第14話 時坂杏奈の借金返済大作戦
【登場人物】
「酔っ……くっ、返す言葉も無い」
杏奈は何も無い空を見ながら、
イヴリンから更に海沿いに西に向かったところに、ジェルデランドの町がある。
本来の行き先、ワルダラット王国からは方向がズレているのだが、今回の寄り道には、目的があった。
借金返済だ。
杏奈はイヴリンの花祭りで酒に寄って居眠りをし、財布を
そこで杏奈は恥を忍んで、五百年前の、先代の勇者パーティメンバーの最後の生き残り、賢者イルマに事情を話し、一夜の宿と金を借りた。
十万リンだ。
仕方なかったこととはいえ、借金を抱えてしまった。
元々天涯孤独で、ずっと一人暮らしをしていた杏奈だ。
借金なんて大嫌い、精算は必ず現金で、という生粋の現金主義者で、生まれてこの方、一度もキャッシュカードを作らなかった。
それなのに、よりによって異世界で、借金を背負ってしまった。
気持ち悪くて仕方が無い。
早く借金を返したい。
では、どうやって返済するか。
杏奈は冒険者だ。
冒険者なら冒険者らしく、報酬で返済しようじゃないか。
そう思い、イヴリンからほど近く、冒険者ギルドがある、それなりに大きな町を探した。
そうして着いたのが、ここ、ジェルデランドだ。
着いてみると、ジェルデランドが特殊な町だということが分かった。
海に近いが漁港は無い。
どちらかというと観光に力を入れている。
きらびやかな町だ。
魔法によるものなのか、昼夜関係なく、町のあちこちに光が灯されている。
そして町の中央に
杏奈は、外国語が喋れない。
一応、学校で外国語を習ったが、喋るとなるとまた別だ。
臆病な杏奈にとって、日本語が通じないところに行くなど論外だ。
その為、旅行は日本国内にしか行ったことが無い。
興味が無いわけでは無かったが、そんなわけで、外国のカジノに行くなど、想像すらしたことが無かった。
だが、今自分は、言葉の通じる状況でカジノの前にいる。
となると
ちょっと覗くだけ……。
杏奈はカジノの扉をくぐった。
照明がピカピカ光る大きな室内に、卓やゲームが幾つも置いてある。
台で行うカードゲームのようなもの、ルーレットのような回転盤で球を回すもの、スロットのようなリールを回すもの、そして動物レース。
文明が違っても、こういうものの発展の方向性はあまり変わらないようだ。
杏奈はまず、動物レースのレーンに近寄った。
看板にミミルレースと書いてある。
大声を出して胴元から木札を買っている観客を避けつつ、杏奈はコースを覗き込んだ。
ウサギだ。
やっぱりキャブリの町で食べた串焼きはコレだったんだ……。
レースが始まる。
ミミルの足が意外と早い。
木札を持った観客たちが興奮して叫ぶ。
一周、百メートルほどのコースをウサギがピョンピョン跳ねながらゴールを目指す。
コースの中央に一際高い台が設置されており、そこに立った実況者が
ゴーーーーーール!
当たった客は興奮し、カウンターまで払い戻しをしに行き、外れた客はガックリ肩を落とす。
どこのカジノも同じだ。
やり方は、だいたい分かった。
この後、冒険者ギルドに行くとして、景気づけに
杏奈は木札を買うべく、胴元のところに向かった。
杏奈は呆然としていた。
試しにとやってみたミミルレースで、あれよあれよという間に
杏奈の懐に、換金用に使うコインが山ほど入っている。
杏奈は壁に掛かっている換金表を見、頭の中で計算する。
「か、換金したら、百万リン超えちゃう?……わたし、才能ある?」
杏奈の顔が興奮で紅潮する。
単なる偶然か、ビギナーズラックか。
なまじ、今まで賭け事を一度もやったことが無かったからか、この当たりで、杏奈は、すっかりハマってしまった。
杏奈はルーレットの台に移動した。
ディーラーが回転盤にボールを投げ入れる。
内容は、ほぼルーレットと同じ。
ボールが入る穴にマークや数字が書いてある。
台に書かれた枠が、マークや数字毎に並んで区切ってあり、ボールの入った穴と同じマーク、数字のところに木札を置くだけだ。
勝てば勝つほど、倍々で当たり配当が大きくなっていく。
ミミルレースで気が大きくなった杏奈は、高額配当を求め、賭け札を購入した。
昼前にカジノ場に入ったのだが、もう夜だ。
だが、客は減るどころか、増える一方だ。
そんな中、杏奈の懐のカジノコインは大きく減っていた。
最初の当たりで止めれば黒字で済んでいた。
だが、ハマってしまった杏奈には止めることが出来なかった。
結果、賢者イルマに借りた金も、残りわずかとなっていた。
次こそは、次こそは、そう思って賭け続けた。
負けを取り戻そうとする杏奈の目が血走っている。
典型的なギャンブル依存症だ。
と、その時、杏奈の襟が後ろに引っ張られた。
振り返ると、そこに見知った姿があった。
「ユーレリア!」
そこにいたのは、ここ異世界ヴァンダリーアを統べる女神、ユーレリアだった。
慌てて、周りを見回す。
周囲の人の動きが止まっている。
音もだ。
杏奈は、かつて、同じ現象を見たことがあった。
大神ガリアードがベルネットの町の酒場でやったのと全く同じだ。
『大丈夫。時間を止めてあります。何が起こっても誰も気付きません』
「そっか、
『何の用? 杏奈さん、あなたこんなところで何やってるんですか?』
「あぁ、カジノのこと? うん。ここでちょっと稼ごうかと思って」
『魔王が着々と侵略の準備を進めているというのに、こんなところで賭け事ですか? あなた、勇者でしょ?』
怒っている。
女神がとんでもなく怒っている。
杏奈もさすがにそれは察した。
「そんなに怒らないでよ、もぅ。もうちょっとで勝てそうなのよ。そしたらまた旅に戻るから。ね?」
ユーレリアが無言で杏奈の両手を握った。
理解してくれたのかと思い、杏奈は笑顔を見せる。
次の瞬間。
ガガーーーーーーン!
