第15話 時坂杏奈と女神の依頼
【登場人物】
ピーちゃん……巨大ヒヨコ。パルフェという、馬に並ぶポピュラーな乗り物。
「……もう懲りました。ごめんてば」
杏奈は何も無い空を見ながら、そっとため息をついた。
杏奈は特大ヒヨコのピーちゃんに乗り、山道を進んでいた。
切り立った崖を縫うように山道があり、ジェルデランドからカルルックに抜けるには、不便だが、この道を行くしかない。
道幅が狭い。
杏奈はヒヨコに乗っているので、まだ余裕があるが、これが馬車だと大変だ。
二台すれ違える場所を探して、どちらかが後退する必要が出てくる。
とはいえ、狭いことには代わりないので、杏奈は慎重にピーちゃんを走らせた。
と、その時だ。
杏奈は、遥か前方で煙が高く上がっているのに気が付いた。
何かが燃えている?
耳を澄ませる。
風に乗って、激しい
誰かが戦っている?
「ピーちゃん、飛べる?」
杏奈がヒヨコの背中を撫でた。
「ピィィィィ!」
杏奈の意を受け、ヒヨコの走るスピードがアップする。
杏奈は、ヒヨコの邪魔にならないよう、ヒヨコの背にピッタリ身を伏せた。
「ピィィィィィィィィィイ!」
ヒヨコが飛んだ。
必死に羽ばたく。
見る間に地面が遠ざかる。
このヒヨコ、杏奈命名のピーちゃんだが、異世界ヴァンダリーアでは『パルフェ』という名称の
このパルフェの優れたところは、短時間であれば飛べることだ。
ただし、あまり多くの荷物は持たせられない。
乗員一名と、ちょっとした荷物しか乗らない。
荷物を持たせて馬に乗るか。
荷物を持たせずパルフェに乗るか。
旅のスタイルによって、どちらかを選ぶわけだ。
煙の上がっている位置まで、ざっと、三キロといったところか。
あまり長くは保たないだろうが、この程度なら何とか飛んでくれるか。
「よし、頼んだよ!」
杏奈はヒヨコの背を優しく叩いた。
杏奈が戦闘現場に着いたとき、そこでは既に戦闘が起こっていた。
棒術だ。
一方で、倒れた馬車に立てこもる一般人たちの姿と、それを護る鋼の鎧を着た剣士たちの姿が、杏奈の目に入った。
魔物、五匹に戦士、三人。そして剣士が、二人。
人数的には互角だ。
とはいえ、上空から襲ってくる魔物を相手にするには、いくら棒が長いとはいえ、地上で戦う戦士たちには荷が重そうだ。
杏奈は、ピーちゃんから飛び降りつつ、軽く左手首を振った。
スリングショットが一瞬でセットされる。
必殺の気を込め、スリングショットを連射する。
鉄球が魔物の羽を貫く。
「なんで?」
杏奈の目が、信じられないものを見たかのように、大きく見開かれる。
戦士と戦っていた魔物が、三匹、バランスを失って墜落する。
戦士、三人が一気に魔物に駆け寄り、棍を振りかぶる。
鋭い爪と、口から吐く火炎攻撃を
戦士たちの棍が、体を中心に、クルクル回りながら、自在に舞う。
色んな方向から飛んでくる棍に乱打され、魔物は為す術も無く打ち倒された。
杏奈が馬車の方を振り返ると、馬車を襲っていた魔物は逃げ出したようで、馬車警 護の剣士たちがこちらに向かって剣を振って合図する。
無事、魔物を倒すことは出来た。
だが、杏奈は、かなり動揺していた。
杏奈は、
なのに、当たったのは羽だ。
魔物を地上に引きずり下ろすことには成功したが、即死攻撃が発動しなかった。
今までこんなことは無かったのに……。
杏奈は動揺を抑えつつ、ヒヨコと共に、馬車に合流した。
「ナイスアシスト。助かりました、お嬢さん」
杏奈は棒を持った戦士たちの代表と握手した。
年齢は、二十代、杏奈とほぼ変わらない感じがする。
髪を剃っている為、頭が青い。
残る二人は剣士二人と一緒に、馬車を起こしに行っている。
馬車は三台あったが、一台は燃えてしまって、使い物にならなそうだ。
「わたしはジン。ジン=レイと申します。ユーレリア神教の
「あ、わたしもワルダラットに行く途中なの。ご一緒していい?」
「勿論です。道中、よろしくお願いします」
杏奈は再度、神務官のリーダー、ジン=レイと握手を交わした。
馬車が、一台減った分、荷物を幾つか捨てていくハメに陥ったが、命があっただけマシだろう。
乗客もそう思ったようで、混乱もせず、旅を進めることが出来た。
杏奈は、ジン=レイと並走しながら、昨今の魔物の動向を聞いた。
やはり、新たな魔王が出現してから、その動きが活発になっているようだ。
翌日、旅団は無事カルルックに入った。
カルルックの町は、ワルダラット領の東端に位置している。
ジン=レイたちユーレリア神教の神官たちともそこで別れた。
ここから北西に行った山中に、ワルダラット本山があるらしい。
「詳しい話はわたしにも分かりませんが、本山から急な招集を受けまして。至急帰山しろとのことです。何がなにやらですよ」
別れ際、ジンは苦笑いをしてみせた。
『杏奈さん、杏奈さん!』
「ふが?」
深夜、杏奈はいきなり揺り起こされた。
邪気はしない。
それどころか、室内が聖なる気に包まれている。
「ユーレリア?」
杏奈はベッドから跳ね起きた。
サイドボードに置いておいたメガネを掛け、声のした方を見る。
光に包まれた女神ユーレリアが立っている。
その顔は、真剣そのものだ。
「何かあった?」
杏奈はユーレリアの浮かべる深刻な表情に、何か重大事があったと感じ、急いで着替えながら問い掛ける。
『ユーレリア神教のワルダラット本山がデーモンの大規模襲撃を受けています。あそこには、わたしの神気を込めた大切な武器、
「デーモン? 行くのはいいけど、わたしの攻撃、通じるかなぁ。今日、クトニアデーモンってやつに、わたしの即死攻撃が
ユーレリアはしばし黙って、口を開いた。
『やはり、レベルの高い魔物だと、耐性があるのでしょう。杏奈さんの武器は、本来、攻撃力が低いものですからね。敵の防御力が高すぎて、杏奈さんの攻撃に上手く即死スキルが乗ってくれないんです』
「でもそれだと、ここからの魔物討伐が厳しくなりそう。どうすればいい?」
『一番の解決法は、杏奈さんが、もっと強い武器で戦うことなんですけど、無理ですよね?』
「うん。腕力が足りなくって他の武器は持てないね」
『では、武器にわたしの聖なる力を
「ふむ。例えばどんな感じ?」
『例えば? そうですね。杏奈さんの今までの武器をベレッタ、弾を、九ミリ弾だとすると、杏奈さんのこれからの武器がレオパルド、弾がHEAT弾になります』
「わかりにくっ! 要は、拳銃が戦車になるってイメージね?」
『見た目は変わりませんから、周囲の人に疑われることもありません。さぁ、急ぎましょう』
「オーケー。じゃ、送ってちょうだい!」
杏奈の体が光に包まれた。
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