第23話 時坂杏奈とダンジョンの宝物
【登場人物】
スターゲイル・クレイグ……三十歳。本名・クレイグ=クラウヴェル。
ジークフリート=クラウヴェル……二十五歳。ヴァッカース王国の聖騎士。
「みそっかす?……あぁ、そういうことか。うん、
杏奈は何も無い空を見ながら、軽く笑った。
手傷を負った冒険者は地上に戻り、無事な冒険者は更なる地下を目指す。
聖騎士ジークの部下は、負傷者の護衛や搬送の為、地上に戻った。
地上でキャンプを張り、引き続き負傷者の救護にあたるそうだ。
たった十人とは言いながら、正規軍が作戦に参加してくれるのはかなり心強い。
杏奈は、といえば、クレイグ、ジーク兄弟と共に、他の冒険者とバッティングしない別のルートで地下を目指していた。
「それにしてもクレイグ、あんた、いいとこの出だったのね」
「んなこたぁねぇよ。だいたい実家は十代で飛び出して、それっきり戻ってないからな。勘当ってやつだ。ま、戻る気も無いし、家督はジークが継ぐだろうから、別に構わないんだがな」
クレイグは、右手にナイフを、左手にランタンを持ち、
さすがに、ほぼ身長に等しい長さの大剣を手に持ちながらダンジョンを進むのは厳しいのだろう。
大剣は背中に背負ったままだ。
「兄さんが聖騎士流の戦闘スタイルが合わないと言って、
ジークも、右手に愛用の騎士剣を、左手にランタンを持ち、
この兄弟、年齢差は五歳ほどらしい。
確かに、ジークを五歳分、歳を取らせて、あごヒゲを濃くすれば、クレイグになる。
体つきは、クレイグが太マッチョで、ジークが細マッチョだ。
兄弟だけあって、良く似ている。
「それよりお姉ちゃん。本当にこっちで当たっているのか? だいぶ降りてきているぞ」
クレイグが前方に気を配りながら振り返る。
「いや、リッチのいるのは多分、もっと上だと思う。わたしたちは別の場所を目指してる」
「どういうことです?」
後ろからジークが問い掛ける。
「なんか呼ばれてるのよ。リッチとは違う何かに」
「勇者の特殊能力ですかね。それは敵ですか? それとも味方ですか?」
「敵……では無いかな、この感覚は。多分、女神に連なる何かだと思う。わたしの勘が正しければこれは……。待って、そこで止まって! 何かいる!」
クレイグが壁に張り付き、ランタンの光を隠す。
そこで待て、のポーズをし、ゆっくり進む。
壁の切れ目からそっと顔を出し、慌てて戻ってくる。
「ど、どどどど、ドラゴンだ!」
三人して顔を見合わせる。
「出てこい、勇者よ。お主らのことは、とうに気付いておる。出てこぬなら、我が
ここは一本道だ。
ブレスを吐かれたら、逃げようが無い。
杏奈は覚悟を決め、ドラゴンの前に姿を
そこは、
何かの、
壁際に等間隔で、
と、ドラゴンの魔法によるものなのか、奥側から順々に、石像の松明に火が
天井にビッシリ生えたヒカリゴケの明かりも相まって、視界は十分だ。
そして、奥の方、二百メートルほど先から杏奈たちを睨む巨大な姿。
ドラゴンだ。
さすが異世界。
こんな生き物が実在しているなんて……。
クレイグ、ジークの兄弟が盾になろうというのか、すかさず、杏奈の前に出て剣を構える。
「兄弟? そうか、そういうことか。確かにここには二本ある。なるほど、ここで千年前の再現をしてみせろというのだな? 女神よ。乗るのは
ドラゴンの口の端から
やる気満々だ。
「何を言っているの? さっぱり分からないよ、ドラゴンさん」
杏奈の棒読み口調の問いかけを、ドラゴンは鼻で笑う。
「い-や、勇者よ。お前は分かっているはずだ。でなければ、今このタイミングでここに導かれようはずも無い」
「ちっ。やっぱりか……」
杏奈が
「おい、お姉ちゃん、どういうことだ? やつは何を言ってるんだ?」
クレイグとジークが戸惑い顔で杏奈を見る。
