第14話 時坂杏奈の借金返済大作戦

【登場人物】

時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。酔っ払い。



「酔っ……くっ、返す言葉も無い」


 杏奈は何も無い空を見ながら、両拳りょうこぶしをギュっと握りしめた。



 イヴリンから更に海沿いに西に向かったところに、ジェルデランドの町がある。

 本来の行き先、ワルダラット王国からは方向がズレているのだが、今回の寄り道には、目的があった。

 借金返済だ。


 杏奈はイヴリンの花祭りで酒に寄って居眠りをし、財布をられ、一文無しになった。

 そこで杏奈は恥を忍んで、五百年前の、先代の勇者パーティメンバーの最後の生き残り、賢者イルマに事情を話し、一夜の宿と金を借りた。

 十万リンだ。


 仕方なかったこととはいえ、借金を抱えてしまった。

 元々天涯孤独で、ずっと一人暮らしをしていた杏奈だ。

 借金なんて大嫌い、精算は必ず現金で、という生粋の現金主義者で、生まれてこの方、一度もキャッシュカードを作らなかった。

 それなのに、よりによって異世界で、借金を背負ってしまった。

 

 気持ち悪くて仕方が無い。

 早く借金を返したい。

 では、どうやって返済するか。

 

 杏奈は冒険者だ。

 冒険者なら冒険者らしく、報酬で返済しようじゃないか。

 そう思い、イヴリンからほど近く、冒険者ギルドがある、それなりに大きな町を探した。

 そうして着いたのが、ここ、ジェルデランドだ。


 着いてみると、ジェルデランドが特殊な町だということが分かった。

 海に近いが漁港は無い。

 どちらかというと観光に力を入れている。

 きらびやかな町だ。

 魔法によるものなのか、昼夜関係なく、町のあちこちに光が灯されている。

 そして町の中央に一際ひときわ大きな施設、カジノがあった。


 杏奈は、外国語が喋れない。

 一応、学校で外国語を習ったが、喋るとなるとまた別だ。

 臆病な杏奈にとって、日本語が通じないところに行くなど論外だ。

 その為、旅行は日本国内にしか行ったことが無い。

 

 興味が無いわけでは無かったが、そんなわけで、外国のカジノに行くなど、想像すらしたことが無かった。

 だが、今自分は、言葉の通じる状況でカジノの前にいる。

 となると俄然がぜん、興味が湧いてくる。


 ちょっと覗くだけ……。

 杏奈はカジノの扉をくぐった。


 

 照明がピカピカ光る大きな室内に、卓やゲームが幾つも置いてある。

 台で行うカードゲームのようなもの、ルーレットのような回転盤で球を回すもの、スロットのようなリールを回すもの、そして動物レース。

 文明が違っても、こういうものの発展の方向性はあまり変わらないようだ。


 杏奈はまず、動物レースのレーンに近寄った。

 看板にミミルレースと書いてある。 

 大声を出して胴元から木札を買っている観客を避けつつ、杏奈はコースを覗き込んだ。

 ウサギだ。

 やっぱりキャブリの町で食べた串焼きはコレだったんだ……。

 

 レースが始まる。

 ミミルの足が意外と早い。

 木札を持った観客たちが興奮して叫ぶ。

 一周、百メートルほどのコースをウサギがピョンピョン跳ねながらゴールを目指す。


 コースの中央に一際高い台が設置されており、そこに立った実況者が逐次ちくじ状況を早口で解説し、レースを盛り上げる。


 ゴーーーーーール!


 一際ひときわ大きな歓声が上がる。

 当たった客は興奮し、カウンターまで払い戻しをしに行き、外れた客はガックリ肩を落とす。

 どこのカジノも同じだ。

 

 やり方は、だいたい分かった。

 この後、冒険者ギルドに行くとして、景気づけに一勝負ひとしょうぶやってみようか。

 杏奈は木札を買うべく、胴元のところに向かった。



 杏奈は呆然としていた。

 試しにとやってみたミミルレースで、あれよあれよという間に大勝おおがちした。

 杏奈の懐に、換金用に使うコインが山ほど入っている。

 杏奈は壁に掛かっている換金表を見、頭の中で計算する。


「か、換金したら、百万リン超えちゃう?……わたし、才能ある?」


 杏奈の顔が興奮で紅潮する。

 単なる偶然か、ビギナーズラックか。

 なまじ、今まで賭け事を一度もやったことが無かったからか、この当たりで、杏奈は、すっかりハマってしまった。


 杏奈はルーレットの台に移動した。

 ディーラーが回転盤にボールを投げ入れる。

 内容は、ほぼルーレットと同じ。

 

 ボールが入る穴にマークや数字が書いてある。

 台に書かれた枠が、マークや数字毎に並んで区切ってあり、ボールの入った穴と同じマーク、数字のところに木札を置くだけだ。


 勝てば勝つほど、倍々で当たり配当が大きくなっていく。

 ミミルレースで気が大きくなった杏奈は、高額配当を求め、賭け札を購入した。


 昼前にカジノ場に入ったのだが、もう夜だ。

 だが、客は減るどころか、増える一方だ。

 そんな中、杏奈の懐のカジノコインは大きく減っていた。

 

 最初の当たりで止めれば黒字で済んでいた。

 だが、ハマってしまった杏奈には止めることが出来なかった。

 結果、賢者イルマに借りた金も、残りわずかとなっていた。


 次こそは、次こそは、そう思って賭け続けた。

 負けを取り戻そうとする杏奈の目が血走っている。

 典型的なギャンブル依存症だ。

 

 と、その時、杏奈の襟が後ろに引っ張られた。

 振り返ると、そこに見知った姿があった。

 

