見る。

 ゆ、……え?

 …………今、なんと?


「あなた、勇者に会いたいの?」

「えぇ、絶対お仲間にしてもらいます」

「勇者ねぇ……。あなた、何か特技でもあるの?」

「見ての通り、魔法が使えるわ」

「あぁ、はいはい。魔法使いか。そういや、仲間に魔法使い、いないわね」

「え? あなた、勇者さまのこと、知ってるの?」

「あぁ、まぁ……。知り合いというか……」

「何ですって?」


 と、そのとき。


「姫さま! お探ししましたぞ!」

「わわ、なになに?」

「ヨハンナ!」


 杏奈の部屋に入ってきたのは、メイド服を着たお婆さんが一人と、十人ほどの、若いメイド軍団だった。

 土足厳禁の部屋に、土足でズカズカ入る闖入者ちんにゅうしゃたち。

 床が足跡で真っ黒だ。


「あぁ! おやめください、ここは土足厳禁なんです!」


 ここまで案内してきたらしい女将が叫ぶ。

 半べそをかきながら女将が必死に抗議するも、闖入者たちはガン無視だ。


「姫? あなた、お姫さまだったの?」

「そうじゃ。この御方は、ユールレイン王国の末姫さま、『ソフィ=フォン=ユールレイン』さまじゃ。旅のお方、邪魔して済まんかったの。くれぐれもこの事は内密に」

「嫌! わたし、勇者さまのお力になるの! まだ帰らないんだったらーー!」


 少女、ソフィ王女は、ヨハンナ婆に連れられて、帰って行った。

 

「……仲間希望だってさ。どうするの? 杏奈」


 さっきまで縁側で熟睡していたヴァンだったが、この騒動ですっかり起きてしまったようだ。

 小さな身体で杏奈のそばに寄り添う。


「勘違いで温泉ぶっ壊すような、扱いが難しい子は勘弁かんべん願いたいわね。放っておきましょう。さ、そろそろ、お食事食べに行きましょうか」

「やったーー!」


 杏奈はヴァンをヒョイっと抱え上げ、ご主人と女将さんのいる母屋に向かった。 

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