第22話 時坂杏奈と死霊王の迷宮

【登場人物】

時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。勇者。お人好し。

スターゲイル・クレイグ……白金級プラチナの冒険者。

ピーちゃん……巨大ヒヨコ。パルフェという、馬に並ぶポピュラーな乗り物。

      


「お人好し、かなぁ……。でもさ、やっぱり子供の運動会には出たいものじゃない? 親としてはさ。わたしにはまだ子供がいないけど、っていうか、彼氏すら今はいないけど、子供生まれたら運動会絶対行くもん。全力で子供の応援するもんね。だからさ……、それが人でも魔族でも、幸せが一番ってことで」


 杏奈は何も無い空を見ながら、ちょっと照れたように笑った。



 杏奈はヴィヨンの町に着いてすぐ、ピーちゃんを宿に預け、その足で冒険者ギルドに向かった。

 勇者とはいえ、どこぞの王様からお給金を頂けるわけではない。

 必要経費は当然、自分持ちだ。

 

 ジェルデランドでジャックポットを起こして得た金もそろそろ尽きようとしている。

 

 パルフェのピーちゃん購入が、やはり大きかった。

 便利ではあるが、維持費が掛かる。

 ピーちゃんの食費や宿泊費も自分の旅費にプラスされる為、お金の減りが以前に比べて格段に早い。

 ここらで補充しておかないと、途中で路銀ろぎんが尽きて、進退窮しんたいきわまってしまう。


 それほど大きな町では無かったが、冒険者ギルドは賑わっていた。

 というより、かなり忙しそうだ。


「もういないか? そろそろ出立するぞ!」


 頭の禿げ上がった年配の冒険者が大声を出す。

 フロアの一角に、冒険者が大勢集まっている。

 皆、武器も防具も立派だ。

 誰も彼も、凄みがある。

 歴戦の勇士の風格だ。 


 杏奈はそれを横目で見ながらカウンターに近寄った。

 と、そのとき。


「もう一人、このお姉ちゃんを追加だ!」


 いきなり杏奈の左手首が太い腕に掴まれ、高く上げられた。

 強い力だ。

 ほどけない。


「よし、じゃ、そこの水晶級クォーツで締め切りだ。行くぞ!」


 みんなゾロゾロ外に出ていく。

 杏奈は身をよじって、自分の腕を取った人物を見る。

 男性が杏奈に向かってウィンクをしながら、そっと手を放す。


「あんた……」

「よ、久しぶりだな、姉ちゃん。あれから少しは強くなったか?」


 男がニヤっと笑う。

 それは、白金級プラチナの冒険者『スターゲイル・クレイグ』だった。



「事の発端は、二、三ヶ月前だ。その頃から、この町で奇妙な流行はややまいが広がり始めた。症状としては、一週間ほど高熱を出した挙げ句、死ぬ。死ぬだけならまだいい。いやらしいことに、墓地に埋葬されたはずの死人が自ら墓穴はかあなを出て、歩いてどこかに行くんだ」

「うわ、気持ち悪っ」


 クレイグは杏奈に並走しながら、今回の依頼内容を話してくれた。 

 その内容に、杏奈は心底嫌そうな顔をする。


「その内、誰かが気付いた。死人の行き先を。この先にある地下ダンジョンだ。即刻ヴァッカース王国の大規模国営調査団が派遣された。その結果、今回の件の首謀者、すなわち、この地下ダンジョンのあるじが判明した」

「誰だったの?」

 

 杏奈は息を飲んだ。


死霊王しりょうおう『リッチ』だ。知ってるか? リッチ」

「金持ち?」

「……姉ちゃんの頭の中を一度覗いてみたいよ。そうじゃない。太古の秘術を使って、自らに不死の術をかけた最高位魔術師だ。食うことも寝ることも興味を無くし、研究にのみ邁進まいしんしているから、ボロをまとったガイコツって見た目のやつが多い。基本、こちらから手を出さない限り無害なんだけどな」

「はーー。そんな無害なガイコツが何で騒動を起こすのよ」

「それは分からん。何か理由があったんだろう。ごくたまに、そういうタイプのやつが現れる。そうなると大変だ。ヤツは死霊使いネクロマンサーだ。生きている人間をことごとく死人にして、自らの配下に加える。放っておくと、国が丸ごと滅びちまう」