この二人であれば、その資格は十分にある。
むしろ、これ以上の適任はいないであろう。
しかし……。
さすがに、こんな少人数でドラゴンと戦うことになるとは思わなかったのだろう。
無敵の冒険者、スターゲイル・クレイグの声が、焦りで
「命を賭けた殺し合いの前には、名乗り合うが礼儀なれば……。我が名はヴァングリード。
「……時坂杏奈。わたしは、勇者・時坂杏奈よ!」
「ハッハッハ。良きかな良きかな。では存分に死に
戦闘スタートの合図のつもりか、ドラゴンの、耳をつん裂く
杏奈は兄弟の肩に手を掛け、振り返らせた。
動揺するクレイグとジーク兄弟の目を真っ直ぐ見る。
「アンタたち二人を、勇者・時坂杏奈のパーティメンバーとして、正式にスカウトするわ。全力で、わたしの冒険をサポートしなさい!」
次の瞬間、杏奈の言葉に呼応するかのように、ドラゴンの後方で、強烈な光が二条、天井に向かって放たれた。
杏奈がその光を指差す。
「見える? あの光。ドラゴンが守る宝の山の中に、あんたたち専用の武器がある。ドラゴンはわたしが引きつけるから、取ってきなさい!」
「あ、杏奈さん、何を言って……」
「いいから、行っけぇぇぇぇぇぇぇえ!」
杏奈の叫びに背中を押されて、兄弟は左右に分かれて走り出した。
壁に沿って走る。
ここなら、万が一ブレスを吐かれても、石像の陰に隠れてやり過ごすことが出来る。
兄弟のゴールはドラゴンの真後ろ。
左右から回り込むつもりだ。
杏奈も負けじと走り出す。
さすがにこの距離だと遠過ぎる。
援護をする為には、いち早く、射程内に入らなくてはならない。
ドラゴンは、まず兄弟の動きに反応した。
左右に向けて、ブレスを吐く。
兄弟は、ブレスが来た瞬間、石像の陰に隠れ、終わり次第再度走り出す。
その間に、杏奈は距離を詰める。
だが、真正面から近付く杏奈は、ドラゴンから丸見えだ。
ドラゴンが杏奈に向き直り、息を吸い込む。
超高熱の攻撃が来る!
ボゥ!
遮蔽物が無いので、ドラゴンの吐いた火焔弾が、正面にいる杏奈目掛けて一直線に飛んでくる。
杏奈には無敵防御がある。
だが、打撃類に関しては検証済みだったが、魔法やブレスといった特殊攻撃に対しては、試していない。
さて、無敵防御が効いてくれるか。
サウナの熱波程度で済めばいいが……。
杏奈は、両手で顔の辺りを守りながら、ドラゴンに向かって走った。
足は止めない。
ところが。
杏奈に火焔弾が当たる直前、右横から銀色の光が飛んできた。
そして、飛んできた何かが、絶妙なタイミングで火焔弾を弾き飛ばした。
ジークだ。
左腕に装備していた
ドラゴンは再び兄弟に狙いを定め、ブレスを吐く。
宝の山まであと少しというところで、二人は足止めを食らっている。
その間に、杏奈がスリングショットの射程距離、二十メートルに到達した。
間近で見るドラゴンの大きさに、震えが来る。
ファンタジー界の王だけのことはある。
その迫力は、半端ない。
杏奈はだが、恐れを気力で封じ込め、スリングショットを構えた。
ドラゴンの攻撃対象を兄弟からこちらに切り替えさせないといけない。
杏奈は心を消し、機械のような正確な動きでスリングショットを撃ち続けた。
だがそこに、必殺の気は込めない。
ドラゴンは殺し合うと言ったが、あれは
実際は殺し合いじゃない。
兄弟に
であれば、
杏奈の連弾にうんざりしたのか、ドラゴンが長い尾を振り、杏奈ごと、ショットを弾き飛ばそうとする。
杏奈は横っ飛びに避けながら、キツめの一発を当てようと、尻尾を狙った。
「?」
杏奈は猛烈な違和感を感じ、飛び退いた。
と、ジークが宝の山に辿り着いた。
そのまま駆け登り、光の漏れる辺りをガシャガシャ掘る。
金銀財宝が邪魔だ。
掻き分け掻き分け、光の素に手が届く。
一気に引き抜く。
