第15話 時坂杏奈と女神の依頼

【登場人物】

時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。ギャンブル依存症。

ピーちゃん……巨大ヒヨコ。パルフェという、馬に並ぶポピュラーな乗り物。

       


「……もう懲りました。ごめんてば」


 杏奈は何も無い空を見ながら、そっとため息をついた。



 杏奈は特大ヒヨコのピーちゃんに乗り、山道を進んでいた。

 切り立った崖を縫うように山道があり、ジェルデランドからカルルックに抜けるには、不便だが、この道を行くしかない。

 

 道幅が狭い。

 杏奈はヒヨコに乗っているので、まだ余裕があるが、これが馬車だと大変だ。

 二台すれ違える場所を探して、どちらかが後退する必要が出てくる。

 とはいえ、狭いことには代わりないので、杏奈は慎重にピーちゃんを走らせた。


 と、その時だ。


 杏奈は、遥か前方で煙が高く上がっているのに気が付いた。

 何かが燃えている?

 耳を澄ませる。

 風に乗って、激しい剣戟けんげきの音が聞こえてくる。

 誰かが戦っている?

 

「ピーちゃん、飛べる?」


 杏奈がヒヨコの背中を撫でた。


「ピィィィィ!」


 杏奈の意を受け、ヒヨコの走るスピードがアップする。

 杏奈は、ヒヨコの邪魔にならないよう、ヒヨコの背にピッタリ身を伏せた。


「ピィィィィィィィィィイ!」


 ヒヨコが飛んだ。

 必死に羽ばたく。

 見る間に地面が遠ざかる。


 このヒヨコ、杏奈命名のピーちゃんだが、異世界ヴァンダリーアでは『パルフェ』という名称のけもので、馬と双璧を成す比較的ポピュラーな移動手段として知られている。


 このパルフェの優れたところは、短時間であれば飛べることだ。

 ただし、あまり多くの荷物は持たせられない。

 乗員一名と、ちょっとした荷物しか乗らない。


 荷物を持たせて馬に乗るか。

 荷物を持たせずパルフェに乗るか。

 旅のスタイルによって、どちらかを選ぶわけだ。

 

 煙の上がっている位置まで、ざっと、三キロといったところか。 

 あまり長くは保たないだろうが、この程度なら何とか飛んでくれるか。


「よし、頼んだよ!」

 

 杏奈はヒヨコの背を優しく叩いた。


 

 杏奈が戦闘現場に着いたとき、そこでは既に戦闘が起こっていた。

 皮鎧かわよろいで上半身をおおった戦士たちが、二メートルもある漆黒の棒、『こん』を武器として、羽の生えた悪魔タイプの魔物と戦っている。 

 棒術だ。 

 

 一方で、倒れた馬車に立てこもる一般人たちの姿と、それを護る鋼の鎧を着た剣士たちの姿が、杏奈の目に入った。


 魔物、五匹に戦士、三人。そして剣士が、二人。

 人数的には互角だ。

 とはいえ、上空から襲ってくる魔物を相手にするには、いくら棒が長いとはいえ、地上で戦う戦士たちには荷が重そうだ。


 杏奈は、ピーちゃんから飛び降りつつ、軽く左手首を振った。

 スリングショットが一瞬でセットされる。

 必殺の気を込め、スリングショットを連射する。

 鉄球が魔物の羽を貫く。

 

「なんで?」


 杏奈の目が、信じられないものを見たかのように、大きく見開かれる。

 戦士と戦っていた魔物が、三匹、バランスを失って墜落する。

 戦士、三人が一気に魔物に駆け寄り、棍を振りかぶる。


 鋭い爪と、口から吐く火炎攻撃をかわしながら、戦士たちは魔物に打撃を打ち込んだ。 

 戦士たちの棍が、体を中心に、クルクル回りながら、自在に舞う。 

 色んな方向から飛んでくる棍に乱打され、魔物は為す術も無く打ち倒された。 

 

 杏奈が馬車の方を振り返ると、馬車を襲っていた魔物は逃げ出したようで、馬車警 護の剣士たちがこちらに向かって剣を振って合図する。


 無事、魔物を倒すことは出来た。

 だが、杏奈は、かなり動揺していた。

 杏奈は、即死攻撃クリティカルとして、眉間みけんを狙った。

 なのに、当たったのは羽だ。

 

