第13話 時坂杏奈と村のお祭り
【登場人物】
「誰が食っちゃ寝か! 雨が降って仕方なかったのよ! 確かに二日間、食べるか寝るかしかしてなかったけど。え? 太った?……き、気のせいよ。大丈夫。まだ大丈夫」
杏奈は何も無い空を見ながら、恐る恐るお腹を撫でた。
馬車を降りると、そこはお祭り会場の駐車場だった。
続々と、馬車が滑り込んでくる。
ここイヴリンには、有名な花畑がある。
普段は
観光としては花畑しか無い村な為、この季節に一気に稼ごうというのか、村は全勢力を
曲芸団や見世物小屋を呼んだり、近隣の村々からも臨時馬車を仕立てさせるなどして、沢山の人で賑わう。
杏奈は隣接した中央公園の小山を見た。
青い絨毯で埋め尽くされている。
一年に一回、この時期にしか見られないものだ。
そんなタイミングでここを偶然訪れたのも何かの縁だろう。
折角だから見ていこうか。
小山に向かう人の群れに混じって、杏奈も歩く。
道の左右に屋台が並んでいる。
メイン会場の広場から美味しそうな匂いが漂ってくるが、屋台の列が長くて、今並ぶのは諦めて先に進む。
「キレイ……」
丘の頂上に上がってくるまでの遊歩道から見れる花もキレイだったが、頂上から見る景色もまた格別だった。
イヴリンは港町フリッカから海に沿って進んだ先にある村なので、丘の頂上から、花畑越しの海が見える。
花畑の青に、海の
杏奈は思わず
これは確かに、観光名所になるだけのことはあるわね。
景色をしっかり目に焼き付け、杏奈は丘を降りた。
「意外に女の子らしい一面が残っている……」
丘を降りた杏奈は、屋台で買った肉まんじゅうを頬張りながら、大道芸人の芸に見入っていた。
上半身裸の男が、火の着いた松明を、二本、グルグル回している。
そんなときだ。
杏奈は、自分に向けられている視線に気付いた。
振り返る。
観光客が多すぎて、特定することが出来ない。
杏奈はしばらくそちらを見ていたが、諦めてそこを離れた。
「本人の素養か、経験で得たものか。気配を感じる
魔法によるものなのか、自分の周りの地面から水を噴水のように自在に吹き出させている女性大道芸人の芸を見ながら
振り返る。
ダメだ。
ここでも観光客が多すぎて、視線の主を特定することが出来なかった。
杏奈はそっと視線を外し、そこを離れた。
「食いしん坊の
「誰じゃあ!」
焼き魚の串を持って歩いていた杏奈は、休憩所となっている
大木の影に隠れていた、白のローブを着た何者かの腕を掴む。
ローブを目深に被っている為、顔が見えない。
身長は、杏奈とほぼ同じ。
もう一方の手に、自身の身長くらいの長い杖を持っている。
魔道士だ。
と、白のローブの人物が、手に持っていた杖をクルっと回転させた。
次の瞬間、杏奈の視界の上下が一瞬で入れ替わった。
「?」
いつの間にか、杏奈は仰向けに倒されていた。
白ローブ越しに見える空が青い。
何をされたのか、さっぱり分からない。
「ふむ。地味な見た目の割に、思い切りはいいの。ただ、猪突猛進を改めないと、絡め手を使われて足元を救われる。相手をよく見て、それに合った攻略をすることじゃな」
白ローブが優しく杏奈の手を引っ張って起こす。
困惑する杏奈を前に、白ローブが頭巾を外す。
優しそうな顔をした、おばあさんの顔が現れる。
髪が真っ白で、顔にはシワが濃く刻まれている。
「あなた……誰?」
「ワシはイルマ。イルマ=ハーヴィスト。五百年前の魔王討伐で、勇者のパーティの一人として、賢者を勤めていた者じゃよ」
そう言って、イルマはニッコリ笑った。
賢者イルマの家は、お祭り会場から、三十分ほど行った森の中にあった。
木小屋だ。
小屋の中の調度品に、素朴な、木の温かみを感じる。
椅子に座った杏奈の前に、温かいハーブティーが出された。
さすがの杏奈も、五百歳オーバーのおばあさんに襲いかかるほど無法ではない。
ましてや、前回の勇者のパーティにいた人だ。
恐れ多くて反抗など考えることも出来ない。
「わたしが
杏奈がおずおずと尋ねる。
「そりゃまぁ、ワシは賢者じゃからな。新たな魔王の出現も、新たな勇者の出現も、愛用の水晶球に出ておった。お前さんが今日、この村に現れることも含めてな」
「なるほど。で、ご要件は何でしょう」
賢者イルマがハーブティーをすする。
「それそれ。なぜワシがお前さんの前に現れたかというと、魔王城についての情報を与えようと思ったのじゃよ。どれ、これを見るがいい」
杏奈は、イルマがテーブルに広げた羊皮紙を覗き込んだ。
地図だ。
それは、異世界ヴァンダリーアの地図だった。
中央にある大きな大陸のほぼ真ん中に、大きな湖がある。