「ユーレリア!」


 そこにいたのは、ここ異世界ヴァンダリーアを統べる女神、ユーレリアだった。

 慌てて、周りを見回す。

 周囲の人の動きが止まっている。

 音もだ。

 

 杏奈は、かつて、同じ現象を見たことがあった。 

 大神ガリアードがベルネットの町の酒場でやったのと全く同じだ。

 

『大丈夫。時間を止めてあります。何が起こっても誰も気付きません』

「そっか、一安心ひとあんしん。で、何の用?」

『何の用? 杏奈さん、あなたこんなところで何やってるんですか?』

「あぁ、カジノのこと? うん。ここでちょっと稼ごうかと思って」

『魔王が着々と侵略の準備を進めているというのに、こんなところで賭け事ですか? あなた、勇者でしょ?』


 怒っている。

 女神がとんでもなく怒っている。

 杏奈もさすがにそれは察した。


「そんなに怒らないでよ、もぅ。もうちょっとで勝てそうなのよ。そしたらまた旅に戻るから。ね?」


 ユーレリアが無言で杏奈の両手を握った。

 理解してくれたのかと思い、杏奈は笑顔を見せる。

 次の瞬間。


 ガガーーーーーーン!


 杏奈は室内にいるにも関わらず、雷に撃たれた。

 部屋中が白い光に包まれる。

 凄まじい衝撃だった。


「ふしゅぅぅぅ……。ケホっ」


 杏奈の口から煙が出る。

 クルクル回っていた目が、正気を取り戻す。


『杏奈さん? わたしが分かりますか?』

「女神ユーレリアでしょ。どうしたの?」

『では、ここがどこだか分かりますか?』

「ここ? カジノ場でしょ? って、わぁ! わたし、こんなところで何してるんだろ」

『正気に戻ったようですね。良かった。では、ここから出ましょう。っと、その前に。杏奈さんには冒険に専念していただきます。その為に、借金を無くし、後顧こうこうれいを無くしましょう。杏奈さん、次のラウンドで、星の00に持ち金全部賭けてください。わたしの力で確率を変更し、そこに球を導きます。本来こんなインチキなど、いけないことですが、今回は特別です』


 杏奈は壁に掛かっている掛け率表を見る。


「ちょっとちょっと、ユーレリア、結構な配当になっちゃうよ」

『勇者をギャンブル依存症にしておくわけにはいきませんから。では、時を動かしますよ』 


 杏奈の耳に音が戻ってきた。

 杏奈は後ろを振り返る。

 誰もいない。

 

 杏奈は有り金全てを木札に替え、星の00に置いた。

 ディーラーの口の端が、他の客に気付かれぬレベルで、微かに上がる。

 笑っている。

 絶対オケラにしてやる。そう、その目が言っている。

  

 ディーラーが回転盤に向かって、球を投げた。

 これまでの結果から考えると、このディーラーは、球を自在に好きな場所に入れられる。

 そこまで技術を高めるのに血のにじむような修練を積んだのだろう。

  

 杏奈は気付かれぬよう、そっとディーラーの目を見た。 

 勝利の色が浮かんでいる。

 おそらく球は、ディーラーの望む場所、惜しかった感を最大限発揮出来る場所、星の00の隣あたりに入るだろう。 

 本来であれば。

 だが、こちらには女神ユーレリアがついている。

 

 コロコロコロ…………、カラーーン。


 果たして。


 球は、星の00に入った。

 ディーラーの目がこれ以上無いくらい、大きく見開かれる。

 信じられないものを見たような表情だ。

 

 歓声が湧く中、杏奈は黙ってカウンターで配当金を受け取り、カジノを出た。

 そこに、勝利の爽快感は無かった。

 


 カジノを出ると、正面に白のローブを着た人物が立っていた。

 背が杏奈とほぼ同じ。

 フードを取るまでもない。

 賢者イルマだ。

 

 杏奈は黙って、借りたお金、皮の小袋に入った十万リンをイルマに渡した。

 イルマが受け取る。


「そんなもんさ。神の力の前では、確率さえ自在に変えられてしまう。賭け事なんぞ、やる気が失せるじゃろ」

「うん……」

「ま、落ち込むことは無い。我々、前の勇者のパーティーも、同じようにここで足止めを食らったからね」

「うん……」

「さ、進むがいい。魔王がお前さんを待っている」

「うん……」


 杏奈はイルマをそこに残し、宿屋に向かった。



 翌朝、杏奈はジェルデランドの町の、大通りに面したとある店の中にいた。

 店、というより厩舎きゅうしゃだ。

 ワラと獣臭けものしゅうがする中、杏奈は一匹の動物の前に立った。


「この子にするわ」


 それは、身長、一メートルくらいの大きさの……ヒヨコだった。

 触ってみる。

 ふわっふわの、もっこもこだ。

 飼育員が売買手続きをする。


 今回の大当りで、杏奈は自前の移動手段を得ることが出来た。

 苦い結果になったが、これだけは収穫だ。

 いつまでも落ち込んでても仕方ない。

 先に進まなくっちゃ。


 杏奈はヒヨコを撫でる。

 ヒヨコが小首こくびかしげ、つぶらな瞳で杏奈を見つめる。


「そうね。あんたの名前は……ピーちゃん。よろしくね、ピーちゃん」

「ピィィィ!」


 ヒヨコが高い声で鳴いた。

 杏奈は思わずクスっと笑い、ピーちゃんにまたがる。

 視界が高くなって、ちょっといい気分だ。


「さ、行こう、ピーちゃん。冒険の旅へ」


 杏奈はヒヨコに乗ったまま、町を出た。

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