白い光を放つそれは、
盾の表面には、祈りを捧げる女神の像が彫られている。
ユーレリア
ジークはその場で左手に盾を装備し、右手で盾の内側にセットされた剣を引き抜く。
銀色の刃が、淡い光を放つ。
そこにある、ただそれだけで、清浄なる気が空間に満ちていく。
ジークにはその剣が、この宝の山にあるどの金銀財宝より価値のあるものに思えた。
ユーレリア神教の
ドラゴンはジークのその様子を横目で見ながら、満足げな笑みを浮かべる。
それを持てるということは、勇者のパーティメンバーとして、女神の承認を得たということだ。
さて、兄の方はどうか。
ドラゴンが振り返ると、不安定な宝の山の上で剣の型を一心不乱に行っているマッチョがいた。
上半身裸で、引き抜いた
いつからやっていたのか、既に全身、汗びっしょりだ。
思わず、ドラゴンはずっこけた。
そこはまず、聖剣を得た感動に浸るところだろうに。
いきなり素振りかい。
脳筋はこれだから。
ペシ。ペシ。ペシ。ペシ。
ドラゴンが振り返る。
なんとも神妙な顔をした杏奈が、スリングショットに落ちている金貨をセットして、ドラゴンの身体のあちこちに、放っている。
が、ゴムを振り絞らずに放っている為、威力は、ほぼ皆無だ。
攻撃というより、何かを確認しているかのように見える。
ペシ。ペシ。ペシ。ペシ。
「何のつもりだ……」
ドラゴンが杏奈に向き直って問い掛ける。
その言葉が届いているのか、いないのか。
杏奈は気にせず、金貨を撃ち続けている。
「やめい!」
ドラゴンが吠える。
ようやく結論が出たのか、杏奈がようやく攻撃をやめた。
「……ドラゴンさん、あんた、その姿、本体じゃないね?」
「……」
黙り込むドラゴン。
と、次の瞬間、ポンっと音を立てて、ドラゴンの姿が消えた。
代わって、全長四十センチ程の小さなドラゴンが現れる。
「か、可愛い! ねね、それが本体なの?」
「男の子に可愛いは褒め言葉じゃないよ! でも、何で分かったの?」
「シッポとか影響の無さそうな場所を狙おうとしたら、そこには何も無いってスキルが教えてくれたのよ。それってつまり、何か小さな生き物が、大きな生き物の皮を被ってるってことよね」
「なーるほどね。まぁいいや。目的のものは手に入れたでしょ? さ、先に行くといいよ」
決意に満ちた表情のジークと、一汗かいて満足したクレイグの兄弟が、杏奈の元に戻ってくる。
二人の手には、聖剣が輝いている。
心なしか、二人の表情が明るい。
小さなドラゴン『ヴァングリード』は、それを横目で見ながら、一つため息をつ き、羽根をパタパタ羽ばたかせて奥の方に飛んでいく。
「ねぇ、ヴァン」
そんなヴァンを杏奈が呼び止める。
「なに?」
ヴァンが面倒臭そうにこちらに振り返りながら、その場でホバリングする。
「……一緒に来ない?」
「え?」
「こんなダンジョンに一人でいてさ、つまらなくない?」
「そりゃあ……。で、でも、お宝を護るのがボクのお役目だし」
杏奈はヴァンに近寄り、ギュっと抱きしめた。
「一番大切なお宝は、ちゃんと継承されたでしょ。それでいいじゃん」
「そりゃまぁそうだけど。え、でも……いいの?」
ヴァンが杏奈の胸に抱かれながら、上目遣いで杏奈を見る。
「一緒に空を駆けよう、ヴァン」
「……分かった。ボク、杏奈と一緒に行く!」
チャチャチャチャチャチャ、チャチャチャチャチャチャ、チャラララッラ、チャンチャンチャンチャンチャーンチャーーン。
「何の音?」
「なにも聞こえないわよ」
杏奈は小竜『ヴァン』に、とびっきりの笑顔を向けた。
こうして杏奈は、クレイグ、ジークの兄弟だけでなく、ドラゴンのヴァンをも、仲間にしたのであった。
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