そして、更にその湖の中ほどに島がある。
そこに記載してある情報から読み取るに、島と言っても、町一つ分くらい敷地面積がありそうだ。
イルマがその島を指差す。
「ここ。ここに魔王城がある」
「え? ここ? こんな島が? いやいや、場所分かってんだったら、みんなして攻め込んじゃえばいいじゃない」
「ところが、そうもいかない」
イルマが湖の真上、北の岸を指差す。
そこに、バツ印が付いている。
イルマは続いて、東、南、西の三点を指差す。
そこにも同じくバツ印が付いている。
「この四点、ここに魔王の配下、四天王の住む塔がある。各塔に設置してある
「四天王……。やっぱいるんだ、そういうやつ」
イルマが北のバツ印のすぐ上を指差す。
そこに丸印が付いている。
よく見ると、各バツ印の先に必ず丸印が付いている。
「ヴァッカース、ワルダラット、ザカリア、ユールレインの四つの王国が、それぞれの塔に対峙するように存在しておる。この四王国にはそれぞれ
「護魔球と護聖球?」
「そう。人間側、魔物側、それぞれが相手の球を破壊すべく動いておる。魔物側も、ボスクラスになると結界に阻まれてしまうが、それ以下なら、自由に出入り出来るからの。ちょこちょこ、ちょっかいを出してくる。お主はそこに割って入るわけじゃ」
「ふむふむ」
「お前さんが今からやるべきことは、四つの王国を訪れ、力を借りることじゃ。お前さんがいくら強くても、一人で魔王の軍勢全てを相手に出来るものでもあるまい? 軍勢には軍勢。そうやって、四天王の塔を一つずつ陥とすのじゃ」
「なるほど。イヴリンが……ここ? ってことは、まずは湖東に位置するワルダラットを目指すのが正解ってことかな」
イルマがうなずく。
「アンナよ。これから四天王の塔を攻略し、魔王を倒すにあたって、運命に導かれし者たちが、お前さんの力になるべく集うであろう。彼らの力を借り、使命を果たせ」
「……分かった。重要な情報ありがと、賢者さま。やってみるよ」
「うむ。……そうじゃ、これを持っていけ」
イルマが
石は、淡い紫色をしている。
「これは?」
「ま、ちょっとしたお守りじゃ。財布にでも付けておくがいい。いずれ何かの役に立つかもしれん」
「何だかよく分かんないけど、ありがとうございます」
「では、勇者アンナよ。頼んだぞ」
杏奈はイルマに見送られ、村に戻った。
杏奈は再びお祭り会場にいた。
どこに向かうにせよ、馬車に乗るには、このお祭り会場の駐車場に来る必要があるからだ。
行き先は分かった。
だがその前にすることがある。
杏奈は決意に燃えて歩き出した。
「うっま! 何これ、うっま! しかもこのお値段? うっわ、お得ーー」
杏奈はお祭り会場のメインに使われている一面芝生で覆われた広場にいた。
そこにはステージが設置され、その上で
ダンスに合わせ、色とりどりのスカートが
さすがに地球とは文明度合いが違うので、音楽は録音したものを使うのではなく、全て生演奏だ。
楽団が、見たことも無い様々な楽器を使い、音楽を
カントリー系の音楽でノリやすい為、観客もあちこちで踊り出している。
杏奈はそれを
肉の焼ける匂いがそこら中に漂っている。
杏奈は食に関して、それほど
むしろ、どちらかというと食は細い。
だが、美味しいものを食べるのが好きだ。
ちょっとずつ、全てのものを食べる主義だ。
広場の中央には炉が幾つも置かれ、そこで何か大きな動物が巨大な串に刺され、丸焼きにされている。
杏奈は他の観光客に混じって列に並んだ。
屋台の店員が、焼き立ての肉を削ぎ、串に刺して渡してくれる。
味は単純に
だが、それだけに、肉の旨味がダイレクトに伝わってくる。
溢れる肉汁で、口の周りが汚れる。
杏奈は、左手に酒の入ったコップを、右手に肉串を持って歩いた。
酒が回って、いい気分になってくる。
足が音楽に合わせ、ダンスを刻む。
半分千鳥足だ。
ちょっとだけ、ちょっとだけ。
杏奈はステージの
コンコン、コンコン。
賢者イルマの家の玄関ドアがノックされる。
もうすっかり夜が更けている。
寝間着に着替えて、すっかり寝入っていたイルマがドアを開けると、そこにしょんぼり顔の杏奈が突っ立っていた。
その姿に、イルマは絶句する。
「お前さん……。なんでまだこの村におる。もう、とっくに次の町に向かったと思っていたのに……」
「えっとね、お祭りの会場でお酒飲んで寝ちゃったのね。そしたら……お財布取られちゃった。一文無し。あはは……。はぁ」
引きつった笑いを浮かべる杏奈を見て、賢者イルマは盛大にため息をついた。
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