「それはまた……エグいわね」


 杏奈はガイコツの群れが地表を埋め尽くす国を想像し、ゲンナリした。

 クレイグが頷く。


「そこで国は、本件を第一級激甚災害げきじんさいがいに指定し、国中の冒険者ギルドに大号令をかけた。正規軍は、対魔王戦の準備で割けないからな。そんなわけで、ヴァッカースだけでなく、ワルダラット含む他の王国からも、冒険者が集まり、リッチ退治に出向いている、というわけだ」


道理どうりで冒険者がたくさん集まっているわけだ。


「リッチって、そんなに強いの?」

洒落しゃれにならないくらい強いぞ。周りにいる大量の死霊兵を倒さない限り近づけん上に、高位魔法をバンバン使ってくる。なにせ、元が最高位魔術師だからな。その上、殺された冒険者がすぐ操られて敵方に回るから、戦闘が長引くと、敵の戦力がどんどん増えていく。だから今回、物量作戦を取ることになった。大量の冒険者を一気に投入して、リッチを倒しちまおうってな」


 杏奈は周囲を見回した。

 ここでの戦闘参加人数は、五十人以上だ。

 馬だけでなく、杏奈と同じくパルフェに乗っている者もいる。

 馬車をしつらえている者もいる。

 当然、男性だけではない。女性もいる。


 だが、いずれにしても、タグを見る限り、皆、杏奈より遥かに格上だ。

 それを全力投入するほどの相手が、今回の敵なのか。

 ギルドに寄る前に、道具屋で鉄球を大量補充しておいて良かった。 

 杏奈は不安を打ち消すように、左手に装備したスリングショットをそっと撫でた。



 山の中腹、ガレ場の只中に、隠されるような形で、小さな扉があった。

 その脇に、木製の立て看板が刺さっている。

 ヴァッカースの調査団が、ダンジョンマスターであるリッチにもバレぬよう、密かに開けた入り口らしい。


「バーゼム(解錠)」


 魔法使いが呪文を唱えると、扉が開いた。

 他の冒険者と一緒に、杏奈も扉の中に入る。

 

 入ってビックリした。 

 石畳だ。

 土を掘って作ったダンジョンかと思いきや、壁も天井も床も、石で覆われている。

 思った以上に天井が高く、所々ところどころ立っている柱の意匠も見事だ。


 冒険者が三々五々さんさんごご、色んな方向に散っていく中、クレイグが杏奈の隣に来る。 


「調査団によると、ドワーフの国、古代ヴェーリング王国の跡地だそうだ。がまぁ、見ての通り、ドワーフがいなくなって久しい。なぜドワーフがここを放棄したのかは知らんが、リッチは家主が去った後、ここに住み着いたようだ」


 どうやら、杏奈の護衛のつもりらしい。

 あるいは、引っ張り込んだ責任を感じているのか。

 

 杏奈とクレイグは、骸骨兵スケルトンやイビルバットなど、出会うモンスターを倒しながら先に進んだ。

 これだけの人数が入っているのだ。 

 どの道、リッチには、とうの昔に侵入はバレていることだろう。

 

 と、遠くから、激しい剣戟の音が聞こえた。

 杏奈はクレイグと顔を見合わせ、次の瞬間、二人して走り出した。


 二人はコロッセウムの観客席に出た。

 中央、コロッセウムの中で、三メートルほどの身長の、上半身裸のモンスターが何体も、巨大な斧を振るって暴れている。

 牛の頭。

 ミノタウルスだ。

 

 冒険者たちが周りを取り囲みながら斬り込むも、斧のリーチが長く、なかなか踏み込めない。

 すでに倒された冒険者が何人も出ているようだ。

 

 クレイグが観客席からジャンプし、一気に戦場に飛び込んだ。

 身長と同じくらい長く分厚い大剣を振って、ミノタウルスに斬りかかる。


 さすがに白金級だ。

 ただのマッチョかと思いきや、素早い動きで敵を翻弄し、斧をギリギリのところで避け、的確な一撃を叩き込む。


 強力な戦力が参戦したからか、冒険者たちの動きが良くなっていく。

 全てのミノタウルスが倒され、コロッセウムの冒険者たちが息を整え始める。


『ほっほっほ、やりおるやりおる……』


 どこからか、笑い声が聞こえてきた。

 杏奈はキョロキョロ辺りを見回した。

 他のコロッセウム内の冒険者たちにも聞こえたらしい。

 皆、辺りを鋭い目で見回す。

 だが、声の主は見つからない。

 まるで、スピーカーを通して聞こえてくるみたいに、コロッセウム全体に声が響いている。


下賤げせんな侵入者ども。次は、こいつらの相手をしてもらおうか……』

 