杏奈は室内にいるにも関わらず、雷に撃たれた。
部屋中が白い光に包まれる。
凄まじい衝撃だった。
「ふしゅぅぅぅ……。ケホっ」
杏奈の口から煙が出る。
クルクル回っていた目が、正気を取り戻す。
『杏奈さん? わたしが分かりますか?』
「女神ユーレリアでしょ。どうしたの?」
『では、ここがどこだか分かりますか?』
「ここ? カジノ場でしょ? って、わぁ! わたし、こんなところで何してるんだろ」
『正気に戻ったようですね。良かった。では、ここから出ましょう。っと、その前に。杏奈さんには冒険に専念していただきます。その為に、借金を無くし、
杏奈は壁に掛かっている掛け率表を見る。
「ちょっとちょっと、ユーレリア、結構な配当になっちゃうよ」
『勇者をギャンブル依存症にしておくわけにはいきませんから。では、時を動かしますよ』
杏奈の耳に音が戻ってきた。
杏奈は後ろを振り返る。
誰もいない。
杏奈は有り金全てを木札に替え、星の00に置いた。
ディーラーの口の端が、他の客に気付かれぬレベルで、微かに上がる。
笑っている。
絶対オケラにしてやる。そう、その目が言っている。
ディーラーが回転盤に向かって、球を投げた。
これまでの結果から考えると、このディーラーは、球を自在に好きな場所に入れられる。
そこまで技術を高めるのに血の
杏奈は気付かれぬよう、そっとディーラーの目を見た。
勝利の色が浮かんでいる。
おそらく球は、ディーラーの望む場所、惜しかった感を最大限発揮出来る場所、星の00の隣あたりに入るだろう。
本来であれば。
だが、こちらには女神ユーレリアがついている。
コロコロコロ…………、カラーーン。
果たして。
球は、星の00に入った。
ディーラーの目がこれ以上無いくらい、大きく見開かれる。
信じられないものを見たような表情だ。
歓声が湧く中、杏奈は黙ってカウンターで配当金を受け取り、カジノを出た。
そこに、勝利の爽快感は無かった。
カジノを出ると、正面に白のローブを着た人物が立っていた。
背が杏奈とほぼ同じ。
フードを取るまでもない。
賢者イルマだ。
杏奈は黙って、借りたお金、皮の小袋に入った十万リンをイルマに渡した。
イルマが受け取る。
「そんなもんさ。神の力の前では、確率さえ自在に変えられてしまう。賭け事なんぞ、やる気が失せるじゃろ」
「うん……」
「ま、落ち込むことは無い。我々、前の勇者のパーティーも、同じようにここで足止めを食らったからね」
「うん……」
「さ、進むがいい。魔王がお前さんを待っている」
「うん……」
杏奈はイルマをそこに残し、宿屋に向かった。
翌朝、杏奈はジェルデランドの町の、大通りに面したとある店の中にいた。
店、というより
ワラと
「この子にするわ」
それは、身長、一メートルくらいの大きさの……ヒヨコだった。
触ってみる。
ふわっふわの、もっこもこだ。
飼育員が売買手続きをする。
今回の大当りで、杏奈は自前の移動手段を得ることが出来た。
苦い結果になったが、これだけは収穫だ。
いつまでも落ち込んでても仕方ない。
先に進まなくっちゃ。
杏奈はヒヨコを撫でる。
ヒヨコが
「そうね。あんたの名前は……ピーちゃん。よろしくね、ピーちゃん」
「ピィィィ!」
ヒヨコが高い声で鳴いた。
杏奈は思わずクスっと笑い、ピーちゃんにまたがる。
視界が高くなって、ちょっといい気分だ。
「さ、行こう、ピーちゃん。冒険の旅へ」
杏奈はヒヨコに乗ったまま、町を出た。
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