 魔物を地上に引きずり下ろすことには成功したが、即死攻撃が発動しなかった。

 今までこんなことは無かったのに……。

 杏奈は動揺を抑えつつ、ヒヨコと共に、馬車に合流した。

 

 

「ナイスアシスト。助かりました、お嬢さん」


 杏奈は棒を持った戦士たちの代表と握手した。

 年齢は、二十代、杏奈とほぼ変わらない感じがする。

 髪を剃っている為、頭が青い。


 残る二人は剣士二人と一緒に、馬車を起こしに行っている。

 馬車は三台あったが、一台は燃えてしまって、使い物にならなそうだ。

 

「わたしはジン。ジン=レイと申します。ユーレリア神教の神務官じんむかんです。ワルダラットの本山に帰る途中、あちらの旅団と行きあったので、同道しておりました。だが、その道中に、あいつらクトニアデーモンに襲われてこのザマです。旅団警備の剣士が、二人ほど犠牲になりました。中位魔族に対してその程度で済んで、まだ良かったと思うべきかもしれませんが。貴女あなたの目的地は、どこです?」

「あ、わたしもワルダラットに行く途中なの。ご一緒していい?」

「勿論です。道中、よろしくお願いします」


 杏奈は再度、神務官のリーダー、ジン=レイと握手を交わした。



 馬車が、一台減った分、荷物を幾つか捨てていくハメに陥ったが、命があっただけマシだろう。

 乗客もそう思ったようで、混乱もせず、旅を進めることが出来た。 


 杏奈は、ジン=レイと並走しながら、昨今の魔物の動向を聞いた。

 やはり、新たな魔王が出現してから、その動きが活発になっているようだ。

 

 翌日、旅団は無事カルルックに入った。

 カルルックの町は、ワルダラット領の東端に位置している。

 ジン=レイたちユーレリア神教の神官たちともそこで別れた。

 ここから北西に行った山中に、ワルダラット本山があるらしい。

 

「詳しい話はわたしにも分かりませんが、本山から急な招集を受けまして。至急帰山しろとのことです。何がなにやらですよ」


 別れ際、ジンは苦笑いをしてみせた。



『杏奈さん、杏奈さん!』

「ふが?」


 深夜、杏奈はいきなり揺り起こされた。

 邪気はしない。

 それどころか、室内が聖なる気に包まれている。


「ユーレリア?」


 杏奈はベッドから跳ね起きた。

 サイドボードに置いておいたメガネを掛け、声のした方を見る。 

 光に包まれた女神ユーレリアが立っている。

 その顔は、真剣そのものだ。


「何かあった?」


 杏奈はユーレリアの浮かべる深刻な表情に、何か重大事があったと感じ、急いで着替えながら問い掛ける。


『ユーレリア神教のワルダラット本山がデーモンの大規模襲撃を受けています。あそこには、わたしの神気を込めた大切な武器、聖武器ホーリーウェポンが保管してあります。勇者に認められし戦士が扱う武器です。それを奪われるわけにはいきません。杏奈さん、加勢に行ってもらえますか?』

「デーモン? 行くのはいいけど、わたしの攻撃、通じるかなぁ。今日、クトニアデーモンってやつに、わたしの即死攻撃がかわされたの。なんでだと思う?」


 ユーレリアはしばし黙って、口を開いた。


『やはり、レベルの高い魔物だと、耐性があるのでしょう。杏奈さんの武器は、本来、攻撃力が低いものですからね。敵の防御力が高すぎて、杏奈さんの攻撃に上手く即死スキルが乗ってくれないんです』

「でもそれだと、ここからの魔物討伐が厳しくなりそう。どうすればいい?」

『一番の解決法は、杏奈さんが、もっと強い武器で戦うことなんですけど、無理ですよね?』

「うん。腕力が足りなくって他の武器は持てないね」

『では、武器にわたしの聖なる力を付与エンチャントしましょう。魔物に対し、絶大な力を発揮してくれるはずです』

「ふむ。例えばどんな感じ?」

『例えば? そうですね。杏奈さんの今までの武器をベレッタ、弾を、九ミリ弾だとすると、杏奈さんのこれからの武器がレオパルド、弾がHEAT弾になります』

「わかりにくっ! 要は、拳銃が戦車になるってイメージね?」

『見た目は変わりませんから、周囲の人に疑われることもありません。さぁ、急ぎましょう』

「オーケー。じゃ、送ってちょうだい!」


 杏奈の体が光に包まれた。

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