 声が消えるのと同時に、コロッセウムの入り口が開いた。

 モンスターが数匹飛び込んでくる。


 異形のモンスター。

 獅子の部位、ヤギの部位、そして蛇の部位。

 一匹のモンスターに様々な生き物の部位が不自然に詰め込まれている。

 キメラだ。


 続いて、三つの犬の頭と蛇の尾を持つモンスターが入ってくる。

 ケルベロスだ。


 キメラもケルベロスも人間などより遥かに大きい。

 体長五メートルは、あるだろうか。 

 見た瞬間に、とんでもなく強いと分かる。 

 それが、合わせて十頭も入ってきて、鋭い咆哮と共に、コロッセウム内を駆け巡る。

 

 素早い。

 疲れ切った冒険者たちの中に飛び込んで、冒険者を薙ぎ倒す。

 腕の一振りで冒険者が吹っ飛ぶ。

 その爪ときたら、金属鎧プレートメイルが簡単に引き裂かれるほどだ。


 ヤバい。

 杏奈は観客席の縁を走りながら、左手首を軽く振った。

 スリングショットが一瞬でセットされる。

 腰から吊るした小袋に右手を突っ込み、鉄球を取り出す。

 

 シュート!


 撃つ。

 撃つ。

 撃つ。


 一発一発に必殺の気を込めて撃つ。

 鉄球が当たる度に、モンスターの部位が吹っ飛び、戦闘不能になる。

 コロッセウム内の弱った冒険者より、観客席にいる新たな強敵が先と思ったのか、モンスターたちがターゲットを冒険者から杏奈に切り替える。


 一斉に向かってくる。

 動きが早い。

 正面から向かってくる何匹かは倒したが、何匹かは杏奈の必殺ショットをジグザクに避けながら、接近する。

 杏奈は、百発分の鉄球を、一分で使い切った。


 腰に提げた次の鉄球の小袋を開ける。

 リロード。


 キメラがコロッセウムの高い壁をひとっ飛びで乗り越え、杏奈に迫る。

 次の瞬間。


「そこまでだ!」


 観客席の上部、キャットウォークから何かが飛び降りてくる。

 銀色の鎧が光る。

 騎士だ。

 騎士が回転しつつ、持った剣をキメラに叩きつけた。

 ただのロングソードの一刀で、キメラの巨体が真っ二つに分断される。


 続いて観客席に飛び込んできたケルベロスを横薙ぎにする。

 斬れ味鋭く、こちらも一刀両断する。

 モンスターの返り血で騎士の鎧が赤く染まる。


「大丈夫ですか? 杏奈さん」

 

 そう言いながら、騎士が兜を脱ぐ。

 美形イケメンだ。

 金髪美形がニコっと笑う。


「えっと、どこかでお会いしたことありましたっけ?」

 

 美形騎士が、杏奈の手を取って、ひざまずく。


「お初にお目に掛かります、勇者よ。自分はヴァッカース王国の聖騎士『ジークフリート=クラウヴェル』と申します。気軽に、ジークとお呼びください」

「え? だってヴァッカースは魔王討伐の準備で正規軍を派遣出来ないって……」

「その予定でした。でも、ワルダラットからの早馬で、今代の勇者がヴァッカースに向かっているとの情報を得ましたもので、聖騎士公である父より、勇者殿を迎えに行くよう、命令を受けたのです。ところが、ヴィヨンの町に着いたら、リッチ討伐に参加されたと聞いて、こうして慌てて追いかけてきた次第です」


 コロッセウムの中では、ジークの部下たちの参戦もあって、モンスターはことごとく、そのしかばねさらしていた。

  

「それにしても、兄さんがついていながら勇者殿を危険に晒すなんて。しばらく見ない間に、腕が鈍ったのではないですか?」 

 

 美形騎士・ジークが杏奈の後ろに向かって話しかける。

 杏奈が振り返った。

 そこには、巨漢冒険者、『スターゲイル・クレイグ』こと、『クレイグ=クラウヴェル』が苦笑いしながら立っていたのであった。

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